正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
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迷走TBS堀尾を夕方の顔に!・元NHK堀尾正明で2時間の「雑食系情報番組」?・「総力報道!」は1時間に短縮・水戸黄門【40部・朝鮮人監督版】の視聴率を追い越しそうな5時台の「水戸黄門」再放送は4時台に
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TBS夕方新報道番組に堀尾アナ



堀尾アナも起用!TBSニュース枠さらに拡大
8月27日7時5分配信 スポニチアネックス

 TBSが2時間の新情報番組を夕方にスタートさせる。9月28日スタートの「イブニングワイド」(月~金曜後4・53)で、元NHKの堀尾正明アナウンサー(54)を司会に起用。現在は2時間の「総力報道!THE NEWS」(月~金曜後5・50)を約1時間短縮。計約3時間の大型報道情報番組の枠となる。

 関係者によると、「イブニングワイド」は事件・事故や政治、芸能、文化などジャンルを問わず、その時の視聴者の関心事の背景などを堀尾がスタジオで専門家らにたずね、伝えていくスタジオショーのような番組になる。あるスタッフは「草食系男子ならぬ何でも食べる雑食系情報番組を目指す」と語る。

 同局は4月の改編で「総力報道!」をゴールデンタイムを含む生の2時間番組として鳴り物入りでスタートさせたが、視聴率が1ケタ台と苦戦。今回の改編について関係者は「昨今、さまざまなことが起き、生の情報をもっと早い時間に知りたいという視聴者のニーズに応えた」と語った。

 司会の堀尾はNHK時代に「スタジオパークからこんにちは」「ニュース10」のほか、04年の紅白歌合戦の総合司会、五輪キャスターも務めており、関係者は「報道からバラエティー、芸能まで幅広く活躍し、どんなジャンルの専門家でも話を引き出せる」としている。民放では自身初となる帯番組の司会。堀尾は「テレビニュースの伝え手として、志を高く持ち、みなさんの暮らしに役立つ“生きた情報”とは一体何かを考えながら全力疾走していきます」と意気込んでいる。

 放送時間が短縮される「総力報道!」は後藤謙次氏(59)や小林麻耶アナウンサー(30)らの出演陣は変わらない。計約3時間の生の報道情報番組の枠となるが、関係者は「堀尾さんが分かりやすいスタジオトークを繰り広げた後、後藤さんの解説でより深く理解してもらえるのでは」としている。

 今回の改編にともない、5時台の「水戸黄門」再放送は4時台に放送される。

>あるスタッフは「草食系男子ならぬ何でも食べる雑食系情報番組を目指す」と語る。

「雑食系情報番組」って、「情報バラエティ」とか「ワイドショー」のことか?TBSのスタッフのコメントは馬鹿っぽくて意味不明だ。元NHKの堀尾正明が毎日2時間も「情報バラエティ」をやって、本当に視聴率が上がるのか?

↓9月28日以降のTBS夕方の番組↓

15:53 水戸黄門(再) 
16:53 (新)イブニングワイド 
18:40 総力報道!THE NEWS
これでも結局は、水戸黄門(再)がTBS夕方の最高視聴率となる予感がする。TBSは迷走しているとしか思えない。


>同局は4月の改編で「総力報道!」をゴールデンタイムを含む生の2時間番組として鳴り物入りでスタートさせたが、視聴率が1ケタ台と苦戦。

「総力報道!」が低迷している要因は、後藤謙次氏や小林麻耶といった人選にもあるかもしれないが、最大の要因はTBSに「あの国のあの法則」が発動しているからだ。




常に韓国国旗を背景にサミットを中継するTBS「総力報道!」



>今回の改編にともない、5時台の「水戸黄門」再放送は4時台に放送される。

韓国ドラマが失敗のまま終了し、TBSは水戸黄門 (再放送)を元の時間帯に戻す。最近、水戸黄門 (再放送)も、ようやく5時台に馴染んできて27日(木)の放送は9.5%というTBSでは稀な高視聴率を記録したというのにまた時間を変更するなんて、やはりTBSは迷走している。

8月24日(月)20:00-20:54 TBS 水戸黄門 【第40部・朝鮮人監督版】=9.6%



8月27日(木)16:53-17:50 TBS 水戸黄門 (再放送)=9.5%



月曜夜に放送している朝鮮人監督(金鐘守)の「水戸黄門」最新作と、夕方に放送している「水戸黄門 」(再放送)がほぼ同じ視聴率となっている。「あの国のあの法則」の威力は凄まじい!

