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沖縄戦没者追悼式の中学生の詩が酷い!「NHKが説教される安倍晋三を放送した」とパヨクが歓喜!
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沖縄全戦没者追悼式で「平和の詩」を朗読する浦添市立港川中学校3年 相良倫子さん=沖縄県糸満市で2018年6月23日、
沖縄全戦没者追悼式で「戦争を絶対に許さない」「戦争の無意味さ」「戦力という愚かな力」などの言葉を綴った「平和の詩」を朗読する浦添市立港川中学校3年生の相良倫子さん

NHKがカメラワークを駆使して「平和を愛する女子中学生が平和を壊す安倍晋三に説教している」ように放送し、パヨクが歓喜!

許せない!パヨクやNHKなどの悪い大人たちによる中学生の政治利用



https://twitter.com/RyukyuShouenou/status/1010418720336797696
尚円王‏ @RyukyuShouenou
#NHK さんの素晴らしいカメラワークのおかげで、沖縄県の中学生に説教される瞬間の安倍晋三が地上波に乗りました。

このタイミングはあえて狙わなければ撮れない!

NHKさん、グッドジョブ👍

『戦闘の無意味さを、本当の平和を、戦力という愚かな力をもうことで得られる平和など無い!』

#安倍晋三
(動画)
16:06 - 2018年6月23日



>#NHK さんの素晴らしいカメラワークのおかげで、沖縄県の中学生に説教される瞬間の安倍晋三が地上波に乗りました。
>このタイミングはあえて狙わなければ撮れない!



確かにNHKの放送の仕方は、一定の防衛力を保持しようとする安倍首相に対して中学生が絶対的正論を訴えるような演出になっている。

当該中学生が読み上げた「平和の詩」の内容を冷静に分析すれば、極めて酷い内容となっている。

ところが、読み上げた「平和の詩」は美辞麗句(キレイごと)が並べられている上に、当該中学生は感情表現というか演技が抜群に上手いため、大多数の人は聴いていると何となく感動してしまうのだ。

NHKは、パヨクが実際に歓喜しているように【正しい女子中学生が邪悪な安倍晋三に説教している】ような絵になるようにカメラワークを施しており、悪意ある放送となっている。

NHKは同日夜の「ニュース7」でも、当該中学生の詩の読み上げを大絶賛していた。

NHKは、ニュース番組で最初に「感動的でした」などと絶賛しておいて、部分的に美辞麗句(キレイごと)を部分的に放送するため、一種の偏向報道となっている。






>『戦闘の無意味さを、本当の平和を、戦力という愚かな力をもうことで得られる平和など無い!』


それは間違った思い込みであり、戦力は決して愚かな力ではないんだよ。

かなり酷い内容の詩だが、まー中学校3年生ならこの程度が普通かもしれない。

選ばれた中学校3年生が悪いわけではなく、この詩を選んだ大人たちが悪いのだ。

そもそも、追悼式において、子供に政治的メッセージを読み上げさせること自体が間違っている!

悪質な、子供の政治利用であり、絶対に許せない!





以下、女子中学生が読み上げ、パヨクが歓喜し、NHKがニュース番組でも絶賛した「平和の詩」を掲載し、その内容を冷静に分析する。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180623/k10011492831000.html
沖縄戦から73年 戦没者追悼式「平和の詩」全文

沖縄戦から73年 戦没者追悼式「平和の詩」全文
2018年6月23日 20時42分、NHK

20万人を超える人が亡くなった沖縄戦から73年。沖縄は23日、「慰霊の日」を迎えました。追悼式で中学生が平和の詩を読み上げました。(以下全文掲載)

「平和の詩」朗読作品「生きる」 (全文)
(浦添市立港川中学校3年 相良倫子さんの作品)
(浦添市立港川中学校3年 相良倫子さんの作品)

私は、生きている。
マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、
心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、
草の匂いを鼻孔に感じ、
遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。

