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正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!マスゴミの嘘や洗脳工作を許すな!がんばれ!日本国民党!
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青嵐はアホか?工作員か?・支那事変で死んだ支那人の99%超は日本軍ではなく、支那軍によって殺された・731部隊の人体実験、細菌戦は嘘(全て作り話)・日本軍は「北京議定書」で支那に駐屯・南京大虐殺、従軍慰安婦も嘘、捏造
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写真集支那事変国書刊行会\P255逃げ遅れた老婆を避難地まで背負う日本軍兵士
支那軍に町を焼かれ、逃げ遅れた老婆を避難地まで背負う日本軍兵士『写真集支那事変』P255国書刊行会



6月5日(日)の朝頃から、「青嵐」という者が当ブログに盛んにコメントを書き込んでいる。

最初は6月5日付ブログ記事【A級戦犯を含めた「戦犯」などというものは既に国内的にも国際的にも消滅している。】との主張に対して、青嵐クンは「南京大虐殺、従軍慰安婦などは、歴史の事実であり、…」と論点のずれた反論をしてきた。

6月6日付ブログ記事はもともとが歴史関連の記事だったためか、青嵐クンは更にいろんなコメントを何度も書き込んできた。

青嵐クンの場合、非常に基本的な間違いが多いので、分かり易く青嵐クンの間違い(嘘)を添削しておく。




>歴史を歪曲するのはどちらか

>わたしは、20年程前に中華人民共和国の北京市に居を構え、約5年間仕事の関係で中国各地(武漢、南京、鄭洲、成都、上海、香港など)を訪ねたが、黒田さんの様な証言の様な事を、わたし自身数多く聞いている。さすがに初対面の者に対しはそんな話はしないが、仕事を進めていくなかで夕食に招待されたり懇意の仲になり、こちらから尋ねた時、どこの都市の方々からも、祖父母が、父母が『日本兵に殺された』『辱めを受けた』など異口同音に聞いた。
2011/06/06(月) 12:19:30 | URL | 青嵐より一部抜粋



証言は、それが『いつ記録されたものか、本当かどうかの検討ができるか』という2点がとても大事だ。

青嵐クンのように嘘吐き支那人の証言を鵜呑みにすることは、菅の辞意を信用した鳩山以上にマヌケなことだ。

支那事変の8年間には多くの支那人が死んだが、99%以上は支那軍によって死亡させられた。


この事は、支那軍に参加し、支那の近代歴史学の先駆者と言われている郭沫若が間違いない事実として断言している。
―――――
私はうけ合ってもいい、抗戦八年のあいだにこうしてふみにじられた同胞、いわゆる壮丁から弱丁になり、弱丁から病丁になり、病丁から死丁になって行った同胞の数は、戦死したもの、日本軍に殺されたものにくらべて、最低百倍は超えているに違いない。
『抗日戦回想録』郭沫若自伝
―――――

『抗日戦回想録』郭沫若自伝
『抗日戦回想録』郭沫若


このように、近代歴史学の先駆者の郭沫若が、死んだ支那人の99%超が日本軍に殺されたのではなく、支那軍によって死亡させられたと自白(暴露)している


支那軍に参加していた郭沫若の暴露だけではない。

勿論、日本側には支那軍が支那民衆を大量殺戮していたことに関する資料が多数残っているが、支那人の暴露や第三者の欧米人などの資料の方が証拠としてインパクトが強いだろうから、ここでは日本側以外の資料を紹介しよう。

支那軍による苛酷な徴発、略奪、徴兵のため、支那軍は行く先々で支那人民を激しい殺し合いをし、支那人の多くは日本軍占領地に避難していた。

――――――――――
一般住民に対して、徴発と略奪があまりしばしば行われたので、農民は日本軍よりも彼等自身の軍隊をさらに一層憎んだ。
穀物を略奪されまいとして抵抗する農民を飢えた中国兵が殺したり、日本軍の進撃を免れるために逃亡兵が村民を殺し、その衣類を自分が着こんで変装するということも起こった。
日本軍の進撃を鈍らせて鄭州の町を守るために、政府は1938年に黄河の堰を開いた。
すると、黄河は1世紀近く前から打ち捨てられたままになっていた古い河道を再び流れた。
「思い切った」決定であったが、このために、河南省東部の数十万の農民が命を失った。
彼等は水に溺れ、或は飢えて死んだのである。

