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正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!マスゴミの嘘や洗脳工作を許すな!がんばれ!日本国民党!
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南京虐殺は嘘20 嘘吐きダーディン 1 (宣伝工作員のメモを基にした南京の虚報と、当時の米国新聞の反日虚報の数々と、『支那事変日誌抜粋』松井石根)

●嘘吐きダーディン



――――――
南京事件を世界に知らせた男

自分の目で大量虐殺を見た米人記者の回顧談

元ニューヨーク・タイムズ記者、ティルマン・ダーティン氏

古森義久(ジャーナリスト)(文藝春秋89・10から)

http://www.history.gr.jp/~nanking/dathin.html
(一部抜粋)
http://d.hatena.ne.jp/claw/00010115
(真ん中辺り、一部抜粋)

予想されなかった虐殺

――日本軍はやはり民間人をも無差別に殺したのですか。
 
「はい、無差別の殺害といえます。銃で射つのがもっとも多かった。
銃剣を使う場合もあった。
とにかくウサギを殺すような感じでの虐殺が行われたのです」
――――――




上記は、南京戦から50年以上が経って述べられたダーディンの回顧談の一部だが、作り話だ。

HPのタイトルが『南京事件を世界に知らせた男』とされているのは、南京事件に関する彼のレポート(記事)が1937年12月18日付ニューヨーク・タイムズに掲載されていたため。

しかし、その記事を読めば分かるのだが、ダーディンは日本軍による民間人虐殺を目撃していない。
見出しとその直後にある要約部分に「婦人への暴行」とか「民間人の殺害」という言葉を挿入しているが、その後にある約5000字におよぶ長文レポートにそれらに関する説明がまったくない。
まるで「東スポ」である。
回顧談のとおり、ダーディンが、本当に南京で日本軍がウサギを殺すように多数の民間人を虐殺したのを目撃したなら、そのような記事には決してならない。
ダーディンの約5000字におよぶ長文レポートは、殆どが伝聞記事で、彼自身の目撃記事は支那人便衣兵の悪行や便衣兵の処刑や戦闘状況など僅かだ。
日本軍による民間人虐殺に関する目撃記事は全然ない。
5人の日本兵がアメリカ大使の私邸から懐中電灯1本を略奪したとか、大学病院で金品が盗まれたことについては具体的に述べているが、日本兵による民間人殺害の具体的なレポートは全然ない。
せいぜい、外国人が通りで民間人の死体を見たことを簡単に述べている程度だ。
本当に日本軍による民間人殺害を目撃していれば、こんな記事は有り得ない。
新聞を売るために「東スポ」と同じように派手な見出しを付けただけだった。


同じ頃、シカゴ・デイリー・ニューズのスティールも、これと酷似した記事を書いたが、それは2人とも、ベイツが安全区委員会として作成したメモ(レポート)に基づいてそれぞれ記事を書いたからだ。(南京事件調査研究会編訳『南京事件資料集 第1巻』105頁)

ベイツなど南京に長期間残った安全区委員会のメンバーは誰も日本軍による市民虐殺を目撃しなかったが、12月15日に早々と船で南京を離れたダーディンやスティールが、日本軍による民間人殺害を目撃する筈がない。
特にダーディンは句容に行っていて南京に戻ったのは14日の夜だった。
また、ベイツは支那国民党の顧問だったことが判明しており、国民党の宣伝に関わっていたことは間違いない。(「南京大学教授ベイツの"化けの皮"」『諸君!』2002年4月号、『正論』2002年4月号)


さて、ダーディンの記事の派手な見出し「民間人も殺害」に関しては、当然世間は相手にしなかった。
自ずと、「虐殺は嘘15~19 誰も知らなかった虐殺1~5」のようなことになる。

ところが、それから8年以上が経った戦後の東京裁判で、日本軍による南京市民大虐殺事件があったことになってしまった。
「東スポ」のように、見出しなど一部にだけ派手に「民間人も殺害」という言葉を入れていたダーディンは、一躍、『南京事件を世界に知らせた男』となった。
自分でも、さぞかし驚いたことだろう。
ダーディンは、1962年のニクソン訪中で北京に同行し、1988年には南京の虐殺館を訪問した。
古森義久氏への回顧談でも、見て来たような嘘を吐きとおすしかなかったのだ。



(注)

ダーディンの記事は、ベイツ(宣伝工作員)の宣伝用レポート(メモ)を基に書かれた。
ベイツに関する詳細は後述。




●嘘吐きダーディン(補足)


当時(1930年代)のアメリカの新聞がいかに偏った反日親支の嘘報道を行っていたかということを裏付ける資料がありますので、参考までに紹介しておきます。
著者(ラルフ・タウンゼント)は、支那に駐在した米国人外交官です。

