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南京虐殺は嘘30 嘘吐きベイツ3....ベイツは嘘吐き宣伝工作員

ベイツが嘘を吐いて宣伝工作活動を行なっていた決定的な根拠は、1937年12月15日の言動だ。

12月15日、ベイツは、南京の金陵大学を訪れた2人の日本の新聞記者には、『…秩序ある日本軍の入城で南京に平和が早くも訪れたのは何よりです』と話して記者の手を握った。

しかし、同じ日に南京に居ない知人に宛てた手紙には、『…日本軍は、たび重なる殺人、大規模で半ば計画的な略奪、婦女暴行…(略)…南京で示されているこの身の毛もよだつような状態…』と書き、また、12月15日に南京を去るダーディンやスティールにも同様に民間人殺害や強姦について書いたメモ(レポート)を渡した。

ベイツの行為は、宣伝工作そのもであり、宣伝工作員だったことは間違いない。

12月15日、南京において目の前に居てその後も南京に留まる日本の新聞記者や同僚の陳教授には嘘が通用しないから有りの儘の事実を話し、南京に居ない知人や南京を去るダーディンやスティールたちには大嘘宣伝工作をしたのだ。

ダーディンたちは12月15日まで南京に居たが、戦闘の様子や便衣兵の処刑しか目撃していない。
5人の日本兵がアメリカ大使の私邸から懐中電灯1本を略奪したとか、大学病院で金品が盗まれたことなどは取材で知ったようだ。
しかし、日本軍による民間人殺害とか強姦の記事はベイツのメモによるものだった(南京事件調査研究会編訳『南京事件資料集 第1巻』)。

そもそも、15人の安全区国際委員や多くの日本人記者などは12月15日以降も長く南京に滞在したのに1件も日本軍による市民虐殺を目撃しなかったのだから15日の昼に南京を去ったダーディンやスティールが虐殺を目撃した訳がなく、ベイツのメモを記事にしたことは記事を読んでも判る。

一方、昭和12年12月16日付東京日日新聞の若梅、村上両特派員の記事は、『空襲下の南京生活 金陵大学・米人教授に聴く』と題し、12月15日のベイツの発言そのものを記事にした。
そこで、ベイツは、「…『…秩序ある日本軍の入城で南京に平和が早くも訪れたのは何よりです』と記者の手を握つた、…」訳であり、同じ日に南京に居ない知人に宛てた手紙や南京を去るダーディンやスティールに渡したメモには『…日本軍は、たび重なる殺人、大規模で半ば計画的な略奪、婦女暴行…(略)…南京で示されているこの身の毛もよだつような状態…』と書いていた。

ベイツが知人に宛てたこの手紙は、翌年、ティンパリーの『WHAT WAR MEANS』(戦争とは何か)に編纂され出版された。
『WHAT WAR MEANS』には、この手紙の他にも12月26日付の『埋葬による証拠の示すところでは、4万人近くの非武装の人間が南京城内または城門の付近で殺され、その内の約30%はかつて兵隊になったことのない人々である。』などとベイツが書いた手紙も編纂された。

ベイツたちがもし日本軍の犯罪を知ったら、日本軍憲兵隊や日本大使館や日本の新聞記者などに訴えるのが安全区国際委員会としての責務だった。
それなのに、ベイツらは、そのような責務を果たさず、南京の外(上海や海外)に向けて荒唐無稽な万単位の虐殺を宣伝していた。

これらの宣伝工作が評価され、ベイツは1938年に蒋介石政府から勲章を貰った。



もう一つベイツが嘘吐き宣伝工作活動を行なっていた決定的根拠は、1946年、東京裁判で「安全区国際委員会の報告のみを基に強姦件数を8千件」と証言したことだ。
安全区国際委員会が記録した「被害届」に記された強姦事件は、未遂を含めても361件で、記録者名のある事例は僅かに61件で、さらに日本軍に通報された事例は7件のみだったのだから、この嘘が覆ることは絶対にない。
また、ベイツは、東京裁判で、「スミス教授及び私は、色々な調査・観察の結果、我々が確かに知っている範囲内で、城内で1万2000人の男女及び子供が殺されたことを結論といたします」と偽証した。
他にも理解不可能な様々な驚くべき証言をした。

蒋介石政府は、日本の「戦争犯罪」を裁くための「東京裁判」に備え、1945年11月7日「南京敵人罪行調査委員会」を設置し、支那人に南京における日本軍の犯罪を申告するよう呼びかけたが、マトモな証人が現れず非常に苦労した。
その中にあってベイツ証人の活躍は凄かった。
「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(戦争への罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画)を遂行中だったGHQにとっても頼もしい証人だった。

これらの宣伝工作が評価され、ベイツは1946年に、再び、蒋介石政府から勲章を貰った。




ベイツが嘘吐き宣伝工作員だったことは100%確実だ。

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