正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!マスゴミの嘘や洗脳工作を許すな!がんばれ!日本国民党!
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朝鮮には、もともと国(民族意識・国家主権)がなかった・千年以上に亘り支那帝国の属藩であり続けた朝鮮の事大主義


●写真は迎恩門

ここで朝鮮王は、9回頭を地面に叩きつけて、ひれ伏し、清の使者を迎えた






朝鮮というのは1200年以上の長期に亘って歴代支那(中華)帝国の属藩だったから、朝鮮の民族意識なんてなかった。
民族とか主権とか国家という意識はなかったのだ。
どうも、このことを理解していない人が多い。

日韓併合に抵抗したのは、小中華(支那の属藩)でなくなってしまい、日本(倭奴)なんかと一緒になることに我慢できなかった儒者や、暴虐・悪逆の限りを尽くして民衆から搾り取れるだけ搾り取っていた両班などの特権階級だった。
90%以上の朝鮮人は、「自国」の意識すらなかったから、「国家の滅亡」を嘆いたということもなかった。

下のサイト↓を見れば一目瞭然だ。




明の朝貢属国
大清国属
土下座碑
迎恩門→独立門
下関条約

http://koreaphoto.hp.infoseek.co.jp/dependency.html

http://photo.jijisama.org/





●下関条約で、【清國ハ朝鮮國ノ完全無缺ナル獨立自主ノ國タルコトヲ確認ス】という文言になった理由


1200年以上に亘り、朝鮮は支那の属藩・属領だった。
しかし、当時、日本は、朝鮮がこのまま沈みかけている清朝の属領のままでは日本にとっても危険だと考えたために清朝の支配から切り離そうとした。
だから、日朝修好条規で、日本は朝鮮の自主独立を承認し、清朝の宗主権を否認した。


―――――――
日朝修好条規

1876年(明治9年)に日本・李氏朝鮮間に締結された条約。
日本は条規中に、「朝鮮国は自主の邦にして日本と平等の権を保有せり」と表現し、李氏朝鮮を諸外国に先駆けて「独立国」として承認、清朝の宗主権を否認した。
―――――――



ところが、清朝はそんなことはお構いなしにいつまで経っても朝鮮を属領・属藩にし続けた。
日本がせっかく朝鮮を「独立国」として認めたのに、清と朝鮮の関係に変化はなかった。



1894年6月6日、清国公使、陸奥宗光外相に、朝鮮国王の要請に応じ属邦保護のため出兵する旨を通告
陸奥外相、朝鮮を清国の属邦とみとめずと抗議



朝鮮の内部にも、儒者などを中心に「小中華」を自負し、「独立なんてとんでもない、いつまでも小中華として支那の属領・属藩であり続けるべき」という連中が大勢いた。

だから、日清戦争後の下関条約では、「獨立自主ノ國タルコトヲ確認」という文言になったのだ。



―――――――
2002.03.07 韓国中央日報記事より抜粋

【コラム】民族と親日

日帝が朝鮮を併合した際、朝鮮にはこの併合を恥じる主体の民族意識がなかった。
民族は民族意識と同じだ。したがって朝鮮には「民族」がなかった。
李完用(イ・ワンヨン)らが「売国」した朝鮮には主権と領土はあったが、自らを国民だと意識してその主権と領土が自分たちのものだと主張する民族がなかった。
王と両班のものとしての朝鮮朝の主権は、韓日合併前、既にほとんど自滅していた。
外勢との争いに敗れて滅亡したのではない。
李完用らが「売国」したというのは誇張された修辞である。

争いは清国、日本、ロシアという外勢の間で、無主物となった朝鮮の主権を先取りしようして行われた。親日派、親ロ派、親清派は名前を付け替えた四色党派の変種にすぎないと見るのがいっそのこと適切でないだろうか。
日本が朝鮮の主人となった後、親日派という朝鮮のエリートは老論の世の中を継承しただけだ。
滅亡した朝鮮朝に忠誠だった「臣下」を民族主義者だったということはできない。

