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正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!マスゴミの嘘や洗脳工作を許すな!がんばれ!日本国民党!
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天皇制のルーツは南洋の『神聖首長』にあり!・天皇制のメリット・『日本有事』(憲法を棄て核武装せよ)兵頭二十八著

『日本有事』(憲法を棄て核武装せよ)兵頭二十八著を読み終えた。

既に『ニッポン核武装再論』兵頭二十八著を読んでいたので日本の核武装などに関して新鮮味のある特筆すべき内容は乏しかった。
寧ろ、朝鮮戦争やベトナム戦争における支那人民解放軍の活躍などに関する記述が面白かったくらいだ。


ところが意外と、最後の方の「天皇制」に関する記述は非常に興味深かった。

一つは、「天皇制・君主制」のメリットと、反日団体による「天皇制」破壊工作の説明であり、これは結構お馴染みかもしれない。

しかし、もう一つの「天皇制の起源」に関する説明は私にとっては初めて聞く説だった。
アメリカの人類学者ルース・ベネディクト(1887~1948)の研究をベースにし、兵頭二十八が自分の見解も織り交ぜながら「天皇制」の起源と進展を述べている。



【「天皇制」のルーツは、南洋の『神聖首長』であり、それが日本では石器時代から存在し今日まで存続し続けた】というのだ。


どこまでが真実なのかは不明だが、多少は説得力もあり、面白いので引用しておこう。

ちなみに、私は、【満州事変や真珠湾攻撃を「パリ不戦条約違反」(P101~P103、P186~187)】とする兵頭二十八の歴史認識は明確な間違いだと確言しておく。








―――――――
△▲▲間接侵略に対する最後の砦・天皇制



 戦前、コミンテルンの日本担当グループは、どうしたら強大な日本国を無力化し、共産化し、ソ連の衛星国にすることができるのか、その答えを探るため日本史を熱心に研究した。
 まもなく彼らが到達した結論が、「なによりもまず天皇制を破壊しなければならない」――だった。


 (略)

 かつてイギリスの清教徒は、宗教的な自信過剰から、王様を殺した。が、その後、国内の雰囲気は、うってかわって殺伐とし、暗くなった。国内の個人と個人は、互いの土地財産の強奪のチャンスをうかがう狼同士であるかのように猜疑しあった。それも当然だ。
国家の伝統的な支配家族が絶滅すれば、それまでの臣民の土地所有権を保護してくれた法律体系や慣行も、権威源と正当性を失うからだ。
 (略)
 こうなると個人と個人、隣人同士の信頼感は希薄になり、社会はバラバラになり、経済も効率的に発展し得ず、文化活動などもおのずから停滞し、その国家のまとまりの弱さにつけ込んでヨーロッパの外国がイギリスに侵略/干渉がしやすくなる。ますます社会には不安感がみなぎっていくのである。
こんなありさまになったのを見て、ゲルマンの武侠と自由主義の伝統精神を愛するイギリス人は反省した。

彼らは、イギリスに縁の深い古い血筋を持つ王様候補を対岸のオランダから連れ込むことにした。たちまち、国内の人民に、法治社会に対する信頼感が回復した。法的な秩序体系は、長期的にずっと安定して続くのだと予期する気持ちが、人々の間に戻ったのである。イギリスはそこから、世界の自由と秩序のリーダーとして飛躍を始めた。

 (略)

 優秀なコミンテルンの政治分析者はすぐに察することができた。日本の歴史的秩序の核心は、一見すると無権力な朝廷の存在だと。帝室が過去から未来まで連続するという安定感のために、日本の内戦は、完全な秩序崩壊には決して至らず、外国の傀儡勢力が暴力で政権を奪取することは難しいのだ。
しからば外国はこの天皇制をどうやって破壊できるか?まず、歴史をさかのぼって、その根源の血統に、庶民の疑いの目を向けさせることだ。

 この作戦の1つとして、「大和朝廷=もと朝鮮人」説が、さかんに宣伝されるようになった。義務教育の歴史教科書に神話を載せるなという反日団体の要求も、この運動方針に沿う。
 もう1つの破壊方法は、帝室を不必要なまでに政治に関与させることである。天皇への外交コメント強要、天皇皇后への外遊強要、皇族からの政治的発言の引き出しなどが、その常套手段である。
 (略)
 高度成長期以後の新戦術としては、「開かれた皇室」運動や、「女系天皇容認」運動がある。




