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「1927年の南京事件への道」?・国共分裂と共産主義者らによる外国排斥工作・『世界政治と東亜』G・F・ハドソン著10

 蒋介石と共産党との結局不可避的な分裂が始まったのはこの時であった。
そしてそれは内政に対してのみならず、外交関係に対しても重大な反響があった。
国民党の左右両翼が最も尖鋭に対立したのは、排外的煽動の問題においてであった。


条約改正に関しては右翼も左翼に劣らず積極的ではあったが、しかし右翼は先ず国内を統一し、外国も尊敬せざるを得ない国力を持つことによってこの目的を貫徹せんことを望んだ。
だが、国家改造の過程の1部として上海の金融業者からクレジットの便宜を得る必要があり、従って外人又は外国財団の憤懣を買うような行為は避ける必要があった。
それにしても内乱の目的を達するためには、民族的革命熱――それに乗じて党は政権を得んと望んでいた――を極度まで沸騰させることも必要であった。

不幸にして、排外宣伝の実行と、結局において金融王たちと巧く取引し得るような政策とを結びつけることは容易ではなかった。
一旦煽動された愛国的情熱はもはやブルジョア政治家達が制御しきれないほど猛烈なものとなっていたからである。



 共産主義者は直ちにこの情勢を利用した。
反帝国主義闘争を、もはや妥協の余地ない程度にまで激化せしめることは彼等の利益であった。

もし蒋介石が上海財団と取引の手を打ってしまえば、国民党革命はブルジョア的基礎において安定し、共産主義者は冷遇されるだろう。
反対にもし条約諸強国を怒らせて武力干渉をやらせることができれば、その時にはもはや「穏和」な国民主義の存在の余地はなくなるだろうし、しかも新たな外敵侵入の重圧と混乱の裡に共産主義者は暴力的な大衆蜂起を誘致する機会を見出し得るかもしれなかった。
また、外人殺害や外国財産掠奪の手段による挑戦は、条約諸強国特に英米を困惑的立場に追い込むことができるという希望もあった。

そうなれば、一方で被害者たる在支の外人及び利権筋が躍起となって干渉を要求するだろうし、他方では平和主義者や、支那の民族主義運動に同情する反帝国主義的世論の烈しい反対が起こるであろうからである。


P183
『世界政治と東亜』G・F・ハドソン著(1939年)










1924年、共産党員の毛沢東らが、国民党に入党し、第1次国共合作が成立した。
反帝国主義闘争としてソ連と協調し、共産主義を受け入れ、助け合おうとしたのだ。
蒋介石がソ連留学して軍事行政学を学び、ボロディンら数十名のコミンテルン顧問が、広東に招かれた。

ところが、外国排斥運動をめぐって、国民党の右翼と、共産主義者を含む左翼は分裂し始める。

1926年、蒋介石は北伐を開始し、北伐軍は、長沙、漢口、福州、杭州・・・と次々と侵略に成功し、1927年3月、北伐軍は、更に上海、南京と立て続けに占領していった。

国民党右翼と外国勢力を分裂させるために、共産主義者ら左翼は外国排斥テロ活動を狙っていた。



次回に続く。










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