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8月13日放送「NHKスペシャル」宛に出した手紙の返事がNHKから来た。日本軍の残虐行為や南京大虐殺の根拠は歴史教科書や政府見解とのこと・・・ツッコミどころ満載なので早速反論!


(つづき)


●おさらい

8月13日放送「NHKスペシャル」宛に出した手紙の返事がNHKから来た。
日本軍の残虐行為や南京大虐殺の根拠は歴史教科書や政府見解とのこと・・・呆れ
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/24563662.html



↑これに対する私の反論↓



━━━━━━

NHK第1製作センター文化・福祉番組
チーフプロデューサー ●田●様

拝啓
NHKスペシャル「A級戦犯は何を語ったのか」に関する質問にご回答頂き、ありがとうございました。
拝読させて頂きましたが、納得できないことが多くあり、再度ご回答願います。




>現在、文部科学省検定済みの高等学校の複数の歴史の教科書でこの数字が記載されております。私どもが確認できたものでも、実教出版「高校日本史A」、清水書院「高等学校日本史A」桐原書店「新日本史B」があります。



私も、日本の歴史教科書に多くの嘘が記載されていることは承知しています。
私の質問は、歴史の教科書が根拠とした一次史料は何かということです。
一次史料はないのですか?
私が知る限り、1000万という数字は、戦後何年も経ってから、支那共産党が何の根拠もなく「犠牲者数1000万人」と発表したのが最初です。
これは何の根拠もないプロパガンダに過ぎません。
2006年3月30日付の産経新聞によれば、産経新聞が教科書検定に関して文部科学省に確認したら、歴史学者が昔の著書に記述していれば確たる史料がなくても検定をパスさせているとのことです。





>また、世界の多くの戦史研究家が引用している以下の書籍に、統計史料として10,143,241人という数字が記載されております。
“World War ? Almanac 1931-1945” by Robert Goralski




これも全く一次史料ではありません。
Robert Goralskiは、1928年生まれで1960年代から1970年代にNBCの特派員をしていたそうですが、彼は何を根拠に10,143,241人という数字を統計史料として記載したのでしょうか?
2007年8月13日放送の「NHKスペシャル」で述べた「犠牲者は1000万を越えるとされています」は事実に反します。
訂正と謝罪の放送をしてください。





>なお、この犠牲者が、日本、中国のどちらによるものか番組中で言及しておりません。



と、いうことは、NHKは130万人とも1000万人ともいわれる支那人犠牲者は支那軍によるものだったことを認めるのですね?
ならば、きちんと「支那軍が殺害した」と言及して放送しないと、殆どの人が日本軍が殺害したように誤解します。
これについても、改めて事実を正確に伝えるための放送をしてください。





>文部科学省検定済みの高校の教科書にも次のように記載されています。



前述のとおり、文科省は、歴史学者が昔の著書に記述してさえいれば確たる根拠や一次史料がなくても検定をパスさせているので教科書の記載が事実の根拠とはなり得ません。




> 南京事件については、日本政府の見解が以下のように発表されております。
>「平成10年12月25日南京事件関連の民事訴訟判決時の外務省報道官会見




何度も言いますが、私の質問は、「教科書に記載されているから」とか、「誰それが言っているから」という回答ではなく、確たる根拠、あるいは一次史料を要求しているのです。
今回の場合、その外務省報道官は何を根拠にしているのでしょうか?
昨年、河村たかし議員が、「いわゆる南京大虐殺の再検証に関する質問主意書」を政府に提出しましたが、政府は「文献等」と回答するのみで何ら具体的な資料を示していません。
つまり、上の外務省報道官も政府も具体的な根拠や資料は何一つ示すことが出来ないのです。


いわゆる南京大虐殺の再検証に関する質問主意書(河村たかし)
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a164335.htm
答弁
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b164335.htm





>当時南京に居た複数の外国人が南京事件を目撃したことは一次資料から確認できます。
>ジョン・マギー牧師のフィルム、ドイツ人ラーベのヒトラー宛報告書、ラーベの日記などです。また、南京事件について南京安全区国際委員会から事態の改善を求める抗議が寄せられ、大きな問題になっていたことは当時の外務省東亜局長石射猪太郎の日記などによって確認できます。




残念ながら貴方が挙げた資料は、「一次資料」とは言いません。
確かにジョン・マギーは多くのフィルムを残しましたが、一体ジョン・マギーのどのフィルムが、「外国人が南京事件を目撃した」一次資料なのですか?
ジョン・マギーは、東京裁判において、ブルックス弁護士から「殺人行為の現行犯をあなた自身はどのくらいご覧になりましたか」と尋問されると、「1件のみです。」と回答しましたが、その1件すら歩哨に誰何されて逃亡した者を射殺したケースでした。
ラーベも同じく日本軍による南京市民虐殺は目撃していません。
一体、ラーベのヒトラー宛報告書や、ラーベの日記などの、どの部分に日本軍による南京市民虐殺を目撃した資料がありますか?
具体的に回答願います。