△▲▲大和朝廷以前から天皇制があった

 (略)
 すなわち、戦前の歴史学が論じていた大和朝廷が成立する何世紀も以前から、制度としても「天皇」はあった。いかにもそれは制度だが、特定の時代の誰かが会議でふと決めたような人為的な軽いものなどではなかったのだ。

 制度としての天皇の起源が、テキスト史料では辿りきれないぐらいに古いことを、『日本書紀』『古事記』とほぼ無関係に推断し示唆したのは、日本人の研究者ではなく、戦時中のアメリカの人類学者であった。
 ルース・ベネディクト(1887~1948)は、米軍による「日本占領」がほぼ射程内に入った1944年6月に、米国政府から日本研究を委嘱された。占領の仕方の参考に役立てるためである。
 さっそく彼女が、それまでの日本兵の捕虜を尋問した調書を通覧してみると、天皇の悪口をいっている者が1人としていない。太平洋の島々の慣行を精力的に現地調査して、西洋とは異質な文化を剔抉(てつけつ)する手練を磨いてきた分析者ベネディクトは、たちまちに、日本の数千年の秘密を理解した。
「天皇制のルーツは、南洋の『神聖首長』にあり」――と。
 神聖首長は、政治的に無権力である。初収穫の果物を神に捧げ、島民全部の幸福を祈る。それだけが仕事だ。しかして、彼は不可侵である。政治的に有力な誰も彼も、神聖首長の身体を傷つけたり、暴行を加えることなど許されない。
 無私・無権力の聖なる存在が、島の文化の中枢に共通に戴かれていることにより、島内の秩序は、いかなる権力者同士の争いごとが起ころうとも、完全に破壊されることから免れるのである。

 (略)
 石器時代から縄文時代となり弥生時代となって、その間に、複数の大陸系の新顔部族が、日本列島に流入に、足場を得た。その中から、広域を握る者もあらわれる。
 しかし、石器時代から諸部族が伝存させてきた「天皇制」は、消滅しなかった。それどころか、日本列島で権力を得た新顔部族の方が、先住民に権威を認めてもらうためには、古来からの「天皇制」に自らをアジャストさせねばならなかったのだ。
 ルース。ベネディクトは指摘した。日本語の敬語も、シナ語よりは、太平洋諸民族と共通が多い。
 (略)
 天皇制は、歴史年表上の大和朝廷より、さらに何千年もさかのぼるものなのだ。起源は、大化の改新後に採録した「神代」などよりも遥かに古いのである。たぶんは南方系の複数の部族ごとにそれぞれの「神聖首長」が戴かれていた時期があっただろう。
 大和朝廷の確立以後、「無私」のキャラクターによって上下から崇拝され、みずからは全島民のために祭祀をとり行う、そのような本然の神聖首長に、「天皇」のキャラクターがふたたび一致したのは、江戸時代だった。江戸時代以前の天皇のキャラクターは「私」が出すぎており、やや異常だった。それでも数千年の文化的伝統の慣性が、天皇のキャラクターを元の姿に引き戻したのである。

P174~P180
『日本有事』(憲法を棄て核武装せよ)兵頭二十八著
―――――――







明日からは、『「日中友好」は日本を滅ぼす!』(歴史が教える「脱・中国」の法則)石平著を読みます。







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移民がもたらす日本脅威論・『暗黒大陸中国の真実』ラルフ・タウンゼント著(1933年)15

移民がもたらす日本脅威論


 私は卒業後2年間サンフランシスコにいたので、カリフォルニアの人間が中国人と日本人にどういう感情を持っているかがよくわかった。圧倒的に中国よりである。もっとはっきり言えば、圧倒的に反日であった。中国人が嫌いという人も大好きという人も少ない。大多数は無関心なのになぜか反日感情だけは盛んであった。親日家はゼロに近かった。第一の理由は、愛嬌がないことだろう。二番目は、太平洋での日本の動きに対する不安であろう。この不安をカリフォルニアの財界が盛んに煽っている。軍港と陸軍基地の増設を目論んでいるのである。そうなれば地域は活気づく。兵隊が金を落とす。地域経済は万々歳だ。しかし新聞には「造幣して金を落とさせろ」とは言えないから、「適切な防衛」と表現したのであった。事情を知らない者は不安に駆られ、寝る前に日本人が潜んでいないかベットの下を調べたりする。「日本軍特殊部隊メキシコに上陸」という見出しに、カリフォルニアのオレンジ農家は震え上がり、新聞が売れる。とかく新聞社は発行部数を気にする。


