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嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!マスゴミの嘘や洗脳工作を許すな!がんばれ!日本国民党!
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責任なし28 上海戦3 中国の嘘と呼応する人1・Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史

Yahoo!掲示板


投稿者 :
rekisisiranai


日本の戦争責任


責任なし28 上海戦3 中国の嘘と呼応する人1


これは「責任なし27上海戦2 中国の長期戦策定」の続きです。


 日本は、8月14日の中国軍機・上海市街無差別爆撃に怒りましたが、市街に死体が転がっている写真を新聞に載せることは許可しませんでした。敵のやったことでも残酷写真は不許可なのです。

 ところが、中国はこともあろうに、この爆撃を日本がやったと世界に報じました(K・カール・カワカミ著『シナ大陸の真相』を参照の事)。尤も、これは目撃者多数ですぐバレますけど。

 しかし遠方の人たちは訂正を知らず真実と思っているでしょう。 中国は今でもその嘘を流し続けているようです。笠原十九司氏を始めとする中国信奉者が、中国の爆撃した残酷写真に日本の仕業と説明をつけていますので。


 日本は急いで戦争準備をし8月23日に呉淞に上陸しましたが、中国側が鉄壁の布陣で待ち構えていますので、なかなか進めません。犠牲者が増え、後から後から、部隊を追加せざるを得なくなりました。

 それでもなんとかジリジリ押して行きますと、中国軍は井戸に細菌を投げ込み後退したようです。
 その為か、9月には日本側にコレラが多発します。井戸水には、アメーバーや赤痢菌がうようよいました。

 そして、中国軍から奪った指令には「井戸水を飲用すべからず」とあったそうです。

 この頃の不許可写真には、自動車のような巨大な浄水機で黄浦江の水を浄水に変えてる写真や、クリークの水を飲用にするために簡易濾過している写真がありますが、これはそれを裏付けるものでしょう。

 また、中国軍は撤退の際に毒ガス弾を放置して行きましたので、これを日本軍が鹵獲すると、中国は、先手を打って「日本が毒ガスを使用した」と嘘の報道を流しました(昔の新聞にあります)。

 自分たちの犯罪が暴かれる前に、日本のせいにしようと言う魂胆でしょう。
 こういう犯行のすり替えは中国の常套手段です。

 日本軍が上陸した8月23日にも、中国軍機は、上海南京路の先施公司デパートを爆撃し、酷い惨状を作り出しましたが、これも日本軍がやったと報じています。もちろんすぐにバレますけど。

 これも笠原十九司氏らが「日本軍がやった」と書いていますので、多分、世界の遠くの方では、真実とされているでしょう。


 大山中尉の時もそうですが、とかく中国は、すぐバレる嘘でも平気でついて引っ込めません。
 時が経てば知らない人が増え、真実とされるからです。

 我々は、こういう中国の深謀遠慮を知らなければなりません。
 ヒットラーではないが、嘘も百遍言えば真実となるのです。嘘もつき通せば真実とされます。

 そして、もっと始末の悪い事には、中国の嘘にすぐ呼応する日本人が現れることです。
 こうなると間違いを正すのが非常に難しくなります。


 ここで笠原氏の問題の本を紹介しておきましょう。
 それは『写真記録 日中戦争3.拡大する日中戦争 1937~1941』ぽるぷ出版・鈴木亭、笠原十九司編という本です。
 この本は南京大虐殺がメインのようですが、上海の所は嘘ばかりです。


「責任なし28 上海戦3 中国の嘘と呼応する人2」につづく










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支那でスープを飲んだ8人が食中毒になり6人死亡・食堂やレストランでの食中毒の報告は珍くない・『中国の危ない食品』周勍著、水道、水産食品、漬物、肉、卵、野菜・・・全て危険


『中国の危ない食品』周勍著(2007年9月)草思社


支那、スープによる食中毒で6人死亡


中国の湖北省、スープによる食中毒で6人死亡
11月12日17時6分配信 ロイター

 [北京 12日 ロイター] 中国・湖北省で11日、昼食にスープを飲んだ8人が食中毒になり、13歳の少女と10歳の少年を含む6人が死亡する事件があった。残りの2人は依然として重篤な状態が続いているという。12日付の長江商報が伝えた。
 それによると、食中毒が起きたのは廃品回収所。原因についての詳細は明らかになっておらず、現在は当局の捜査が行われている。
 中国当局は現在、世界各地で同国製品への警戒感が強まっているのを受け、食品や製品の安全性改善に向けて全国的な取り込みを行っている。
 一方で政府は、ずさんな安全管理が国民を危険にさらしていることも危惧(きぐ)している。中国では地方部を中心に、学校の食堂やレストランでの食中毒の報告は珍しいことではない。
――――――