空前絶後の韓国ブームがやってくる!!(TBS主催)
http://atsukan.com/pc/index2.html
TBS赤坂サカスで「熱韓」イベント開催!!
http://atsukan.com/pc/about/atsukan.html
「宮廷女官チャングムの誓い」放送中
http://www.tbs.co.jp/program/changumu.html
韓国版『花より男子』放送中
http://www.tbs.co.jp/k-hanadan/
韓流ドラマ「エデンの東」放送中
http://www.tbs.co.jp/eastofeden/
東方神起 4th LIVE TOUR 2009
http://www.tbs.co.jp/tbs-ch/lineup/o1198.html




TBSは、今週も水曜日に、終日全番組で1桁視聴率を記録!

8/26水 
*2.0% 05:00-05:15 TBS TBSニュースバード
*3.1% 05:15-05:30 TBS 早ズバッ!ナマたまご
*3.8% 05:30-06:00 TBS みのもんたの朝ズバッ!・5時台
*6.9% 06:00-07:00 TBS みのもんたの朝ズバッ!・第1部
*8.0% 07:00-08:30 TBS みのもんたの朝ズバッ!・第2部
*6.7% 08:30-09:55 TBS はなまるマーケット
*3.8% 09:55-10:50 TBS ブラザー・ビート
*5.0% 11:00-11:55 TBS ひるおび!・午前
*4.8% 12:00-13:53 TBS ひるおび!・午後
*2.3% 13:53-14:49 TBS サカスさん
*3.8% 14:53-15:48 TBS 韓国版・花より男子
*5.7% 15:48-16:43 TBS 宮廷女官チャングムの誓い
*8.1% 16:53-17:50 TBS 水戸黄門(再放送)
*6.3% 17:50-18:45 TBS 総力報道!THE NEWS・第1部
*6.0% 18:45-19:30 TBS 総力報道!THE NEWS・第2部
*7.5% 19:30-20:54 TBS ザ・プロ野球・中日×巨人
*8.9% 21:00-21:54 TBS 水曜劇場・橋田壽賀子ドラマ・となりの芝生
*5.6% 22:00-22:54 TBS クイズなんでも?1決定戦
*4.4% 23:00-23:30 TBS NEWS23
*3.7% 23:30-23:55 TBS Goroプレゼンツマイ・フェア・レディ
*3.5% 23:59-00:29 TBS あらびき団
*3.4% 00:29-00:59 TBS 帝王
*2.1% 00:59-01:29 TBS 格闘王子
*2.0% 01:34-02:04 TBS 第二アサðKジャーナル
*1.2% 02:04-02:59 TBS CBSドキュメント
*0.7% 02:59-03:29 TBS 機動戦士ガンダム00
*0.5% 03:36-04:30 TBS 買物大図鑑
*0.6% 04:30-05:00 TBS TBSニュースバード




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ノモンハン事件7・少数の日本軍・バルト三国とソ連の不可侵条約締結・三国軍事同盟とノモンハン事件・『ノモンハン事件の真相と戦果―ソ連軍撃破の記録―』小田洋太郎・田端元共著(有朋書院、2002年)




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ノモンハン事件6
壊滅的打撃を受けたのは関東軍ではなくソ連軍だった!
『ノモンハン事件の真相と戦果―ソ連軍撃破の記録―』小田洋太郎・田端元共著(有朋書院、2002年)
露、大戦の歴史見直しを拒否
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のつづき





<ノモンハン事件>70年…「歴史歪曲許さず」露大統領演説

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090826-00000139-mai-int


<ノモンハン事件>70年…「歴史歪曲許さず」露大統領演説
8月26日22時10分配信 毎日新聞

 【モスクワ大木俊治】第二次世界大戦を前に日本と旧ソ連が交戦したノモンハン事件の対日勝利70年を記念する式典が26日、モンゴルの首都ウランバートルで開かれ、ロシアのメドベージェフ大統領とモンゴルのエルベグドルジ大統領が出席した。