私は今、生きている。

私の生きるこの島は、何と美しい島だろう。
青く輝く海、岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、
山羊の嘶き、小川のせせらぎ、畑に続く小道、
萌え出づる山の緑、優しい三線の響き、照りつける太陽の光。

私はなんと美しい島に、生まれ育ったのだろう。

ありったけの私の感覚器で、感受性で、島を感じる。
心がじわりと熱くなる。

私はこの瞬間を、生きている。

この瞬間の素晴らしさがこの瞬間の愛おしさが
今と言う安らぎとなり私の中に広がりゆく。

たまらなく込み上げるこの気持ちをどう表現しよう。
大切な今よかけがえのない今よ

私の生きる、この今よ。

七十三年前、私の愛する島が、死の島と化したあの日。
小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。
優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。
青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。
草の匂いは死臭で濁り、光り輝いていた海の水面は、
戦艦で埋め尽くされた。

火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、
燃えつくされた民家、火薬の匂い。
着弾に揺れる大地。血に染まった海。
魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。
阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。

みんな、生きていたのだ。
私と何も変わらない、懸命に生きる命だったのだ。
彼らの人生を、それぞれの未来を。
疑うことなく、思い描いていたんだ。
家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。
仕事があった。
生きがいがあった。
日々の小さな幸せを喜んだ。
手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。

それなのに。
壊されて、奪われた。
生きた時代が違う。
ただ、それだけで。
無辜の命を。
あたり前に生きていた、あの日々を。

摩文仁の丘。
眼下に広がる穏やかな海。
悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。
私は手を強く握り、誓う。
奪われた命に想いを馳せて、心から、誓う。

私が生きている限り、
こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。
もう二度と過去を未来にしないこと。


全ての人間が、国境を越え、人種を越え、
宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。
生きる事、命を大切にできることを、
誰からも侵されない世界を創ること。
平和を創造する努力を、厭わないことを。


あなたも、感じるだろう。
この島の美しさを。
あなたも、知っているだろう。
この島の悲しみを。
そして、あなたも、私と同じこの瞬間(とき)を一緒に生きているのだ。
今を一緒に、生きているのだ。

だから、きっとわかるはずなんだ。
戦争の無意味さを。
本当の平和を。
頭じゃなくて、その心で。
戦力という愚かな力を持つことで、
得られる平和など、本当は無いことを。


平和とは、あたり前に生きること。
その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

私は、今を生きている。
みんなと一緒に。
そして、これからも生きていく。
一日一日を大切に。
平和を想って。平和を祈って。
なぜなら、未来は、
この瞬間の延長線上にあるからだ。
つまり、未来は、今なんだ。

大好きな、私の島。
誇り高き、みんなの島。
そして、この島に生きる、すべての命。
私と共に今を生きる、私の友。私の家族。

これからも、共に生きてゆこう。
この青に囲まれた美しい故郷から。
真の平和を発進しよう。
一人一人が立ち上がって、
みんなで未来を歩んでいこう。

摩文仁の丘の風に吹かれ、
私の命が鳴っている。
過去と現在、未来の共鳴。
鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。
命よ響け。生きゆく未来に。
私は今を、生きていく。



>それなのに。
>壊されて、奪われた。
>生きた時代が違う。
>ただ、それだけで。
>無辜の命を。
>あたり前に生きていた、あの日々を。



日本がアメリカと同等以上の戦力を持っていたら、そんなことにはならなかった。





>私が生きている限り、
>こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。
>もう二度と過去を未来にしないこと。



浦添市立港川中学校3年の相良倫子さんが、あの当時に生きていて「戦争を絶対に許さない」と言ったとしても、やっぱりアメリカ軍は沖縄への攻撃をやめなかった。

実際に、チベットや東トルキスタン(ウイグル)の人々が「戦争を絶対に許さない」と叫んでも、支那軍は容赦なくチベットや東トルキスタン(ウイグル)を攻撃し、たくさんの命を奪ったんだよ。

いくら相良倫子さんが今「戦争を絶対に許さない」と言っても、支那軍は聞く耳を持たない。






>誰からも侵されない世界を創ること。
>平和を創造する努力を、厭わないことを。



「誰からも侵されない世界を創る」ためには、日本が核ミサイルを持つことが最善策だ!