もっと危ない中国産!(7月放送)




『中国の危ない食品』周勍著(2007年9月)によれば、支那の水道管の8割が鉛塩を使用。

支那の田うなぎやスッポンはホルモン剤を使って促成されており、これを食べると生殖能力に悪影響を及ぼし子孫断絶となる。

支那の水産食品に使われえるマラカイトグリーンなどの抗生物質を長期服用すると癌や奇形、遺伝子の突然変異などを引き起こす。

四川省の漬物の合格率は、添加剤の使用基準値オーバーなどで僅か22.86%







実際に何年か前には支那で生卵を食べた日本人が3人以上死んでいる。

支那では食べ物が原因で年間3億人が病気に罹る。
病人になった年3億人のうち、多くの命が失われている。

支那の子供の5%以上が障害児だ。

支那では、油を含んだ下水を再加工して作った「下水溝油」や、髪の毛で造る醤油などが有名だが、2007年5月、実際に「下水溝油」で作った即席ラーメンを食べてモンゴルの学生2人が死んでいる。



繰り返しになるが、日本人として出来ることは、1にも2にも支那には行かないこと。

支那産食品や支那製品は購入しない。

日本政府などに対して、支那産食材や支那製品の輸入停止を訴える。

外食料理や加工食品にも原材料の原産地表示の義務化を訴える。

とにかく、支那、支那人とは極力関り合わないことが重要だ。


食材、食品、水、飲料、薬品だけではなく、支那製の割り箸、弁当袋、紙ナプキン、土鍋、魔法瓶、練り歯磨き、子供用の浴用スポンジ、子供服を含む衣服、布団、毛布、玩具、クリスマス装飾品、アクセサリー、化粧品などにも毒が含まれているから要注意!!

はっきり言って、かなり危険!





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責任なし27 上海戦2 中国の長期戦策定・Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史

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投稿者 :
rekisisiranai


日本の戦争責任


責任なし27 上海戦2 中国の長期戦策定


これは「責任なし26蒋介石が仕掛けた上海戦」の続きです。


 日本は、8月13日に、始めて、戦争準備に取り掛かりますが、中国は、もっと前から準備をしていました。
 そして長期戦略を策定していたのです。

 8月6日に中国は、第一回国防会議を開き、三つの防御ラインと長期戦を原則とする対日戦略を決定しました。

 その内容は

「勝倭の道」
「大敵に遇えば即退き、小敵に遇えば即戦う」
「対倭作戦」
「戦術でもって武器の不足を補う」

「戦術原則五項目」

一、 要以持久戦 消耗戦之決策 以打破敵人速戦即決之企図

ニ、 要立主動 敵攻我守 待其気衰力疲 我即乗出撃

三、 要固守陣地 堅忍不退 以深溝高塁厚壁 粉砕敵進攻

四、 要利用民力地物 処処設穽防 従抗戦殺敵

五、 要講求防制敵機 大砲戦車毒気之戦術 便其攻撃気効

というものです。

一、二は「空間を以って時間に代える」持久戦・消耗戦略で、要するに奥地に引きずり込んで疲弊させる、というもの。

ニは、主動的立場に立ち、敵が攻めれば我は守り、敵が疲れて其の気力の衰えるのを待ち、我乗り出して撃つ

三は、深い溝、高い防塁、厚い壁で以って敵の進攻を粉砕し、陣地を固守し、絶対に退かない。

四は、民衆の力、地の利を利用し、罠を仕掛けてのゲリラ戦

五は、空襲、大砲、戦車、毒ガスへの対策

です。

 日本が、一生懸命、和平を持ちかけている時に、中国はこういう怪しからん事を企んでいたわけです。
 そして8月12日には大本営を設置しました。


 一方、日本の方はまだ消極的です。
 参謀本部の石原少将は《上海に陸軍を出すと戦火が拡がるので出せない》と断り、13日のぎりぎりまで抵抗していました。

 しかし、事態が逼迫してきたので折れざるを得なくなったのです。

 嫌がる陸軍を拝み倒して来て貰うのですから海軍は敬意を表して、当時、連合艦隊の旗艦であった戦艦陸奥や長門を陸兵の輸送に供しました。
 陸奥や長門は当時、日本の誇る最高の戦艦だったのです。
 これで陸軍の兵隊を運ぼうと言うのですから、海軍の気持ちがいかばかりか解かるでしょう。