 インタファクス通信によると、メドベージェフ大統領は式典で、「我々は数で勝る敵を撃退した」と、旧ソ連・モンゴル合同軍の勝利をたたえる一方で、「この勝利の本質を変えるような歴史の歪曲(わいきょく)は許されない」と述べた。

 東欧・バルト諸国で、第二次大戦の勝利に寄与した旧ソ連軍の功績を評価せず、ナチス・ドイツと同様の「占領軍」とみなす歴史観が広まっていることに反論したとみられる。

 エルベグドルジ大統領も、旧ソ連の勝利でモンゴルの独立が守られたとして、「第二次大戦の結果をゆがめようとする試みに反対する」とロシアを支持した。
――――


>メドベージェフ大統領は式典で、「我々は数で勝る敵を撃退した」




これも大嘘。
日本は不拡大の方針だったため本格的参戦をせず、ソ蒙軍約6万に対して当初、日本軍は8千以下で戦闘をした(その後、7月に日満軍合同で約1万9千)。






>東欧・バルト諸国で、第二次大戦の勝利に寄与した旧ソ連軍の功績を評価せず、ナチス・ドイツと同様の「占領軍」とみなす歴史観が広まっていることに反論したとみられる。



ソ連は、バルト三国と不可侵条約を締結し、その後、いずれも、相互援助条約を結び、ソ連は自ら国境紛争などを起こして、反ソ姿勢は条約に反するとして、宣戦布告なしにソ連は侵略した。
外モンゴルでも行ったソ連の常套的侵略法だ。


―――――
少数の日本軍

 張鼓峰事件とともに日本は不拡大の方針だったため本格的参戦をせず、ソ蒙軍約6万に対して当初、日本軍は8千以下で戦闘をした(その後、7月に日満軍合同で約1万9千)。日本側は損害に応じて、2百名~3百名と少数ずつ補充し、1万数千名程度を維持する兵力の逐次投入をした為、日本側の損害率が増えたので、損害率だけでは論じることができない。

 当時、日本は漢口作戦の進行中で積極的ではなかったが、荻州兵団3万を編成、強力な武器や戦車を増強し、戦場の近くで待機したところで停戦になった。第1線から帰還した兵は、野原を埋めつくす人員と装備を見て、何故反撃しなかったかと不満をもらしている。今までの少数ずつの補充の投入を止めて、本格的反撃のために部隊を集合していたのであるが、和戦いずれもタイミングを誤ったのは否めない。

 7月3日、日本軍は渡河してバインツアガン(白銀査干)台上を占領し、ソ連戦車群を壊滅させたが、意外の多数の戦車の出現に日本軍の参謀は、長期戦になると補給路が一本のため、戦闘の継続を心配して撤退させたが、この撤退をジューコフは、

 「日本の将兵は完全装備のまま水中に飛び込み文字どおり我戦車兵たちの前で溺れ死んだ。バインツアガン山を占領していた日本軍の残存部隊はハルハ河のほとりの山の東部斜面で完全に壊滅した。何千という死体、死馬の山、無数の壊れた砲、迫撃砲、機関銃、自動車がバインツアガン山を敷きつめていた。このとき日本機45機を撃墜した」。

この記述を基に記念館ではそのような絵があるが、皆嘘である。日本機の実際の損失は偵察機2機(内、1機は友軍の誤射)。ソ連側の損失は3日間の合計69機で、これではソ連側は恥ずかしくて真実の発表はできない。


 また、ソ連は降伏したポーランド軍将校1万5千名殺害したカチンの森の悲劇や、バルト三国の将校4千名を大量殺害し、以後の軍事力の消滅を図った事実を書くべきである。


バルト三国とソ連の不可侵条約締結
外蒙以外にもソ連の常套的侵略法についてねべる必要があるので解説すると、

1926年9月28日、ソ連はリトアニアと不可侵条約締結。
1932年2月5日、ソ連はラトビアと不可侵条約を結ぶ。
1932年5月4日、ソ連はエストニアと不可侵条約を結ぶ。

