正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
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鳩山由紀夫が韓国で土下座!西大門刑務所歴史館で柳寛順らに献花し跪く・笑いをこらえる韓国人たち
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韓国・ソウルにある西大門刑務所歴史館で、靴を脱ぎ、ひざまずき、合掌し、土下座した鳩山由紀夫の姿を見て必死に笑いをこらえる韓国人たち後ろの韓国人?ですら笑ってるやんwwwwwwwwwwww
韓国・ソウルにある「西大門刑務所歴史館」で、靴を脱ぎ、ひざまずき、合掌し、土下座した鳩山由紀夫の姿を見て、後ろで笑いをこらえる韓国人たち
韓国・ソウルにある「西大門刑務所歴史館」で、靴を脱ぎ、ひざまずき、合掌し、土下座した鳩山由紀夫の姿を見て、後ろで笑いをこらえる韓国人たち

http://www.sankei.com/world/news/150812/wor1508120035-n1.html
ひざまずいて謝罪 韓国で鳩山元首相
2015.8.12 16:24更新、産経新聞

モニュメントに献花し、膝をついて合掌する鳩山元首相=ソウルの西大門刑務所跡地(名村隆寛撮影)
モニュメントに献花し、膝をついて合掌する鳩山元首相=ソウルの西大門刑務所跡地(名村隆寛撮影)

【ソウル=名村隆寛】韓国を訪問中の鳩山由紀夫元首相は12日、ソウル市内にある西大門刑務所の跡地(西大門刑務所歴史館)を訪問した。同刑務所は、日本の朝鮮半島統治時代に独立活動家らが収監されていた場所で、韓国では“抗日”の象徴。現在は独立活動家らの「苦難の歴史」が、写真や資料で館内に展示されている。

30分あまりにわたって館内を見学した鳩山氏は、独立活動家らをしのぶモニュメントに献花した。さらに、鳩山氏は靴を脱ぎ、膝を屈したうえ、モニュメントに向かって手を合わせ、ぬかずいた。

この後、記者会見した鳩山氏は、「元日本の総理として、ひとりの日本人、人間としてここに来ました」と述べた。その上で、「日本が貴国(韓国)を植民統治していた時代に、独立運動家らをここに収容し、拷問というひどい刑を与え命を奪ったことを聞き、心から申し訳なく思っている。心から申し訳なく、おわびの気持ちをささげていきたい」と謝罪の言葉を繰り返した。

モニュメントに献花し、膝を屈する鳩山元首相=12日、ソウルの西大門刑務所跡地(名村隆寛撮影)
モニュメントに献花し、膝を屈する鳩山元首相=12日、ソウルの西大門刑務所跡地(名村隆寛撮影)

モニュメントに献花し、膝を屈する鳩山元首相=ソウルの西大門刑務所跡地(名村隆寛撮影)
モニュメントに献花し、膝を屈する鳩山元首相=ソウルの西大門刑務所跡地(名村隆寛撮影)

モニュメントに献花し、ぬかずく鳩山元首相=ソウルの西大門刑務所跡地(名村隆寛撮影)
モニュメントに献花し、ぬかずく鳩山元首相=ソウルの西大門刑務所跡地(名村隆寛撮影)

ソウルの西大門刑務所跡地を訪問し、女性の独立運動家、柳寛順氏が収容されていた部屋に献花する鳩山元首相=12日、ソウル(共同)
ソウルの西大門刑務所跡地を訪問し、女性の独立運動家、柳寛順氏が収容されていた部屋に献花する鳩山元首相=12日、ソウル(共同)

ソウルの西大門刑務所跡地を訪問し、記念碑の前でひざまずいて手を合わせ頭を下げる鳩山元首相=12日、ソウル(共同)
ソウルの西大門刑務所跡地を訪問し、記念碑の前でひざまずいて手を合わせ頭を下げる鳩山元首相=12日、ソウル(共同)

[경향신문] 하토야마 전 일본 총리 '무릎 꿇고 추모비 헌화 ’
■動画
[경향신문] 하토야마 전 일본 총리 '무릎 꿇고 추모비 헌화 ’
https://www.youtube.com/watch?v=tkS4BhMX7fM




>韓国を訪問中の鳩山由紀夫元首相は12日、ソウル市内にある西大門刑務所の跡地(西大門刑務所歴史館)を訪問した。同刑務所は、日本の朝鮮半島統治時代に独立活動家らが収監されていた場所で、韓国では“抗日”の象徴。現在は独立活動家らの「苦難の歴史」が、写真や資料で館内に展示されている。