日本が核ミサイルを持てば、日本は極めて侵略され難くなる。






>だから、きっとわかるはずなんだ。
>戦争の無意味さを。
>本当の平和を。
>頭じゃなくて、その心で。
>戦力という愚かな力を持つことで、
>得られる平和など、本当は無いことを。



「きっとわかるはずなんだ。戦争の無意味さを。」という主張は、極めて無責任な主張だ!

殆どの戦争には重要な意味があり、特に自衛戦争は極めて重要であり、必要不可欠な戦争だ!

人民解放軍(支那軍)がチベットや東トルキスタン(ウイグル)と同じように沖縄を侵略するために攻撃をしてきたら、国(日本)は何もせずに沖縄を見捨てても良いのか?!

国(日本)は何もせずに沖縄県民を見殺しにしても良いのか?!

このように、普通に考えれば自衛戦争は絶対に必要であり、「きっとわかるはずなんだ。戦争の無意味さを。」などと軽々しく言ってはならない。

大東亜戦争も、日本の自衛戦争だった。

もちろん、沖縄戦も、日本の自衛戦争の一環だった。

また、「戦力という愚かな力を持つことで、得られる平和など、本当は無いことを。」というのも、間違った思い込みであり、自衛のための戦力は決して愚かな力ではない。

大東亜戦争の当時、日本がアメリカと同等以上の戦力を持っていたら、大東亜戦争も起こらなかったし、沖縄戦もなかった。

チベットや東トルキスタン(ウイグル)も、十分な戦力を持っていたら、人民解放軍(支那軍)によって侵略されて何百万人も虐殺されずに平和な独立国家を維持できていた。

浦添市立港川中学校3年の相良倫子さんはまだ中3なので勉強が不足しているけど、今後は歴史を良く勉強して現状を正確に把握して平和のためには何が必要かを正しく認識してほしい。

日本の平和や世界の平和のためには、日本の核武装が最も有効だ。

核武装した国は、大東亜戦争の時の日本や、その後のチベットや東トルキスタン(ウイグル)などのように、他国によって侵略されて国民が大量に殺戮された例が全くない!

平和を追求すなら、上記の歴史と現実を直視して核武装を実現させなければならない。




今年1月に亡くなった西部邁も、【核武装=核の最高の平和利用】と述べ、日本の核武装の必要性を訴えた。
『核』が日本を沈没から救う 西部邁ゼミナール 2010年10月16日放送
西部邁「核武装こそは、核の最高の平和利用」

http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-3019.html
「平和利用」――けじめなき言葉
【保守再考】(40)
西部邁
2007/02/19, 産経新聞

 人間は言葉の動物だ。だからかえって、人間は自分の言葉によって訛(あやま)り、他人の言葉によって誑(たぶらか)される。その好例が「平和」という言葉であることについて、平和列島の住民も少しは気づいているのではないか。

 平和という言葉は「戦争が"ない"状態」をしか意味しえない。つまりそれは消極的な意味の言葉にすぎない。平和を維持するには、また平和のなかで生じる国民精神の退廃を克服するには、どうすればよいのかという積極策は、平和という言葉をどれほど呉(かまびす)しく叫んでも、何一つ打ち出されない。

 平和という言葉に積極的な意味が宿っていると思うのは、訛言(かげん)であり誑妄(きょうもう)であり、呉しい誤解である。そうとわかれば、核エネルギーの「平和利用」という世界中に流布されてしまっている言葉についても、疑念を差し向けざるをえない。つまり、原子力発電で(家庭や企業に)電力を送ることだけを核の平和利用とよぶことから、核武装にたいする訛りと誑しの言説が広められているのではないかということだ。