民族は外部的には他の民族との境界ないし葛藤、内部的には民族主権という2つの側面をたどって意識化される。朝鮮王朝のように「民」には垂直的に捧げる忠誠だけがあり、水平化された自由と人権がない国家では、民族主権がないため、国家があっても民族意識はあり得ない。
さらに自由と民主主義がない国の民族意識は虚偽意識(false conciousness)でしかない。 

日本人は日帝が韓国に鉄道と学校を建設したことを誇りに思っている。
ウォン・イルファン(H.B.アンダーウッド)教授は、日帝が韓国に及ぼした功労は鉄道や学校の建設ではなく両班階級の破壊だと話す。驚くべき洞察力だ。
しかしおそらく日帝のもっと大きな功労は、たとえこれを感謝することはできないとしても、他民族による支配という苦痛と葛藤を通じて韓国人に民族意識を芽生えさせてくれたことではなかろうか。

姜偉錫(月刊エマージ編集人)




―――――――
併合前の朝鮮は地獄だったといってよい。
玄永燮
―――――――




以上が、朝鮮には、民族とか主権とか国家という意識がなかったことの説明だ。








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「南京虐殺は嘘(0人)」・目次と短評とソース・2

「南京虐殺は嘘(0人)」

目次と短評とソース・2



49・蘇る捏造by朝日新聞1・忘れ去られた「南京」を1970年代に大宣伝
●戦後約25年間、嘘ゆえに語られることなく忘れ去られていた
『ゴーマニズム宣言』

50・蘇る捏造by朝日新聞2・「南京大虐殺」は本多勝一たち朝日新聞が1970年代に作った
●本多勝一『中国の旅』が大嘘宣伝
『ゴーマニズム宣言』

51・朝日新聞の日記捏造事件1・都城23連隊「宇和田日記」の改竄と土産写真の悪用?
●都城23連隊の戦史を汚すことは断じて許さぬ
「文藝春秋」昭和62(1987)年5月号

52・朝日新聞の日記捏造事件2・都城23連隊「宇和田日記」の改竄と土産写真の悪用?
●朝日新聞による「宇和田日記」捏造事件の真相と核心
「文藝春秋」昭和62(1987)年5月号ほか


53・「東日記」は捏造日記1・変わる証言、実行可能性あり得ない戦後の作文
●名誉毀損の訴訟に敗れた東史郎、下里正樹、青木書店

54・「東日記」は捏造日記2・告発側の主張と矛盾する「証拠」の数々・南京に関する信憑性ある自白は皆無
●裁判でその信憑性が否定された東証言

55・「東日記」は捏造日記3・森王琢氏(元京都福知山20連隊の第3大隊を指揮)の証言
●森王琢氏(京都福知山20連隊の第3大隊を指揮)の反証


56・捕虜への洗脳、認罪学習(坦白大会)
●撫順(戦犯管理所と戦犯裁判)

57・中帰連とホラ話「三光」
●洗脳の人生、中国帰還者連絡会(中帰連)

58・米兵達も支那共産党に洗脳され朝鮮戦争で細菌戦を行なったと嘘供述書
●洗脳、宣伝戦(元兵士の供述書や証言や日記のみでは証拠力なし)

59・ニセ証言者たち(これまで本名で証言をした人は例外なくすべて嘘であったことが確認されています)
●戦後かなり経って作られた偽造資料とニセ証言者たち


60・「偕行」の認識・敵兵の不法殺害は0人~800人、市民虐殺は0人
●『偕行』1985年3月号、編集部(加登川幸太郎)の謝罪の真相
『偕行』1985年5月号、畝本正己氏の見解
畝本正己氏の本当の見解は、『証言による「南京戦史」』偕行(1985年)ではなく、『南京戦史』偕行(1988年)にある。


