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「聖徳太子」復活!次期指導要領・「厩戸王」は江戸後期の1文献のみで古代主要資料に皆無!反日工作
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法隆寺の聖霊院にある木造「聖徳太子坐像」国宝、平安時代末期の作
法隆寺の聖霊院にある木造「聖徳太子坐像」
国宝、平安時代末期の作


「聖徳太子」復活へ 次期指導要領 「厩戸王」表記で混乱3月20日産経新聞
「聖徳太子」復活へ!指導要領改訂案を修正・ 「厩戸王」表記で混乱

【厩戸皇子】なら『日本書紀』(720年)に記載されているが、【厩戸王】なんて江戸後期の1文献に見えるだけで、古代の主要な資料には一切記載なし!
1000年以上前から【聖徳太子】が一般的な名称となっている!

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170320-00000049-san-soci
「聖徳太子」復活へ 次期指導要領 「厩戸王」表記で混乱
産経新聞 3/20(月) 7:55配信


「聖徳太子」復活へ 次期指導要領 「厩戸王」表記で混乱
現行教科書の記述(写真:産経新聞)

 文部科学省が2月に公表した中学校の次期学習指導要領改定案で、現行の「聖徳太子」を「厩戸王(うまやどのおう)」に変更したことについて、文科省が学校現場に混乱を招く恐れがあるなどとして、現行の表記に戻す方向で最終調整していることが19日、関係者への取材で分かった。改定案で消えた江戸幕府の対外政策である「鎖国」も復活させる方向。修正した次期指導要領は月内に告示される見通し。

現行指導要領では小中学校とも「聖徳太子」を授業で扱うと例示したが、今回の改定案では、人物に親しむ小学校で「聖徳太子(厩戸王)」、史実を学ぶ中学で「厩戸王(聖徳太子)」に変更。文科省は、歴史学では「厩戸王」が一般的で、「聖徳太子」は没後の呼称だが、伝記などで触れる機会が多いとしている。

文科省は改定案公表後にパブリックコメント(意見公募)を実施。呼称の変更に批判的な意見が多かったほか、教員からも「小中で呼称が異なれば子供たちが混乱する」「指導の継続性が損なわれる」といった意見が出ていた。

こうした状況を踏まえ、文科省は小中ともに聖徳太子の表記に統一し、中学では日本書紀や古事記に「厩戸皇子」などと表記されていることも明記する方向で調整している。

一方、鎖国の表記については、小学校で「幕府の対外政策」、中学でも「江戸幕府の対外政策」としたが、幕末の「開国」との関係に配慮して「鎖国などの幕府の対外政策」といった表記で検討している。



>現行指導要領では小中学校とも「聖徳太子」を授業で扱うと例示したが、今回の改定案では、人物に親しむ小学校で「聖徳太子(厩戸王)」、史実を学ぶ中学で「厩戸王(聖徳太子)」に変更。文科省は、歴史学では「厩戸王」が一般的で、「聖徳太子」は没後の呼称だが、伝記などで触れる機会が多いとしている。


文科省は『歴史学では「厩戸王」が一般的で、「聖徳太子」は没後の呼称』などと主張しているが、そんな事実はない!

聖徳太子については、『日本書紀』「厩戸皇子」と記されたことはあっても、古代の主要な資料に「厩戸王」と記されたことはなかった!

「厩戸王」なんて、江戸時代後期の1つの文献に例外的に見られるだけで、それより前の資料には全く見られない!

「厩戸王」は、戦後になってから左翼学者によってゴリ押しされてきただけだ!

どうして文科省は『歴史学では「厩戸王」が一般的』などと真っ赤な嘘を吐くのか!?

聖徳太子(574年~622年)は、用明天皇の第二皇子であり、「法起寺塔露盤銘」(706年頃)には【上宮太子聖徳皇】『古事記』(712年)には【上宮之厩戸豊聡耳命】『日本書紀』(720年)には【厩戸皇子】を中心に【豊耳聡聖徳】、【東宮聖徳】などと記されている。

その後、『懐風藻』(751年)において【聖徳太子】と初めて記載され、それ以降は『日本三代実録』『大鏡』『東大寺要録』『水鏡』などにはいずれも【聖徳太子】と記載され、「厩戸」「豐聰耳」などの表記は見られなくなった。

したがって、遅くともこの時期には【聖徳太子】が一般的な名称となり、今日まで1000年以上の長期間にわたり一般的に【聖徳太子】と呼ばれてきた。

以上のことから「聖徳太子」は飽くまで「聖徳太子」と呼ぶべきであり、百歩譲ってその他の名称を併記するにしても『日本書紀』に記載のある「厩戸皇子」は有りえても「厩戸王」なんて絶対に有りえない!