また、南京安全区国際委員会から事態の改善を求める抗議が寄せられていたとのことですが、南京における要望や告発の日本側窓口は、当時外交官補の福田篤秦氏でした。
福田氏は当時を回顧してこう語っています。
「当時ぼくは役目がら毎日のように、外人が組織した国際委員会の事務所へ出かけた。時には彼らをつれて強姦や掠奪の現場に駆けつけて見ると、何もない。住んでいる者もいない。そんな形跡もない。そういうこともいくどかあった。
ある朝、アメリカの副領事館から私に抗議があった。『下関にある米国所有の木材を、日本軍がトラックで盗み出しているという情報が入った。何とかしてくれ』という。それはいかん、君も立ち会え!というので、司令部に電話して、本郷(忠夫)参謀にも同行をお願いし、副領事と三人で、雪の降る中を下関へ駆けつけた。朝の九時頃である。現場についてみると、人の子一人もおらず、倉庫は鍵がかかっており、盗難の形跡もない。『困るね、こういうことでは!』とぼくもきびしく注意したが、とにかく、こんな訴えが、連日山のように来た。

つまり、当時、国際委員会からの抗議はあったものの現地で確かめるとガセネタばかりだったのです。

一方、貴方が挙げた石射猪太郎は、福田氏のように現地で抗議文について確認していませんでした。
そもそも石射猪太郎という人物は、日本からもらった勲章には愛想をつかし、支那からもらった勲章は光栄とし愉快とし、「日支」のことを「中日」と言う人物なのでした。

<石射猪太郎>
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Himawari/9729/uso3.htm



あと、【高文彬さんが話した「たくさん集まった南京大虐殺の証拠」とは具体的に何を指すのか教えてください。】という私の質問には全く回答がありませんでしたが、本当はそんな証拠はなかったのですね?




>モロー検察官が1946年春に南京で行なった調査に関しては、国際検察局主席検事キーナンに宛てた1946.4.23付の中国調査報告書によりその内容が確認できます。モローは南京事件について埋葬記録など証拠を収集しています。また、複数の証言者に聞き取り調査をしていることは同行した検察官の資料から確認できます。



埋葬記録は日本軍による南京市民虐殺の根拠にはなりません。
南京の死体は日本軍入城前から多数存在したことが確認されている上に、戦死者の死体や事故による死体や行き倒れによる死体などが存在するからです。


南京の死体の死因は十七通り存在する
http://www.ne.jp/asahi/unko/tamezou/nankin/alleged/chapter2-1.html#chapter2-1-3



モロー検察官は、南京陥落から9年経ってから南京で複数の証言者に聞き取り調査をしたとのことですが、証言者とは具体的には誰のことでしょうか?
その証言者たちは事件が発生した当時、南京の日本軍憲兵隊や南京安全区国際委員会に通報したのでしょうか?
また、東京裁判でも証言したのでしょうか?

東京裁判に提出された「南京地方法院検察処敵人罪行調査報告」によれば、戦後、日本の「戦争犯罪」を裁くため連合国が開廷した「東京裁判」に備え、支那国民政府は1945年11月7日「南京敵人罪行調査委員会」を設置し、支那人に南京における日本軍の犯罪を申告するよう呼びかけました。

ところが、日本軍の残虐行為を申告する者が「甚だ少なき」ばかりか、聞き取り調査を行うと唖然として「口を噤みて語らざる者」や虐殺を「否認する者」までいたといいます。
やむなく支那政府は暫定的な報告を1946年1月20日、東京裁判に提出しましたが、「日本軍による大量虐殺」の証拠は埋葬記録を除けば、魯甦という人物の「目撃証言」ただ一件でした。

その後も調査を進め、ようやく「五百件の調査事実」を発掘しましたが、「資料を獲得する毎々一々これを審査」した結果、新規に採用できたのは僅か四件だけでした。

モロー検察官が南京で聞き取った調査とは、このようにして無理やり寄せ集められた証言者による偽証と考えるのが自然です。

お手数ですが、再度ご回答願います。

8月30日




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http://blog.with2.net/in.php?671525

外務省HPには、「日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、多くの非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。」と掲載されている。

しかし、それについて民主党国会議員の河村たかし(現名古屋市長)が平成十八年六月十三日に次の質問を含む「いわゆる南京大虐殺の再検証に関する質問主意書」を提出した。
―――――
三 それにもかかわらず「非戦闘員の殺害は否定できない事実」という政府見解や、日本軍は市民や捕虜を殺害して国際的な非難を浴びたという教科書記述はいったい何を根拠としているのか。市民虐殺と捕虜虐殺があったと明確に記載されている、南京陥落当時の、既に検証された記録をご教示いただきたい。

四 旧日本軍兵士の聞き取り調査等により、南京大虐殺を行ったという証言を得たことはあるか。また、南京市民において、親族が虐殺されたといった類の証言ないし証言録を政府は取得したことがあるか。
―――――

上記の河村たかし議員の「質問主意書」に対して、政府(内閣総理大臣小泉純一郎)は、何一つ根拠、記録、証言、証言録を示すことが出来なかった。

つまり、外務省は、何一つ根拠、記録、証言、証言録がないにもかかわらず、HPに漠然と「日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、多くの非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。」と書いているだけだったことが判明した。
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