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元TBS鈴木史朗「南京事件の話は聞いた事がない」「清潔好きな日本兵が強姦するとは考えづらい」
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【動画】元TBSアナ・鈴木史朗氏「北京と天津に7年いたが南京事件の話は聞いた事がない」@南京戦の真実を追求する会
元TBSの鈴木史朗アナウンサー
「北京と天津に7年間いましたが、日本人からも中国人からも南京事件の話は聞いた事がない」
「日本兵は清潔好きなので、蚤、虱、南京虫が移ってしまうので、女性に乱暴するということは全く無かったと考えて良いと思う」





https://twitter.com/Jon2hz7wo5iQ/status/1073795603157532673
チャンネル写楽TV‏ @Jon2hz7wo5iQ
南京戦の真実を追求する会
第九回講演会
元TBSアナウンサーの鈴木史朗さん


#南京事件 #南京戦 #鈴木史朗 #阿羅健一
(動画)
13:23 - 2018年12月15日




元TBSアナウンサーの鈴木史朗さんによる素晴らしい講演だ!

上掲したツイッターの動画で、鈴木史朗さんは「北京と天津に7年間いましたが、南京事件の話は聞いた事がない」と述べている。

そのとおりだ。

当時は、戦時プロパガンダによるごく一部のデマ報道を除けば、世界中の誰にも「南京事件」「南京大虐殺」なんて認識されていなかった。

相手の支那国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見を開いて日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言わなかった。

したがって、当時は、支那人も日本人も第3国の外国人も、誰も「南京事件」「南京大虐殺」なんて全く認識していなかったのだ。

南京に居た支那人や日本人や第3国の外国人でさえ誰も南京での虐殺のことなど話題にしていなかったのだから、ましてや北京と天津に7年間居ても南京事件の話なんて全く聞かないのは当たり前のことだったのだ!

事実関係として、当時南京に居て事件などの情報収集に躍起になっていたプロ中のプロたちも、南京での日本軍による虐殺は全く認識していなかった!



一般市民の殺害等については、当時南京で取材していた朝日新聞など多くの新聞社や通信社の記者やカメラマンたちが「虐殺は0件」(0人)、「市民殺害なんて1件も有りえない」、「戦後言われていることは全部ウソ」だと断言している!

東京朝日新聞・橋本登美三郎上海支局長の証言

「南京での事件ねえ。
私は全然聞いてない。
もしあれば、記者の間で話に出てるはずだ

記者は少しでも話題になりそうな事は話をするし、それが仕事だからね。
噂としても聞いた事もない。
朝日新聞は現地で座談会もやっているが、あったのなら、露骨ではないにしても抵抗があったとかそんな話が出るはずだが。
南京事件はなかったんだろう。」


同盟通信・前田雄二記者の証言

「虐殺とは戦争に関係ない住民や婦女子をむげに殺害することだろう。
ところが殺されなければならない住民婦女子は(難民区)内にあって、日本の警備司令部によって保護されていた。
私の所属していた同盟通信の旧支局はその中にあった。
入城四日目には私たちは全員この支局に居を移し、ここに寝泊まりして取材活動をしていた。
つまり難民区内が私たちの生活圏内で、すでに商店が店を開き、露天商や大道芸人まで出て、日常生活が回復していた。
この地区の情報はちくいち私たちの耳目に入っていたのだ。
こういう中で、万はおろか、千、百、あるいは十をもって数えるほどの虐殺など行われようはずがない。
もしあれば、私たちが見逃すはずがない


東京日々新聞カメラマン 金沢善雄氏の証言

「戦後、この時、何万人かの虐殺があったといわれていますが、不思議でしようがないのです。私は南京をやたら歩いていますが、虐殺を見たこともなければ聞いたこともありません」
ここ(南京)には1ヶ月ほどいましたが、戦後言われているような事は何も見ていなければ、聞いてもいません。ですから虐殺があったと言われていますが、あり得ないことです。松井大将が絞首刑になったのも不思議でしょうがないのです」


報知新聞従軍記者 田口利介氏の証言

―― 南京で虐殺があったといわれますが?

「当時聞いたこともなかったし、話題になったこともありません」


読売新聞技師 樋口哲雄氏の証言

「自転車を持っていたので、毎日あっちこっちに行きました」

―― その頃、日本軍による虐殺があったと言われていますが?

「どこで何があったのか知りません」

―― 見たり聞いたりしませんか?

全然解りません。だいいちそういう形跡を見たことがありません。あったとよく言われますが、どこでどんなものがあったのか。中山陵など荒らされていないし、きれいでした。
やらなきゃこっちがやられるからやったのを虐殺といっているのだと思います」


大阪毎日新聞 五島広作記者の証言

―― 第六師団は北支で感謝状をもらってないから、中支で残虐行為をやったと言う人もいますが……。

はじめて聞いた話です。第六師団でそんなことはありませんでした
先ほどの話同様、谷中将が処刑されてからの作り話でしょう。
戦後、中国の言い分に合わせた話がよく作られています

―― 南京陥落後の第六師団の行動はどうでした?

十三日、十四日は城内掃蕩で、残虐行為などありません

(中略)

―― 五島さんはいつまで南京にいましたか。

「翌年の一月十日頃までいました。
この間、南京のあちこちに行きましたが、虐殺といわれることは見ていません。
また、強姦もあったといわれますが、すでに慰安所ができてましたから、戦後いわれていることは嘘です。(後略)」


東京日日新聞 佐藤振寿カメラマンの証言

―― 虐殺があったといわれてますが……。

「見てません。虐殺があったといわれてますが、十六、七日頃になると、小さい通りだけでなく、大通りにも店が出てました。
また、多くの中国人が日の丸の腕章をつけて日本兵のところに集まってましたから、とても残虐行為があったとは信じられません。

―― 南京事件を聞いたのはいつですか

「戦後です。アメリカ軍が来てからですから、昭和二十一年か二十二年頃だったと思いますが、NHKに『真相箱』という番組があって、ここで南京虐殺があったと聞いたのがはじめてだったと思います。
たまたま聞いてましてね。
テーマ音楽にチャイコフスキーの交響曲が流れた後、機関銃の音キャーと叫ぶ市民の声があって、ナレーターが、南京で虐殺がありました、というのですよ。
これを聞いてびっくりしましてね。嘘つけ、とまわりの人にいった記憶があります
 十年ほど前にも朝日新聞が『中国の旅』という連載で、南京では虐殺があったといって中国人の話を掲載しましたが、その頃、日本には南京を見た人が何人もいる訳です。
何故日本人に聞かないで、あの様な都合よく嘘を載せるのかと思いました。
当時南京にいた人は誰もあの話を信じてないでしょう。
(略)」


石川達三(「生きている兵隊」作者)の証言

「私が南京に入ったのは入城式から2週間後です」

――そのときどのような虐殺をご覧になられましたか?

「大殺戮の痕跡は一ぺんも見ておりません」



『「南京事件」日本人48人の証言』阿羅健一(2001/12/1)


『「南京大虐殺」はこうして作られた――東京裁判の欺瞞』冨士信夫著より

東京裁判
弁護側立証


●塚本浩次(陸軍法務局で中支派遣軍検察官、予審官、裁判官)
検察官は幾つかの殺害事件について訊問したが、塚本証人は「そのようなことは全くないと思う」との証言を繰り返した。


●中山寧人(中支那方面軍参謀として情報収集を主務としていた人物であり、その宣誓供述書の内容は、松井軍司令官の旗下部隊に発した命令の内容、南京城攻撃前に執られた措置、南京攻略の模様、南京入城後に執られた措置等詳細に亘る)

南京事件のことを私が聞いたのは、実は終戦後である。
私は南京事件なるものは、次の4つに区分して考える必要があると思う。

第1 市民に対する虐殺事件。これは絶対にそういうことはないと信じている。
第2 俘虜の虐殺。先述したような誤り伝えられた外に、これもないと考える。
第3 外国権益、特に財産に対する侵害。これは一部にあったと思う。ただし、これは中国兵がやったのか日本兵がやったのか、その点は今に至るまではっきりしない。
第4 婦女子に対する不法行為および掠奪。これは小規模においてはあったと考え、はなはだ遺憾に思う。



以上のとおり、当時、南京に居て情報収集に躍起になっていたプロ中のプロたちでさえ、南京事件や南京虐殺については1件たりとも聞いていないのだから、子供の時に北京と天津にいた鈴木史朗さんが南京事件のことを聞いた事がないのは当然なのだ!





また、上掲したツイッターの動画で鈴木史朗さんは「日本兵は清潔好きなので、蚤、虱、南京虫が移ってしまうので、女性に乱暴するとは考えづらい」と述べている。

真実だが、より厳密に言うと、日本軍への通報記録や軍関係の裁判を司る法務部長の証言などによれば、買春(売春の客)や和姦かもしれない事案も含めて全部で約7件~10件のいわゆる「強姦事件」は認識されていた。

逆に言えば、買春(売春の客)や和姦かもしれない事案も含めても、当時の南京ではせいぜい約7件~10件の強姦事件しか認識されていなかったということだ。

これは、古今東西、世界中のいかなる戦争でも考えられないほど、当時の日本軍の軍紀が厳正だったということだ。

また、日本軍は、道端で拾った靴を持ち帰っただけで掠奪事件として軍法会議にかけられたりしていた。

それほど、当時の日本軍内部では、強姦、略奪、殺人などの犯罪について、厳しく取り締まっていた。

それほど厳しく軍隊内部を取り締まっていた南京の日本軍においても、殺人事件はゼロ(0件)だったのだ!



南京における日本軍による強姦犯罪については、きちんとした当時の資料が存在する。

(南京安全地帯の記録より強姦の事例を紹介)

そこで、記録者名のある強姦(未遂)事例61件のうち、日本軍に通報された事例を挙げると、それは次のように分類される。

①日本兵逮捕の事例は、右の「事例167」の1件のみであった。
②日本兵が憲兵に引き渡されて事例は、右の「事例227」の1件のみであった。
③憲兵に連絡された事例は、「事例426」の1件のみであった。
④日本兵が連行された事例は、「事例168」と、「事例220」の、2件であった。
⑤被害者が証人として同行を求められたのは、右の「事例146」の1件のみであった。
⑥日本兵と被害者(未遂)が連行されたのは、「事例216」の1件のみであった。

このように日本軍に通報された件数は、合計7件であった。右の計算には、あるいは見落としがあるかも知れない。そこで、東京裁判に出廷した塚本浩次法務部長の証言をも紹介しておく。
法務部とは軍関係の裁判を司る部門であった。塚本法務部長は上海派遣軍法務官として、1937年12月から1928年8月まで南京に在勤した。その間に、何件の事件を扱ったのか。サトン検察官から、そう尋問されて、彼は次のように答えた。
 《10件内外であつたかと思います。(略)10件と申しましたのは1人1件ではございません。1件の中には数人を含む場合も相当あります。》

P261
『「南京虐殺」の徹底検証』東中野修道著


上記のように、日本軍への通報記録や軍関係の裁判を司る法務部の塚本浩次部長(上海派遣軍法務官)の証言によれば、南京における日本軍による強姦事件は約7件~10件だった。

さらに、第十軍法務部長の小川関次郎氏も、1937年11月15日~12月14日に軍紀及び風紀犯で処罰したのは約20件程度と証言している。

以下、竹本忠雄・大原康男著日英バイリンガル 再審「南京大虐殺」』より。

http://www.ne.jp/asahi/unko/tamezou/nankin/alleged/note.html
[六十四] 日本兵による強姦事件が全くなかったわけではない。東京裁判において第十軍法務部長の小川関次郎は宣誓口供書で次のように証言している(検察は反対尋問の機会を与えられたが、行わなかった)。

「自分は南京に着くまでの間(一九三七年十一月五日から十二月十四日まで)に約二十件くらいの軍紀及び風紀犯を処罰した。風紀犯の処罰について困難を感じたことは和姦なりや強姦なりや不分明なることであった。
その理由は中国婦人のある者は日本兵に対して自ら進んで挑発的態度をとることが珍しくなく、和合した結果を夫または他人に発見せらるると婦人の態度は一変して大袈裟に強姦を主張したからである。
しかし自分は強姦と和姦とを問わず起訴せられたものはそれぞれ事実の軽重により法に照らして処罰した」

(「速記録第三一〇号」『南京大残虐事件資料集 第一巻』二五六頁)


[68] There were a few rapes by Japanese soldiers. As to the rape cases, OGAWA Sekijiro, the chief of Judicial Affairs Department of the 10th Army, testified in his 'affidavit' in the IMTFE as follows :

During my moving to Nanking from November 5, 1937 to December 14, 1937, I dealt with about twenty cases of offenses against military discipline and public morals. In the course of my dealing with crimes or public morals, I found it very difficult to decide whether the cases were fornication with female consent or violation.
The reason was that on the part of the Chinese women some of them were not so rare to take a suggestive attitude towards Japanese soldiers, and once found as having committed adultery with Japanese soldiers by their husbands or other people, they suddenly changed their attitude and asserted exaggeratedly that they had been raped. Whether adultery or rape, however, I punished indictees in accordance with the law, weighing the relative importance of the facts.