61・支那軍による虐殺1・通州事件
●支那軍が日本人居留民約260人を大虐殺した通州大虐殺事件
『大東亜戦争への道』中村粲著「惨!通州事件」

62・支那軍による虐殺2
●支那軍による故意の上海中心部爆撃
『シナ大陸の真相』 K・カール・カワカミ著

63・支那軍による虐殺3
●支那軍による故意の上海中心部爆撃と、戦時下での虚偽【逆宣伝】
『シナ大陸の真相』 K・カール・カワカミ著

64・支那軍による虐殺4
●上海における支那軍の細菌戦
【敵軍毒瓦斯(細菌を含む)使用調査】内藤裕史編・解説『毒ガス戦教育関係資料』所収
『日中戦争』児島襄著

65・支那軍による虐殺5
●南京へ退却した支那軍の清野作戦(焦土作戦)
ラーベ
孫元良
第九師団・第36連隊長・脇坂次郎氏
第九師団・山砲第九連隊・第七中隊長大内義秀氏
第三師団・野砲兵第五連隊・第一大隊観測班長大杉浩氏
『南京事件の日々――ミニー・ヴォートリンの日記』
『1937南京攻略戦の真実』東中野修道編著
昭和13年7月12日 東京朝日

66・支那軍による虐殺6
●南京における支那軍による虐殺と反日撹乱工作
一九三七年十二月八日発「東京日日新開」
南京アメリカ大使館通信、エスピー報告
『南京事件の日々――ミニー・ヴォートリンの日記』
第九師団・山砲第九連隊・第七中隊長大内義秀氏
第三師団・野砲兵第五連隊・第一大隊観測班長大杉浩氏
1938年1月4日付NY・タイムズ
1938.2.17 大阪朝日

67・支那軍による虐殺7
●支那軍(不逞支那人)による南京郊外・農村部での食糧掠奪と殺害
『1937南京攻略戦の真実』東中野修道編著

68・支那軍による虐殺8
●黄河などの堤防決壊で32万人死亡
【悪逆、暴虐、その極に達す】
『抗日戦回想録』郭沫若自伝
1938年6月16日 東京朝日新聞夕刊
1938年6月21日 大阪朝日
1938年6月23日 同盟ニュース
1945年12月「河南省戦時損失調査報告」
『支那事変』國史図書刊行会編
『中国革命の起源 1915-1945』ルシアン・ビアンコ著

69・支那軍による虐殺9
●暴虐支那軍が違法毒ガスを使用し住民諸共殺害
昭和13年6月21日 同盟ニュース
昭和13年7月22日 同盟ニュース
『日中戦争』児島襄著
「支那事変戦跡の栞 中巻」陸軍画報社編
【敵軍毒瓦斯(細菌を含む)使用調査】、【支那軍の化学組織系統の概要】(内藤裕史編・解説『毒ガス戦教育関係資料』所収)
昭和十二年十二月十三日 朝日新聞
昭和十三年六月二十九日 大阪毎日新聞夕刊

70・支那軍による虐殺10
●支那軍による長沙市焼き払い
【目的は、日本軍の仕業にして宣伝するためだった】
『抗日戦回想録』郭沫若自伝
【支那軍による焦土戦術】
昭和13年7月12日 東京朝日
『支那事変』國史図書刊行会篇

71・支那軍による虐殺11
●支那軍による苛酷な徴発・略奪、そして徴兵
【支那軍と支那人民の殺し合い】
『抗日戦回想録』郭沫若自伝
『中国革命の起源 1915-1945』ルシアン・ビアンコ著

72・支那軍による虐殺12・支那事変の前後編
●支那事変期間以外に行なわれた支那による一般民衆・外国人虐殺のまとめ


73・支那固有の残虐性1
●南京虐殺が捏造されるとき、虐殺行為が日本人の発想にはない方法が多い
『蜀碧・嘉定屠城紀略 揚州十日記』彭遵泗他著、松枝茂夫訳
『支那我観 対支新策支那小遊』松永安左衛門著

74・支那固有の残虐性2・支那人の特異性と残虐性の具体例
●南京虐殺が捏造されるとき、虐殺行為が日本人の発想にはない方法が多い
『暗黒大陸中国の真実』ラルフ・タウンゼント著(1933年)

75・支那固有の残虐性3・記録に残る残虐極まりない話・残虐な死刑や拷問
●南京虐殺が捏造されるとき、虐殺行為が日本人の発想にはない方法が多い
『暗黒大陸中国の真実』ラルフ・タウンゼント著(1933年)