(参考)

http://blog.goo.ne.jp/kosei-gooblog/e/9fe9f3071a02bb23868183a759e23a4b
聖徳太子研究の最前線
指導要領改定案の問題点:「厩戸王」は戦後に仮に想定された名、「うまやどのおう」も不適切【訂正・追加】
石井公成。駒澤大学仏教学部教員

(一部抜粋)

【訂正:2017年2月24日】
「厩戸王」の語は、いかなる資料にも見えないと書きましたが、『甲斐国志』巻四八に見える由(こちら)。ご指摘、ありがとうございます。江戸後期の編纂ですね。となると、近世以前の著名な文献の用例は知られていない、と書くべきだったか。

【追加:2017年3月9日】
「廐戸皇子」の「皇」は律令制以後の呼称だから避けたいものの、大山説に賛成しているように思われても困るためか、「厩戸王」でなく「廐戸王子」という呼び方をする研究者もいますが、賛成できません。これも資料に見えない名だからです。こうした呼び方については、刊行されたばかりの北康宏『日本古代君主制成立史の研究』(塙書房、2017年2月)も、混乱をひきおこすとして反対しています(533頁)。北氏のこの研究書は有益な考察を多く含むため、近いうちにブログ記事でとりあげましょう。

【追加2:2017年3月10日。13日少し訂正】
 3月8日に、国会でこの問題が取り上げられ、民進党の議員が質問したところ、松野文部科学大臣は「日本書紀や古事記において、厩戸王などと表記されていることに触れ、聖徳太子についての史実をしっかりと学ぶことを重視している」と説明した由。大臣自身の判断でなく、文科省の事務方が用意した原稿に基づいて答弁したのであれば、そうした人たちも「厩戸王」という語が『日本書紀』や『古事記』に出てこないことを知らなかったということになります。質問した議員もそうした答弁を批判しなかったそうですので、知らないんでしょう。むろん、事実誤認を報じなかったマスコミも……。
 聖徳太子に対する評価は人それぞれですので意見が異なって当然ですが、「厩戸王」という名は古代の主要な史料に見えないということは、単純な事実問題です。


【追加:2017年3月20日。21日さらに追加】
 本日、文科省は「厩戸王」は用いずに聖徳太子に戻す方向で検討中という記事が産経新聞と朝日新聞の朝刊で報じられました。厩戸王という名は古代の主要資料には見えないという点を報じたのは、私に取材してその談話という形で掲載した産経新聞だけであり、これはこの事実をマスコミが報じた最初です(新聞に載った最初は、拙著の刊行をきっかけとして依頼され、2016年3月12日の読売新聞夕刊に「聖徳太子 史料検討の不足」と題して掲載された私のエッセイ。ラジオでは、8月7日(日)のNHKラジオ第2「宗教の時間」8:30~9:00で語りました)。


https://twitter.com/yamazogaikuzo/status/843586411651461120
山田宏 自民党参議院議員‏認証済みアカウント
@yamazogaikuzo
学習指導要領改訂の最終案が固まる。 当初改定案→最終案
○「厩戸王(聖徳太子)」→「聖徳太子」
○「モンゴルの襲来」→「元寇(モンゴル帝国の襲来)」
○「江戸幕府の対外政策」→「鎖国など江戸幕府の対外政策」
○「大和政権(大和朝廷)」→「大和朝廷(大和政権)」

2017年3月20日 07:14


後で詳しく説明するが、【聖徳太子】(厩戸皇子)のことを「厩戸王」などと呼ばせることは、天皇や皇室を軽んじる(権威を低下させる)ための反日工作だ!



天皇や皇室の権威低下を狙った工作は、「いいくに(1192)つくろう鎌倉幕府」でお馴染みの鎌倉幕府の成立年においても行われている!

鎌倉幕府が成立した年については、1192年に源頼朝が天皇(大和朝廷)から征夷大将軍に任命されて始まったため、1192年が正しい。

しかし、平成18年(2006年)頃から反日テレビ局などのマスメディアを中心に「源頼朝はそれ以前から実質的に権力や統治機構を有していたので、鎌倉幕府の成立は1192年より前の1185年」などとする珍説が出現し始めた!

