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「富田メモ研究委員会」の最終報告・元A級戦犯合祀に天皇が「不快感」を示した証拠なし・委員会と日経新聞の勝手な決め付けを述べただけの結論に呆れて失笑

昨年9月、「歴史研究者らに参加をお願いし、来春までに見解をまとめ、日本経済新聞の紙上で報告書を公表する予定です。」と宣言していたが、今日ようやく記事になった。

結論から言うと、「富田メモ」のうち、昨年7月に報道された最重要部分(1988年4月28日)の発言主は、やはり昭和天皇ではないという考えは変わらない。






■ 「富田メモ研究委員会」の最終報告

A級戦犯合祀、天皇の「不快感」再確認――富田メモ委検証報告
http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt82/20070430NS000Y83430042007.html






> 故富田朝彦・元宮内庁長官が書き残した「富田メモ」(日記、手帳)について、日本経済新聞社が設置した社外有識者を中心に構成する「富田メモ研究委員会」は30日、最終報告をまとめた。





日経が設置した委員会とは、御厨貴氏(東大教授)、秦郁彦氏(現代史家)、保阪正康氏(作家)、熊田淳美氏(元国立国会図書館副館長)、安岡崇志(日本経済新聞特別編集委員)の5人らしい。

しかし、このメンバーは、昨年7月の日経新聞の「富田メモ」報道の前に分析した連中と殆ど同じだ。

彼らは既に昨年7月までに「富田メモ」を見て、報道された最重要部分(1988年4月28日)の発言主が昭和天皇だと勘違いした連中だ。

間違った結論を出した連中が「富田メモ」を見直しても正確な結論を得ることは普通出来ないし、彼らが間違いに気付いても少々のことでは今更間違いを認めないだろう。










>特に昨年7月、本紙が報じたA級戦犯靖国合祀に不快感を示した昭和天皇の発言について「他の史料や記録と照合しても事実関係が合致しており、不快感以外の解釈はあり得ない」との結論に達した。





だから、その「不快感」は元侍従長の徳川義寛の不快感であって昭和天皇の不快感ではないと昨年7月から指摘しているのだ。

日経新聞は相変わらず確たる根拠もないまま「結論ありき」の戯言を繰り返している。










> 精査したところ、「明治天皇のお決(め)になって(「た」の意か)お気持を逸脱するのは困る」などと昭和天皇の靖国への思いを記した新たな走り書きが見つかった。日付は1988年5月20日で、…





なぜ、「明治天皇のお決になってお気持を逸脱するのは困る」という記述が、靖国神社への元A級戦犯合祀のことだと言えるのか?

「富田メモ研究委員会」や日経新聞は、いつもこのように自分たちの決め付けに都合の良い解釈しかしないのが特徴だ。










> 天皇は「松平宮司になって 参拝をやめた」と話し、・・・





(・・。)は??
話したのは、本当に昭和天皇で間違いないの?

そこが問題になっているのだ!

なぜ、委員会や日経新聞は、いつも確たる根拠もなくこのように勝手な決め付けをするのか?!






★以下の部分中心に2007年5月4日記事修正

●メモ抜粋●

―――――――
5月20日

(略)

?後任に政治家でも来てはと思ったが長官の努力を多とする。

・何か手伝すべきことあれば喜んで。

?奥野、藤尾発言と干連。靖国のことは多く相当の者もしらぬ。長官が何かの形でやって欲しい。



(次のページに鉛筆で走り書き)


山本未言及だ&

藤尾奥の― 中国
 靖国 明治天皇のお決めになって
  お気持ちを逸脱するのは
   困る。松岡 
    白鳥はおいといて


徳川とはした&
靖国に干し
藤の、奥野が
知らぬとは
松岡、白取
松平宮司になって
参拝やめた
ツクバ
山階藤麿は



(別のメモ)


靖国 中国 藤尾、奥の
明治天皇のお決めになったのは趣旨が異なるので困る
[松岡]
―――――――




上の1988年5月20日の富田メモを見ると、昨年の7月に大々的に報道された1988年4月28日の富田メモの最重要部分は、やはり元侍従長の徳川義寛が常々話していたことだと思う。

ここでは、徳川が昭和天皇に話したことを陛下が富田に話したのではないか。



■参考記事

冨田メモの徹底検証3
「藤尾(文相)の発言」に関する見解から判ること
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/8834100.html

冨田メモの徹底検証5
富田メモの最も重要な部分は、元侍従長の徳川義寛の発言だった!?
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/9011089.html

冨田メモの徹底検証6
4月28日に何があったか?
最重要部分は、徳川義寛の発言だった!?
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/9081799.html












■「富田メモ研究委員会」の最終報告

富田メモ研究委員会 検証報告
http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt82/20070430NS000Y815130042007.html






> 委員会では靖国神社に絡む記述をすべて抽出、分析した。しかし、靖国神社がA級戦犯14人を合祀した78年(昭和53年)10月、富田氏はすでに長官に就任していたが、当時の日記に合祀を巡る記述はなかった。また、合祀が報道された79年4月19日、故入江相政元侍従長の日記には「朝刊に靖国神社に松岡、白鳥など合祀のこと出、テレビでもいふ。いやになつちまふ」とあるが、富田氏はこの時期も「靖国」に言及していない。





これは入江相政元侍従長の日記にある入江の感想であって、昭和天皇の感想じゃないのでは?