76・法と平等なき支那の人民大虐殺の伝統
● 発言集
【法と平等なき支那の人民大虐殺の伝統】
毛沢東
ベルルスコーニ(イタリア首相)
『中国の「核」が世界を制す』伊藤貫著
『支那我観 対支新策支那小遊』松永安左衛門著
『シナ大陸の真相』 K・カール・カワカミ著
『暗黒大陸中国の真実』ラルフ タウンゼント著


77・便衣兵の処断は当たり前1・支那軍便衣隊(兵)の活動事例
●支那軍便衣隊
『写真記録 日中戦争3.拡大する日中戦争 1937~1941』
『新従軍日記(女兵)』謝冰瑩
第18師団歩124歩兵伍長、村田和志郎の日記
『南京事件資料集 中国関係資料編』郭岐「南京陥落後の悲劇」
東京裁判:弁護側最終弁論

78・便衣兵の処断は当たり前2・現実問題として処断しなければ一般住民と日本軍将兵の犠牲者は急増した・兵民分離(便衣兵摘出)作業に間違いはなかった
●便衣兵摘出作業と処断
「諸君」2002・4「ベイツの化けの皮」東中野修道
毎日新聞
兵民分離査問に立会した内田義直氏(陸軍省通訳官・第十六師団警備司令部配属)


79・虐殺事件の証拠(資料)一覧・南京事件の証拠は何もない
◆ 虐殺事件の証拠(資料)の比較一覧◆
「済南事件」、「通州事件」、「カチンの森事件」、「ホロコースト」、「ソ連による日本人拉致・シベリア強制連行・殺害事件」、「原爆投下」などと、所謂「南京大虐殺」との決定的な相違


80・いつ誰が創作したのか?なぜ南京なのか?
● いつ誰が創作したのか?
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著ほか
●南京は歴史的な大虐殺の地
「諸君」平成16年8月号 黄文雄


81・日本軍による市民虐殺は0人・「0人説」以外には正当性なし
● 日本軍による無辜の南京市民虐殺は0人だった。
現在最有力の「0人説」の主張者一覧


82・支那兵の結末と市民の死因の内訳
●日本軍による不当な支那兵処分は、0人~8百人
●日本軍による不当な支那市民殺害は、0人
● 「戦陣訓」の背景は、支那軍による日本人捕虜全員の惨殺
● 第2次世界大戦中、捕まえた敵国の兵士を最も良く保護していたのは日本軍だった。
『リンドバーグ第二次大戦日記』
『人種偏見』ジョン・ダワー著
ほか


83・民衆を虐殺する支那軍・民衆を救出する日本軍
●支那軍による支那民衆大虐殺と、支那軍による大虐殺から支那民衆を大救出する日本軍
『1937南京攻略戦の真実』東中野修道編著
1938年6月23日 同盟ニュース
『支那事変』國史図書刊行会編
2006/04/09, 産経新聞


84(最終回)・支那の「極悪暴虐・大虐殺」と「卑怯な逆宣伝」のまとめ
●支那の「極悪暴虐・大虐殺」と「卑怯な逆宣伝」のまとめ



以上

「南京虐殺は嘘(0人)」・目次と短評とソース・1

「南京虐殺は嘘(0人)」

目次と短評とソース・1



1 人口からの考察1
●日本軍が占領後、南京の人口は増えた

2 人口からの考察2(全員避難)
●戦闘開始時の南京の人口は20万人で、全市民が安全区に避難していた


3 真人間の証言1
●東京日日新聞 佐藤振寿カメラマンの証言

4 真人間の証言 2
●大阪毎日新聞 五島広作記者の証言

5 真人間の証言 3
●東京朝日新聞・橋本登美三郎上海支局長の証言

6 真人間の証言 4
●同盟通信・前田雄二記者の証言

7 真人間の証言5、6
●報知新聞従軍記者 田口利介氏の証言
●読売新聞技師 樋口哲雄氏の証言

8 真人間の証言7、8
●東京日々新聞カメラマン 金沢善雄氏の証言
●報知新聞カメラマン 二村次郎氏の証言

9 真人間の証言(まとめ)
●南京事件=支那兵の処断
『「南京事件」日本人四十八人の証言』阿羅 健一


10 日本軍入城前にも死体有り
●支那「督戦隊」による支那兵射殺と、支那軍による市民銃殺
『南京衛戌戦』譚道平著
『南京戦史』(1937年12月8日発「東京日日新開」)
リリー・アベック記者
南京アメリカ大使館通信、エスピー報告