すると、教科書の記載についても「いいくに(1192)つくろう鎌倉幕府」の1192年ではなく、珍説の1185年を記載することが優勢となってしまっている!

今の子供達は「いいくに(1192)つくろう鎌倉幕府」ではなく、「いいはこ(1185)つくろう鎌倉幕府」という語呂合わせで1185年に鎌倉幕府が成立したと教えられているらしい!

今の子供達は「いいくに(1192)つくろう鎌倉幕府」ではなく、「いいはこ(1185)つくろう鎌倉幕府」という語呂合わせで1185年に鎌倉幕府が成立したと教えられているらしい!
今の子供達は「いいくに(1192)つくろう鎌倉幕府」ではなく、「いいはこ(1185)つくろう鎌倉幕府」という語呂合わせで1185年に鎌倉幕府が成立したと教えられているらしい!
画像:いい箱 (1185) 作ろう 鎌倉幕府!?

鎌倉幕府の成立年については1192年以外は、明らかに間違いだ!

1185年を鎌倉幕府成立の年だと主張する屁理屈は、源氏が壇ノ浦の戦いで平氏を滅亡させ、源頼朝が後白河法皇に守護・地頭の任免権を承認させたこと(文治の勅許)によって全国の軍事権・警察権を掌握した年だからだという。

しかし、そもそも日本の中世及び近世における「幕府」とは、征夷大将軍を首長とする武家政権、征夷大将軍の武家政権の政庁、征夷大将軍の居館・居城を指す。

つまり、征夷大将軍の政権や政庁や居所のことを「幕府」と呼んだのだ。

したがって、征夷大将軍に任命されるまでは「幕府」とは呼ばないのだ!

源頼朝が征夷大将軍に任官したのは1192年なので、鎌倉幕府の成立年は1192年以外には有りえない。

なお、江戸幕府(徳川幕府)も、1603年に徳川家康が征夷大将軍に任官した(天皇が徳川家康を征夷大将軍に任命した)1603年を創設年としている。

一方、織田信長や豊臣秀吉は、征夷大将軍にならなかったので、彼らの武家政権を幕府とは呼ばない。

結局、天皇による征夷大将軍の任命を蔑ろにしたい(軽んじたい)反天皇・反日・左翼学者どもや反日マスゴミが、鎌倉幕府の創設年について屁理屈をこねているだけなのだ。






「厩戸王」ごり押しは、「王家」を連呼した反日NHKと同じ狙いか?!
昨年、NHK大河ドラマ「平清盛」の番組HPで「王家」表記だったので多数の批判が寄せられ、NHKは番組HPを「朝廷」に訂正していた。
●関連記事
NHKが天皇家を「王家」、天皇を「王」と表記・天皇陛下を「日王」と呼ぶ韓国と同じ・NHK来年の大河ドラマ「平清盛」公式サイト・「皇室」(天皇家)を「王家」と呼ぶな!朝鮮で「王」は支那皇帝から授かる支那「皇帝」より遥かに低い地位・征韓論の背景
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『平清盛』時代考証担当者が一蹴?・ハァ?嘘出鱈目ばっかり吐いてんじゃないよ!時代考証担当者の本郷和人自身が【当時も『王家』は使われていない】と断言している!【当時は『皇室』は使われていない】は大嘘!
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平清盛ワースト3視聴率!NHK大河ドラマの初回は17.3%で歴代ワースト3位の「大惨敗」!放映で「王家」を連呼!7世紀から「天皇」号が成立、平清盛の12世紀には「天皇」と「皇室」「皇家」が普通・NHKの悪意は明白
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-4513.html

(一部抜粋)
NHKなどは【当時「天皇」や「皇室」のことを「王」や「王家」と使われていた】と説明しているが、そんなことはない。

当時でも「王」「王家」の使用は極めて稀であり、当時も普通は「天皇」「皇室」「皇家」が使用されていた


近年の研究では「天皇」号が成立したのは大宝律令で「天皇」号が法制化される直前の天武天皇ないしは持統天皇の時代(7世紀後半)とされている。

したがって、平清盛の時代(12世紀)より500年くらい前から「天皇」は使用されて定着していき、白川法皇や平清盛の時代に「天皇」「王」と言われることは殆ど無かった。