 それでも、石原少将は、目的は上海を取り巻いている中国軍を蹴散らし、邦人の命を護る事だからと、二個師団しか出しません。
 これが少なすぎて犠牲者を増やすことになります。

 陸軍は、最初、上陸まで20日と言っていましたが、ぐずぐすしてたら邦人が皆殺しにされますので、必死で頑張って10日に縮めました。
 そして8月23日に呉淞に上陸したのです。

 ところが、中国側は鉄壁の布陣で待ち構えています。

 従って、なかなか進めません。
 犠牲者が増え、後から後から、部隊を追加せざるを得なくなりました。
 第3、第11師団においては、歩兵は最初に出征したものは殆んど死傷し、殆んどが補充員によって置き換えられたと言われています。

 その為、新たに、三個師団と台湾から重藤支隊が派遣される事になりました。

 この責任をとって、石原少将は、第一部長の職を辞す事になります。

 また、上海戦においては、弾薬も不足していました。
 人間が来ても弾がないから攻撃できないのです。
 「弾薬不足は日本軍の伝統的、宿命的欠陥」と元参謀本部の井本熊男氏は言っています。

 川柳にも「たまに撃つ、弾が無いのが、玉にきず」とあるそうです。

 中国側は、最初から準備を整えて戦争してますから、勢いよくやれますが、日本側はロクに準備もせず、バタバタやってきたので大変苦戦をします。

つづく










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責任なし26 蒋介石が仕掛けた上海戦
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大山中尉惨殺事件→包囲攻撃→上海市街爆撃。
(おまけ:松本重治の正体)
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「第二次上海事変」(上海戦)
8月9日大山中尉惨殺事件→8月13日支那大軍が国際租界日本人居留区包囲攻撃→8月14日支那軍機がホテル爆撃→日本が「暴支膺懲」宣言→日本海軍が『渡洋爆撃』
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支那南方航空が中部国際空港で指示に違反し滑走路へ・全日空機が着陸やり直し・一歩間違えば衝突の恐れがあった重大インシデント
支那南方航空

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071111-00000073-jij-soci

中国機、指示に違反し滑走路へ=全日空機が着陸やり直し-中部国際空港
11月11日23時1分配信 時事通信

 11日午後1時すぎ、中部国際空港から離陸しようとしていた中国・瀋陽行き中国南方航空(CSN)698便エアバスA319型機(乗客乗員42人)が管制官の指示に違反して滑走路に入り、福岡発全日空220便エアバスA320型機(同59人)が滑走路から約8キロ手前で、着陸をやり直すトラブルがあった。けが人はなかった。
 国土交通省航空・鉄道事故調査委員会は、一歩間違えば衝突の恐れがあった重大インシデントに当たるとして、調査官3人を同空港に派遣する。
―――――



何があったんだろう?
気をつけてほしいものだ。




1997年5月8日の支那南方航空の事故
南航97年深圳5.8空难?匣子舱音记录(最后三分钟)

事故詳細
 1997年5月8日午後9時28分、中国・Chongqing発深せん(Shenzen)行き中国南方航空3456便ボーイング737-31B(B-2925)が、深せんHuangtian空港で着陸に失敗した。この事故で乗員9名、乗客65名、計74名のうち、乗員2名、乗客33名、計35名が死亡した。事故当時、空港周辺は雷雨で、事故機は激しく接地した後、3度にわたりバウンドし、前輪が押し上げられた。即座に着陸復行した事故機は9分後に再度着陸を試みたが、接地速度が速すぎたためオーバーランして機体は大破し、大きく3つに分断され、炎上した。事故機は1994年に製造された比較的新しい機体であった。




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日本航空が支那にある整備工場に整備を委託した際にミス続発・補助翼の関連部品を取り付けなかったり、燃料タンク内にマニュアルを置き忘れたり・・・
(抜粋)
日本航空 <9205> が中国にある認定整備工場に整備を委託した際、機体の向きを変える補助翼の関連部品を取り付けなかったり、燃料タンク内にマニュアルを置き忘れたりするミスが起きていたことが24日、分かった。






安田(fgdsa002)さんから頂いたコメント
―――――
実はこの間の中華航空も...あれは台湾にある会社ですが、事実上中国人の会社だったりします。
蒋介石独裁時代に作られ、国民党系外省人が未だに重要ポストを独占していますから。
2007/11/12(月) 午前 0:08
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