軍隊の行動や戦争のやり方からだけでも、農民がどのような反応を示したかは想像に難くない。
彼等は自らを守って生き延びようと努力したのである。
彼等は国府軍の徴発する米に砂を混ぜ、白痴や片輪者を徴募兵として送り出し(1)、敵軍がその必要とする軍用道路の工事に働く苦力に高い賃金を払うとなると、たちまち大挙して日本占領地帯に移住した。
時には、彼等は隊を組んで国府軍の敗残兵を襲撃し、団結して徴募係の役人どもを虐殺した。
河南省では、当局の無関心、無能力、穀物のトン積、さらには投機のために、1942年から43年にかけて起こった飢饉(2)が大いに悪化したので、日本人が1944年にこの省に再び侵入した時、彼らにとっては事はことのほかに容易だった。
彼らが前進してくるにつれて、農民は国民党の軍隊を襲撃し、武装解除し、時にはこれにリンチを加えたのである。

(1)
長々と述べるよりは、農民層の徴兵に対する態度を一層よく説明するような挿話をもう1つ紹介しよう。
これは外敵の侵略による農民ナショナリズムの誕生を分析しようとする場合に、無視できないような生の事実の1つである。
河南省の鞏県に住む或る貧農の夫婦は炭鉱の坑夫をしている1人息子の賃銀のおかげで漸く暮らしていた。
年の頃は40歳前後のこの夫婦に突然2人目の息子ができたときに、徴募係の役人どもがやって来て、長男は軍隊に入らなければならないと夫婦に告げた。
法規によれば、1軒の家で息子1人だけが徴兵を免除されることになっているからというのである。
妻はもしその息子がいなくなれば、自分たちは飢え死にすると説明して、嘆願した。
だが土地の役人たちは耳を傾けようとしなかった。
すると、彼女は家に帰って、赤ん坊を地べたに続けざまに打ちつけて死なせてしまった。

(2)
未確認の数字であるが、この飢饉のために凡そ200万の死者を出したといわれる。

『中国革命の起源1915-1945』ルシアン・ビアンコ著
――――――――――

『中国革命の起源1915-1945』ルシアン・ビアンコ著
『中国革命の起源1915-1945』ルシアン・ビアンコ著


このように、支那民衆は、支那軍によって酷い目に遭い、支那軍と戦い、日本軍占領地に逃げ込んでいたのが歴史の事実だ

その結果として、郭沫若が暴露したとおり、死んだ支那人の99%超が日本軍に殺されたのではなく、支那軍によって殺されたのだった。

日本軍など日本側の資料には、このことを裏付ける資料が山ほど存在する。





>日本陸軍が、中国の方々を斬首するなどの野蛮極まる行為を繰り返した事や、731部隊などが捕虜や市民に人体実験をし薬物や細菌などで虐殺した野蛮極まる行為をした事などは国際的に富に有名な歴史の真実なのです。
2011/06/06(月) 12:19:30 | URL | 青嵐より一部抜粋



青嵐クンは、731部隊の人体実験や細菌戦などが全て戦後のハバロフスク裁判や「中帰連」(支那共産党によって洗脳された精神障害者の団体)や推理小説作家の森村誠一らなどよって捏造・偽造されたフィクションだったことも知らないようだ。

2007年1月18日、米国立公文書館は、731部隊が満州で行った細菌戦研究などに関する米情報機関の対日機密文書10万ページ分を公開した。

この時、石井四郎中将を始めとする731部隊関係者の個別尋問記録や、石井中将が細菌戦研究の成果を1947年6月ごろ執筆し米軍に引き渡したことを裏付ける最高機密文書も明らかになった。

ところが、731部隊(関東軍防疫給水部)は細菌戦研究はしていたものの、細菌戦を行った証拠は全くなかった。


文書内容の大半は731部隊など細菌戦研究に関する内容だった。
ナチス・ドイツと日本の「戦争犯罪」を調査するため、クリントン政権当時の99年に構成された記録作業部会(IWG)は、「慰安婦問題」などの悪事を裏付ける文書も探したが、証拠は見つからなかった。
奉天(瀋陽)の収容施設で、連合軍の捕虜に細菌実験が行われなかったかを調べたり、日本からの風船爆弾が細菌戦に使われないかを調べたりしたが、「当面は細菌戦を想定していない」と結論づけた文書も公開された。

つまり、アメリカが持っていた731部隊に関する10万ページの機密文書には、731部隊が人体実験を行ったり細菌戦を行った証拠は全くなく、戦後に言われたことは全て嘘っぱちのでっち上げだったのだ。


●関連記事

【731部隊の人体実験・細菌戦は嘘(全て作り話)】
1~11の目次・一覧表
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/13578503.html

731部隊の人体実験
細菌戦は嘘(全て作り話)11・最終回
米国立公文書館が731部隊(関東軍防疫給水部)に関する米情報機関の機密文書10万頁分を公開→■まとめ
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/13576514.html






>如何なる理由があろうと大量殺人行為である戦争は、二度と繰り返してはなりません。
2011/06/06(月) 16:41:02 | URL | 青嵐より一部抜粋



青嵐クンは「如何なる理由があろうとも戦争を二度とするな」と言うが、日本が外国の軍隊に侵略されて日本人が大量に殺されている場合でも「自衛戦争すらするな!」と言っているのか?