単純に入江の日記にある入江の感想かもしれないのに、昭和天皇の感想のように決め付けた書き方をするな。

寧ろ、これは、去年の7月に報道された「富田メモ」の最重要部分が昭和天皇以外の誰かの発言である裏付けになり得る。

仮にこれが昭和天皇の言動を記した入江の日記だとしても、「…いやになつちまふ」は、朝刊やテレビで否定的に報道されたことに対して、「…いやになつちまふ」と話された可能性が残る。



そして、何より、元A級戦犯が靖国神社に合祀された当時、富田の日記やメモには、それに対する昭和天皇の言動は全く記されていなかったという厳然たる事実が浮かび上がった。

この事実は非常に重要だ。










> 正確な記録を残し後世に役立てたいという富田氏の考えがメモには反映しており、公開は有意義なだけでなく富田氏の遺志にも沿うのではないか、というのが委員会の最終的な見解である。





またまた委員会と日経新聞の勝手な見解、キタ━━(゜д゜;)━━!!









> 委員会の議論では意味の解明ができない個所も残った。





昨年7月に大々的に報道した個所が最も解明ができない個所だった筈。

なぜなら、富田メモのあの個所の発言主は昭和天皇ではなかったから(大爆笑)










>富田氏の関心に沿って書かれたメモを正確に理解するためには別の記録との照合も必要で、今後、昭和天皇に関する史料の公開が進むことへの期待は各委員に共通していた。





別の記録との照合もすると、昨年7月に報道された「富田メモ」の最重要部分が昭和天皇の御言葉でないことが判る筈だ!!










>この拝聴録は入江氏が昭和天皇の回想を聞き書きしたとされるもので、作業の様子は入江日記に頻繁に出てくる。宮内庁は「存在しない」として非公開決定をし、内閣府の情報公開審査会も2001年にその決定を妥当とする答申を出しているが、存在するとすれば扱いが広く議論されるべき問題であろう。





ここまで 「富田メモ研究委員会」と日経新聞に歪曲されて間違った決め付けを報道をされてしまった以上、出来るだけ多くの資料を広く公開し多くの専門家に正しく分析させて正しい結論を見出すべきだ。









> 日本経済新聞社は今回の一連の報道で富田メモの検証作業を終了、メモは富田家が公的機関への寄託などを検討する。





御厨貴や秦郁彦や保阪正康など、「最初に結論ありき」の偏った連中ではない中立・公正に判断できる人たちに広く分析させて正しい結論を出すべきだ。







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富田メモの真偽性について
ウィキペディアにも掲載されているが
私は以下の分析が正しいと思う。


・若狭和朋

メモが昭和天皇の発言であることについて
「ちょっとタチの良くない冗談だ」という認識を示した。

その理由として、メモにある昭和63年4月28日にプレスとの記者会見
を昭和天皇はされておらず、その日に会見されたのは12日に
退職された徳川前侍従長である。

それはその記念の記者会見である。
加えて、メモにある「高松薨去の時…」などと弟宮のことを昭和天皇が
「薨去」と発言されるはずが無い。

これは「臣下のものが宮殿下の逝去のことを『薨去』と使う」とし、
このメモの内容は昭和天皇の発言ではなく「徳川前侍従長の発言」
であるとしている。


・岡崎久彦

「本物であるはずがない」「昭和史の基礎的な知識があれば
(富田メモに)信憑性があると考えるはずがない」と主張し、

死後に出版された回顧録では、昭和天皇は「ですます」調の言葉は
使わない
昭和63年頃の証言だけで、その前の証言が何十年、
一切ないのも不自然

千代の富士が連勝を続けていた昭和63年の七月場所か九月場所の頃、
(相撲が大好きな昭和天皇が)「もう相撲はご覧になっていない」
と宮内庁の人間に聞いたことから、

(容態が相当悪く)あの頃の証言の記録は少し怪しい
ことを根拠として挙げている。

・百地章

公の発言ではなく非公式のメモをA級戦犯分祀論に結びつけるのは、
天皇の政治利用になりかねない

※最後の百地章氏の見解にそって意見を書かれたのが前述の養老氏の意見

2020/07/24(金) 11:45:33 | URL | まんぼう #- [ 編集 ]
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