(The Tokyo War Crimes Trial, pp.32675-32676.)


上記の資料は、日本語と英語の2か国語で書かれた南京大虐殺の否定本に掲載されており、ネット上で全て読むことが可能だ!

日英バイリンガル・再審「南京大虐殺」 世界に訴える日本の冤罪 The Alleged 'Nanking Massacre' Japan's rebuttal to China's forged claims
http://www.ne.jp/asahi/unko/tamezou/nankin/alleged/index.html
日英バイリンガル
再審「南京大虐殺」
世界に訴える日本の冤罪
The Alleged 'Nanking Massacre'
Japan's rebuttal to China's forged claims

http://www.ne.jp/asahi/unko/tamezou/nankin/alleged/preface.html#preface
http://www.ne.jp/asahi/unko/tamezou/nankin/alleged/chapter2-1.html#chapter2



以上のとおり、当時の資料から、南京における日本軍による強姦事件は、買春(売春の客)や和姦に近い事案を含めても10件程度だった。


一方、南京における日本軍による虐殺事件は、0件だった。


「南京戦の真実を追求する会」第9回講演会
~外務省目覚めよ!南京事件はなかった~
これが最後!
元TBS アナウンサーの鈴木史朗氏が語る当時の中国
《私が見た南京》
講師 元TBS アナウンサー鈴木史朗
日時:12月12日(水)

【南京戦の真実】元TBS・鈴木史朗アナ「北京と天津に7年いたが南京事件の話は聞いた事ない」
■動画
【北京と天津に7年いたが南京事件の話は聞いた事がない】鈴木史郎講演 〜私が見た南京〜 前半
https://www.youtube.com/watch?v=vcPSAB2LXxM


■動画
【日本兵は中国の民衆のために一生懸命やってきた。その方々を悪く言う事は許せない】元TBSアナウンサー鈴木史朗氏の講演 南京戦の真実を追求する会 〜私が見た南京〜後編
https://www.youtube.com/watch?v=tpC3s8cWDQI










●南京大虐殺完全否定のまとめ

日本軍による南京市民虐殺事件は、全くなかった(0人)。

まず、南京市民の大半は、日本軍が南京を陥落させた1937年12月13日以前に南京を脱出して日本軍が占領した上海などに避難していた。
南京に残った約20万人の南京市民も全員が安全区に避難し、安全区以外の南京城内に善良な市民は誰一人として居なかった。
南京城内の安全区以外には誰も居なかったのだから、そこで虐殺など起こるわけがない。

次に、南京に残った全市民が集められていた安全区内の状況だが、12月13日に日本軍が南京を陥落させる前と比べ、日本軍占領後の南京安全区の人口は増加した。
日本軍による南京占領後、南京の治安が回復すると、日本軍が占領していた上海などに避難していた南京市民が戻って来て南京の人口は増加した。

陥落から何日か経ち、安全区内で日本軍による約10件の強姦事件や同程度の掠奪事件が発生したが、これら事件は、日本の軍関係の裁判を司る法務部で把握されている。
日本軍将兵は道端で拾った靴を持ち帰っただけで掠奪事件として軍法会議にかけられたりしていたが、「虐殺」事件は南京に居た憲兵隊などに通報されたことも全くなかった。

また、15人の安全区国際委員会メンバーや100人を超す日本人報道関係者などは南京に長期間滞在していたが、誰も1度も日本軍による虐殺を目撃しなかった。
虐殺事件に関しては、目撃が0件で、現地の憲兵隊などへの通報も、憲兵隊などによる発見もなかった。

更に、支那国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見をして日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言わなかった。
支那国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見をして日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言わなかった。

支那国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見をして日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言わなかった。

最後に、戦後しばらく経ってから自白した元日本兵が何人か居たが、これまで本名で証言をした人は例外なくすべて嘘であったことが確認されている。

よって、日本軍による南京虐殺事件は0件だった。


以上のとおり「南京大虐殺」については、事実関係として完全に虚構(捏造)であり、日本軍によって虐殺された南京市民はゼロ(0人)だった。
【平和甦る南京《皇軍を迎えて歓喜沸く》】朝日新聞1937年12月20日掲載「17日河村特派員撮影」
【平和甦る南京《皇軍を迎えて歓喜沸く》】朝日新聞1937年12月20日掲載「17日河村特派員撮影」


また、捕虜の不法殺害については、南京戦に参加した畝本正己が、資料、証言を更に整理し検討し、【昭和63年=1988年】に発行した『南京戦史』(偕行社)で、撃滅・処断推定約1万6千人、うち不法殺害の可能性があるのは歩66第1大隊の捕虜処断最大約8百人の一例のみとの結論を出している。

つまり、「捕虜の不法殺害」の犠牲者は、0人~800人というのが結論だ。(関連記事


一方、支那軍は、支那事変のあった8年間で、投降したり負傷したりして捕まえた日本兵を捕虜として保護したことは全くなかった。

支那軍は、「反戦兵士」(違法)にする極めて少数の日本兵を除き、1人残らず日本軍将兵を惨殺した。

まさに「皆殺し」だった。

日本軍が南京だけでも1万人以上の支那兵を捕虜として保護したのとは、対照的だった。








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大盛況!杉田水脈「南京事件はなかった」マスコミ禁止講演会!FRIDAY「驚くべき過激な講演」
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「南京事件はなかった」杉田水脈がマスコミ禁止講演会で本心を語る

マスコミ禁止の講演会に登壇した杉田水脈議員についてFRIDAY(マスコミ)が報道!

講演会のタイトルは、【外務省目覚めよ! 南京事件はなかった】

FRIDAY「事件そのものが"なかった"とは、驚くべき過激な講演である」

マスコミ禁止講演会であり、杉田議員の講演の前には、『マスコミの傍聴はお断り。撮影・録音、ネットやSNSのアップもすべて禁止です』と厳重な注意!

登壇した杉田水脈が「ご心配をおかけしておりますけど、見ての通り、ワタクシ大丈夫でございます!」などと挨拶すると、会場に詰めかけた約300人の満員の聴衆は拍手喝采!

杉田水脈「反日の人たちがホントに手強い。しっかりと真実を発信させていただくという姿勢には変わりありません」

当日、会場では、杉田水脈が『新潮45』に寄稿した論文『「LGBT」支援の度が過ぎる』のコピーが来場者全員に配られた。

角谷 浩一(かくたに こういち、1961年4月3日 - )は、日本の政治ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ
政治ジャーナリストの角谷浩一「杉田議員は、自分の支持者・理解者のもとにしか行かない。トップの安倍首相自身が、シンパだけを近づけ、反対派を遠ざけていますからね。みんなその姿を真似している」

FRIDAY「支持者におだてられ、迎合しているだけでは、政治家とは言えない」




http://news.livedoor.com/article/detail/15410837/
「南京事件はなかった」杉田水脈がマスコミ禁止講演会で本心を語る
「南京事件はなかった」杉田水脈がマスコミ禁止講演会で本心を語る

・マスコミ禁止の講演会を開いた杉田水脈議員についてFRIDAYが報じている

・講演会のタイトルは「外務省目覚めよ! 南京事件はなかった」というもの

・会では、私を批判をしているのはみんな反日だ、との「本心」が見えたそう



「南京事件はなかった」杉田水脈がマスコミ禁止講演会で本心を語る
2018年10月7日 7時0分 FRIDAYデジタル

原稿載せた『新潮45』が休刊

安倍首相の後ろ盾があれば何を言っても許されるのか

自民党上層部から禁じられているのか、「SNSでの発信はできない」と語ったが、講演では饒舌だった
自民党上層部から禁じられているのか、「SNSでの発信はできない」と語ったが、講演では饒舌だった

自民党上層部から禁じられているのか、「SNSでの発信はできない」と語ったが、講演では饒舌だった
9月25日、新潮社への抗議デモには100人超が詰めかけ、杉田論文を掲載した『新潮45』は休刊に

杉田議員が登壇した講演のパンフレット。開会に際し、会場では国歌斉唱と皇居遥拝が行われた
杉田議員が登壇した講演のパンフレット。開会に際し、会場では国歌斉唱と皇居遥拝が行われた



「(広島で講演した際)会場の皆さんに『(豪雨の被害は)大丈夫ですか』と問いかけますと、『あなたが大丈夫ですか』と。フフフフ。ご心配をおかけしておりますけど、見ての通り、ワタクシ大丈夫でございます!」

登壇した杉田水脈(みお)衆議院議員(51)がそう挨拶すると、会場に詰めかけた聴衆は拍手喝采。彼女は満面に笑みを浮かべ、滔々(とうとう)と自説を語り始めた――。

『新潮45』掲載の記事「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」が大炎上している中、発売翌日の19日、渦中の代議士の姿が東京・文京区にあった。

区内のホールで開かれた講演会のタイトルは、〈外務省目覚めよ! 南京事件はなかった〉というもの。’37年に起きた南京大虐殺については様々な議論があるものの、事件そのものが"なかった"とは、驚くべき過激な講演である。

「主催は『南京戦の真実を追求する会』という団体です。杉田議員の他に原田義昭衆議院議員(自民党)や中山成彬衆議院議員(希望の党)も講演を行いました。会場は約300人の聴衆でほぼ満員。ほとんどが中高年の男性でしたね。杉田議員の講演の前には、『マスコミの傍聴はお断り。撮影・録音、ネットやSNSのアップもすべて禁止です』と厳重な注意がありました」(傍聴したジャーナリストの鈴木エイト氏)

司会者から「あらゆる問題に切り込む若手で期待されるナンバーワン」と持ち上げられて登壇した杉田議員のテーマは〈国際社会は南京事件をどう見ているか〉。悲劇を忘れないようにと、中国系カナダ人の間で南京事件の記念日制定の動きがあった事案を紹介した上で、「皆さんに一緒に戦っていただきたいと思っています」と結んだ。

「約25分間の講演のなかで、『新潮45』騒動への直接の言及はありませんでした。ただ、いまも彼女が『新潮45』に寄稿した論文『「LGBT」支援の度が過ぎる』に自信を持っているのは間違いないと思います。というのも、当日、会場では記事のコピーが来場者全員に配られましたからね」(前出・鈴木氏)

「そうだそうだ!」という支援者からの合いの手に気を良くしたのか、講演では、こんな"本心"を明かす場面もあった。

「杉田水脈はレイシストだ、テロリストだと言われてまして。(講演を開こうとすると)会場を貸すのを断られる。世界中でこういう工作がなされている」

「反日の人たちがホントに手強い」

「しっかりと真実を発信させていただくという姿勢には変わりありません」


私は正しい。批判をしているのはみんな反日だ――そんな彼女の胸の内が透けて見えるかのようだ。

政治ジャーナリストの角谷浩一氏が断ずる。

「政治家は本来、異なる意見の人とこそ議論を戦わせるもの。しかし杉田議員は、自分の支持者・理解者のもとにしか行かない。この傾向は、杉田議員だけでなく、自民党の若手議員の間で顕著になっています。トップである安倍首相自身が、シンパだけを近づけ、反対派を遠ざけていますからね。みんなその姿を真似し、正しい政治家像を見失っているのです」

支持者におだてられ、迎合しているだけでは、政治家とは言えないのである。



>区内のホールで開かれた講演会のタイトルは、〈外務省目覚めよ! 南京事件はなかった〉というもの。’37年に起きた南京大虐殺については様々な議論があるものの、事件そのものが"なかった"とは、驚くべき過激な講演である。


FRIDAYは、アホだ!