支那事変は、支那共産党が盧溝橋事件を起こし、支那軍が停戦協定を何度も繰り返し破って継続・拡大した戦争だ。
盧溝橋事件の約3週間後には、支那保安隊が日本人居留民約260人を大虐殺した(通州事件)。
更に2週間後、支那軍は数十万人という大軍で上海の国際租界の日本人居留区を包囲攻撃した。
支那軍機は上海市街地のホテルやデパートを爆撃して民間人や外国人を大量に殺害した。

その後も支那は、日本が提出した和平案をことごとく蹴り、戦争を継続し、支那人民を虐め抜いた。
支那軍による徴発・徴用・徴兵は過酷を極めた。
支那軍は、上海市街地爆撃の他、焦土作戦、黄河・揚子江の堤防決壊などによって多くの民衆を殺害し、世界で初めて違法毒ガスを使用したり細菌戦を行なったりするなどの暴虐・悪逆の限りを尽くした。

支那が戦争を始めて、日本が何度も何度も「やめよう。やめよう。」と言ったのに、支那がそれを無視して戦争を継続・拡大して暴虐の限りを尽くした戦争なのだから、日本にとっては自衛戦争以外の何ものでもない。

米英は、そのような暴虐支那に対して大々的にカネや武器を支援し、日本に対しては経済制裁を行なうなど理不尽な行動をとった。

日本は何も悪いことをしていなかったにもかかわらず、石油の輸入が出来なくなってしまった。
米英蘭の3カ国が日本に「石油を売らない」と言うことは、日本に「死ね」と言うのと同じことだった。
ハル・ノートを呑んで、支那や満州から撤退したら、失業者が溢れ、夥しい数の日本人が餓死などで死んだだろう。

更に、当時は国家生存の条件とされていた大国の地位を失い、小国に転落すれば、いつソ連や米国の植民地にされてもおかしくなかったし、ましてやアジア諸国の独立なんて何十年・何百年後に実現したか分からない。






>侵略そのものが悪なのです。

>中国大陸へ土足で侵略した行為そのものが野蛮なる許されざるものなのです。 国際法云々する以前に、侵略行為そのものが問題なんです。中国の方々が自国に土足で侵略してきた野蛮極まりない日本陸軍にゲリラ戦などで抗うことは自衛の一環であり当然の行為なのです。虐殺された中国兵の方々とその遺族の皆様に対し『大変な酷い事をして申し訳ありませんでした。』と誠意を示すことが人間として当然の行為です。自虐などとは、とんでもない話です。ゲリラであろうが、捕虜であろうが野蛮なる戦争で人命を抹殺する行為は絶対に許されざることなのです。 保守・右翼陣営は事あるごとに、『アジア解放の聖戦であった。』と根も葉も無い妄想にゆり、野蛮極まりない『侵略行為』を美化しようと必死であるが、その様な無知蒙昧を繰り返していると国際社会から笑われ、見捨てられますよ…(^O^)/(爆笑)
国際社会の信頼を失いあなた達の大好きな『国益』を大きく損ないますゾ………(^O^)(大爆笑)
2011/06/06(月) 19:19:50 | URL | 青嵐より一部抜粋



>のすり様

>>日本の行ったのは先制攻撃戦争だよ

>これは、全くの間違いです。中国大陸に日本陸軍が一方的に侵略したのです。
>中国が日本に攻め入ろうという様な歴史的事実はなく、『日本の先制攻撃』という暴論は成り立ちません。
2011/06/06(月) 20:30:03 | URL | 青嵐より一部抜粋



青嵐クンは「中国大陸へ土足で侵略した行為そのものが野蛮なる許されざるものなのです。」とか「中国大陸に日本陸軍が一方的に侵略したのです。」とか言っているが、 日本は支那との合意の上で支那大陸に日本軍を駐屯させていた。