11 支那人反日撹乱工作隊1
●元支那軍将校が避難民の中に――大佐一味が白状、南京の犯罪を日本軍のせいに
1月3日上海発(1938年1月4日付)NY・タイムズ

12 支那人反日撹乱工作隊2
●前第88師の副師長の馬(マー)・ポーシャン中将による反日撹乱工作
1938年1月25日付 チャイナ・プレス
1938年1月25日付 NY・タイムス特電

13 支那人反日撹乱工作隊3
●軍の名を騙り 南京で掠奪暴行 不逞支那人一味捕る
1938年2月17日付 大阪朝日新聞


14 安全区国際委員会の報告も出鱈目ばかり
●安全区国際委員会の「殺人 49件」の報告も出鱈目ばかり
『南京事件の総括』田中正明著


15 誰も知らなかった虐殺1
●虐殺どころか、むしろ感謝状

16 誰も知らなかった虐殺2
●何鷹欽将軍の南京失陥の軍事報告にも虐殺なし
国民党は外国新聞を使った宣伝を重視したが中央宣伝部は南京大虐殺の「緊急記者会見」を全く開かなかった
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著

17 誰も知らなかった虐殺3
●蒋介石も毛沢東も何応欽もコーヴィルも国連理事会も、当時は南京虐殺の認識なし

18 誰も知らなかった虐殺4 蒋介石
●蒋介石の『日本国民に告げる書』や、国連支那代表の顧維鈞の演説は嘘出鱈目のオンパレード

19 誰も知らなかった虐殺5 毛沢東
●1938年1月の週刊誌『群衆』の記事は毛沢東の原稿ではなく、共産党が根拠なく逆宣伝しただけ


20 嘘吐きダーディン 1 (宣伝工作員のメモを基にした南京の虚報と、当時の米国新聞の反日虚報の数々)
●新聞記事はまるで「東スポ」、出鱈目情報を基にした与太記事
20(補足)嘘吐きダーディン
当時(1930年代)の米国新聞社の反日デマ報道の実態
『暗黒大陸中国の真実』ラルフ・タウンゼント著
『支那事変日誌抜粋』松井石根

21 嘘吐きダーディン2
●後年、ダーディンは新聞記事の嘘を告白し、回顧談でも矛盾露呈
『南京事件資料集』アメリカ関係資料編

22 嘘吐きダーディン3...スティールとダーディンの虚報.
●事実とかけ離れた報道内容は虚報
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著

23 嘘吐きダーディン4...虚報の情報源は宣伝工作員のベイツ
●スティールやダーディンの虚報の情報源は、宣伝工作員ベイツの宣伝用レポート(メモ)
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著


24 嘘吐きティンパレー 1
●国民党国際宣伝処の処長・曾虚白の自伝

25 嘘吐きティンパレー 2
●「南京大虐殺 覆す新事実」 、「根拠の著書 中国宣伝本と判明」
産経新聞、平成15年3月1日

26 嘘吐きティンパレー 3
●揚子江デルタ地帯30万人虐殺の嘘電報をわざと日本に差し止めさせるトリック
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著

27 嘘吐きティンパレー 4
●宣伝本のティンパーリ編『戦争とは何か』の国民党中央宣伝部の内部文書の要約に「虐殺」「殺人」の文字なし
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著