【1937年に「南京戦」「南京陥落」はあったが、「南京大虐殺」「南京事件」もなかった】というのは、今では常識だ!


●南京大虐殺完全否定のまとめ

日本軍による南京市民虐殺事件は、全くなかった(0人)。

まず、南京市民の大半は、日本軍が南京を陥落させた1937年12月13日以前に南京を脱出して日本軍が占領した上海などに避難していた。
南京に残った約20万人の南京市民も全員が安全区に避難し、安全区以外の南京城内に善良な市民は誰一人として居なかった。
南京城内の安全区以外には誰も居なかったのだから、そこで虐殺など起こるわけがない。

次に、南京に残った全市民が集められていた安全区内の状況だが、12月13日に日本軍が南京を陥落させる前と比べ、日本軍占領後の南京安全区の人口は増加した。
日本軍による南京占領後、南京の治安が回復すると、日本軍が占領していた上海などに避難していた南京市民が戻って来て南京の人口は増加した。

陥落から何日か経ち、安全区内で日本軍による約10件の強姦事件や同程度の掠奪事件が発生したが、これら事件は、日本の軍関係の裁判を司る法務部で把握されている。
日本軍将兵は道端で拾った靴を持ち帰っただけで掠奪事件として軍法会議にかけられたりしていたが、「虐殺」事件は南京に居た憲兵隊などに通報されたことも全くなかった。

また、15人の安全区国際委員会メンバーや100人を超す日本人報道関係者などは南京に長期間滞在していたが、誰も1度も日本軍による虐殺を目撃しなかった。
虐殺事件に関しては、目撃が0件で、現地の憲兵隊などへの通報も、憲兵隊などによる発見もなかった。

更に、支那国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見をして日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言わなかった。
支那国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見をして日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言わなかった。

支那国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見をして日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言わなかった。

最後に、戦後しばらく経ってから自白した元日本兵が何人か居たが、これまで本名で証言をした人は例外なくすべて嘘であったことが確認されている。

よって、日本軍による南京虐殺事件は0件だった。


以上のとおり「南京大虐殺」については、事実関係として完全に虚構(捏造)であり、日本軍によって虐殺された南京市民はゼロ(0人)だった。
【平和甦る南京《皇軍を迎えて歓喜沸く》】朝日新聞1937年12月20日掲載「17日河村特派員撮影」
【平和甦る南京《皇軍を迎えて歓喜沸く》】朝日新聞1937年12月20日掲載「17日河村特派員撮影」


また、捕虜の不法殺害については、南京戦に参加した畝本正己が、資料、証言を更に整理し検討し、【昭和63年=1988年】に発行した『南京戦史』(偕行社)で、撃滅・処断推定約1万6千人、うち不法殺害の可能性があるのは歩66第1大隊の捕虜処断最大約8百人の一例のみとの結論を出している。

つまり、「捕虜の不法殺害」の犠牲者は、0人~800人というのが結論だ。(関連記事


一方、支那軍は、支那事変のあった8年間で、投降したり負傷したりして捕まえた日本兵を捕虜として保護したことは全くなかった。

支那軍は、「反戦兵士」(違法)にする極めて少数の日本兵を除き、1人残らず日本軍将兵を惨殺した。

まさに「皆殺し」だった。

日本軍が南京だけでも1万人以上の支那兵を捕虜として保護したのとは、対照的だった。






>「主催は『南京戦の真実を追求する会』という団体です。杉田議員の他に原田義昭衆議院議員(自民党)や中山成彬衆議院議員(希望の党)も講演を行いました。会場は約300人の聴衆でほぼ満員。ほとんどが中高年の男性でしたね。杉田議員の講演の前には、『マスコミの傍聴はお断り。撮影・録音、ネットやSNSのアップもすべて禁止です』と厳重な注意がありました」(傍聴したジャーナリストの鈴木エイト氏)


あれ?

『マスコミの傍聴はお断り。撮影・録音、ネットやSNSのアップもすべて禁止です』と厳重な注意があったのに、講談社の雑誌「FRIDAY」の記者は傍聴して当該記事を掲載しても良いのかな?

報道機関の総称が「マスメディア」「マスコミ」であり、報道機関の定義に「新聞社・放送局・出版社・通信社がこれに該当する」とあるので、雑誌「FRIDAY」の講談社などの出版社もマスコミに入るはずだ。


マスコミ禁止の講演会に登壇した杉田水脈議員についてFRIDAY(マスコミ)が報道!「南京事件はなかった」杉田水脈がマスコミ禁止講演会で本心を語る





>司会者から「あらゆる問題に切り込む若手で期待されるナンバーワン」と持ち上げられて登壇した杉田議員のテーマは〈国際社会は南京事件をどう見ているか〉。悲劇を忘れないようにと、中国系カナダ人の間で南京事件の記念日制定の動きがあった事案を紹介した上で、「皆さんに一緒に戦っていただきたいと思っています」と結んだ。


「中国系カナダ人の間で南京事件の記念日制定の動きがあった事案」については、当ブログにおいても平成29年(2017年)2月3日付記事で取り上げた!

●詳細記事
カナダ「南京大虐殺記念日」法案(オンタリオ州)・韓国系議員「30万人虐殺、2万人以上レイプ」
http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-6550.html


(冒頭の一部を再掲載)

カナダ・オンタリオ州議会「南京大虐殺記念日」制定の法案

韓国系議員「日本軍は約30万人の中国人を冷酷に虐殺し、下は10歳以下、上は80歳以上の中国人女性と子供2万人以上をレイプした」

http://www.sankei.com/politics/news/170202/plt1702020003-n1.html
【歴史戦】
カナダのオンタリオ州議会が「南京大虐殺記念日」制定の法案 反対の署名活動も中国系多数で成立か
2017.2.2 05:00更新、産経新聞

カナダのオンタリオ州議会が「南京大虐殺記念日」制定の法案 反対の署名活動も中国系多数で成立か
中国江蘇省南京市の「南京大虐殺記念館」で行われた犠牲者追悼式典=2016年12月13日(共同)

 カナダ東部オンタリオ州議会が12月13日を「南京大虐殺記念日」に制定する法案を審議していることが分かった。昨年12月上旬に香港出身の中国系カナダ人議員が法案を提出した。制定反対の署名集めも行われているが、同州は中国系人口が集中しており、成立する可能性が高い。今年は南京事件から80周年にあたることから、記念日が制定されれば「旧日本軍の残虐性」などをアピールする行事が開かれる可能性がある。

 法案は「オンタリオの人たちはアジアで起きた第二次大戦の残虐行為を深く議論し、検証する機会がなかった。南京大虐殺の変わらぬ教訓について学ぶことは重要だ」と指摘。記念日制定については「日本軍の南京占領で20万人以上の中国人市民と兵士が無差別に殺害された南京大虐殺の犠牲者を追悼し、遺族に敬意を払う機会を提供する」と明記している。

 法案提出議員による昨年12月8日の趣旨説明の際は賛成意見が相次いだ。
韓国系議員は「日本軍は約30万人の中国人を冷酷に虐殺し、下は10歳以下、上は80歳以上の中国人女性と子供2万人以上をレイプした」「人類史上、最も大規模で非人道的虐殺の一つだった」など、誇張した数字を挙げて賛意を表明した。

 こうした動きに対し、現地の日系文化会館が中心になって記念日制定に反対する署名活動を始めた。国籍などは問わず、同州に6カ月以上居住している人なら誰でも署名できる。2月15日までに署名を集め、ウィン州首相に提出する方針。






>「そうだそうだ!」という支援者からの合いの手に気を良くしたのか、講演では、こんな"本心"を明かす場面もあった。
>「杉田水脈はレイシストだ、テロリストだと言われてまして。(講演を開こうとすると)会場を貸すのを断られる。世界中でこういう工作がなされている」
>「反日の人たちがホントに手強い」
>「しっかりと真実を発信させていただくという姿勢には変わりありません」
>私は正しい。批判をしているのはみんな反日だ――そんな彼女の胸の内が透けて見えるかのようだ。



当該FRIDAY記者は、「南京事件はなかった」講演会について、「事件そのものが"なかった"とは、驚くべき過激な講演である」と無知丸出しの主張をするだけあり、かなり反日思想に染まっている。

自分が反日思想に洗脳されているから、杉田水脈の正論を全く理解できない。

愛国者の杉田水脈を批判している連中は、基本的に「反日」で間違いない。






>政治ジャーナリストの角谷浩一氏が断ずる。
>「政治家は本来、異なる意見の人とこそ議論を戦わせるもの。しかし杉田議員は、自分の支持者・理解者のもとにしか行かない。この傾向は、杉田議員だけでなく、自民党の若手議員の間で顕著になっています。トップである安倍首相自身が、シンパだけを近づけ、反対派を遠ざけていますからね。みんなその姿を真似し、正しい政治家像を見失っているのです」



「新潮45」に掲載された杉田水脈の「『LGBT』支援の度がすぎる」という論文の全文について報道や議論をせず、論文の一部を切り貼りして「杉田議員は『LGBTは生産性がない』と述べた」などとばかり歪曲偏向報道をしたり、その部分についてだけ批判する政治家などの方が大問題だ!
●関連記事
韓国人アンミカ「日本は世界の恥。凄い傷ついた」・杉田水脈らを猛批判!昨年は「国民はバカじゃない」
http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-7229.html

●詳細記事
LGBT特権を許すな!在日特権や部落特権やアイヌ特権などと同様の利権団体は不要!頑張れ杉田水脈
http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-7172.html

『LGBT』支援の度がすぎる 新潮45 杉田水脈

『LGBT』支援の度がすぎる
新潮45 杉田水脈


(一部抜粋)

例えば、子育て支援や子供ができないカップルへの不妊治療に税金を使うというのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分があります。
しかし、LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。
彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。
そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか。
にもかかわらず、行政がLGBTに関する条例や要項を発表するたびにもてはやすマスコミがいるから、政治家が人気とり政策になると勘違いしてしまうのです。








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左:『アメリカ人だから言えた 戦後日本教育の不都合な真実』2018/6/10 ケント・ギルバート (著)
右:『西部邁 日本人への警告 わが国にとって「保守vs.革新」とは何だったのか』2018/6/17 西村幸祐 (著), 富岡幸一郎 (著), 三浦小太郎 (著)


「南京事件はなかった!」
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朝日社説「南京事件で日本軍は捕虜や一般市民を数多く殺害した。否定できない。直視しなければ恥」
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(社説)南京事件80年 冷徹な直視の姿勢こそ 朝日新聞
朝日新聞(社説)
南京事件で日本軍は捕虜や一般市民を数多く殺害した。
日本では数万から20万人まで見方が分かれるが、事件自体を否定する歴史研究者はまずいない。
事件は否定しようがない。
人数は史実の重要部分ではあっても、歴史から教訓を学ぶうえでは必ずしも問題の本質とはいえない。
過去を直視できないとすれば、それが真に恥ずべきことだ。