その後、いずれも、相互援助条約を結び、ソ連は自ら国境紛争などを起こして、反ソ姿勢は条約に反するとして、宣戦布告なしにソ連は侵略したのである。
 ソ連による最初の年だけで、リトアニアでは34,260人が消えた。ラトビアでは14,689人が、エストニアでは12,000人が跡形もなく消えた。この虐殺の記録は後にドイツ軍が名簿などを入手して判明した(トルストイの「スターリン」に詳細な文献と、想像を絶する死に至る拷問と野蛮な殺害方法の実相が記されている)。
 ポーランドではソ連に200万人が連行され生還したのは30万人という。


三国軍事同盟とノモンハン事件
 この成立がノモンハン事件に関係があるような議論があるが、実の所無関係である。
 三国軍事同盟結成はドイツがソ連牽制のために熱心だった。日本の陸軍の一部もソ連牽制のために熱心だったが、日本海軍は三国軍事同盟の結成は日米英の関係を損じると反対したため、結成は遅れた。
 ポーランド侵入に際して英国の干渉を防ぐ為に、ドイツにはソ連とのポーランド分割と、独ソ不可侵条約は不可欠ものだった。ドイツは早期からこの条約を望んでいたが、ソ連は条約違反の口実を与える可能性を警戒して承諾しなかった。しかし、ノモンハンでの敗勢から、ドイツに日本への影響を期待して、独ソ不可侵条約を承諾したもので、三国軍事同盟結成の遅れが独ソ不可侵条約を促進したとは言えない。一方、ソ連は外蒙安定の必要から国境紛争を起こし、外蒙を制圧したもので、三国軍事同盟の直接的影響はない。
 早期に三国軍事同盟が結成されていれば、ドイツは日本に対して対ソ戦の要望を行なっていたかも知れない。そしてポーランド侵入の為にやはり、ドイツは不可侵条約を結んだであろうから、ソ連としては西方は安泰で、蒙古制圧の為にやはり、国境紛争を起こしたであろう。
―――――


以上







「ロシアは、外モンゴルやバルト3国などを侵略した事実を認めよ!」

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ノモンハン事件5
壊滅的打撃を受けたのは関東軍ではなくソ連軍だった!
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第2次大戦見直しに反発=ロ大統領
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露、大戦の歴史見直しを拒否

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露、大戦の歴史見直しを拒否 「無謬の戦勝国」史観
8月27日22時57分配信 産経新聞

 【モスクワ=遠藤良介】ロシアが近隣諸国による第二次大戦の歴史見直し機運に強く反発している。1939年に日本の関東軍とソ連軍が衝突したノモンハン事件について、メドベージェフ大統領は「この勝利の本質を変える捏造(ねつぞう)は容認されない」と強調。欧州での独ソ戦(41~45年)をめぐっても、ソ連をナチス・ドイツと並ぶ「占領者」とみる東欧・バルト諸国と対立を深めている。「欧州の解放者」を自負するロシアは、「無謬の戦勝国」というスターリン史観を国際的影響力のテコとし続けたい思惑だ。

 メドベージェフ大統領は26日、モンゴルの首都ウランバートルで行われた、ノモンハン事件の70周年行事に出席。モンゴルのエルベグドルジ大統領とともにノモンハン事件での司令官、ジューコフ将軍の記念碑に献花した。

 モンゴルでは同事件について「(モンゴルは)日ソ両国の犠牲になった」とする解釈も出ているが、メドベージェフ大統領は事件を日本に対する「(ソ連、モンゴル)共通の勝利」と位置づけ、同じ歴史認識に基づいて友好関係を築くことを訴えた。

 メドベージェフ氏はまた、「(戦闘で)関東軍は壊滅的打撃を受けた」とし、事件は「対ソ開戦しないとの日本の決定に影響を与えた」と指摘。これを受けて「(ソ連は)41年に極東からモスクワに大戦力を移動できた」と述べ、ノモンハン事件での勝利が西部での対独戦勝利につながったとの考えも示した。

 独ソ戦をめぐっては23日、両国が東欧・バルト諸国の勢力圏分割を約した秘密議定書「モロトフ・リッベントロップ協定」も締結70年を迎え、その評価をめぐる議論が再燃している。