28  嘘吐きベイツ1....嘘吐きベイツの化けの皮
●国民党中央政府の顧問だったベイツ教授(宣教師)
『諸君!』2002年4月号

29 嘘吐きベイツ2....嘘吐きベイツのトンデモ証言・文書の数々
●嘘吐きベイツのトンデモ証言、トンデモ報告
「東京裁判速記録第三六号」他

30 嘘吐きベイツ3....ベイツは嘘吐き宣伝工作員
●ベイツが嘘吐き宣伝工作活動を行なっていた決定的根拠
昭和12年12月16日付東京日日新聞の若梅、村上両特派員の記事、『空襲下の南京生活 金陵大学・米人教授に聴く』

31 ベイツとティンパリー、嘘吐き宣伝工作員同士の音信
●2人の宣伝工作員は南京の宣伝の信憑性のため、上海での日本軍の暴行を調査したが見つけられず
『南京事件資料集』アメリカ関係資料編
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著


32 嘘吐き安全区国際委員会、組織ぐるみで嘘を吐いていた背景
●安全区国際委員会ぐるみの大嘘宣伝の真相、これぞ南京事件の真相


33 嘘吐きラーベのデマ宣伝工作 、支那軍将校を自宅に匿っていたトンデモない安全区国際委員長
●支那軍将校を自宅に匿い、日本軍の悪業を嘘宣伝した安全区国際委員長
『第6号文書』安全区国際委員会
「1938年1月14日付のドイツ上海総領事宛のジョン・ラーベの手紙」(ジーメンス社社長マイアー宛の手紙)
『ヒトラーへの上申書』
『ラーベの日記』


34 スマイス調査はインチキ調査1 集計の悪質な摩り替え・改竄
●日本軍の犯罪は何一つ判らないスマイス教授の戦争被害調査

35 スマイス調査はインチキ調査2 スマイス報告は排日宣伝文書
●南京を熟知していた当時の人は、スマイス報告を【科学的な研究という面を被った排日宣伝文書】と断言
興亜院政務部 昭和15年7月調査報告会速記録内 吉田三郎「支那に於ける第三国人の文化施設」

36 スマイス調査はインチキ調査3 農村調査も明らかなインチキ
●現実と大きく乖離していた農村調査
『南京事件の日々――ミニー・ヴォートリンの日記』
【スマイス調査・南京地区における戦争被害】


37 嘘吐き婆夏淑琴と嘘吐き宣教師マギー?
●夏淑琴は嘘吐き婆、嘘吐き婆を作り上げたマギー牧師

38 嘘吐き婆夏淑琴と嘘吐き宣教師マギー?
● マギー証言(解説書)と夏淑琴証言に、家族の人数などで食い違い
『「南京虐殺」の徹底検証』東中野修道著


39 第十軍参謀長命令のからくり...「婦女暴行のみにても百余件」は事実に非ず
●南京安全区国際委員会の支那国民政府の外人宣伝工作員→(デマ宣伝)→上海の各国領事館や海外→日本外務省→上海日本大使館参事官の日高信六郎→第十軍参謀長
『「南京虐殺」の徹底検証』東中野修道著
『広田弘毅』広田弘毅伝記刊行会
『南京大虐殺事件資料集1 極東国際軍事裁判関係資料編』


40 食糧の補給と調達 (食糧現地調達による虐殺も嘘っぱちのでっち上げ)
●食糧などの補給と調達
第16師団後方参謀・木佐木久少佐
上海派遣軍参謀長・飯沼守少将
上海派遣軍参謀部員・榊原主計
松井石根日記


41  驚くべき出鱈目裁判1 南京で証人を呼びかけるも、証人は現れず
●目撃証言の呼びかけに、応じる者なし
日英バイリンガル『再審「南京大虐殺」――世界に訴える日本の冤罪』大原康男・竹本忠雄著
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著

42 驚くべき出鱈目裁判2 トンデモ証言のオンパレード
●反対尋問に耐えられない証言ばかり
日英バイリンガル『再審「南京大虐殺」――世界に訴える日本の冤罪』大原 康男・竹本忠雄著

43 驚くべき出鱈目裁判3 南京軍事法廷 (無実の4人を3百人斬りの罪などで処刑)
●東京裁判に先立って行われた南京軍事法廷で死刑にされた4人の元日本軍将校は全員が無実