(社説)南京事件80年 冷徹な直視の姿勢こそ 朝日新聞

http://www.asahi.com/articles/DA3S13277464.html
(社説)南京事件80年 冷徹な直視の姿勢こそ
2017年12月17日05時00分、朝日新聞

南京事件は、日中戦争の初期におきた。1937年12月13日に南京を陥落させた日本軍が、捕虜や一般市民を数多く殺害した。

それから80年。この事件は今も日中間の火だねとなる歴史認識問題の一つとなっている。

13日の南京での追悼式典には習近平(シーチンピン)国家主席が3年ぶりに出席したが、演説はしなかった。節目の年に歴史を重視する姿勢を見せつつ、日本への刺激は避ける配慮を示したようだ。

日中関係はいま、確かに改善傾向にある。冷静に歴史問題を見つめることができるようになったと考えたい。

事件については、犠牲者の人数が主な争点にされ、議論がこじれがちだった。中国では、戦後の南京での軍事裁判の判決を根拠に「30万人」が公式見解となり、政治の指導者もたびたび言及してきた。

だが、その裏付けは不十分と考える歴史研究者は中国でも少なくない。ただ、公開の場やメディアで発信できないため、多様な見方が日本に伝わらない。

一方、日本では数万から20万人まで見方が分かれるが、事件自体を否定する歴史研究者はまずいない。当時、軍紀の乱れが深刻な問題になったことが記録や証言に残っており、事件は否定しようがない。

出版物やネット上では、事件がなかったかのように扱う論調が以前からあり、近年強まっている感がある。この風潮が日本の主流の考えであるかのように中国で扱われることもある。

加害者・被害者の立場の違いに加え、言論や学問の自由をめぐる違い、そして時に政治的な思惑も絡み、互いに理解を妨げている現実がある。静かな環境で研究と交流が日中間で進むよう望みたい。

そもそも、人数は史実の重要部分ではあっても、歴史から教訓を学ぶうえでは必ずしも問題の本質とはいえない。

何万人が死んだ、ということではなく、一人一人が死に、それが何万にも上ったのだ――。南京事件のただ中に置かれた中国の知識人の日記の形をとった堀田善衛の小説「時間」は、主人公にこう語らせている。

80年も経てば証言者は減り、記憶は風化する。日本にとって恥ずかしい過去を表に出すのを拒もうとする力は、今後さらに強まるかもしれない。

しかし、過去を直視できないとすれば、それが真に恥ずべきことだ。不戦を誓う平和国家としての戦後の歩みを誇りとしつつ、不幸な過去に厳然と向き合う姿勢を忘れてはなるまい。



>南京事件は、日中戦争の初期におきた。1937年12月13日に南京を陥落させた日本軍が、捕虜や一般市民を数多く殺害した。


これは、朝日新聞の重大なフェイクニュースだ!

「捕虜の不法殺害」【0人~800人】で、「一般市民の殺害」【0人】だというのが、最も正確な事実だ!

一般市民の殺害については1件たりとも立件も証明もされていない上に、当時南京で取材していた朝日新聞など多くの新聞社や通信社の記者やカメラマンたちが「虐殺は0件」(0人)、「市民殺害なんて1件も有りえない」、「戦後言われていることは全部ウソ」だと断言している!

東京朝日新聞・橋本登美三郎上海支局長の証言

「南京での事件ねえ。
私は全然聞いてない。
もしあれば、記者の間で話に出てるはずだ

記者は少しでも話題になりそうな事は話をするし、それが仕事だからね。
噂としても聞いた事もない。
朝日新聞は現地で座談会もやっているが、あったのなら、露骨ではないにしても抵抗があったとかそんな話が出るはずだが。
南京事件はなかったんだろう。」


同盟通信・前田雄二記者の証言

「虐殺とは戦争に関係ない住民や婦女子をむげに殺害することだろう。
ところが殺されなければならない住民婦女子は(難民区)内にあって、日本の警備司令部によって保護されていた。
私の所属していた同盟通信の旧支局はその中にあった。
入城四日目には私たちは全員この支局に居を移し、ここに寝泊まりして取材活動をしていた。
つまり難民区内が私たちの生活圏内で、すでに商店が店を開き、露天商や大道芸人まで出て、日常生活が回復していた。
この地区の情報はちくいち私たちの耳目に入っていたのだ。
こういう中で、万はおろか、千、百、あるいは十をもって数えるほどの虐殺など行われようはずがない。
もしあれば、私たちが見逃すはずがない


東京日々新聞カメラマン 金沢善雄氏の証言

「戦後、この時、何万人かの虐殺があったといわれていますが、不思議でしようがないのです。私は南京をやたら歩いていますが、虐殺を見たこともなければ聞いたこともありません」
ここ(南京)には1ヶ月ほどいましたが、戦後言われているような事は何も見ていなければ、聞いてもいません。ですから虐殺があったと言われていますが、あり得ないことです。松井大将が絞首刑になったのも不思議でしょうがないのです」


報知新聞従軍記者 田口利介氏の証言

―― 南京で虐殺があったといわれますが?

「当時聞いたこともなかったし、話題になったこともありません」


読売新聞技師 樋口哲雄氏の証言

「自転車を持っていたので、毎日あっちこっちに行きました」

―― その頃、日本軍による虐殺があったと言われていますが?

「どこで何があったのか知りません」

―― 見たり聞いたりしませんか?

全然解りません。だいいちそういう形跡を見たことがありません。あったとよく言われますが、どこでどんなものがあったのか。中山陵など荒らされていないし、きれいでした。
やらなきゃこっちがやられるからやったのを虐殺といっているのだと思います」


大阪毎日新聞 五島広作記者の証言

―― 第六師団は北支で感謝状をもらってないから、中支で残虐行為をやったと言う人もいますが……。

はじめて聞いた話です。第六師団でそんなことはありませんでした
先ほどの話同様、谷中将が処刑されてからの作り話でしょう。
戦後、中国の言い分に合わせた話がよく作られています

―― 南京陥落後の第六師団の行動はどうでした?

十三日、十四日は城内掃蕩で、残虐行為などありません

(中略)

―― 五島さんはいつまで南京にいましたか。

「翌年の一月十日頃までいました。
この間、南京のあちこちに行きましたが、虐殺といわれることは見ていません。
また、強姦もあったといわれますが、すでに慰安所ができてましたから、戦後いわれていることは嘘です。(後略)」


東京日日新聞 佐藤振寿カメラマンの証言

―― 虐殺があったといわれてますが……。

「見てません。虐殺があったといわれてますが、十六、七日頃になると、小さい通りだけでなく、大通りにも店が出てました。
また、多くの中国人が日の丸の腕章をつけて日本兵のところに集まってましたから、とても残虐行為があったとは信じられません。

―― 南京事件を聞いたのはいつですか

「戦後です。アメリカ軍が来てからですから、昭和二十一年か二十二年頃だったと思いますが、NHKに『真相箱』という番組があって、ここで南京虐殺があったと聞いたのがはじめてだったと思います。
たまたま聞いてましてね。
テーマ音楽にチャイコフスキーの交響曲が流れた後、機関銃の音キャーと叫ぶ市民の声があって、ナレーターが、南京で虐殺がありました、というのですよ。
これを聞いてびっくりしましてね。嘘つけ、とまわりの人にいった記憶があります
 十年ほど前にも朝日新聞が『中国の旅』という連載で、南京では虐殺があったといって中国人の話を掲載しましたが、その頃、日本には南京を見た人が何人もいる訳です。
何故日本人に聞かないで、あの様な都合よく嘘を載せるのかと思いました。
当時南京にいた人は誰もあの話を信じてないでしょう。
(略)」



『「南京事件」日本人48人の証言』阿羅健一(2001/12/1)



また、捕虜の不法殺害については、南京戦に参加した畝本正己が、資料、証言を更に整理し検討し、【昭和63年=1988年】に発行した『南京戦史』(偕行社)で、撃滅・処断推定約1万6千人、うち不法殺害の可能性があるのは歩66第1大隊の捕虜処断最大約8百人の一例のみとの結論を出している。

つまり、「捕虜の不法殺害」の犠牲者は、0人~800人というのが結論だ。(関連記事


一方、支那軍は、支那事変のあった8年間で、投降したり負傷したりして捕まえた日本兵を捕虜として保護したことは全くなかった。

支那軍は、「反戦兵士」(違法)にする極めて少数の日本兵を除き、1人残らず日本軍将兵を惨殺した。

まさに「皆殺し」だった。

日本軍が南京だけでも1万人以上の支那兵を捕虜として保護したのとは、対照的だった。






>一方、日本では数万から20万人まで見方が分かれるが、事件自体を否定する歴史研究者はまずいない。当時、軍紀の乱れが深刻な問題になったことが記録や証言に残っており、事件は否定しようがない。


朝日新聞は何を勝手に「日本では数万から20万人まで見方が分かれるが、事件自体を否定する歴史研究者はまずいない。…」とか決め付けちゃってんの?!

ふざけんな!

当時、南京の現地で取材していた朝日新聞はじめとする多くの新聞社や通信社の記者やカメラマンたちが「虐殺は0件」(0人)、「市民殺害なんて1件も有りえない」、「戦後言われていることは全部ウソ」だと断言している!

その後の歴史研究でも、多くの歴史研究者たちが事件自体を否定し、「南京大虐殺は朝日新聞の捏造だ」などと指摘している!

今や「虐殺はなかった」「虐殺犠牲者0人」が圧倒的に優位な説となっている。


━━━━━━━━━━
『南京大虐殺』 犠牲者数をめぐる議論

43万人 2013年12月13日、財訊の記事
  |
  |
30万人 高興祖(南京大学教授)、孫宅巍 (江蘇省社会科学院研究員)、侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館。(日本人学者該当者なし)
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十数万~20万人 笠原十九司(都留文科大学教授)
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  |
10万人 洞富雄 (早稲田大学教授)、藤原彰(一橋大学教授)、吉田裕(一橋大学教授)、 井上久士(駿河台大学教授)and so on
  | 
4万人 秦郁彦(現代史家・元日本大学教授)
  |
1万人 板倉由明(南京事件研究家)、原剛(防衛研究所調査員)、中村粲(獨協大学教授)and so on

  |
  |
  | 
 0人
橋本登美三郎(朝日新聞・上海支局長)、前田雄二(同盟通信記者)、五島広作(毎日新聞記者)、金沢善雄(毎日新聞カメラマン)、佐藤振寿(毎日新聞 カメラマン)、樋口哲(読売新聞技師)、田口利介(報知新聞従軍記者)、石川達三(作家)、南正義(新愛知新聞記者)、畝本正己(元防衛大学校教授、南京攻防参戦者)、鈴木明(雑誌記者)、田中正明(元拓殖大学講師、松井石根陸軍大将の秘書)、冨士信夫(東京裁判研究家)、小堀桂一郎(東京大学名誉教授)、大原康男(国学院大学教授)、竹本忠雄(筑波大学名誉教授)、渡部昇一(上智大学名誉教)、東中野修道(亜細亜大学教授)、藤岡信勝(拓殖大学教授)、冨沢繁信(歴史研究家)、水間政憲(近現代史研究家)、阿羅健一(近現代史研究家)、小林よしのり(漫画家)、高山正之(帝京大学教授)、河村たかし(名古屋市長)、元谷外志雄(ペンネーム:藤誠志、アパグループ代表)、鈴木史朗(TBSアナウンサー)など・・・


0人:『南京虐殺』は、「虚構」「捏造」「でっち上げ」「日本軍による無辜の市民虐殺は実質0人」と主張する虐殺否定派
━━━━━━━━━━




また、朝日新聞は「…記録や証言に残っており、事件は否定しようがない。」などと偉そうに主張しているが、「記録や証言」って誰の何の記録や証言なのか、具体例を1つでも良いから挙げてみろ!


