FC2ブログ
正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!マスゴミの嘘や洗脳工作を許すな!がんばれ!日本国民党!
201111<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201201
浅田真央GPファイナル欠場・お母さんが深刻な体調不良・ご無事を祈り、今後の活躍を応援しよう・大震災の復興支援にも熱心だった浅田選手を日本国民は応援し続ける
↓忘れずに、最初にクリックお願いします。↓

人気ブログランキングへ




慈善アイスショーで共演する浅田真央(左)、小塚崇彦の両選手=2011年7月27日、青森県八戸市
被災地で慈善アイスショーで共演する浅田真央(左)、小塚崇彦の両選手=2011年7月27日、青森県八戸市

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20111209-00000301-jisin-ent
浅田真央 母の闘病で「もうママには頼れない」と決意
女性自身 12月9日(金)3時16分配信

浅田真央が9日に開幕するフィギュアスケートのグランプリファイナルを欠場することが明らかになった。国際スケート連盟がカナダのケベックで記者会見を開いて発表したもので、浅田は、母親の病気のため、8日朝にすでに帰国の途についたという

春先から母親の病状を不安視する声はあった。そんな母の状況をわかってか、浅田にも変化がみられるようになっていた。今夏には、オフを利用して運転免許を取得し、中京大と自宅マンションを自分で行き来するようになっていたという。

「これまで練習の送り迎えはお母さんの役割でした。しかし、年明けからお母さんは体調を崩しています。真央ちゃんが免許を取ったのも、『体調の悪いママに、もうこれ以上頼れない』という、母親思いの真央ちゃんらしい気遣いもあったのでしょう」(地元スケート関係者)

母親に心配をかけまいとして、浅田は中京大と佐藤コーチのいる新横浜のリンクをひとりで往復し練習を重ねていたという。9月下旬、本誌は横浜で奮闘する浅田の姿を目撃していた。それは、9月25日の浅田の21歳の誕生日から、わずか数日後のことだった。

「誕生日は、夜に新幹線で名古屋で帰り、両親の待つ実家に帰ったそうです。『久々に家族4人が顔をそろえたそうですよ』」(フィギュア関係者)



浅田真央選手が12月9日開幕のグランプリファイナルを欠場することになった。

彼女の演技や活躍を楽しみにしていたファンや日本国民には残念でならないが、お母さんの健康状態が深刻では致し方ない。

お母さんのご無事を祈り、浅田真央選手の今後の活躍に期待したい。

浅田真央選手のお母さんは、次の動画や記事を見るとわかるように、浅田選手の姉妹の幼い頃からのコーチでもあったようだ。


↓幼い頃からの浅田真央選手とお母さんの動画↓
■動画
a-n-m(Mao Asada)
http://www.youtube.com/watch?v=cZpCBeMd0NY



↓2010年バンクーバー五輪の後の浅田真央選手のお母さんに関する記事↓

http://hochi.yomiuri.co.jp/sports/winter/news/20100226-OHT1T00321.htm
真央・母、号泣「よくやったね」…フィギュア
2010年2月27日06時03分 スポーツ報知

 ◆フィギュアスケート(25日・パシフィックコロシアム) 女子フリーを行い、ショートプログラム(SP)2位の浅田真央(19)=中京大=は自己最高の合計205・50点としたものの、完ぺきな演技で世界歴代最高228・56点をマークした金妍兒(キム・ヨナ、19)=韓国=に及ばなかった。

 五輪に向けて走り続けた浅田の4年間を支えたのは、愛する家族やチームの仲間だった。バンクーバー市内のホテルから真央の勝利を祈り続けた母・匡子(きょうこ)さん(47)は「よくやったねと伝えたい」と号泣。姉の舞(21)は会場で観戦し、「お疲れ様と抱き締めてあげたい」と戦いを終えた妹をねぎらった。

 離れていても一緒に戦った母の目に光ったのは、うれし涙だった。五輪にたどり着くまでの厳しい道のりを誰よりも知っているからこそ、銀メダルは金メダルに負けない価値がある。「日本にメダルを持って帰れるのは本当にいい結果だと思う。『よくやったね』と伝えたい」と声を詰まらせた。