 確かに太平洋側の防衛は緊急課題である。しかし日本脅威論を煽り過ぎるのは百害あって一利なし。

 日本脅威論はどこに端を発したのだろうか。中国人の移民が50年前に停止になったのにもかかわらず、日本からの移民が今でも続いているところにあるかもしれない。

25年前、カリフォルニアが日本人に占領されてしまうのではないかと恐れた。そこで移民削減のため、全く根拠のないプロパガンダを始めたのである。今でも反日感情が残っているのはそのせいである。また我々は、本能的に人種差別をしているということを忘れてはならない。
すべてがそうだとは言わないが、やっている本人が気づかない。本能的に嫌いな民族を好きになれと言われてもなれるわけがない。また「ふりだけでもしろ」というのは偽善でしかない。中国人や日本人を見ると「虫唾が走る」と言う人もいる。誤解やら間違った情報で起こる場合があるが、本能的に嫌いな人には、いくら説明しても無駄なのだ。

(略)

 日本叩きのネタはないかと考え、偶然考えついたのが、中国人を持ち上げることであった。こう考えるのには根拠がある。逆を想定するとよくわかる。もし中国が強力で脅威だったらどうだろう。反日家は「間違っていた」と気づくだろう。

 全米の中国人観、日本人観は大なり小なり、カリフォルニア発である。両国の移民の歴史を見てみよう。中国人が大挙してアメリカに渡ってきた50年から75年前、西部はゴールドラッシュで、鉱山掘り、鉄道工事が盛んであった。当時の彼らの社会的地位はコヨーテ同然で、アメリカ人と争うはずがない。逆らおうものなら、インディアンやガラガラヘビ同様、根絶やしにされた。差がありすぎては争いなど起きるはずがない。

 日本人が移民としてわたってきたのはそれからしばらく後、アメリカの民主主義が大きく成長し、平等思想というものに触れた頃であった。ただし、反対も多かった。例えば、日本人の子女が同じ学校に入るのに反対した。偉そうなことを言っても、いざ実践となると「総論賛成。各論反対」というわけだ。コヨーテと思ってきた中国人とは争いは起こらなかったが、学校に入ろうとする日本人とは対立が始まった。家来扱いされても平気な中国人に対して、日本人はプライドが許さないからである。

 対日、対中関係を考察する時、25年前のカリフォルニア反日暴動などを振り返ることが重要である。移民の歴史を十分理解しないで、感情論で判断してきたのである。

(P252~253)

『暗黒大陸中国の真実』ラルフ・タウンゼント著(1933年)

南京虐殺は嘘69・支那軍による虐殺9・違法毒ガス使用で住民諸共殺害

●暴虐支那軍が違法毒ガスを使用し住民諸共殺害




昭和13年6月21日の同盟ニュース
「山西の敗敵、妄動しきり 暴虐毒ガスを使用して挑戦」
皇軍が黄河以南作戦のため一部兵力を移動している隙に乗じ、山西の敵大部隊は気勢を挙げ、徐州敗戦の汚辱を一挙に雪ぐべく、手段を選ばざる挑戦に出で、暴戻にも毒ガスを使用し、付近の無辜の民は、この惨禍を蒙るもの多く、正に人道上許し難し・・・



昭和13年7月22日の同盟ニュース
「暴虐支那軍又も不法 イベリット糜爛性毒ガス使用」
我が森本部隊の息をもつかせぬ猛攻撃に敗退一路を辿る支那軍は、張杏鎮において、又もや不法にも、猛烈爆発式撒毒管によるイベリット糜爛性毒ガスを使用、我が急追をはばまんと・・・





(参考)

