FC2ブログ
正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!マスゴミの嘘や洗脳工作を許すな!がんばれ!日本国民党!
202007<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>202009


兄祭る靖国参拝を希望=22年ぶりの東京訪問-台湾の李登輝前総統・旧日本軍の台湾人 邱さんの「幻の満州国皇帝救出作戦」・日章旗が塗りつぶされていたのは悲しかった・靖国神社に祭られないのではないかと思った

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070530-00000183-jij-int


兄祭る靖国参拝を希望=22年ぶりの東京訪問-台湾前総統
5月30日22時0分配信 時事通信

 台湾の李登輝前総統は30日午後、台北発の中華航空機で成田空港に到着後、「日本李登輝友の会」のメンバーや在日台湾人の支持者ら約200人の出迎えを受けた。到着時に、実兄が祭られている靖国神社への参拝への希望を表明した。李氏の来日は2004年12月以来約2年半ぶり。東京訪問は副総統在任中に南米訪問の帰途に立ち寄って以来約22年ぶりとなる。

 李氏の実兄は第2次世界大戦で日本軍人として戦死し、靖国神社に祭られている。同氏は記者団に対し、「まだ(参拝の)時間を決めていない」としながらも、「せっかく来たのだから、兄に会わなくてはいけない。そう思っている」と明言した。

 李氏を「台湾独立勢力の代表格」と見なす中国は訪日自体に「断固反対」しており、日中間で外交問題となった靖国神社に参拝した場合、さらに反発を呼ぶのは必至だ。ただ、李氏を招いた中嶋嶺雄国際教養大学学長は「警備の問題もあり、(参拝は)あり得ない」と述べた。
――――――






中嶋嶺雄はアホか?!

警備の問題こそあり得ない。

靖国神社だけ警備の問題が発生するのか?!


李登輝氏は、来月9日までの日程で「奥の細道」ゆかりの松島(宮城県)、立石寺(山形県)、中尊寺(岩手県)などを訪れる。

こんなに多くのお寺を訪れるのに、靖国神社だけが、「警備の問題もあり、(参拝は)あり得ない」なんて、子供だましもいい加減にしろ!!



李登輝氏は当然参拝するべき。

靖国神社には、約2万8000人の台湾人が合祀されている。

ましてや、お兄さんが祀られているのだから是が非でも参拝して頂きたい。

今晩、ようやく、『俺は、君のためにこそ死ににいく』(俺君)を観たので尚更その感が強い。



台湾と靖国神社に関する4年前のある記事を思い出した。

紹介しよう。




―――――――
58年前 幻の満州国皇帝救出作戦 決死のフライト『今も誇り』 旧日本軍の台湾人 邱さん

2003/08/04, 東京新聞

 五十八年前の夏、一機の軍用機が岐阜県各務原飛行場を飛び立った。日本は敗れ、日本が建国した満州国も崩壊した。軍用機は同国の皇帝、愛新覚羅溥儀(あいしんかくらふぎ)の救援機。溥儀は当時のソ連軍に捕まり、脱出できなかったことを自伝「わが半生」に記述しているが、日本軍が救援機を飛ばした史実を知る人は少ない。その作戦に加わった台湾人、邱錦春さん(78)が台北で健在だ。「作戦参加を今も誇りに思っています」という邱さんに敗戦直後の救出作戦を聞いた。


 邱さんは台湾・高雄市の出身。宮崎県の都城実業から栃木・宇都宮の陸軍学校に入り、陸軍第七飛行部隊(岐阜・各務原)に配属、そこで八月十五日の敗戦を迎えた。二日後、邱さんら五人は「満州国皇帝をお迎えに行く」との命令を言い渡された。邱さんは航空士(ナビゲーター)で伍長。翌十八日午前八時、兵舎から飛行場に行くと、「四式重爆(キ-67)」が待機していた。「救出命令に特別な気持ちはなかったが、機翼の日章旗と尾翼の部隊記号がペンキで塗りつぶされていたのは悲しかった。戦死したら、犬死にになる。靖国神社に祭られないのではないかと思った」


 ソウルに向かったが、敗戦のためか、無線連絡がとれない。「肉眼と地図を頼りの飛行だが、幸いに快晴で、順調だった」と振り返る。

 正午すぎにソウルに着陸。関東軍司令部から連絡はない。次に平壌を目指す。ここでも連絡がとれず、軍の招待所に宿泊。翌朝、関東軍からの無線連絡が入った。「満州国皇帝は奉天(現瀋陽)から平壌に行く。そこで即時、離陸できる態勢で待機せよ」。すぐに始動できるよう暖機運転を繰り返したが、その日も翌日も来ない。二十一日昼、緊急連絡。「皇帝は十九日、ソ連軍に逮捕され、平壌に日本軍の救出機が待機していることが知られてしまった。ソ連軍は平壌飛行場攻撃のため南下中。即時離陸せよ」。二十一日夕、各務原に帰還した。

 邱さんは帰国後、専売局勤めなどを経て、貿易会社を経営し、今は悠々自適。
敗戦の最大の悲しみは「日本人から外国人になったこと」。今も戦友と親密な交際が続くが、五人のクルーのうち二人は他界し、昨年を最後に戦友会は解散。それが「寂しくてならない」と話した。
―――――







人気ブログランキング
http://blog.with2.net/in.php?671525

くつろぐブログランキング
http://kutsulog.net/index.php?id=66431

1日1回以上クリックよろしくお願いします


  ∧_∧
 ( ・∀・) よろしく ↑
 ( ∪ ∪
 と__)__)

関連記事
コメント
コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2020 Powered By FC2ブログ allrights reserved.