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朝鮮には、もともと国(民族意識・国家主権)がなかった・千年以上に亘り支那帝国の属藩であり続けた朝鮮の事大主義


●写真は迎恩門

ここで朝鮮王は、9回頭を地面に叩きつけて、ひれ伏し、清の使者を迎えた






朝鮮というのは1200年以上の長期に亘って歴代支那(中華)帝国の属藩だったから、朝鮮の民族意識なんてなかった。
民族とか主権とか国家という意識はなかったのだ。
どうも、このことを理解していない人が多い。

日韓併合に抵抗したのは、小中華(支那の属藩)でなくなってしまい、日本(倭奴)なんかと一緒になることに我慢できなかった儒者や、暴虐・悪逆の限りを尽くして民衆から搾り取れるだけ搾り取っていた両班などの特権階級だった。
90%以上の朝鮮人は、「自国」の意識すらなかったから、「国家の滅亡」を嘆いたということもなかった。

下のサイト↓を見れば一目瞭然だ。




明の朝貢属国
大清国属
土下座碑
迎恩門→独立門
下関条約

http://koreaphoto.hp.infoseek.co.jp/dependency.html

http://photo.jijisama.org/





●下関条約で、【清國ハ朝鮮國ノ完全無缺ナル獨立自主ノ國タルコトヲ確認ス】という文言になった理由


1200年以上に亘り、朝鮮は支那の属藩・属領だった。
しかし、当時、日本は、朝鮮がこのまま沈みかけている清朝の属領のままでは日本にとっても危険だと考えたために清朝の支配から切り離そうとした。
だから、日朝修好条規で、日本は朝鮮の自主独立を承認し、清朝の宗主権を否認した。


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日朝修好条規

1876年(明治9年)に日本・李氏朝鮮間に締結された条約。
日本は条規中に、「朝鮮国は自主の邦にして日本と平等の権を保有せり」と表現し、李氏朝鮮を諸外国に先駆けて「独立国」として承認、清朝の宗主権を否認した。
―――――――



ところが、清朝はそんなことはお構いなしにいつまで経っても朝鮮を属領・属藩にし続けた。
日本がせっかく朝鮮を「独立国」として認めたのに、清と朝鮮の関係に変化はなかった。



1894年6月6日、清国公使、陸奥宗光外相に、朝鮮国王の要請に応じ属邦保護のため出兵する旨を通告
陸奥外相、朝鮮を清国の属邦とみとめずと抗議



朝鮮の内部にも、儒者などを中心に「小中華」を自負し、「独立なんてとんでもない、いつまでも小中華として支那の属領・属藩であり続けるべき」という連中が大勢いた。

だから、日清戦争後の下関条約では、「獨立自主ノ國タルコトヲ確認」という文言になったのだ。



―――――――
2002.03.07 韓国中央日報記事より抜粋

【コラム】民族と親日

日帝が朝鮮を併合した際、朝鮮にはこの併合を恥じる主体の民族意識がなかった。
民族は民族意識と同じだ。したがって朝鮮には「民族」がなかった。
李完用(イ・ワンヨン)らが「売国」した朝鮮には主権と領土はあったが、自らを国民だと意識してその主権と領土が自分たちのものだと主張する民族がなかった。
王と両班のものとしての朝鮮朝の主権は、韓日合併前、既にほとんど自滅していた。
外勢との争いに敗れて滅亡したのではない。
李完用らが「売国」したというのは誇張された修辞である。

争いは清国、日本、ロシアという外勢の間で、無主物となった朝鮮の主権を先取りしようして行われた。親日派、親ロ派、親清派は名前を付け替えた四色党派の変種にすぎないと見るのがいっそのこと適切でないだろうか。
日本が朝鮮の主人となった後、親日派という朝鮮のエリートは老論の世の中を継承しただけだ。
滅亡した朝鮮朝に忠誠だった「臣下」を民族主義者だったということはできない。

民族は外部的には他の民族との境界ないし葛藤、内部的には民族主権という2つの側面をたどって意識化される。朝鮮王朝のように「民」には垂直的に捧げる忠誠だけがあり、水平化された自由と人権がない国家では、民族主権がないため、国家があっても民族意識はあり得ない。
さらに自由と民主主義がない国の民族意識は虚偽意識(false conciousness)でしかない。 

日本人は日帝が韓国に鉄道と学校を建設したことを誇りに思っている。
ウォン・イルファン(H.B.アンダーウッド)教授は、日帝が韓国に及ぼした功労は鉄道や学校の建設ではなく両班階級の破壊だと話す。驚くべき洞察力だ。
しかしおそらく日帝のもっと大きな功労は、たとえこれを感謝することはできないとしても、他民族による支配という苦痛と葛藤を通じて韓国人に民族意識を芽生えさせてくれたことではなかろうか。

姜偉錫(月刊エマージ編集人)




―――――――
併合前の朝鮮は地獄だったといってよい。
玄永燮
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以上が、朝鮮には、民族とか主権とか国家という意識がなかったことの説明だ。








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