 戦後のソ連支配を「新たな占領」とみる東欧・バルト諸国では、「協定はナチス・ドイツのポーランド攻撃を可能にし、第二次大戦の原因となった」との認識が主流だ。23日にはバルト三国首脳が「20世紀の2つの全体主義(ナチスとソ連)についての誠実な評価」を欧州連合(EU)に求める宣言に署名した。
(以下略)
―――――


>メドベージェフ氏はまた、「(戦闘で)関東軍は壊滅的打撃を受けた」とし、




ノモンハン事件は、関東軍も苦戦したが、ソ連軍の被害は関東軍を遥かに上回っていた。
壊滅的打撃を受けたのは関東軍ではなくソ連軍だった!
スターリンは大損害に耐えかね、停戦に焦っていた。



―――――
航空隊の戦果

 戦果、ソ連機1464機を撃墜・爆砕。

 (参考)ソ連の戦闘機は1930年、イギリス機のコピー、イ5、480馬力、最高時速295キロに始るもので、これを改良して1933年(昭和8)、イ15型とした。

 次表からソ連がいかに、高速、軽量化に努力し、失敗したかが分かる。ソ連エンジンは高空での性能が悪かった。戦場で6種類の戦闘機が使用され、目まぐるしく改造したが成功せず、結局、設計技師ポリカルポフは解任された。


戦闘機 馬力 最高速度 5千米上昇 重量kg
イ15 400-700  360km/h  8分  1880 複葉機 上翼はガル型
イ15-bis 750  371km/h      1735  同  上翼は直線型
イ153  1000   430km/h      1440  同  上翼はガル型、引込脚
イ16   480   360km/h       1485 単葉機 木金混合製 
量産型   775   450km/h 6.5分 1535 単葉機 木金混合製
イ16-24型 1600 470km/h  5分  2059 単葉機 木金混合製
97戦(日本)750-870 460km/h 5分  1110 単葉機 全超々ジェラルミン製


 ソ連機は空気抵抗を無視したずんぐりした機体で、旋回性能が悪かった。低速度のイ15を下方に囮に使い、上方には2段にイ16やイ153を置き、3機1組の編隊を組んだが、これはチームプレーを必要とし、高度の熟練を要したためソ連飛行士には難しかった。日本の戦闘機の方が早いので一撃離脱するには速力不足だったし、技術不足で、空中戦になると敗勢で、すぐ逃走した(捕獲したイ16を調査すると、最高速度は370kmだった。公称より低いのがソ連の武器である)。

 しかし、少数機の日本飛行士は毎日数回の飛行を行うため後半に疲労困憊し、休養を必要とし、また、飛行機も稼働率が落ちた。「黄塵のための弁の磨耗多し、人は居るが機がない」とある。

 一番のネックは、ソ連側は満州国領土内を頻繁に飛行し、爆撃したが、日本機にはソ連領内への積極的飛行が制限されていたことで(6月28日、大陸指第491号)、偵察や爆撃も大々的にできなかった。これは7月20日の「事件処理要綱」でさらに強く制限され、現地の兵は損害を被り迷惑したのである。



戦車

 日本軍はソ連戦車・装甲車を7月の左岸作戦で430台以上を破壊炎上した(ソ連側は配備した数字を446台としているので、96%以上を撃滅した事になる)。ソ連側は損害を60台と発表しているが、嘘である。しかし、ソ連側も大損害を受けたことを認めている(後に戦車旅団長ヤコヴレフ少将は戦死)。

 その後も日本軍はソ連戦車を破壊し続けた。「1千米以内に入れば日本軍の速射砲は百発百中だった」(軍曹前田義夫氏「ノモンハン戦」御田重宝著)。高射砲では1千5百米でもソ連戦車を破壊した。また、火炎瓶を恐れてソ連戦車は600米以内に入って来なくなった。

 ソ連の装甲車に至ってはフォード製で機関銃でブスブス貫通した。今日でも小口径銃の貫通弾痕のあるソ連戦車や装甲車が放置されているが、この報道にソ連軍との注がなく、また、ソ連軍の放置戦車をアサヒグラフ(平成11年5月14日号)は日本軍戦車とデタラメな注記をしている。後期でも手榴弾や火炎瓶、擲弾筒で戦車が破壊炎上したのが報告されており、後期には無効だと強調するのは疑問である。日本軍の無能を述べんとする意図的なものを感じる。後期の苦戦は弾丸がなくなり、大砲が破壊されたからである。

