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南京虐殺は嘘29 嘘吐きベイツ2....嘘吐きベイツのトンデモ証言・文書の数々

ベイツは、東京裁判で日本軍による強姦についても証言をしたが、これがまた驚くべきトンデモ証言だった。

――――――
「それより少し前私はずっと内輪に見積もりまして、又安全地帯の委員会の報告のみによりまして、強姦事件は八千と見積もったのであります。」
「東京裁判速記録第三六号」『南京大残虐事件資料集 第一巻』P50

A little earlier I estimated, very much more cautiously and on the basis of thesafety zone reports alone, some eight thousand cases.
「The Tokyo War Crimes Trial, 」pp.2633-2634
――――――


"on the basis of the safety zone reports alone"、つまり、「安全区国際委員会の報告のみを基にして」、強姦件数を8千件と見積もったと証言したのだ。

しかし、安全区国際委員会が記録した「被害届」に記された強姦事件は、未遂を含めても361件で、記録者名のある事例は僅かに61件で、さらに日本軍に通報された事例は7件のみだった。

「安全区国際委員会の報告のみを基にして」、強姦件数を8千件と見積もったというベイツの証言は、明らかな嘘であり、口からデマカセの数字だった。



また、上記の証言の少し前には以下のような証言もした。


――――――
「私は現に強姦している現場を見て、そして其の兵隊の五回に亙る強姦の現場を通り合わせました。
其の詳細は尤も御希望でありましたら申述べますが、私は其の強姦して居る兵隊を強姦されて居る女達から引き退けたのであります。」
「速記録第三六号」
――――――


なんと、ベイツは、「強姦されて居る女達から日本兵を引き退けた」と言うのだ。
こんな証言を誰が信じるだろうか?



同じように非常に不思議なベイツの安全区国際委員会「報告」がある。


――――――
第四六七件
 三月一九日午後三時半から四時の間、金陵大学語学学校の難民キャンプで、日本兵一名が一九歳の難民の少女を強姦した。ベイツ博士が四時五分ころ、現場に到着して兵士に近づくと、兵士は脅すように銃剣を振り回し、ふてぶてしい態度で「女が欲しいのだ」と言った。だが、ベイツ博士は兵士を説得してそこを立ち去らせた。兵士に酔っている様子はなかった。
――――――


なんと、ベイツは、『銃剣を振り回し、ふてぶてしい態度で「女が欲しいのだ」と言った』日本兵を説得して立ち去らせたと言うのだ。

ベイツが日本語で説得できる訳がないので英語で説得したのだろうが、実に不思議な話だ。



さらに、ペイツは、アメリカ大使館のアリソン宛に一月十四日付で次のような手紙を出している。


――――――
昨夜四人の日本人が金陵大学付属中学校の教室へ入ってきました。彼らの行動の詳細は十分には分かりません。というのはしかるべき目撃者が脅えきっているためです。とにかく彼らは一人の少女を連れ去りました。それらの日本人たちは憲兵で、少なくともその一部は、中学校の門に配備された衛兵たちでした。彼らは中国人の布靴を履き、一部に中国服を着ていました。
――――――


ペイツは「詳細はわからない」と言いながら、また自ら目撃したわけでもないのに、犯人は支那人に変装した日本兵、それも憲兵だと断定している。
目撃したと称する支那人の証言を何の疑いもなく受け入れているのだ。
しかし何のために日本兵が支那人に変装しなければならないのか、合理性を欠くと言わざるを得ない。


ベイツは長く南京に滞在したが、ベイツ自身が目撃した虐殺は0件だ。

ベイツが所属した安全区国際委員会の公文書にある殺人事件の報告によれば、出鱈目ばかりだが、それでもたったの約50件。

ところが、ベイツは、「ベイツ・メモ」で4万人大虐殺を主張した1938年に国民政府から勲章を受けた。
また、ベイツは、東京裁判で市民1万2千人大虐殺を主張した1946年にも国民政府から勲章を受けた。

他の安全区国際委員会のメンバーは、1938年や1946年に国民政府から勲章を受けていない。
ベイツが国民政府から貰った「勲章」と南京大虐殺の「大宣伝」の相関関係は、これで十分に説明がつく。

日本軍占領地で日本人と親しく付き合っていた者たちは、戦後、国民党から弾圧された。
日本軍占領地に居ながら、戦後、国民党から勲章を受けたというのは余程のことだ。
このことだけでも、ベイツが国民党側の人物だったことは確実なのだ。


さらに、2001年には、ベイツが「国民政府の顧問」と紹介されていた新聞記事の切り抜きまで発見された。







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