 日本中から金メダルを期待される娘の演技を心配で見ることができず、匡子さんはバンクーバー市内のホテルの部屋でテレビもつけずに祈り続けた。それは浅田家の「勝利の儀式」でもあった。

 姉の舞と一緒に5歳でスケートを始めてから、母は一番の“コーチ”として真央をリンクサイドで見守り続けてきた。真央が小2の時、匡子さんは体調を崩して入院。そのときに真央からもらった「スケートを頑張るから、早く良くなってね」と書いた手紙は今でも大切な宝物だ。

 1月2日に47歳の誕生日を迎えた匡子さん。「小さい頃は試合でうまくできなくて泣いていることの方が多かった真央が、このような大舞台に立てたこと。2位という素晴らしい結果を残せたのは本当に奇跡。ここまで支えて来て下さったすべての方に感謝の気持ちでいっぱいです」。銀色のメダルは最高のプレゼントになった。
(以下略)





今年の4月下旬にロシアで行われたフィギュアスケート世界選手権で6位と惨敗してしまった浅田真央選手について、5月頃に「週刊女性」が「不調の原因は母の体調不良」との記事を書いていた。

次のブログに、その「週刊女性」の記事が引用されているので一部転載させて頂く。


浅田真央不調の原因は母の体調不良!手術しなければソチ五輪は見られない!?
2011年05月24日


(以下引用)
「試合翌日、ラサール石井がツイッターで《エッチしなきゃ、ミキティやキムヨナには勝てない》とつぶやいたことが大問題になり、すぐ謝罪・撤回しました。また、『女性セブン』が、同じフィギュアの高橋大輔選手との熱愛疑惑を報じたと思えば、『女性自身』では、姉である舞との過度なダイエットがいけなかったと結論づけました。とにかく、彼女の成績が悪かっただけで、日本中が大騒ぎなんですよ」(スポーツ紙運動部デスク)
(以上引用 週刊女性)

しかし、実は真央さんの不調の原因は他にあったというのです。

(以下引用)
「実は、真央ちゃんのお母さんの具合が、3月ごろからかなり思わしくないんです。基本は自宅療養なのですが、悪いときは入院したりしているようです。
どうも、内臓系の疾患のようですね」(スケート関係者)

さらに取材を進めると、事態は想像する以上に、重いものだという。

「お医者さんからは、“今のままなら、3年後のソチオリンピックは、生きて真央ちゃんの演技は見られないかも”みたいなこともいわれたようですよ。思い切って手術をするようにすすめられたもののなかなか踏ん切りがつかないみたい。そんなことが世界選手権の直前にあり、真央ちゃんはそうとう落ち込んでいました。体重が5キロもヤセたと報じられていましたが、それこそ、食事もノドを通らなかったみたいですから・・・・・・」(浅田家に近しい友人)
(以上引用 週刊女性)

名古屋にある真央さんの実家周辺では、こんな声も・・・。

(以下引用)
「真央ちゃんは中京大の近くに家を借りていて、シーズン中はお母さんもそっちで一緒に暮らしているんですよ。普段、この実家にはお父さんだけが住んでいるんです。だけど、先週、久々にお母さんをお見かけしたんですよ。顔が土色で黄疸のようになっていて、とても具合が悪そうでしたね」(近所の住人)
(以上引用 週刊女性)

(略)
心配ですよね・・・。

(以下引用)
「家族で病気の話になったとき、舞ちゃんは、“お母さんのためなら、何でもするから”って、涙ながらに話したそうです。それを、真央ちゃんも神妙な面持ちで聞いたって・・・。舞ちゃんは自分で車を運転して、お母さんの代わりに買い物に行ったりしているんです。それを見て真央ちゃんも、“自分も何かしなくちゃ”と、現在、教習所に通ってるんです。免許があれば、お手伝いもできるし、リンクまでの移動も1人でできるからって。新横浜の練習場までも、今は1人で通っているようですよ」(前出・友人)
(以上引用 週刊女性)