 ソ連軍には当時、近代装備がなかった。防弾鋼板も自国製がなく、英国の造船所が軍縮で捨てた鋼鉄板を買って戦車に貼ったものである。空軍やトラック積載部隊など台数が多いだけで質的には近代的とは言えなかった。

 戦果
 ソ連戦車 800台以上を破壊
 日本戦車  29台の損害

 日本戦車の欠点のみ記述され、五味川氏は「日本戦車の戦闘性能はソ連戦車に較べて劣っているから対等に渡り合って勝ち目なく技能を尽くしても苦戦は避けられなかった」とあるが、間違いで、ソ連戦車の欠点を知らず、また技能ははるかに日本戦車兵に及ばなかったのを知らず、ソ連戦車は戦車決戦に敗れているのを知らないのである。日本の戦車はソ連軍の脅威として有効的で、論より証拠、

 ソ連の戦車と対決して、66台を撃破、日本側損害なし。

飛行機は26機を落とし、その他、大砲、人員に多くの損害を与え、良くソ連軍を牽制し、日本戦車のいる所には近寄らなかった。

 ソ連戦車は大砲を使い、機関銃はほとんど使用せず、また、互いに衝突するほど運転する視界も悪かったため、容易に接近できて火炎瓶で炎上させた。日本兵士は戦車に上り、戦車砲や機関銃を打撃し、これで照準を狂わせ使用不能にしたが、日本兵士が苦労したのは間違いない。

 ソ連戦車には走行しながら射撃をする技術がなく、射撃するために停止したので、そこを日本軍に砲撃されて破壊された(日本戦車は行進射撃の訓練をしており、7月4日の戦車戦では12台の敵戦車を破壊し、敵は退却した。日本の損害0)。大砲の観測手は必ず赤い馬で現れたり、羊群が来たので見ると羊皮を被った観測手が紛れているという時代離れした思考だった。大砲は毎日同じ位置を砲撃し、日本兵に笑われている。そして、日本兵の苦労のみを伝え、ソ連側が大損害を受けて恐怖した事実を見逃している。

 富永信氏(「ノモンハン孤立兵の遺書」農文協-氏は東京帝国大学卒の一等兵)

 「敵砲弾はかなり正確に飛んでくるが、不発弾があり、私たちの周囲では敵砲弾による被害は非常に少なく、私たちは日ごろからソ連の戦力を過小評価していたので、敵の兵器は数量だけで質は粗製濫造による粗悪なもので威力がないのだと解していた」(ソ連機が70個の爆弾を落としたが半数近くが不発の記録もある。草葉大尉「ノロ高地」に眼前50センチに同時に落下した砲弾が2発がともに不発だった記述がある。筆者も垂直に落下している現存の不発弾を見ている)。

 「その夜私はやはり部隊に遅れないようにただ歩いて停止し、走って停止して、前進を続けただけだった。陣地に引揚げると敵はトラックで来た。こちらが進めば後方から砲撃で日本の前進を阻み、こちらが引揚げると又侵入して来る」。「進めば敵は退くと思った。参謀が荘思ったのも無理ない」と、かなり見くびって油断していた。参戦者は一様に「負けたとは思わない」と語っている。

 外人は日本兵士の銃剣による刺殺と日本刀に非常な恐怖を抱いており、砲弾で日本兵の進出を防いだ。「我銃剣突撃には絶大なる恐怖心を持ちあるものの如く、我にして巧みに敵の不意に乗じ突撃するか、側背に進出せば悲鳴をあげて潰走するを常とす」(歩72戦闘詳報)。白兵戦は日本の一戦力だった。後にソ連も銃剣術を採用した。

 日本の公刊戦史は例外で、外国の公刊戦史は常に勝利の栄光のみを記し、損害や敗戦の実情などは書かないものであるから、ソ連の公刊戦史をそのまま信用するのは危険である。
―――――


つづく







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