韓国・ソウルにある「西大門刑務所歴史館」の展示物が嘘出鱈目ばかりであることについては、3日前の8月10日付け当ブログ記事で説明したばかりだ。

日本統治時代の西大門刑務所(京城監獄)では、拷問や残虐な刑は全く行われなかった。






>30分あまりにわたって館内を見学した鳩山氏は、独立活動家らをしのぶモニュメントに献花した。さらに、鳩山氏は靴を脱ぎ、膝を屈したうえ、モニュメントに向かって手を合わせ、ぬかずいた。


鳩山由紀夫は、西ドイツのブラント首相のマネをしたかったものを考えられる。

かなり意識してマネているとしか思えない。

西ドイツのブラント元首相は1970年12月7日、ポーランドの「ワルシャワ・ゲットー」(ユダヤ人慰霊塔)で跪き、ナチスの犯罪については謝罪したが、戦争については謝罪せず、逆に戦後ポーランドによるドイツ領からの
西ドイツのブラント元首相は1970年12月7日、ポーランドの「ワルシャワ・ゲットー」(ユダヤ人慰霊塔)で跪き、ナチスの犯罪について謝罪した。
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鳩山由紀夫元首相は2015年8月12日、韓国・ソウルにある西大門刑務所歴史館で、靴を脱ぎ、ひざまずき、合掌し、土下座したが、後ろの韓国人たちの笑い者にされた
鳩山由紀夫元首相は2015年8月12日、韓国・ソウルにある西大門刑務所歴史館で、西ドイツのブラント元首相のマネをして跪いたが、後ろの韓国人たちに笑われた!
韓国・ソウルにある「西大門刑務所歴史館」で、靴を脱ぎ、ひざまずき、合掌し、土下座した鳩山由紀夫の姿を見て、後ろで笑いをこらえる韓国人たち


なお、西ドイツのブラント元首相は1970年12月7日、ポーランドの「ワルシャワ・ゲットー」(ユダヤ人慰霊塔)で跪き、ナチスの犯罪については謝罪したが、戦争については謝罪していない。

ドイツは、戦争について、謝罪せず、講和も締結せず、賠償もしていないため、チェコやギリシャなどから今でも賠償請求をされ続けている。

一方、日本は、戦後、多くの周辺諸国に謝罪し、既に全ての周辺諸国と和解している。
(その後、特アは和解を覆す)関連記事






>「日本が貴国(韓国)を植民統治していた時代に、独立運動家らをここに収容し、拷問というひどい刑を与え命を奪ったことを聞き、心から申し訳なく思っている。心から申し訳なく、おわびの気持ちをささげていきたい」と謝罪の言葉を繰り返した。


鳩山由紀夫が話した「日本が独立運動家を拷問した」という事実は全くない!

全くの事実無根だ。


日本統治時代の西大門刑務所では拷問や酷い刑などは全くなく、事実は、日本が李氏朝鮮で行われていた残虐な拷問や刑を廃止したのだ。

李氏朝鮮時代に行われていた残酷な拷問などについては、朝鮮を訪れた外国人が様々な記録を残している。

取り調べ、監獄について
(詳細省略・一部抜粋)
「許されている拷問が、未だ数多く残っている。次に主要なものを挙げてみよう。
1.棍杖(長さ1.6-2メートル、幅20センチ、太さ4.5センチ位の棍杖で殴る)
2.平棒、笞、棒杖
3.骨の脱臼と屈折(3種類ある。その内の1例は、両膝と両足の親指を縛り、その間に2本の棒を入れ、反対方向に引っ張る)
4.吊り拷問
5.鋸拷問或いは足の鋸引き
6.3稜杖(木製の斧若しくは鉞で肉片を切開する拷問」

シャルル・ダレ

李氏朝鮮時代

(李氏朝鮮の残酷な死刑や拷問に対して)

「こんな状況がまだこの地球の片隅に残されていることは、人間存在そのものへの挑戦である。とりわけ、私たちキリスト教徒がいっそう恥じるべきは、異教徒の日本人が朝鮮を手中にすれば真っ先にこのような拷問を廃止するだろうということだ」


「悲劇の朝鮮」スウェーデン人 アーソン・グレブスト


実際に日本は、大韓帝国を併合する前の保護国としていた時代に、それまで朝鮮にあった残酷な拷問や刑罰などを廃止させた。

「西大門刑務所歴史館」では、拷問室や死刑場などと称される所で人形や悲鳴などを使って、日本の朝鮮人弾圧を宣伝している。
TBSの「報道の魂」、韓国に修学旅行に行った立命館高校の生徒達が「西大門刑務所歴史館」を見学