1930年(昭和5年)、9月11日、国民党軍は、共産党の長沙暴動に対し、飛行機から毒ガス攻撃を行った。
――――――
糟谷領事の報告によれば、
「12日(省政府秘書)、楊宜誠ガ極秘トシテ語ル処ニヨレバ、11日、ニハ飛行機ヲ以テ毒瓦斯ヲ使用シ共匪軍ニ相当ノ打撃ヲ与エタルガ・・・」

9月14日、閻錫山は、「蒋介石が毒ガス弾を使用して、地方人民を惨害しているので、人民を救うため下野して戦争を休止する」と、電報を発し下野。

『日中戦争』児島襄著
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敵毒ガスで逆襲
1937年12月
十日夜半より早暁にかけて、光華の伊藤部隊正面に大逆襲し来った敵は、城壁を奪回せんと、必死の勢い物凄く手榴弾、機関銃の他、催涙弾を雨注し来たり、我が将兵は直ちに防毒面をつけて応戦、一時は非常な苦戦に陥ったが、肉弾戦を以て之を撃退したのである。
『支那事変戦跡の栞 中巻』 陸軍画報社編 国書刊行会刊 P174 南京攻略の部分より抜粋






 支那派遣軍化学戦教育隊がまとめた【敵軍毒瓦斯(細菌を含む)使用調査】(内藤裕史編・解説『毒ガス戦教育関係資料』所収)によれば、
昭和十二年から昭和十五年にかけて、中国軍による毒ガス戦の事例は十三件、細菌戦の事例は二十件であった。
 右の調査は、その年月日、場所、種類、方法、被害、概要を一覧表で記録している。
 例えば、昭和十二年九月七日、宝山城付近にて中国軍はコレラ菌 を井戸に投入し、このためその井戸水を飲んだ日本軍及び中国人民数十名が罹患している。
 また、昭和十三年七月二十六日、九江においても同様の理由で日本軍百二十九名、中国人民五百名の罹患者を出している。

 また、重慶を脱出した国民党軍の元軍政部防毒処勤務将校の情報をまとめた【支那軍の化学組織系統の概要】(昭和十六年六月二十六日付、前掲『毒ガス戦教育関係資料』所収)によれば、
中国における毒ガスの研究及び製造は、「軍政部兵工署理化研究所」において行われていた。
中国は1926年3月、ソ連から一万発の毒ガス弾を購入し、1937年9月、第二次上海事変で細菌、猛毒兵器を使っている。
 日本軍は中国軍から、大量のソ連製毒ガス兵器を押収している。

『細菌・毒ガス戦/中国が最初の違反者だった』信夫淳平博士

【昭和史研究會報】中村粲/第39、40より






昭和12年9月2日
中国軍は化学兵器弾を上海派遣軍司令部近くに撃ち込んでいた。
司令官の松井自身、「石鹸水泡のようなものが広がった」のを見ている。
『将軍の真実 南京事件 松井石根人物伝』早瀬利之



「張發奎の戦死説 自軍毒ガスで大被害」
最近広東軍を中心とする支那軍中毒ガスを使用せんとして却って自軍を痛め顔面手足等を廃爛させ戦闘に堪えなくなったもの1万2千の多きを算するに至ったと伝えられてゐる。尚広東軍首脳者たる張發奎の南京における戦死説、…(等々人名傷病状態略)…何れも去る九日広東に輸送され相当重傷であるといはれこれに加ふるに余カンボウと呉鉄城の内訌が盛んに流布され広東方面では漸く動揺の色が濃厚となってきた。
昭和十二年十二月十三日朝日新聞



「敗敵毒ガス作戦 山西で防毒面多数押収」
ベルギ-製250支那製1万その他約2万の防毒面をわが方において押収せるが支那軍がかかる大量の防毒面をそなへていることは卑劣にも毒ガスによりわが精鋭無敵の皇軍に抗せんとする意図を明白にしてをり、さきにわが進撃を阻むため黄河を決壊せしめ数十万の自国良民の生命財産を奪った敵はここにまた毒ガス使用の戦術を持ちふるに至った(後略)
昭和十三年六月二十九日大阪毎日新聞夕刊

山崎拓の「ファーストステップ」訪朝は成果なく帰国・単独訪朝に閣僚ら不快感

山拓は、「・・・対話を重ねるファーストステップだ」と言っている。

?(・_・;)