日本は、支那と条約(北京議定書)を交わし、支那の合意の上で、マトモな警察を持たなかった支那の治安維持と平和のために、支那に軍隊を駐屯させていたのだ。

1900年、「義和団の乱」で、支那人たちが北京などに駐在していた外国人を大虐殺した。
北京などで自国民が大虐殺された列国は、連合軍を派遣し、ようやく支那人どもによる外国人大虐殺事件を鎮静した。

そのときに列国と清国と結んだ講和議定書が「北京議定書」だ。

――――――――
北京議定書
北京-山海関の12の要地における外国軍の駐屯
――――――――


この「北京議定書」は、英・米・仏・露・独・墺・伊・白・西・蘭・日の11カ国と締結され、外国の軍隊が支那に駐屯し、支那の警察の役割を務めることになった。

今日本では「日米安保条約」による合意の上で米軍が日本に駐留しているように、20世紀前半には「北京議定書」による合意の上で日本を含む列国が支那に駐屯していた。

支那が「北京議定書」による合意の上で支那に駐屯していた日本軍や支那在住日本人を攻撃したために、1937年に支那事変が始まった。

そして、支那軍は支那事変の初期から、卑怯な便衣隊戦術(軍服ではない民間人の服を着た卑怯な「便衣兵」によるゲリラ戦)を行った。

悪いのは支那軍だった。







>南京大虐殺、従軍慰安婦などは、歴史の事実であり、
2011/06/05(日) 10:49:58 | URL | 青嵐より一部抜粋



最後に、念のため、南京大虐殺と従軍慰安婦についても簡単に説明しておく。

日本軍による南京虐殺はなかった(犠牲者数0人)。

まず、南京市民の大半は、日本軍が南京を陥落させた1937年12月13日以前に南京を脱出して日本軍が占領した上海などに避難していた。
南京に残った約20万人の南京市民も全員が安全区に避難し、安全区以外の南京城内に善良な市民は誰一人として居なかった。
南京城内の安全区以外には誰も居なかったのだから、そこで虐殺など起こるわけがない。

次に、南京に残った全市民が集められていた安全区内の状況だが、12月13日に日本軍が南京を陥落させる前と比べ、日本軍占領後の南京安全区の人口は増加した。
日本軍が占領した上海などに避難していた南京市民が徐々に戻って来たのだ。

陥落から何日か経ち、安全区内で日本軍による約10件の強姦事件や同程度の掠奪事件が発生したが、これら事件は、日本の軍関係の裁判を司る法務部で把握されている。
日本軍将兵は道端で拾った靴を持ち帰っただけで掠奪事件として軍法会議にかけられたりしていたが、「虐殺」事件は南京に居た憲兵隊などに通報されたことも全くなかった。

また、15人の欧米人からなる安全区国際委員会メンバーや100人を超す日本人報道関係者などは南京に長期間滞在していたが、誰も1度も日本軍による虐殺を目撃しなかった。

それと、「慰安婦」はいたが、「従軍慰安婦」はいなかった。
「慰安婦」は兵隊相手に売春をして大金を稼いだ。
一時期、反日左翼が「従軍慰安婦強制連行」という作り話を捏造し、それを朝日新聞やテレビ朝日などが大々的に宣伝したが、日本が朝鮮人女性を強制連行して慰安婦にした事実は全くなかった。






以上のように、青嵐クンのコメントは間違いだらけだ。

単なる無知なのか?

それとも、悪意を持った反日工作員なのか?

私は、両方ではないかと思っている。

すなわち、青嵐クンは「超低レベルの工作員」ではないかと推測している。


青嵐クン!

もう少し勉強してから、コメント頂戴ね。

↓教材↓
目次一覧
「南京大虐殺は嘘っぱちのでっち上げ!犠牲者数はゼロ(0人)」
「日本に戦争責任なし」
「731部隊の人体実験・細菌戦は嘘(全て作り話)!」
「謝罪外交は罪!詫びれば済むというのは錯覚!」
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/37940912.html





それと、最近、当ブログのコメント欄が荒れている。

「SHIN」とか「shin発狂」とか「瀬戸●●」とか、昨日辺りは「/」とか「チョンに自国民意」とか、一部の人物による罵倒合戦が目立つ。

お互いに自粛して頂きたい。

コメント欄で議論が白熱するのは良いことだが、内容の乏しい罵倒や似たような事の繰り返しはやめて頂きたい。

既に幾つかのホストをコメント書き込み禁止にしているが、出来るだけ規制はしたくないので自粛してほしい。

よろしくお願いします。

m(._.)m



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テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

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