これまで本名で証言をした人は例外なくすべて嘘であったことが確認されている!
南京大虐殺 記憶の暗殺 ――東史郎はなぜ裁判に負けたか
南京大虐殺 記憶の暗殺――東史郎はなぜ裁判に負けたか』
――――――――――
東史郎…一番有名な捏造者。原本が存在しない創作をバラまいた。支那じゃ未だに真実扱い

中山重夫…戦車段列から処刑を見たと吹聴していたが場所時間がコロコロ変わったのでうそがばれた

永富博道…当時は学生だったのに自分は南京戦に参加し虐殺したと証言。経歴照会であっさり嘘判明

舟橋照吉…東の懺悔屋成功に載せられて日記捏造。輜重兵の自分が1人で敵陣突撃し勇戦するというカッコつけかました仮想戦記な内容であっさり×

曾根一夫…野砲連隊の二等兵だったのに、歩兵で下士官だと経歴と日記を捏造。やっぱり経歴を調べられて嘘と判明。懺悔屋の代表格で、秦郁彦も騙された

田所耕三…強姦と虐殺を証言していたが、所属部隊が当該日時南京を離れていた事が判明。後に「普通の話だと記者が興味を示さないから…」と捏造を白状

太田壽男…死体大量埋葬を供述書に書く。が、梶谷日記(捏造物の数々と違って原本確認できる)により当時証言場所にいなかった事がバレる。撫順収容所での洗脳後に書いた捏造だった

富沢孝夫…海軍の暗号兵で、「南京発の松井軍司令官の虐殺を戒(いまし)める暗号を傍受・解読した」と証言(だから逆説的に虐殺があったという主張)。だが陸軍の暗号を海軍の知識しかない彼が解読するのは不可能で、おまけに証言日時には松井司令官は蘇州で入院していた

上羽武一郎…「上官の命令で強姦虐殺放火をした」と証言。しかし彼は「(後方で担架運びの)衛生兵」でしかもそんな命令が出たという史料は一切無し
――――――――――

●関連サイト
偽造資料、ニセ証言者たち
http://www.geocities.jp/nankin1937jp/page049.html





マトモな証言者や資料が全くないからこそ、朝日新聞は「宇和田日記」を捏造(加筆or改竄)し、南京とは全く関係のない写真を南京事件の証拠写真だとスクープする犯罪(フェイクニュース)をやらかしたのだ!(関連記事

詳細記事より一部再掲載▽

▼1984年の朝日新聞による「宇和田日記」捏造事件▼

朝日新聞が1970年代に突如開始した『南京大虐殺』の大キャンペーンの中でも、特に悪質だった1984年の捏造報道事件を紹介する。

この写真は、満州の張学良の部下が盗賊を銃殺して見せしめとして首を切って晒したものを撮影した写真であり、1937年の南京戦よりも何年も前から満州や朝鮮の土産屋などで「鉄嶺ニテ銃殺セル馬賊ノ首」と題して販
「鉄嶺ニテ銃殺セル馬賊ノ首」
「鉄嶺」は満州の都市。
張学良の配下の者が匪賊を銃殺し、見せしめとして首を切ったものと考えられ、当時この写真は満州や朝鮮などで販売されていた。

ところが、1984年8月4日、朝日新聞は、どこかでこの写真を入手し、日本軍による「南京大虐殺」の証拠写真として、とある「日記」と共にスクープ記事に掲載した!


日記と写真もあった南京大虐殺 昭和59(1984)年8月4日、朝日新聞夕刊

昭和59(1984)年8月4日、朝日新聞夕刊「日記と写真もあった南京大虐殺、悲惨さ写した3枚、宮崎の元兵士後悔の念をつづる」
昭和59(1984)年8月4日、朝日新聞夕刊
「日記と写真もあった南京大虐殺」
「悲惨さ写した3枚、宮崎の元兵士後悔の念をつづる」



しかし、やがて、写真は偽物!!

日記も、朝日新聞による加筆あるいは改竄があったことが判明した。

朝日新聞との闘い・われらの場合都城23連隊の戦史を汚すことは断じて許さぬ吉川正司(元都城歩兵第23連隊・中隊長)「文藝春秋」昭和62(1987)年5月号より転載





>しかし、過去を直視できないとすれば、それが真に恥ずべきことだ。


朝日新聞こそ、過去に捏造報道や虚偽報道、フェイクニュースなど、数えきれないほどの報道テロや報道犯罪をやらかした過去を直視しろ!

加筆or改竄した「宇和田日記」を公開しろ!

朝日新聞は、この「宇和田日記」捏造事件について、未だに謝罪も記事取り消しも行っておらず、それどころか約束した「連隊は無関係」という記事の全国版への掲載すら行っていない!

朝日新聞は、この「宇和田日記」捏造事件についても、記事取り消しと謝罪をしなければならない。(関連記事


それと、朝日新聞はいわゆる「慰安婦誤報検証記事」(虚偽報道を認めた記事)を未だに英文サイト【AJW by The Asahi Shimbun】には掲載していない。

朝日新聞は虚偽報道をした過去を直視し、海外で読まれている朝日新聞の英文サイト【AJW by The Asahi Shimbun】にも「従軍慰安婦強制連行」に係る記事がフェイクニュースだったと公表しろ!(関連記事








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「報道しない自由 ――なぜ、メディアは平気でをつくのか」 西村幸祐 著 2017/11/26


左:徹底検証 テレビ報道「噓」のからくり』 小川 榮太郎著 2017/11/21
右:『徹底検証「森友・加計事件」――朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪』小川榮太郎著2017/10/18


左:「 報道特注(本)」生田與克, 和田政宗, 足立康史 著 2017/11/9
右:「永田町アホばか列伝」足立康史(2017/10/17)


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東京新聞がアパ史観を斬る!【特報】ホテル客室に「南京大虐殺」否定本・信州大学の久保亨が大嘘連発
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東京新聞で嘘デタラメを述べている信州大学(国立大学)の久保亨教授(中国近現代史)税金泥棒
「東京新聞」で驚くべき嘘デタラメを並べ立てている信州大学(税金から給料が支払われている国立大学)久保亨教授(中国近現代史)

【特報】東京新聞、ホテル客室に「南京大虐殺」否定本 アパ史観を斬る
【特報】東京新聞
ホテル客室に「南京大虐殺」否定本 アパ史観を斬る

http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2017012402000126.html
【特報】
ホテル客室に「南京大虐殺」否定本 アパ史観を斬る

2017年1月24日、東京新聞


アパグループ(東京)の「歴史修正主義キャンペーン」が、ついに世界の知るところとなった。アパホテルの客室に置かれた「南京大虐殺」否定本が中国版ツイッター「微博(ウェイボ)」で問題視され、中国などで批判が相次いでいるのだ。否定本の著者は、他ならぬグループ代表の元谷外志雄(もとやとしお)氏(73)。政界ともつながる「右派のパトロン」的な存在だ。アパの歴史観を斬る。 (佐藤 大、白名正和、安藤恭子)
――――――――――
▲【こちらは記事の前文です】
記事全文をご覧になりたい方は、東京新聞朝刊をご利用ください。
東京新聞は、関東エリアの駅売店、コンビニエンスストアなどでお求めいただけます。
東京新聞電子版」なら全国どこでも、また海外でも、記事全文が紙面ビューアーでご覧いただけます。
――――――――――


特定アジアニュース等に全文が掲載されていたので、以下に転載させていただきます。)

■ネットで宿泊拒否運動も
中国版ツィッター「微博」に投稿された動画の一場面【特報】東京新聞、ホテル客室に「南京大虐殺」否定本 アパ史観を斬る
中国版ツィッター「微博」に投稿された動画の一場面

「こちら特報部」は二十日、東京都内のアパホテルに泊まった。フロントには、元谷代表の妻・芙美子社長(六九)の写真入りの「アパ社長カレー」が並ぶ。部屋に入ると、ブックスタンドに本が差し込まれていた。その中の一冊が、今回問題になった「本当の日本の歴史 理論近現代史学Ⅱ」。著者「藤誠志」は元谷代表のペンネームである。
アパホテルの客室に置かれている書籍「本当の日本の歴史 理論近現代史学」
アパホテルの客室に置かれている書籍「本当の日本の歴史 理論近現代史学」

ニューヨーク大学生の米国人女性と中国人男性を名乗る二人が、動画を微博にアップしたのは十五日だ。日本旅行中の二人は都内のアパホテルに投宿した際、「理論近現代史学」のページをめくった。そして「南京大虐殺の事実を否定している」ことに驚く。日本語か英語でしか書かれておらず、多くの中国人客が内容を知らないまま宿泊しているとして「彼(元谷代表)の政治観と、宿泊費がどのような人のポケットに入っているかを知らせないのは不誠実だ」と告発した。

中国メディアはこれを批判的に取り上げた。中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報は、アパホテルの「右翼的背景」は日本のネット上では以前から隠されたことではなく、「歪曲的な歴史観」が取り沙汰されていたと論じた。国営新華社通信は「日本の『右翼ホテル」はその悪辣な行為の対価を払わねばならない」と指弾した。

投稿された動画は二十三日までに一億一千七百万回以上も再生され、微博のコメント欄は「公然と歴史を否定する極右は絶対に許せない」「二〇二〇年の東京五輪では、このホテルに泊まらないようにしよう」などの声があふれた。

中国外務省も十七日の定例会見で「日本国内の一部勢力が歴史を歪曲しようとしている」と非難。中国の大手インターネット旅行予約サイト「携程旅行網(シートリップ)」などでは、アパホテルを検索しても表示されなくなっている。

■執筆の元谷代表 保守政治家と親交

中国以外の海外メディアも、AP通信が「急成長した日本のホテルグループが批判に直面」と指摘した上で、元谷代表ついて「安倍晋三首相の支援者であり、自民党の超保守派と結びついている。講義を主宰し、歴史修正主義者らを招いている」と評した。米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)も今回の問題を報じている。

日本国内でも、二月下旬に札幌で開催される第八回冬季アジア大会に飛び火した。同市内の「アパホテル&リゾート札幌」が選手の宿舎にあてられているためだ。

同大会組織委によると、約三十の国・地域から約二千人の選手が参加するが、その大半がアパホテルに泊まる予定だ。アパが宿舎に決定した昨年二月ごろに「偏見や差別の問題が起きないよう、スポーツ理念に基づいた対応を」と要請している。組織委の担当者は今回の問題について「選手や役員が快適な環境で過ごせるように、準備を整えていく」と説明する。

元谷代表は、何を根拠に南京大虐殺を否定しているのか。「理論近現代史学」は、旧日本軍による虐殺が起きた一九三七年当時の南京市の人口を「二十万人」として「三十万人を虐殺というのは計算が合わない」「南京大虐殺はあり得ない」と記している。

アパグループは今回の問題について十七日、ホームページに日本語と英語で見解を公表している。書籍は「あくまで事実に基づいて本当の歴史を知ることを目的としたもの」とした上で、客室から撤去する考えはないと表明した。

南京大虐殺を巡っては、中国政府が犠牲者数を「三十万人」と主張する一方、日本の外務省は「非戦闘員の虐殺や略奪は否定できないが、被害者数は諸説ある」としている。

信州大の久保亨教授(中国近現代史)は、元谷代表の本について「南京の人口が二十万人という説は、あまりに過小な数字で虚言だ。日中両軍合わせ、百万人以上が激突した南京攻防戦の全体像を認識する必要がある」と断じる。