この刑務所は、もともと1908年に日本が「京城監獄」としてつくったものだが、歴史の真実は以下のとおり。

――――――――――
李氏朝鮮時代の拷問が酷かったことは世界的に知られていたが、1905年に朝鮮(大韓帝国)が日本の保護国となり、統監統治が始まると、日本と同様にすぐに拷問は廃止された。

朝鮮での拷問禁止は島村忠次郎(1907年、水原の京畿道地方裁判所の「法務補佐官」)が在職中に伊藤博文統監に申し入れて法令となった。

1908年の法令改正によって拷問した取調官は3年以下の懲役と定められた。

これにより、長年続いていた朝鮮での残虐な拷問は廃止となった。


更に、日韓併合前は「1坪に15~16人」詰め込んでいた監獄が、1910年の後半には「1坪当りの収監者数を5人以内」にし、1922年頃には「約2.9人」まで大改善された。

これによって囚人はいつでも横になって寝る事が可能になった。

――――――――――





>ソウルの西大門刑務所跡地を訪問し、女性の独立運動家、柳寛順氏が収容されていた部屋に献花する鳩山元首相=12日、ソウル(共同)


柳寛順については、あまり詳しい正確な事実が分かっていない。

韓国では、「柳寛順は四肢を切断された」などという妄想による捏造が伝えられているが、勿論そのような事実はない。

柳寛順に係る四肢切断がトンデモ妄想の捏造であることは、韓国紙「中央日報」も認めている。

中央日報:西大門(ソデムン)刑務所収監当時の柳寛順(ユ・クァンスン)烈士の受刑者記録表。柳烈士は投獄後、拷問に耐えることができず1年余りで殉国した。(写真=国史編さん委員会)
西大門(ソデムン)刑務所収監当時の柳寛順(ユ・クァンスン)烈士の受刑者記録表。(写真=国史編さん委員会)(韓国紙「中央日報」より)

http://japanese.joins.com/article/426/24426.html?sectcode=400&servcode=400
「柳寛順への日本の蛮行、誇張多い」 
2002年02月26日21時21分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]

「柳寛順(ユ・クァンスン)烈士について誤って理解されている点を正してみたかったのです」。この4年間、柳寛順研究に没頭してきた郷土史家の任明淳(イム・ミョンスン、55、忠清南道天安市社稷洞)さん。

天安(チョンアン)大にある柳寛順研究所の客員研究員でもある任さんは「柳寛順に関連した内容が、1945年8月15日の解放以後、植民地時代に日本が行った蛮行を糾弾するという意味合いから、誇張され過ぎてしまった感がある」と主張する。

(中略)

任さんは、柳寛順の最終刑量は、懲役7年でなく3年だったと主張した。京城(キョンソン)復審裁判所(控訴審)の判決文と受刑者記録表によると、柳寛順は小学校の教科書にあるように「検事に椅子を投げつけたため法廷冒とく罪が追加され、7年の刑を宣告された」のではなく、3年の刑を受けたという。その後、柳寛順は高等裁判所(現在の最高裁)に上告せず、これが最終刑量になったという。

「梨花学堂時代、柳寛順の級友だったポガック(99、僧侶)さんの証言によると、死亡して20日余り過ぎた後、柳寛順の死体を受け取ったそうです。その時、死体は腐っていましたが、四肢は切断されてはいなかったという話です」。

任さんは「柳寛順への盲目的な思い込みから、こうしたいい加減な事実が広まり、子供向けの伝記にまで掲載された」とし、「今は、冷静になって史実を確認すべきだ」と話した。



なお、上の「中央日報」の記事では、柳寛順の最終刑量について、「3年の刑」としているが、正しい最終刑量は「2年6ヶ月」だった。

よく考えてほしい!

独立テロで主導的役割を果たしたとされる柳寛順でさえも、その量刑はたったの「2年6ヶ月」だったのだ!