 平和の対語は「戦争」なのであるから、平和利用を原発に限ると、核武装はそのエネルギーの「戦争利用」に当たる、という語感を(曖昧(あいまい)なものにせよ)世人は抱くであろう。そして彼らは、核の戦争利用と聞けば、そんな危険かつ野蛮な所業に手を染めるのは桑原、桑原、と尻込みしはじめる。

 しかし核武装こそは、少なくともそれを正当とする理念からすれば、核の平和利用の最たるものなのである。
なぜといって核武装は、「(自国の)核兵器による(他国からの)核攻撃の抑止」のためのもの、より広くいえば「核による大戦争の制止」のためのものだからである。
戦争が抑止されている状態、それが平和にほかならない以上、核武装には核の「最高の平和利用」との形容がふさわしい。

 私がかつてある国立大学の社会科学科に所属していたときに実際に起こったことだが、「戦争研究」という講座を新設することに大半の教官が反対した。彼らは「平和研究」という講座名ならば何の文句もいわなかったであろう。「平和のない状態が戦争である」という当たり前のことが、社会研究にたずさわっている者にすら通じないのである。言葉の(教化力ならぬ)"誑訛力"は凄いものだと認めざるを得ない。

 たとえ核の戦争利用といったとて、注意深い者なら、その戦争は侵略なのか自衛なのか、自衛だとしてもその戦争利用は予防的先制としてなのか(核攻撃を受けたのちの)報復としてなのか、について分類をほどこすであろう。その分類図のどこに位置するかによって戦争利用の意味が異なってくる。

 言葉において訛ったり誑されたりするのを避けるには、言葉の「けじめ」(仕分け)が必要だ。けじめなき言葉はムードでまぶされ、ムードだらけの言葉は表現を幼稚にする。政治から文化に至るまでの現代の多弁症は、けじめなきがゆえに、失語症も同然である。
 (にしべ・すすむ=評論家、秀明大学学頭)

 訛言=誤った風評▽誑妄=でたらめ



「平和を望むなら核武装せよ」急げ!核武装、デモin銀座(平成26年4月13日、銀座)
「平和を望むなら核武装せよ」

「核兵器保有国は侵略されない」急げ!核武装、デモin銀座(平成26年4月13日、銀座)
核兵器保有国侵略されない」

「急げ!核武装」急げ!核武装、デモin銀座(平成26年4月13日、銀座)
急げ!核武装、デモin銀座(平成26年4月13日、銀座)

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ちなみに、沖縄全戦没者追悼式では、毎年のように安倍首相に対して罵声やヤジが浴びせられている。

https://www.sankei.com/politics/news/160623/plt1606230038-n1.html
【沖縄戦没者追悼式】
「帰れ!」「本当にそう思っているのか」 今年も首相に罵声やヤジ
2016.6.23 13:50更新、産経新聞

2018.6.23 【沖縄戦没者追悼式】「帰れ!」「本当にそう思っているのか」 今年も首相に罵声やヤジ
沖縄全戦没者追悼式で献花した安倍首相(手前)と沖縄県の翁長雄志知事(左端)=23日午後、沖縄県糸満市の平和祈念公園

 沖縄県糸満市の平和祈念公園で23日に開かれた沖縄全戦没者追悼式では、出席した安倍晋三首相に対し、先の大戦末期の沖縄戦で亡くなった戦没者への「慰霊」とは全く関係のない罵声が飛び交った。

 首相はあいさつで、沖縄県にある米軍基地の負担軽減に引き続き取り組む考えを示したが、会場内から「本当にそう思っているのか」とヤジが飛び、首相があいさつを終えると、「帰れ!」との怒鳴り声もあった。また、沖縄県うるま市の女性会社員が元米兵に暴行、殺害された事件に言及した際には、「お前がやったんだろ」と意味不明な罵声も飛んだ。

 しかし、こうした怒声は数回あっただけで、首相があいさつを終えて退く際には少なくない拍手が送られた。前回平成27年の追悼式でも、「さっさと帰れ」「嘘を言うな」などの罵声が上がった。








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