犠牲者数についても、東京裁判では「三十万人」とされたが、その後の研究では「少なくとも十万人以上」などさまざまな見方ある。久保教授は「問題は規模の大小ではない。明らかに大量虐殺の事実が存在したことだ」と強調する。

そもそも元谷代表とは、どんな人物なのか。著書などによると、石川県小松市に生まれ、地元の信用金庫を経て二十七歳で起業。マンション、ホテル開発へと乗りだし、海外、建設中を含めて現在四百十九ホテル、約六万八千六百室を擁する一大ホテルチェーンに育て上げた。グループ連結売上高は二〇一六年十一月期で千七十億円を見込む。

そもそも元谷代表とはどんな人物なのか。元谷外志雄
元谷外志雄氏

保守派論客としても「活躍」する。グループ発行の月刊情報誌「Apple Town」に二十年以上社会時評エッセーを執筆。これらを収めたのが「理論近現代史学」だ。一一年には私塾「勝兵塾」を立ち上げた。

元航空幕僚長の田母神俊雄被告=東京都知事選を巡る運動員買収事件で公判中=との関係は深い。〇八年にグループが創設した懸賞論文の第一回最優秀賞を田母神被告に送ったものの、日本の侵略を正当化する内容が政府内でも疑問視され、幕僚長を更迭された。田母神被告が立候補した一四年の都知事選の前には、資金管理団体「田母神としおの会」に元谷夫妻が百五十万円ずつ寄付している。

元谷代表と三十年近く親交がある金沢市の建設会社会長、諸橋茂一氏は「田母神さんが一九九八年から、空自小松基地の第六航空団司令を務めたのが親交のきっかけ。すぐに意気投合した」と明かす。田母神被告の要請に応じ、地元経営者らで「小松基地金沢友の会」を発足させた。今も元谷代表が会長に就く。

政治家とのパイプづくりにも熱心だ。元谷夫妻が自宅で催す「日本を語るワインの会」の出席者には保守の政治家がズラリ。安倍政権については「最大限サポートしていく」と著書で宣言している。

右派の言説を研究する哲学者の能川元一氏は「論文の最優秀賞の懸賞金は三百万円と高額だ。沖縄ヘイトが問題になったMXテレビの『ニュース女子』もそうだが、お金を自由に使える企業オーナーがスポンサーとなって右派論壇を支えている」とみる。

元谷氏は十九日、「勝兵塾」での講演で「一万件を超える激励が来ている。多くの国会議員から『頑張れ』と電話もきている。数カ月もすれば人は何のことか忘れる」と強気だった。

■「公共的空間」識者は警鐘

中国事情に詳しい富士通総研の柯隆(かりゅう)主席研究員は「日本を訪れる中国人観光客が大きく減るなどの事態は考えにくい。アパホテルはそこまで大きな影響力は持っていない」と分析する。

とはいえ、日本人の歴史認識が改めて問われる事態には違いない。東京経済大学の早尾貴紀准教授(社会思想史)は警鐘を鳴らす。

「仮にドイツのホテルが客室にホロコースト否定本やヒトラーの『わが闘争』を置いていたら、世間から批判を浴びて、とても営業できないはずだ。これは突然起きた問題ではない。ホテルのような公共的空間に、こうした主張の本を置くのが許されるのか」


■デスクメモ

全日本シティホテル連盟によると、客室に書籍を置くことについて制限はなく、各社の判断に委ねられている。聖書や仏教関係の本を常備するホテルは珍しくない。しかし、「政治的な主張を含んだ本というのは、置かないのが普通だと思う」と連盟担当者。アパホテルは普通ではない。(圭)

デスクメモ アパホテルは普通ではない。(圭) ホテル客室に「南京大虐殺」否定本 アパ史観を斬る 東京新聞


3週間ほど前の東京新聞の記事だが、とても放置できない重大な嘘が幾つもあるので、その大嘘を指摘して反論しておく。

特に信州大学(税金から給料が支払われている国立大学)教授の久保亨の嘘出鱈目は許し難い!





>南京大虐殺を巡っては、中国政府が犠牲者数を「三十万人」と主張する一方、日本の外務省は「非戦闘員の虐殺や略奪は否定できないが、被害者数は諸説ある」としている。


東京新聞は『日本の外務省は「非戦闘員の【虐殺】や略奪は否定できないが、…」としている』と虚偽記載しているが、正しくは「非戦闘員の【殺害】や略奪」であり、これは東京新聞の姑息な印象操作(捏造記事)と考えれる。





>信州大の久保亨教授(中国近現代史)は、元谷代表の本について「南京の人口が二十万人という説は、あまりに過小な数字で虚言だ。日中両軍合わせ、百万人以上が激突した南京攻防戦の全体像を認識する必要がある」と断じる。


ハァ?!

こんな馬鹿で大嘘吐きな奴が信州大学(国立)「中国近現代史」の教授って、本当なのか??!!
東京新聞で嘘デタラメを述べている信州大学(国立大学)の久保亨教授(中国近現代史)税金泥棒

東京新聞が当該記事をネットに全文掲載しなかった理由が分かったような気がする。

信州大の久保亨は「南京の人口が二十万人という説は、あまりに過小な数字で虚言だ。」と断言しているが、お前が言っていることこそ虚言だ!

また、信州大の久保亨は「日中両軍合わせ、百万人以上が激突した南京攻防戦」と述べているが、これまた酷い嘘だ!

こんな無知(嘘吐き?)が国立大学で「中国近現代史」の教授をしていて、日本国民の血税から給料が支払われていることは大問題だ!


まず、南京戦が始まった1937年12月12日時点の南京の人口は約20万人かそれ以下で間違いない!

▽1937年11月~12月の南京の人口推移▽

1937年前半「100万人超」
(支那事変勃発前)

1937年11月23日、「50万」
「調査によれば本市(南京城区)の現在の人口は約50余万である。将来は、およそ20万と予想される難民のための食料送付が必要である」
南京市政府書簡(南京事件P220 笠原十九司)

11月27日、「30~40万」
在留外国人に対して「避難勧告」が出された。
「市民の脱出は続いているが、市長の話では30万から40万の市民がまだ南京に残っているとのこと」
米大使館報告 (アメリカ資料編P90)

12月1日、南京市長が全市民に安全地区に移るように命令

12月6日、「約20万」
なぜ。金持ちを、約80万という恵まれた市民を逃がしたんだ?
(ラーベの日記P96)

12月8日、支那軍司令長官唐生智が非戦闘員は全て安全地区に移るように命令

12月10日、「約20万」
なにしろ、この街の運命と20万人の命がかかっているのだ。安全区の道路は、避難する人たちでごったがえしている。(略)残念ながら軍人がまだ大勢、安全区に留まっている。
(ラーベの日記P107)

12月13日、「約20万」
言いかえれば、13日に貴軍が入城したときに我々は安全区内に一般市民のほとんど全体を集めていましたが、同区内には流れ弾による極めてわずかの破壊しかなく、中国兵が全面的退却を行った際にもなんら略奪は見られませんでした。(略)もし市内の日本兵の間でただちに秩序が回復されないならば、20万の中国市民の多数に餓死者が出ることは避けられないでしょう。
(安全委員会公文書T-6)


▽陥落直前の南京の人口に関する資料▽
――――――――――
安全委員会公文書【20万人の市民】
スティール【10万人の市民】
アベンド【10万人以上】
ダーディン【10万を越す非戦闘員たち+民間人は5万以上】
ラーベ【20万人】
リリー・アベック【15万人】
米ライフ紙【15万人の南京市民】
張群思少佐【非戦闘員10万】
劉啓雄少将【20万】
松井大将【12万余】
――――――――――


以上の各種資料から、南京戦が始まった1937年12月12日時点における南京の人口は、【10万人から最高20万人】の間とみて間違いない!

1937年10月末に上海が日本軍によって陥落し、支那軍が上海から南京へ敗走すると、南京市民の大半は支那軍やその後始まる南京攻防戦を逃れ、日本軍が占領した上海などに避難したのだ。

そして、南京に残った20万人以下の市民は、全員が安全区(難民区)に避難しており、そこで日本軍による虐殺は全く確認されていない。(詳細記事

なお、南京陥落から1か月後の南京の生存人口は、陥落前の20万人以下から約25万人(安全委員会公文書)に増加した。
●日本語と英語の2か国語の説明
http://www.ne.jp/asahi/unko/tamezou/nankin/alleged/chapter2-1.html#chapter2-1


日本軍が南京を占領したため、支那軍や南京攻防戦から逃れて上海(日本軍占領地)などに避難していた南京市民が南京に戻ったのだ!

【平和甦る南京《皇軍を迎えて歓喜沸く》】朝日新聞1937年12月20日掲載「17日河村特派員撮影」
【平和甦る南京《皇軍を迎えて歓喜沸く》】朝日新聞1937年12月20日掲載「17日河村特派員撮影」

1.(右)兵隊さんの買い物(武器も持たず支那人から買い物をする日本兵)
2.(中上)皇軍入城に安堵して城外の畑を耕す農民達(日本軍が南京を占領し、支那人農民はようやく郊外の畑を耕せるようになった)
3.(中下)皇軍に保護される避難民の群(平和になって南京に戻ってきた南京市民たち)

4.(左)和やかな床屋さん風景(街の名物、街頭床屋。子供も大人も手製の日の丸の腕章をして笑っている)




次に、信州大の久保亨は「日中両軍合わせ、百万人以上が激突した南京攻防戦」と述べいてるが、如何なる資料を引っ張って加算しても、南京攻防戦で「日中両軍合わせ、百万人以上が激突した」などということは有りえない!

南京攻防戦の参加兵力は、日支合わせて補給などの後方支援も含めて最大で35万人程度であり、前線の南京で激突したのはどんなに多く見積もっても15万人程度だ!

事実関係としては南京戦での戦闘に参加した兵力は両軍合わせて10万人~15万人(日本軍は10万人以下。支那軍は当初約10万人→逃亡して約5万人が残留)だ。

とにかく信州大学教授の久保亨(中国近現代史)の「日中両軍合わせ、【百万人以上】が激突した南京攻防戦」との主張は有りえない虚言であり、このトンデモ説をそのまま新聞紙面に掲載した東京新聞の責任も重大だ!