44 驚くべき出鱈目裁判4 検察側(GHQ)の卑怯な戦術
●卑怯極まりない検察側のやり方(谷中将、野田少尉、向井少尉)

45 驚くべき出鱈目裁判5 寝耳に水のウソ証言
●南京問題と「検閲」
『東京裁判 日本の弁明』小堀桂一郎編

46 驚くべき出鱈目裁判6 弁護側立証(東京裁判)
●弁護側立証
『「南京大虐殺」はこうして作られた――東京裁判の欺瞞』冨士信夫著

47・驚くべき出鱈目裁判7・弁護側最終弁論
●弁護側最終弁論
『「南京大虐殺」はこうして作られた――東京裁判の欺瞞』冨士信夫著

48・驚くべき出鱈目裁判8・パル判決書
●『パル判決書』


(続く)

南京虐殺は嘘(0人)・目次

南京虐殺は嘘(0人)

目次





1 人口からの考察1

2 人口からの考察2(全員避難)





3 真人間の証言1 (東京日日新聞 佐藤振寿カメラマン)

4 真人間の証言2 (大阪毎日新聞 五島広作記者)

5 真人間の証言3 (東京朝日新聞・橋本登美三郎上海支局長)

6 真人間の証言4 (同盟通信・前田雄二記者)

7 真人間の証言5、6 (報知新聞・田口利介記者、読売新聞・樋口哲雄技師)

8 真人間の証言7、8 (東京日々新聞・金沢善雄カメラマン、報知新聞・二村次郎カメラマン)

9 真人間の証言(まとめ) 阿羅 健一





10 日本軍入城前にも死体有り



11 支那人反日撹乱工作隊1

12 支那人反日撹乱工作隊2

13 支那人反日撹乱工作隊3




14 安全区国際委員会の報告も出鱈目ばかり



15 当時は誰も知らなかった虐殺1

16 誰も知らなかった虐殺2・国民党は外国新聞を使った宣伝を重視したが中央宣伝部は南京大虐殺の「緊急記者会見」を全く開かなかった・『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著

17 誰も知らなかった虐殺3

18 誰も知らなかった虐殺4 蒋介石

19 誰も知らなかった虐殺5 毛沢東





20 嘘吐きダーディン 1 (宣伝工作員のメモを基にした南京の虚報と、当時の米国新聞の反日虚報の数々)

21 嘘吐きダーディン2....後年、ダーディンが自分の嘘を認める

22...嘘吐きダーディン3...スティールとダーディンの虚報...『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著より

23 ...嘘吐きダーディン4...虚報の情報源は宣伝工作員のベイツ




24 嘘吐きティンパレー1

25 嘘吐きティンパレー2

26 嘘吐きティンパレー3

27 嘘吐きティンパレー4




28 嘘吐きベイツ1....嘘吐きベイツの化けの皮

29 嘘吐きベイツ2....嘘吐きベイツのトンデモ証言・文書の数々

30 嘘吐きベイツ3....ベイツは嘘吐き宣伝工作員


31 ベイツとティンパリー、嘘吐き宣伝工作員同士の音信




32 嘘吐き安全区国際委員会、組織ぐるみで嘘を吐いていた背景


33 嘘吐きラーベのデマ宣伝工作 、支那軍将校を自宅に匿っていたトンデモない安全区国際委員長




34 スマイス調査はインチキ調査1 集計の悪質な摩り替え・改竄

35 スマイス調査はインチキ調査2 スマイス報告は排日宣伝文書

36 スマイス調査はインチキ調査3 農村調査も明らかなインチキ




37 嘘吐き婆夏淑琴と嘘吐き宣教師マギー?

38 嘘吐き婆夏淑琴と嘘吐き宣教師マギー?