この事実は、悪質な独立テロ犯に対してさえも、拷問や残虐な刑などが一切行われなかったことの証明となる。

柳寛順が死亡したのは病気のためであり、刑務所内で死亡したために、後世において歴史捏造・偽造のネタとして悪用されている。

実は、日韓併合時代に朝鮮で独立運動に参加した朝鮮人が拷問されたという話は、当時朝鮮ではなく上海に居た朴殷植という奴が噂や妄想を基に書いた『独立運動之血史』というホラー小説が殆どのソースとなっている。

ところが、柳寛順については、この捏造の宝庫である『独立運動之血史』にすら登場していない。






(参考)
●関連記事
3・1事件はテロ事件
独立運動ではない
両班、元軍人、共産主義者、米宣教師に誑かされたキリスト教徒などによる暴動
『血史』は内容も犠牲者数も嘘出鱈目オンパレードのホラー小説
韓国独立記念館はお化け屋敷
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-1832.html

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(韓国の教科書は朴殷植の『独立運動之血史』の記述に基づいて、総督府による三・一事件の弾圧を糾弾している)(韓国の教科書では)監獄(刑務所)に収監された人数は「5万人」と、実際の6倍にしている。
朝鮮全土に当時、刑務所は監獄8、分監12しかなかった。
三・一事件で収監されたのは約8500名で、定員オーバーであった。
「5万人」という人数の収監能力などは物理的に途方もない。
入監者数については、朝鮮総督府が正確に把握しており、1919年5月10日現在、8437名であった。
韓国の教科書は出鱈目な数字を書いている。

ホラー小説の類である『独立運動之血史』が何ら信憑性がないのは、次の記述一つだけで充分だろう。
両手・両足を切断された人間が即死しない、そればかりか手がないのに自分で衣服を着ることができる、足がないのに自分で歩いて帰宅できる、というのである。
また、手足を切られたあと3日間も食事を与えられずとも元気で官憲を罵倒しつづけたという。
マンガでもここまでの描写はできない。つくり話もほどがある。
『血史』の虚偽性は、議論以前である


「女子高等普通学校(当時の女子中等学校の名称)の廬永烈は、裸体で十字架の上に仰臥させられた。
日本人は、後列の十字架の傍に炭炉を置き、鉄線を真っ赤に焼いて廬永烈の乳頭を三、四回刺してからその縄を解き、刀で四肢を断ちおとし、まるでまこも(菰)のように分切した。
血が雨のようにしたたりおちた。…が質問して、「お前はこれでもなお『万歳』を叫ぶつもりか」と言った。
彼女はこれに答えて、「独立が達成できなければたとえ死んでもやめない」と言った。

…数日間も食事を与えないで、三日目にふたたび拷問を加えた。
…やむをえず、衣服を抛(ほう)りかえしてよこし、きびしく警責を加えた後に釈放された。……」(231~2頁、212頁)

また、『血史』は1919年3月の1ヶ月間で収監されたものは「数十万人をかぞえ…」(212貢)としているが、前述したように実際には1万人にもならない。
そればかりか30頁ほど前の183頁では収監人数を「4万7000名以下」としていた。
なぜなら、そこでは「逮捕者4万6948名」と記述しているからである。
逮捕者からかなりの即時釈放者を引いた残りが収監者である以上、これ以下になるからである。
このように、『血史』では、「数十万人」という212頁と、「4万7000名以下」という183頁の、収監者数が10倍も異なる。『血史』のはその時その時に思いつくままの捏造数字であるのは明らかだろう。

要は、『血史』の数字や描写を引用していたすべての研究書・専門書は、完全なる歴史歪曲、歴史偽造のそれであって、いっさいの学術的価値はない。
ということは、この『血史』に基づく、在ソウルの「歴史館」は、「ホラー映画」と同類の、空想と妄想で創った「東洋一のオバケ屋敷」となる。
真実を求めず歪曲と偽造の韓国とは、根本において「文明以前」であり、野蛮国である


『血史』のような品性も知性もない嘘だらけの作品を書く人物を数多く出したこと自体、韓国は国家として恥ずべきだろう。

『歴史を偽造する韓国』中川八洋著
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左:『日本の自立 戦後70年、「日米安保体制」に未来はあるのか?』西村幸祐著、ケント・ギルバート著 (2015/8/7)
中:『まだGHQの洗脳に縛られている日本人』ケント・ギルバート著(2015/5/26)
右:『素晴らしい国・日本に告ぐ!』テキサス親父著、ケント・ギルバート著(2015/5/22)



左:『日之丸街宣女子(ひのまるがいせんおとめ)』富田安紀子著 2015/5/15
中:デルモンテ 国産 旬にしぼったトマトジュース750ml瓶×12(6×2)本入
右:Panasonic 32V型 ハイビジョン 液晶テレビ VIERA TH-L32C6

「鳩山由紀夫は、日本の恥!」

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