この件について、真央ちゃんのお母さんが取材に応じてくれたのだそうです。

(以下引用)
――3月くらいから、お身体の調子が思わしくないと伺ったのですが?
「一昨年くらいから更年期障害も患っていて。
だけど、私生活には影響ないのよ」

――でも、お顔の色がとても悪いようですが?
「それは・・・・・・」

何かを隠そうとする真央ママ。
だが、本誌は世界選手権直前の4月中旬に、地元の病院に入院した真央ママを、真央・舞姉妹が見舞ったという情報もキャッチしている。

――入院されてましたよね?
「そんなこと、ないわよ・・・・・・」

――世界選手権にも同行されませんでしたよね?
「真央も20歳になったし、1人で何でもやらせるようにしているんです。ただ、20歳といっても、中身はやっと高校生になったくらい(笑い)。やっと、親離れ子離れかな」
(以上引用 週刊女性)



今になると、この「週刊女性」の記事は、浅田真央選手の不調の原因を「エッチをしないこと」としたラサール石井や、高橋大輔選手との熱愛疑惑を報じた『女性セブン』や、姉である舞との過度なダイエットがいけなかったと結論づけた『女性自身』よりは、真実に近かったのかもしれない。

しかし、『女性自身』が取材で病気のお母さんに対して「でも、お顔の色がとても悪いようですが?」と質問したのは駄目だ。

お母さんに対して失礼だし、病気にも良くない。

人間はたとえ健康な人であっても、「顔色が悪い」「体調が悪そうだ」と言われると暗示にかかって本当に体調が悪くなることがある。





浅田真央選手は、審判を買収しているとしか考えられない韓国(キムヨナ)や韓国に買収された審判たち、そして何よりもフジテレビをはじめとする日本国内の反日妄韓マスゴミや電通などに苦しみながらも立派に堂々と戦ってきた日本代表選手だ。

●関連記事
フジドラマに真央の藁人形が登場していた!
ワラ人形に「吉田真央」の名札を付け「田真央」や「真央」とアップし五寸釘打ち握りつぶす
フジテレビ「キムage、真央sage」フィギュアスケート暗黒史のまとめ
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-4359.html


優勝した浅田真央の転倒した場面をわざわざ等身大パネルで設置 【韓国フジテレビ】
優勝した浅田真央の転倒した場面をわざわざ等身大パネルで設置 【韓国フジテレビ】

「○田真央」の藁人形が、フジテレビドラマ「アタシんちの男子」第3話「男子、恋にタメ息」(2009年)に登場していた。
「○田真央」の藁人形が、フジテレビドラマ「アタシんちの男子」第3話「男子、恋にタメ息」(2009年)に登場していた。


そして、浅田選手は、日本代表選手であるだけではなく、東日本大震災の復興支援に寄付するチャリティ本まで出してくれた。

http://www.nikkansports.com/sports/news/p-sp-tp0-20110602-784543.html
真央の義援本で1000万円/フィギュア
日刊スポーツ

収益金を全額、東日本大震災の復興支援に寄付するフィギュアスケートの浅田真央(20=中京大)のチャリティー本「浅田真央 Book for Charity」の売り上げが、総計1万8919部に上った。被災地に贈る義援金は総額1000万円になる。出版元の学研が1日、明かした。6位だった4月の世界選手権の真相までがつづられている同本は5月10日から同31日までインターネット上などで注文を受け付けていた。現在、ロシアで振り付け中の浅田は「この数字は短期間でとてもすごいことだなと思い、とてもびっくりしています。皆さん、ご協力ありがとうございました」と感謝した。
 [2011年6月2日10時21分 紙面から]



さらに、被災地で慈善アイスショーも行った。

■2011年6月11日に発行されたフランスのスポーツ週刊誌L'EQUIPE mag(レキップ・マグ)
『Japon, la vie après(日本、その後)』のインタビュー特集記事。
浅田真央