39 第十軍参謀長命令のからくり...「婦女暴行のみにても百余件」は事実に非ず

40 食糧の補給と調達 (食糧現地調達による虐殺も嘘っぱちのでっち上げ)





41 驚くべき出鱈目裁判1 南京で証人を呼びかけるも、証人は現れず

42 驚くべき出鱈目裁判2 トンデモ証言のオンパレード

43 驚くべき出鱈目裁判3 南京軍事法廷 (無実の4人を3百人斬りの罪などで処刑)

44 驚くべき出鱈目裁判4 検察側(GHQ)の卑怯な戦術

45 驚くべき出鱈目裁判5 寝耳に水のウソ証言 『東京裁判 日本の弁明』小堀桂一郎編

46 驚くべき出鱈目裁判6 弁護側立証(東京裁判)

47・驚くべき出鱈目裁判7・弁護側最終弁論

48・驚くべき出鱈目裁判8・パル判決書





49・蘇る捏造by朝日新聞1・忘れ去られた「南京」を1970年代に大宣伝

50・蘇る捏造by朝日新聞2・「南京大虐殺」は本多勝一たち朝日新聞が1970年代に作った


51・朝日新聞の日記捏造事件1・都城23連隊「宇和田日記」の改竄と土産写真の悪用?

52・朝日新聞の日記捏造事件2・都城23連隊「宇和田日記」の改竄と土産写真の悪用?




53・「東日記」は捏造日記1・変わる証言、実行可能性あり得ない戦後の作文

54・「東日記」は捏造日記2・告発側の主張と矛盾する「証拠」の数々・南京に関する信憑性ある自白は皆無

55・「東日記」は捏造日記3・森王琢氏(元京都福知山20連隊の第3大隊を指揮)の証言




56・捕虜への洗脳、認罪学習(坦白大会)

57・中帰連とホラ話「三光」

58・米兵達も支那共産党に洗脳され朝鮮戦争で細菌戦を行なったと嘘供述書

59・ニセ証言者たち(これまで本名で証言をした人は例外なくすべて嘘であったことが確認されています)





60・「偕行」の認識・敵兵の不法殺害は0人~800人、市民虐殺は0人




61・支那軍による虐殺1・通州事件

62・支那軍による虐殺2・故意の上海中心部爆撃

63・支那軍による虐殺3・故意の上海中心部爆撃と、戦時下での虚偽【逆宣伝】

64・支那軍による虐殺4・上海における支那軍の細菌戦

65・支那軍による虐殺5・清野作戦(焦土作戦)

66・支那軍による虐殺6・南京における虐殺と反日撹乱工作

67・支那軍による虐殺7・南京郊外・農村部での食糧掠奪と殺害

68・支那軍による虐殺8・黄河などの堤防決壊で32万人死亡・【悪逆、暴虐、その極に達す】

69・支那軍による虐殺9・違法毒ガス使用で住民諸共殺害

70・支那軍による虐殺10・長沙市の焼き払い・目的は日本軍を悪者にするため

71・支那軍による虐殺11・苛酷な徴発、略奪、徴兵等【支那軍と支那人民の殺し合い】

72・支那軍による虐殺12・支那事変の前後編




73・支那固有の残虐性1・『蜀碧・嘉定屠城紀略 揚州十日記』彭遵泗他著・『支那我観 対支新策支那小遊』松永安左衛門著

74・支那固有の残虐性2・支那人の特異性と残虐性の具体例

75・支那固有の残虐性3・記録に残る残虐極まりない話・残虐な死刑や拷問




76・法と平等なき支那の人民大虐殺の伝統・発言集




77・便衣兵の処断は当たり前1・支那軍便衣隊(兵)の活動事例

78・便衣兵の処断は当たり前2・現実問題として処断しなければ一般住民と日本軍将兵の犠牲者は急増した・兵民分離(便衣兵摘出)作業に間違いはなかった





79・虐殺事件の証拠(資料)一覧・南京事件の証拠は何もない


80・いつ誰が創作したのか?なぜ南京なのか?


81・日本軍による市民虐殺は0人・「0人説」以外には正当性なし


82・支那兵の結末と市民の死因の内訳


83・民衆を虐殺する支那軍・民衆を救出する日本軍

84(最終回)・支那の「極悪暴虐・大虐殺」と「卑怯な逆宣伝」のまとめ

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