―――――
正しい中国情報が伝わらない理由をいくつか述べたが、これだけではまだまだ危ないと思っている連中が山ほどいる。作家、新聞社、出版社である。こういう連中は寄って鷹って「与太記事」をでっち上げ、いい加減な本を出し、さも「建設的」であるかのような顔をしている。
(9頁)

当然新聞等には最悪の情報等は出せない。中国人読者の気分を害しないよう最大限の注意を払って記事を書いているからである。記事を出すか出さないかを決める責任者は、地元住民との「和」を最重視する。友人や知人がいるからである。だから、たとえ公然の秘密だとしても、不快感を与える記事は出さないのである。
買収事件はどう報じられるか紹介しよう。ある将軍が敵に買収された。その将軍は窮地にある味方を見殺しにして、トラック隊を指揮し、自分が獲得した略奪物資や阿片を持ち逃げした。さて翌日の新聞は「某地区防衛の某将軍の命により兵は20里後退。将軍は再攻撃のため南京の首脳部と協議中」となる。
取材して真実を知っている記者は事実をかけないから「腐りきった○○め。他よりはましだと思っていたのに」と怒り狂う。
(30頁)

 私は卒業後2年間サンフランシスコにいたので、カリフォルニアの人間が中国人と日本人にどういう感情を持っているかがよくわかった。圧倒的に中国よりである。もっとはっきり言えば、圧倒的に反日であった。中国人が嫌いという人も大好きという人も少ない。大多数は無関心なのになぜか反日感情だけは盛んであった。親日家はゼロに近かった。第一の理由は、愛嬌がないことだろう。二番目は、太平洋での日本の動きに対する不安であろう。この不安をカリフォルニアの財界が盛んに煽っている。軍港と陸軍基地の増設を目論んでいるのである。そうなれば地域は活気づく。兵隊が金を落とす。地域経済は万々歳だ。しかし新聞には「造幣して金を落とさせろ」とは言えないから、「適切な防衛」と表現したのであった。事情を知らない者は不安に駆られ、寝る前に日本人が潜んでいないかベットの下を調べたりする。「日本軍特殊部隊メキシコに上陸」という見出しに、カリフォルニアのオレンジ農家は震え上がり、新聞が売れる。とかく新聞社は発行部数を気にする。
(252頁)

さて、復讐事件(福州で日本人教師夫婦が支那の学生秘密結社と支那兵の共謀により殺害されたため、田村総領事が軍艦を盾にして支那当局から遺族のために5万ドルの賠償金を獲得した)から1ヵ月後の上海事変に戻ろう。ご承知の通り、アメリカでは対日批判の嵐が吹き荒れた。ハーバード大学の教授連は日本を無法国家と難じた。聞くところによると、ワシントンの新聞社には「『アジアの狂犬』に宣戦布告せよ」という投書が段ボール箱何杯分も届いたという。婦人倶楽部は日本製品ボイコットを呼びかけた。最大のお得意さんをなくすつもりか?アメリカ製品を中国の2倍も買ってくれる国である。正確な情報が伝わらないからである。アメリカ人を虐殺し、国際義務を無視し続ける国の肩を持っていたのである。
中国の現場で汗を流すアメリカ人は、官民ともにある意味、猿轡をかまされている。彼らの声はアメリカには全く届かない。アメリカの新聞を手にするたびに、口から泡を飛ばす。
「何だこれは!アメリカ人は完全にキチガイにでもなったのか。一人でもいいから現場の中国人と取引してみろ。人の喉を掻ききる血に飢えた海賊だ。日本製品不買運動でキャンキャン吼えるのは直ちに止めて、銃を取って日本軍に加勢したくなるよ」
(274頁)

ラルフ・タウンゼント著『暗黒大陸中国の真実』(1933年)












『・・・・右ノ外十一月十日在上海AP、UP、ルーター、ハヴハス、其他各国ノ主要ナル通信員ト会見シ、上記同様軍ノ方針ト将来ニ於ケル企図等ニ就キ説明ヲ与ヘ、特ニ左ノ要旨ヲ述ヘタリ。
 此次上海事件ノ発端ハ支那軍ノ江南方面ニ於ケル排日行動ニ対シ、列国カ日本ト協同シテ一九三二年ノ停戦協定ノ維持ニ尽クサゝリシコトニ原因セリ。然カモ列国カ事変勃発後支那側ニ同情スルノ余リ日支ノ抗争ニ対シ中正ナル態度を保持セス、中立的義務ヲ実行セサリシコトハ甚タ遺憾トスル所ニシテ、其結果戦禍ノ及フ所遂ニ列国官民モ之ヲ免レ能ワサリシハ巳ムヲ得サル所ナリ。云々
 之ニ対シテハ各通信員ハ何人モ敢テ之ニ対シ反駁的態度ニ出ツル者ノナク、之ヲ肯認セルノ風アリシヲ認メタリ。・・・・』

『支那事変日誌抜粋』(松井石根)

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