放映で連呼された「王家」についても、白河法皇当時には「皇室」「皇家」という名称が普通にあり、わざわざ「王家」と呼ぶ必要性は全くない。


平成23年、「頑張れ日本!全国行動委員会」がNHK会長宛に出した抗議文に対するNHKからの回答には、「王」「王家」について「当時の文献でも見受けられ」と述べていたように、当時も「王」「王家」が主流ではなかったことを認めている。

■動画
【大河ドラマ・平清盛】「王家」についてのNHKからの回答[桜H23/9/15]
http://www.youtube.com/watch?v=UNj-bvaKOKM

【要旨】(チャンネル桜・水島総社長 )
――――――――――
NHKが、教科書などにも記載されてきた「朝廷」という言葉を止めて、「王家」という言葉を使ったのは何故か?
現在世界で皇帝という立場は唯一「天皇」だけだが、それを「王族」という立場に落とそうとしている。

NHKも「当時の文献でも<天皇>と<王>をほぼ同じ意味で使っているものも見受けられ」述べているとおり、NHKも<王>が主流ではなかったことを認めている。
「見受けられ」と言っているように「王家」は一部でしかなく、「朝廷」が主流である。

「天皇制」なんて言葉は左翼用語であり、「天皇制」と書いてきたこと自体がマルクス主義歴史観になっている。

「法皇・上皇を中心とする一族」とNHKは述べており、皇室を一族呼ばわりしている。「一族」という言葉は許せない。

所功氏・・・「王家」というのは、白川伯王家を王家という(神祇官)

一部の少数意見を以って、NHKは「自分達が選んだ」と言っているが、何様か?
「用いることにした」と言うが、NHKは何の権利があって「皇室」「朝廷」という言葉を「王家」と変えなければならないのか?
理由は何なんだと、改めて言わなければならない。
勝手に 「皇室」の呼び名を「王家」だとか「一族」と言っていいのか。

公共の電波を使って、国民からお金を強制的にふんだくって、テレビ局が、それをやっている。許さない。
「一族」とは何なんだ?!
全く、敬意も尊崇の念も畏れも、全く持っていない。
許したら、NHKはもっとだダメになるし、皇室攻撃は、日本を解体する国民への攻撃だ。
日本を解体する、国柄、国体まで変えようとする。

――――――――――

これら多くの抗議がNHKに寄せられた結果、NHKも「王家」を不適切と認め、前年(平成23年)HPで「王家」を削除している。

それなのに、実際の放映では「王家」を連呼したのだから、結局NHKは故意に「天皇陛下」「皇室」の権威を落とすための洗脳工作をしているとしか考えられない。



NHKには朝鮮人が多く蔓延っているため、悪意を以って「皇室」「天皇」のことを「王家」「王」と呼んでいるのだ。

韓国では今でも天皇陛下のことを「日王」などと呼んでいる

朝鮮人にとっては、「王」は支那の皇帝からその地域を治めて良いと授かる地位であり、支那「皇帝」より遥かに下の地位となる。

例えば、

支那の役人>>>>>>>>朝鮮王

「土下座碑」支那の使いに対して土下座する朝鮮国王の碑
「土下座碑」
ホンタイジの使いに対して土下座する仁祖(朝鮮国王)の碑



ここで朝鮮王は、9回頭を地面に叩きつけて、ひれ伏し、清の使者を迎えました
迎恩門
清皇帝から受けた恩に、感謝して迎えるために作った門
ここで朝鮮王は、9回頭を地面に叩きつけて、ひれ伏し、清の使者を迎えた。



しかし、日本の場合は、聖徳太子の時代から、天皇陛下と支那皇帝は対等の地位だった。

天皇≒皇帝

織田豊臣徳川 ≒大王

大名≒王



左:「全部、言っちゃうね。 ~本名・清水富美加、今日、出家しまする。~」千眼 美子著(2017/2/28)
中:「トランプ革命で甦る日本」西村幸祐&ケント・ギルバート著(2017/1/19)
右:『米国人弁護士が「断罪」東京裁判という茶番』ケント・ギルバート著(2016/12/16)


左:【セット品】DHC ブルーベリーエキス 60日分 120粒 3袋セット
中:【セット品】DHC 亜鉛 60日 60粒 3袋セット
右:デルモンテ 国産 旬にしぼったトマトジュース 750ml×6本


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