■フィギュアスケート選手浅田真央。
2008年、2010年世界選手権金メダリストでバンクーバーオリンピック銀メダリスト。

わたしは名古屋のリンクに練習に出るところでした。
緩やかに揺れて、でもいつもよりも長い間。わたしはそれが大きいものだったとは考えもしませんでした。
何が起きていたか想像もせず、練習をしていました。
家に帰ってテレビをつけると、東京付近海沿いの工業地帯の火事の映像を目にしました。
津波が全てを呑み込んでいるその映像に目が釘付けになり、恐怖に陥りました。
わたしは日本人なので、地震や津波はわたし達の宿命だとわかっています。
それと共に生き、他に選択はありません。
でもあの光景は忘れることができません。
わたしは、津波に呑み込まれる前に両親と共に車に乗って逃げた少年のことを思い出します。彼は車から出ることができ助かったけれど、家族とは離れてしまいました。
彼は家族を探すため皆が避難している体育館をさまよっていました。彼自身が日本の現状そのものでした。
彼は泣いていなくて、毅然としていました。
わたしは彼の表情をいつまでも憶えているでしょう。

世界の人もこの少年の映像を見ていてくれたなら、と思います。誰もが忘れられないはず。この衝撃的な惨事を忘れられてしまう事、
皆さんの助けが必要な時に取り残されてしまうことが怖いのです。
見放さないでください!助けてほしい。

わたしは世界のトップスケーターにこの夏日本に来てショーをしてくれるようお願いしました。
ブライアン・ジュベールとフローラン・アモディオにもお願いしました。
東北地方の復興には10年以上かかるでしょう。
わたし達一人では復興は成し遂げられません。



被災地で無料アイスショー 浅田選手らの熱演に笑顔
2011.7.27 18:31、産経新聞

慈善アイスショーで子どもたちを指導する浅田真央、村上佳菜子(左)の両選手=27日、青森県八戸市
慈善アイスショーで子どもたちを指導する浅田真央、村上佳菜子(左)の両選手=27日、青森県八戸市

 フィギュアスケート女子の浅田真央選手(20)=中京大、男子の小塚崇彦選手(22)=トヨタ自動車=ら国内外のトップスケーターによる慈善アイスショーが27日、東日本大震災の被災者約1400人を無料招待して被災地の青森県八戸市の新井田インドアリンクで開催され、華やかな演技の連続に場内は拍手と歓声で包まれた。

 青森、岩手、宮城の3県から、仮設住宅で避難生活を送る被災者らが貸し切りのバス31台に分かれて会場を訪れた。浅田選手は、被災者を思って作られたプログラムをしっとりと滑り、小塚選手、自らも被災した羽生結弦選手(16)=宮城・東北高=らも熱演した。

 津波の爪痕を目にしたという浅田選手は「(観客が)笑顔になってくれて、来て良かった」と話し、前日に祖父の光彦さんを亡くした小塚選手は「僕も寂しいが、今日は楽しんでもらえるように心掛けた」と思いを口にした。

 被災地のスケーターはトップ選手から振り付けの指導を受け、ショーでは夢の共演も実現した。八戸市湊町の竹原勝子さん(66)は「ショーを見るのは初めて。何もかも忘れて楽しめた」と興奮した様子だった。





最後に、浅田真央選手の今回のGPファイナル欠場について、関係者たちの談話を紹介する。

http://www.jiji.com/jc/c?g=spo&k=2011120900102
フィギュア浅田関係・談話

 ◇一丸となって頑張る
 鈴木明子 一刻も早く(浅田の母親の)状態が良くなることを祈っている。残ったチームジャパンで一丸となって頑張りたい。

 ◇幸運を祈る
 アリッサ・シズニー 浅田選手の欠場をとても残念に思う。彼女は素晴らしい選手なので、一緒に競技をしたかった。幸運を祈っている。

 ◇元気な彼女に会いたい
 カロリナ・コストナー (浅田の帰国は)とても悲しい。彼女と競うことより、元気な姿の彼女にまた会いたい気持ちの方が強い。

◇気丈だった
 日本スケート連盟・小林芳子フィギュア強化副部長 (浅田の母親が)体調を崩されていたのは知っていたが、こうなるとは想像しなかった。彼女(浅田)にとって大切な試合で手応えも感じていたと思うが、気丈に振る舞っていた。

(時事)(2011/12/09-05:54)





「がんばれ!浅田真央選手!」

と思う人は、↓クリックお願いします。↓

人気ブログランキングへ



  ∧_∧
 ( ・∀・) よろしく
 ( ∪ ∪
 と__)__)

テーマ:フィギュアスケート - ジャンル:スポーツ

copyright © 2024 Powered By FC2ブログ allrights reserved.