東京新聞で嘘デタラメを述べている信州大学(国立大学)の久保亨教授(中国近現代史)税金泥棒
驚くべき嘘デタラメを並べ立てる信州大学(税金から給料が支払われている国立大学)の久保亨教授(中国近現代史)

▼支那軍(南京防衛軍)の戦力▼
台湾(中華民国)の公刊戦史
【3.5万人~5万人】
「当初は10万、落城時は3.5万~5万」(支那兵の多くは激突前に逃亡した)

『南京事件資料集 アメリカ関係資料編』 P239
アメリカ大使館報告
「1937年12月10日後の主な報告」
南京の陥落を前にして、人口のおよそ4/5が市を脱出し、主要な部隊は武器、装備もろとも撤退していった。南京市の防衛はわずかに5万人の兵士に任されていた。

『日中戦争史資料集8 極東国際軍事裁判資料編』 P395
【約5万人】
(東京裁判判決文)
中国軍はこの市を防衛するために約五万の兵を残して撤退した。1937年12月12日の夜に、日本軍が南門に殺到するに至って、残留軍五万の大部分は、市の北門と西門から退却した。中国軍のほとんど全部は、市を撤退するか、武器と軍服を捨て国際安全地帯に避難したので~略~」


(参考)
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/daitoasenso/taigaishinryaku_nankinziken_gunnohensei.htm
南京戦における日本軍および中国軍の編成

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E4%BA%AC%E6%88%A6#.E5.8F.82.E5.8A.A0.E5.85.B5.E5.8A.9B
南京戦
参加兵力

http://www5b.biglobe.ne.jp/~nankin/page005.html
南京防衛軍






>犠牲者数についても、東京裁判では「三十万人」とされたが、その後の研究では「少なくとも十万人以上」などさまざまな見方ある。久保教授は「問題は規模の大小ではない。明らかに大量虐殺の事実が存在したことだ」と強調する。


東京新聞は『犠牲者数についても、東京裁判では「三十万人」とされたが、その後の研究では「少なくとも十万人以上」などさまざまな見方ある。』と出鱈目な記述をしているが、日本軍によって虐殺された犠牲者は一人も確認させていないため【犠牲者数は0人】だ。

●南京大虐殺完全否定のまとめ

日本軍による南京市民虐殺はなかった(0人)。

まず、南京市民の大半は、日本軍が南京を陥落させた1937年12月13日以前に南京を脱出して日本軍が占領した上海などに避難していた。

南京に残った約20万人の南京市民も全員が安全区に避難し、安全区以外の南京城内に善良な市民は誰一人として居なかった。

南京城内の安全区以外には誰も居なかったのだから、そこで虐殺など起こるわけがない。


次に、南京に残った全市民が集められていた安全区内の状況だが、12月13日に日本軍が南京を陥落させる前と比べ、日本軍占領後の南京安全区の人口は増加した。

日本軍が占領した上海などに避難していた南京市民が徐々に戻って来たのだ。

陥落から何日か経ち、安全区内で日本軍による約10件の強姦事件や同程度の掠奪事件が発生したが、これら事件は、日本の軍関係の裁判を司る法務部で把握されている。

日本軍将兵は道端で拾った靴を持ち帰っただけで掠奪事件として軍法会議にかけられたりしていたが、「虐殺」事件は南京に居た憲兵隊などに通報されたことも全くなかった。

また、15人の安全区国際委員会メンバーや100人を超す日本人報道関係者などは南京に長期間滞在していたが、誰も1度も日本軍による虐殺を目撃しなかった。

日本軍による南京占領後、南京の治安が回復すると、日本軍が占領していた上海などに避難していた南京市民が戻って来て南京の人口は増加した。

虐殺事件に関しては、目撃が0件で、現地の憲兵隊などへの通報も、憲兵隊などによる発見もなかった。

更に、支那国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見をして日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言わなかった。

支那軍による虐殺や戦闘中の誤爆による事故はあっても、犯人や被害者が特定されるような日本軍による虐殺事件はなかった。

最後に、戦後しばらく経ってから自白した元日本兵が何人か居たが、これまで本名で証言をした人は例外なくすべて嘘であったことが確認されている。

よって、日本軍による南京虐殺事件は0件だった。


以上のとおり「南京大虐殺」については、事実関係として完全に虚構(捏造)であり、日本軍によって虐殺された南京市民はゼロ(0人)だった。





>とはいえ、日本人の歴史認識が改めて問われる事態には違いない。東京経済大学の早尾貴紀准教授(社会思想史)は警鐘を鳴らす。
>「仮にドイツのホテルが客室にホロコースト否定本やヒトラーの『わが闘争』を置いていたら、世間から批判を浴びて、とても営業できないはずだ。これは突然起きた問題ではない。ホテルのような公共的空間に、こうした主張の本を置くのが許されるのか」



許される。

日本では「言論の自由」「学問の自由」が保障されているため、反日左翼が騒ぎ立ててもどうにもならない。

実際に、アパホテルは、今回の騒動によって「営業できない」どころか、逆に「営業にプラス」になっている。

平成29年(2017年)1月24日、元谷外志雄アパグループ代表は今回の騒動について「営業上のダメージはない」「長期的に見れば、知名度を高めた」「今や知名度は世界一」「多くの人から『アパホテルしか使わない』といった激励もいただいて、相殺、むしろプラスが多い。」と説明している。(詳細記事

元谷外志雄アパ代表「営業上のダメージはない」「長期的に見れば、知名度を高めた」「今や知名度は世界一」「多くの人から『アパホテルしか使わない』といった激励もいただいてむしろプラスが多い」


そして、平成29年(2017年)1月度、アパホテルは1月度として過去最高の稼働率と売上を記録した!
元谷外志雄アパグループ代表「年間を通じて最も稼働が低迷する1月においても、たくさんの応援宿泊を頂き、今期1月度は80.7%と1月度として過去最高の稼働率を記録し、売上も過去最高と好調に推移した。」
元谷外志雄アパグループ代表「年間を通じて最も稼働が低迷する1月においても、たくさんの応援宿泊を頂き、今期1月度は80.7%と1月度として過去最高の稼働率を記録し、売上も過去最高と好調に推移した。」

支那&韓国&パヨクの【逆法則】が発動!





>■デスクメモ
>全日本シティホテル連盟によると、客室に書籍を置くことについて制限はなく、各社の判断に委ねられている。聖書や仏教関係の本を常備するホテルは珍しくない。しかし、「政治的な主張を含んだ本というのは、置かないのが普通だと思う」と連盟担当者。アパホテルは普通ではない。(圭)



あれ?

この「デスクメモ」(圭)って、もしかして、あの「佐藤圭」のことか?!


●関連記事1
フィフィvs東京新聞の佐藤圭「血も涙もない司法はレイシスト」・タイ人高校生、強制退去処分覆らず
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-6477.html
(一部抜粋)

一方、東京新聞の記者の佐藤圭という奴は、キチガイ丸出しの主張を晒している!
【東京新聞】佐藤圭記者
タイ人高校生、強制退去処分覆らず
東京新聞・佐藤圭記者@tokyo_satokei「血も涙もない司法、理不尽な入管行政、『日本から出て行け』ではレイシスト」

https://twitter.com/tokyo_satokei/status/806299813843042304?lang=ja
佐藤 圭 認証済みアカウント
@tokyo_satokei
本日7日東京新聞特報面と社会面でウティナン君の裁判を大きく取り上げました。
血も涙もない司法、理不尽な入管行政に改めて怒りがわいてきます。
「日本から出て行け」ではレイシストと変わりません。

せめて入管は、再審情願(お上の温情にすがるものですが)で在留特別許可を認めるべきです。
2016年12月7日 09:50


●関連記事2
BPO「捏造ではない」!「ニュース女子」勧告などを出す審理入り見送り、意見をまとめる審議入りへ
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-6560.html
(一部抜粋)

https://twitter.com/tokyo_satokei/status/830023114222235648
佐藤 圭 認証済みアカウント 
‏@tokyo_satokei
BPO、MX番組「ニュース女子」を審議へ | 2017/2/10 - 共同通信 47NEWS https://this.kiji.is/202749728594068988
沖縄ヘイトデマを垂れ流したフェイスニュース番組。
放送倫理違反、虚偽まみれであることは明白である。

2017年2月10日 20:58


https://twitter.com/oosakitakashi/status/830025675541094400
大崎隆
‏@oosakitakashi
@tokyo_satokei ウソまみれの東京新聞が何を偉そうな事を言ってるんだ?一体、いくつの反日捏造記事を書いたの?
日本下げの記事を書いたお金で食う飯は美味いか?


お前らのせいで、どんだけ日本の名誉が失われたか考えろよ。
2017年2月10日 21:08




左:「トランプ革命で甦る日本」西村幸祐&ケント・ギルバート著(2017/1/19)
中:『米国人弁護士が「断罪」東京裁判という茶番』ケント・ギルバート著(2016/12/16)
右:『「カエルの楽園」が地獄と化す日』百田尚樹&石平著(2016/11/11 )


左:【セット品】DHC ブルーベリーエキス 60日分 120粒 3袋セット
中:【セット品】DHC 亜鉛 60日 60粒 3袋セット
右:【国産トマト100%】カゴメ トマトジュースプレミアム 低塩 スマートPET 720ml×15本


「信州大学の久保亨や東京新聞の虚言が酷過ぎる!」

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テーマ:歴史認識 - ジャンル:政治・経済

カナダ「南京大虐殺記念日」法案(オンタリオ州)・韓国系議員「30万人虐殺、2万人以上レイプ」
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カナダ・オンタリオ州議会「南京大虐殺記念日」制定の法案
韓国系議員「日本軍は約30万人の中国人を冷酷に虐殺し、下は10歳以下、上は80歳以上の中国人女性と子供2万人以上をレイプした」

http://www.sankei.com/politics/news/170202/plt1702020003-n1.html
【歴史戦】
カナダのオンタリオ州議会が「南京大虐殺記念日」制定の法案 反対の署名活動も中国系多数で成立か
2017.2.2 05:00更新、産経新聞

カナダのオンタリオ州議会が「南京大虐殺記念日」制定の法案 反対の署名活動も中国系多数で成立か
中国江蘇省南京市の「南京大虐殺記念館」で行われた犠牲者追悼式典=2016年12月13日(共同)

 カナダ東部オンタリオ州議会が12月13日を「南京大虐殺記念日」に制定する法案を審議していることが分かった。昨年12月上旬に香港出身の中国系カナダ人議員が法案を提出した。制定反対の署名集めも行われているが、同州は中国系人口が集中しており、成立する可能性が高い。今年は南京事件から80周年にあたることから、記念日が制定されれば「旧日本軍の残虐性」などをアピールする行事が開かれる可能性がある。

 法案は「オンタリオの人たちはアジアで起きた第二次大戦の残虐行為を深く議論し、検証する機会がなかった。南京大虐殺の変わらぬ教訓について学ぶことは重要だ」と指摘。記念日制定については「日本軍の南京占領で20万人以上の中国人市民と兵士が無差別に殺害された南京大虐殺の犠牲者を追悼し、遺族に敬意を払う機会を提供する」と明記している。

 法案提出議員による昨年12月8日の趣旨説明の際は賛成意見が相次いだ。
韓国系議員は「日本軍は約30万人の中国人を冷酷に虐殺し、下は10歳以下、上は80歳以上の中国人女性と子供2万人以上をレイプした」「人類史上、最も大規模で非人道的虐殺の一つだった」など、誇張した数字を挙げて賛意を表明した。

 こうした動きに対し、現地の日系文化会館が中心になって記念日制定に反対する署名活動を始めた。国籍などは問わず、同州に6カ月以上居住している人なら誰でも署名できる。2月15日までに署名を集め、ウィン州首相に提出する方針。



>カナダ東部オンタリオ州議会が12月13日を「南京大虐殺記念日」に制定する法案を審議していることが分かった。昨年12月上旬に香港出身の中国系カナダ人議員が法案を提出した。


支那人と朝鮮人は、本当に似た者同士だな。





>韓国系議員は「日本軍は約30万人の中国人を冷酷に虐殺し、下は10歳以下、上は80歳以上の中国人女性と子供2万人以上をレイプした」「人類史上、最も大規模で非人道的虐殺の一つだった」など、誇張した数字を挙げて賛意を表明した。


韓国人とか支那人は、本当に自分たちの犯罪を日本に転嫁することが大好きだ!

