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日本の和平案を封じて原爆投下?・ポツダム宣言で日本の降伏阻止・トルーマンとバーンズの日本降伏遅延工作とスティムソンのトンデモ正当化・『アメリカの鏡・日本』ヘレン・ミアーズ著7

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 ポツダム宣言は、日本国民を決起させ降伏を早めるための解放戦略として受け止められていた。
対日プロパガンダ、特にキャプテン・ザカリアスが制作、放送していたラジオ番組と同じようなものだ。

しかし、日本での効果は全く逆だった。
降伏を決定すべき政策立案者の立場からすれば、宣言は和平勢力より、寧ろ「徹底抗戦」派の力を強める効果しかもたなかった。


ポツダム宣言の内容は、よくいえば「厳しく、贖罪的」、悪くいえば、経済条項は極めて漠然としていたし、特定されない戦争犯罪人の追及があまりに広範で曖昧だったから、それが指導部と全国民に対してもつ意味を理解できるものには、ただちには受け入れ難いものだったのも当然である。

しかし、その過酷な条件にも拘らず、6首脳のうち3人は即時受諾に賛成していたのだ。


 しかし、私たちは和平支持派に反対勢力を説得する時間的余裕を与えなかった。
私たちはたった11日間待っただけで、いきなり1発の原子爆弾を、そしてさらにもう1発を、戦艦の上でもない、軍隊の上でもない、軍事施設の上でもない、頑迷な指導部の上でもない、2つの都市の約20万の市民の上に投下した。



 スチムソンは原子爆弾の投下を正当化して、「日本の独裁体制に確実なショック」を与え「我々が望んでいたように、和平支持勢力を強化し、軍部の力を弱める」ためには「優れて適切な武器」だったと説明する。

しかし、米戦略爆撃調査の公式報告は、そのような「ショック」は必要なかったというのだ。

 同報告は、原子爆弾が投下されなくても、或いはソ連が参戦しなくても、また上陸作戦が計画ないし検討されなくても、日本は「あらゆる可能性を考えに入れても1945年11月1日までに」無条件降伏をしていただろうという意見である。


P147-148
『アメリカの鏡・日本』ヘレン・ミアーズ著(1948年)
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ポツダム宣言は、日本に降伏をさせないことを目的とした降伏勧告だった。

国体保持(天皇の地位)などの戦後処理について確り述べれば日本がすぐに降伏勧告を受諾することをアメリカは知っていた。

だからアメリカは、意図的に日本が受諾できないような内容の降伏勧告にした。


これに関しては、鳥居民氏が2005年8月5日付の産経新聞【正論】で分かり易く説明している。



原爆投下の裏面史検証
葬り去られた米国高官の対日宣言
【正論】鳥居民
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/9794548.html

(一部抜粋)



 陸軍長官スティムソンと国務次官グルーは、日本に降伏を勧告するときだと大統領トルーマンに何回も説き、日本側が受け入れることができるように、天皇の地位保全を約束すべきだと主張した。それでも日本が降伏を拒否するのであれば、そのときこそ原爆の投下を警告すべきだと説いたのである。

 海軍長官フォレスタル、陸軍参謀総長マーシャル、海軍軍令部総長キングもまた、警告なしに日本の都市に原爆を投下することには反対の立場であった。



≪日本を翻弄した降伏勧告≫

 ところが、トルーマンと彼のただ一人の協力者である国務長官バーンズは、日本に降伏を勧告するスティムソンの草案から天皇の地位保全を認める条項を削ってしまう。

 また、スティムソンの草案では共同提案国にソ連の名前が入っていたが、トルーマンとバーンズは、日本がソ連に和平の仲介を依頼していることを日本外務省とモスクワの日本大使館との間の往復電報から知り、ソ連の名前を削り、重慶の国民党政府に差し替えたのである。日本にソ連への期待を持ち続けさせ、降伏勧告を無視させようとしてのことだった。

 さらに、その降伏勧告をホワイトハウス、国務省からではなく、宣伝機関の戦時情報局から発表させた。日本側をして宣伝文書と思わせるようにしたのである。



 さて、トルーマンとバーンズは、広島と長崎での"原爆実験"に成功した後、直ちにスティムソンとグルーの計画に立ち戻り、天皇の地位保全を日本側に告げることにした。バーンズが手の込んだごまかしをしたことから、日本の歴史研究者はそれが事実上のスティムソン草案の復活であることに気づくことなく、その解明をも忘れている。

 そのすべてを明らかにしようとするなら、ルーズベルト大統領時代の一九四四年に立ち戻らなければならない。

 ルーズベルトは日本との戦争が長引けば、中国の内戦が不可避になることを懸念した。天皇の地位の保証を主張するグルーを起用したのも、ヨーロッパの戦いが終わったすぐ後に、日本を降伏させようと考えてのことだった。

 だが、ルーズベルトは一九四五年四月に急死する。後継者トルーマンはバーンズの協力を得て、先に記したとおり、原爆を日本の都市に投下してみせ、ソ連を脅すことが何よりも先だと考えた。










つまり、日本は早く戦争を終わらせようと努力していたが、アメリカは戦争を継続して原爆を投下したかったので日本の和平努力を無視し続けた。

マンハッタン計画(原子爆弾の製造を目的としたアメリカの国家的プロジェクト)に巨額の費用を投じたので、是が非でも日本の都市に原爆を投下したかった。

日本の都市に原爆を投下することによって、人体実験が出来るし、戦後もソ連などに対して優位に立つためのデモンストレーションになると考えたのだ。

日本は原爆を投下された上にソ連が参戦したからポツダム宣言を受諾したのではなく、原爆を投下されるまで戦争の終結を許してもらえなかったのである。






追記

日本がどんなに平和を望んでも、「守る力」「報復する力(抑止する力)」がなかったために原爆を投下されたのが現実だ。

日本が今後更なる他国からの核攻撃を防ぐためには、日本は自主的な核抑止力を保有(核武装)しなければならない。








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