どうやら、また近い将来訪朝する気でいるようだ。

(゜д゜)ぽかーん

呆れてしまう・・・






―――――――
山崎拓氏、成果なく帰国 単独訪朝、閣僚ら不快感

2007/01/14, 産経新聞

 政府側の自粛要請を振り切り、訪朝を決行した自民党の山崎拓元副総裁だが、5日間滞在しながら目に見える成果はなかった。安倍晋三首相ら政府首脳は山崎氏の行動に不快感を強め、山崎氏が「二元外交」の批判にさらされるのは間違いない。ただ、核や拉致問題が膠着(こうちゃく)状態に陥っている中、北朝鮮の反応によっては政権に打撃になりかねなかっただけに、結果的に救われたとの見方もある。


 「一人の政治家として北朝鮮との対話と説得の旅をした。私の努力は北朝鮮側にも通じたと思う。対話を重ねるファーストステップだ」


 13日夕、成田空港に到着した山崎氏はこう述べて成果を強調した。山崎氏周辺も「成果が出るまで明らかにできないが、相当上のレベルと突っ込んだ話をしたようだ」と打ち明ける。

 これに対し、塩崎恭久官房長官は同日、「政府が一連の対北朝鮮措置を取っている中で、国民を代表する国会議員が北朝鮮に渡航したことは望ましくない」と改めて山崎氏を批判。「北朝鮮から誠意ある対応を引き出すために対話の窓を開きつつ、国際社会と連携して圧力をかけ続けていく」と、政府の「対話と圧力」路線が不変であることを強調した。

 また、スロバキアを訪問中の麻生太郎外相は12日夜(日本時間13日未明)、ブラチスラバ市内で記者団に「あの人(山崎氏)は言葉と現実が違っていることが過去にたくさんあるからよく分からん」と述べ、不信感をあらわにしている。

 山崎氏の訪朝中は「金正日総書記側近の高官と接触した」「拉致被害者の一部を連れて帰るのでは」などとさまざまな情報が錯綜(さくそう)した。山崎氏の最終的な狙いは小泉純一郎前首相の3度目の訪朝といわれ、実現へ向けて進展があれば政権への影響は大きかった。

 それだけに政府内では「山崎氏が手ぶらで帰ってくれて本当によかった」(政府高官)との安堵(あんど)の声も漏れる。小泉前首相の訪朝については話題にならなかったという。



 さらに、山崎氏が会見で、横田めぐみさんの偽物の「遺骨」の返還を北朝鮮側が主張したことを明らかにしたことも、「向こうの言い分を宣伝しているだけだ」(自民党幹部)と厳しい見方が出ている。山崎氏の出発時には「意欲を買いたい」と評価していた公明党の太田昭宏代表も13日、「あくまで政府が前面に立って、そこにすべての情報を集中し、呼吸の乱れがないように対応することが大事だ」と述べた。

 ただ、自民党の加藤紘一元幹事長は11日、「山崎氏の訪朝は理解される時期がくる」と指摘している。山崎氏による説明内容は北朝鮮と合意したメモに沿ったもので、「近い将来に大きな情勢の変化がある」とした北朝鮮の今後の対応が、山崎氏の成果を占うことになりそうだ。
―――――――






山拓は、「ソン・イルホ日朝国交正常化交渉担当と計5回15時間も会談した。他にも何人かの金正日の側近と会談した。その人達が誰かは言えない。」と言っているが、嘘だろう。

ソン・イルホと短い時間の対談をしただけで、あとは全て北朝鮮から与えられたオモチャと変態プレイをしていたのだろう。

昨晩のテレビニュースでは、早ければ3月頃にまた訪朝するかもしれないとのことだ。





●山崎拓の訪朝を加藤紘一が評価
●平壌入り後、何の音沙汰もなく、「もてなし」を受けている
★山拓の変態プレイ
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/11418545.html




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○「(親子3Pをやりたいので)お母さんを説得してくれないか」
・・・
○「(妊娠して、中絶すべきかどうかを悩んでいる愛人に対して)何時間も何時間もこうやって突いてたら子供が出てくるよ。強烈なセックスで突き出してやる」
・・・
○「女というのは、堕ろせば、堕ろすほどセックスが良くなるもんだ」
・・・
などなど
・・・

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