「下は10歳以下、上は80歳以上の女性と子供をレイプする」のは、韓国人が頻繁に実行していることだ。


【韓国】衝撃事件発生!! 91歳の母親をレイプし殺害

http://www.newsis.com/ar_detail/view.html?ar_id=NISX20161217_0014588527
【韓国】91歳の母親を性暴行して殺害 50代男性に無期懲役
2016-12-18
(朝鮮語)
【韓国】衝撃事件発生!! 91歳の母親をレイプし殺害

5年ぶりに家に帰って酒を飲んで90代の実母にわいせつした後、殺害した疑いで裁判中の50代の男性に控訴審も無期懲役を宣告した。

ソウル高裁刑事8部(部長判事イ・グァンマン)は、性暴行犯罪処罰などに関する特例法違反の疑い(強姦や殺人)で起訴されたカン某(51)氏に原審通り無期懲役を宣告したと18日明らかにした。

またカン氏に20年間の位置追跡電子装置(電子足輪)付きの10年間の個人情報の開示と通知、200時間の性暴行治療プログラム履修を命じた。
(中略)
何年も家を出て生活してきたカン氏は、去る1月、江原道にある自分の母親のA(91)氏の家を訪ねて酒を飲んでいた途中、横で横たわっていたAさんの顔を平手打ちしてわいせつした後、首を締め殺害した容疑で起訴された。

カン氏は当時5年ぶりに母を訪ねたが冷たくあしらわれ、兄と酒を飲んだ後、家に戻ってこのような犯行を犯したことが分かった。

調査結果によると、カン氏は母親に悪口や乱暴を働いたことで家族関係が事実上断絶されていたことが分かった。
カン氏は暴力や詐欺などの前科が合計37回に達し、当時詐欺の疑いで6ヶ月の収監生活の後出所してから3ヶ月だった。
(以下略)



【韓国】85歳をレイプしようとしたが失敗し殺害 22歳に懲役25年

http://news1.kr/articles/?2764121
【韓国】85歳をレイプしようとしたが失敗し殺害 22歳に懲役25年
2016-09-02、ニュース1
【韓国】85歳をレイプしようとしたが失敗し殺害 22歳に懲役25年

清州(チョンジュ)地方法院永同(ヨンドン)支援刑事部は2日、性暴行犯罪の処罰などに関する特例法違反疑惑などで拘束起訴されたソン某氏(22)に懲役25年を宣告した、と明らかにした。

ソン氏は去る3月10日午前12時に忠北(チュンブク)、永同郡のある集合住宅に侵入して一人で住んでいたAさん(85・女)を性暴行しようとしたが、被害者が逆らうとすぐに首を絞めて殺害した疑惑だ。

また、Aさんが亡くなった後、家にあった金品を盗もうとした疑惑も受けている。

ソン氏は2008年から約7年間、近所の集合住宅に住むAさんが一人暮しの老人という事実を知って犯行を決心したことが分かった。

ソン氏と弁護人は犯行当時、ソン氏が適応障害などの精神疾患で心身耗弱状態だった、と主張したが裁判所は受け入れなかった。

ソン氏は控訴をあきらめた。




【事件】韓国で少女を脅して性暴行の常習犯・・・逃げた日本でも性的暴行で逮捕・追放

http://www.mediajeju.com/news/articleView.html?idxno=133421
未成年者相手で常習的レイプ性犯罪のレイプ民族韓国男、日本でも継続強姦犯人に
2012.08.13、メディア済州

韓国で未成年女児をレイプ強姦して逃走、日本でもレイプ強姦致傷で刑を受け性暴力国家韓国に追放された50代韓国人男性が検挙。

西帰浦警察署は、キム某(55)をレイプ性暴行犯罪強姦の処罰の疑いで立件調査中だ。
キムは去る1998年西帰浦市所在の住宅で当時11歳だったAさんが一人でいるのを見て凶器で脅迫してレイプ強姦して、同年9月頃、学校を終えて帰るBさん(14)も凶器で威脅して強姦レイプ陵辱した。

キムは強姦犯罪を犯したあと日本に逃避した後にも凶悪レイプ犯罪を続けた。
2000年7月頃に日本人女性を次々にレイプ強姦致傷させ大阪羽曳野警察署に逮捕されて懲役12年の宣告を受け、2012年仮釈放になったあと入国管理所に収容され日本から8月10日にレイプ天国韓国姦国の済州に追放された。
(以下略)


http://lovecorea.exblog.jp/16901111/
障害者を見るとレイプしまくる韓国!13歳少女また5人からレイプ
(本文略)






さて、韓国系議員の「日本軍は約30万人の中国人を冷酷に虐殺し、下は10歳以下、上は80歳以上の中国人女性と子供2万人以上をレイプした」に対して真正面から反論する。

南京における日本軍による強姦犯罪については、きちんとした当時の資料が存在する。


日本軍による強姦事件は約10件で、その10件についても、金を渡して行為に及んだものや和姦と思われるものも含まれており、日本軍将兵の軍紀が非常に厳しかったことが分かる。

(南京安全地帯の記録より強姦の事例を紹介)

そこで、記録者名のある強姦(未遂)事例61件のうち、日本軍に通報された事例を挙げると、それは次のように分類される。

①日本兵逮捕の事例は、右の「事例167」の1件のみであった。
②日本兵が憲兵に引き渡されて事例は、右の「事例227」の1件のみであった。
③憲兵に連絡された事例は、「事例426」の1件のみであった。
④日本兵が連行された事例は、「事例168」と、「事例220」の、2件であった。
⑤被害者が証人として同行を求められたのは、右の「事例146」の1件のみであった。
⑥日本兵と被害者(未遂)が連行されたのは、「事例216」の1件のみであった。

このように日本軍に通報された件数は、合計7件であった。右の計算には、あるいは見落としがあるかも知れない。そこで、東京裁判に出廷した塚本浩次法務部長の証言をも紹介しておく。
法務部とは軍関係の裁判を司る部門であった。塚本法務部長は上海派遣軍法務官として、1937年12月から1928年8月まで南京に在勤した。その間に、何件の事件を扱ったのか。サトン検察官から、そう尋問されて、彼は次のように答えた。
 《10件内外であつたかと思います。(略)10件と申しましたのは1人1件ではございません。1件の中には数人を含む場合も相当あります。》

P261
『「南京虐殺」の徹底検証』東中野修道著


上記のように、日本軍への通報記録や軍関係の裁判を司る法務部の塚本浩次部長(上海派遣軍法務官)の証言によれば、南京における日本軍による強姦事件は約7件~10件だった。

さらに、第十軍法務部長の小川関次郎氏も、1937年11月15日~12月14日に軍紀及び風紀犯で処罰したのは約20件程度と証言している。

以下、竹本忠雄・大原康男著日英バイリンガル 再審「南京大虐殺」』より。

http://www.ne.jp/asahi/unko/tamezou/nankin/alleged/note.html
[六十四] 日本兵による強姦事件が全くなかったわけではない。東京裁判において第十軍法務部長の小川関次郎は宣誓口供書で次のように証言している(検察は反対尋問の機会を与えられたが、行わなかった)。

「自分は南京に着くまでの間(一九三七年十一月五日から十二月十四日まで)に約二十件くらいの軍紀及び風紀犯を処罰した。風紀犯の処罰について困難を感じたことは和姦なりや強姦なりや不分明なることであった。
その理由は中国婦人のある者は日本兵に対して自ら進んで挑発的態度をとることが珍しくなく、和合した結果を夫または他人に発見せらるると婦人の態度は一変して大袈裟に強姦を主張したからである。
しかし自分は強姦と和姦とを問わず起訴せられたものはそれぞれ事実の軽重により法に照らして処罰した」

(「速記録第三一〇号」『南京大残虐事件資料集 第一巻』二五六頁)


[68] There were a few rapes by Japanese soldiers. As to the rape cases, OGAWA Sekijiro, the chief of Judicial Affairs Department of the 10th Army, testified in his 'affidavit' in the IMTFE as follows :

During my moving to Nanking from November 5, 1937 to December 14, 1937, I dealt with about twenty cases of offenses against military discipline and public morals. In the course of my dealing with crimes or public morals, I found it very difficult to decide whether the cases were fornication with female consent or violation.
The reason was that on the part of the Chinese women some of them were not so rare to take a suggestive attitude towards Japanese soldiers, and once found as having committed adultery with Japanese soldiers by their husbands or other people, they suddenly changed their attitude and asserted exaggeratedly that they had been raped. Whether adultery or rape, however, I punished indictees in accordance with the law, weighing the relative importance of the facts.

(The Tokyo War Crimes Trial, pp.32675-32676.)


上記の資料は、日本語と英語の2か国語で書かれた南京大虐殺の否定本に掲載されており、ネット上で全て読むことが可能だ!

日英バイリンガル・再審「南京大虐殺」 世界に訴える日本の冤罪 The Alleged 'Nanking Massacre' Japan's rebuttal to China's forged claims
http://www.ne.jp/asahi/unko/tamezou/nankin/alleged/index.html
日英バイリンガル
再審「南京大虐殺」
世界に訴える日本の冤罪
The Alleged 'Nanking Massacre'
Japan's rebuttal to China's forged claims

http://www.ne.jp/asahi/unko/tamezou/nankin/alleged/preface.html#preface
http://www.ne.jp/asahi/unko/tamezou/nankin/alleged/chapter2-1.html#chapter2



以上のとおり、当時の資料から、南京における日本軍による強姦事件は、売春や和姦に近い事案を含めても10件程度だった。

一方、南京における日本軍による虐殺事件は、0件だった。

念のため、韓国系議員の「日本軍は約30万人の中国人を冷酷に虐殺」に対しても、反論しておく。

●南京大虐殺完全否定のまとめ

日本軍による南京市民虐殺はなかった(0人)。

まず、南京市民の大半は、日本軍が南京を陥落させた1937年12月13日以前に南京を脱出して日本軍が占領した上海などに避難していた。

南京に残った約20万人の南京市民も全員が安全区に避難し、安全区以外の南京城内に善良な市民は誰一人として居なかった。

南京城内の安全区以外には誰も居なかったのだから、そこで虐殺など起こるわけがない。

次に、南京に残った全市民が集められていた安全区内の状況だが、12月13日に日本軍が南京を陥落させる前と比べ、日本軍占領後の南京安全区の人口は増加した。

日本軍が占領した上海などに避難していた南京市民が徐々に戻って来たのだ。

陥落から何日か経ち、安全区内で日本軍による約10件の強姦事件や同程度の掠奪事件が発生したが、これら事件は、日本の軍関係の裁判を司る法務部で把握されている。

日本軍将兵は道端で拾った靴を持ち帰っただけで掠奪事件として軍法会議にかけられたりしていたが、「虐殺」事件は南京に居た憲兵隊などに通報されたことも全くなかった。

また、15人の安全区国際委員会メンバーや100人を超す日本人報道関係者などは南京に長期間滞在していたが、誰も1度も日本軍による虐殺を目撃しなかった。

日本軍による南京占領後、南京の治安が回復すると、日本軍が占領していた上海などに避難していた南京市民が戻って来て南京の人口は増加した。

虐殺事件に関しては、目撃が0件で、現地の憲兵隊などへの通報も、憲兵隊などによる発見もなかった。

更に、支那国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見をして日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言わなかった。

支那軍による虐殺や戦闘中の誤爆による事故はあっても、犯人や被害者が特定されるような日本軍による虐殺事件はなかった。

最後に、戦後しばらく経ってから自白した元日本兵が何人か居たが、これまで本名で証言をした人は例外なくすべて嘘であったことが確認されている。

よって、日本軍による南京虐殺事件は0件だった。


以上のとおり「南京大虐殺」については、事実関係として完全に虚構(捏造)であり、日本軍によって虐殺された南京市民はゼロ(0人)だった。





>こうした動きに対し、現地の日系文化会館が中心になって記念日制定に反対する署名活動を始めた。国籍などは問わず、同州に6カ月以上居住している人なら誰でも署名できる。2月15日までに署名を集め、ウィン州首相に提出する方針。


署名活動が功を奏し、カナダのオンタリオ州議会の「南京大虐殺記念日」制定法案が潰れることを願う!

日本政府は、海外に韓国の「売春婦像」が設置された時と同じように真剣に阻止に動かず、カナダ在住の日本人や日系人たちを見捨てるのだろうか。

なでしこアクション 
カナダ・オンタリオ州が南京大虐殺記念日の制定審議中。抗議のメールをお願いします!
http://nadesiko-action.org/?p=11084




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