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自衛官募集チラシに「稲田防衛大臣(女性)は少々頼りないですが…」・靖国神社参拝と核武装をしろ!
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自衛官募集チラシに「防衛相(女性)頼りない」【自衛隊】自衛官募集チラシに「稲田防衛大臣(女性)は少々頼りないですが…」 秋田県・大館市、北秋田市で配布
自衛官募集チラシに「稲田防衛大臣(女性)は少々頼りないですが、頼れるあなたはぜひチャレンジを!」
秋田県・大館市、北秋田市で配布

http://www.yomiuri.co.jp/national/20161125-OYT1T50001.html
自衛官募集チラシに「防衛相(女性)頼りない」
2016年11月25日 07時43分、読売新聞

防衛省自衛隊秋田地方協力本部大館出張所の隊員が作成した自衛官募集のチラシ
防衛省自衛隊秋田地方協力本部大館出張所の隊員が作成した自衛官募集のチラシ

 「稲田防衛大臣(女性)は少々頼りないですが……」。

 組織トップを批判し、女性を揶揄やゆしたとも取られる言葉が並んだ自衛官募集のチラシが秋田県の大館市、北秋田市で配られていたことが24日、防衛省への取材でわかった。同省自衛隊秋田地方協力本部大館出張所の男性隊員が入隊への関心を引こうと作成したらしい。物議を醸しかねない内容に、同本部は「あってはならない」として、配布先に残っていたチラシをすべて回収した。

 同本部広報室によると、チラシはA4判で、大館出張所の男性隊員が10月18日、所内のパソコンで130枚作成し、19日から、持ち場の両市にある温泉施設、道の駅、市役所総合支所など計9か所に許可を得て、隊員の待遇紹介、各種勧誘のパンフレットなどと合わせ、置かせてもらっていた。隊員募集や広報活動が業務の同本部では、関心を引くように表現に工夫を凝らす例は珍しくないという。

 チラシは、所要の教育を経て3か月後に2士に任官される「自衛官候補生」に、来年4月に入隊する男性を募集する内容だ。稲田防衛相を揶揄したとも取れるキャッチコピー「頼りないですが」の後に、「頼れるあなたはぜひチャレンジを!」と続く。配布場所からなくなったチラシは1か月間に20枚ほどで、同本部にはこれまでに抗議や問い合わせはないという。

 同広報室は「チラシの作成、配布などには組織上、報告の義務がある。今回は確認がないままに行われてしまった。上官の批判、女性の揶揄を含めてあってはならない」と説明する。上官の指導、管理の不行き届きも含め、男性隊員からいきさつを聴取した。

 ジェンダー問題に詳しい武蔵大学の千田有紀教授(社会学)は「括弧であえて『女性』と記載し、頼りないと揶揄するのは、女性全体が頼りないと受け取られかねず、大きな問題だ。トップが男性だったらこういう表現にはならないはずだが、トップが女性だと通用してしまうのはおかしい」と話している。

 陸上幕僚監部広報室は「チラシの配布があった事実は確認しているが、現状ではコメントできない」としている。



>「稲田防衛大臣(女性)は少々頼りないですが……」。
> 組織トップを批判し、女性を揶揄やゆしたとも取られる言葉が並んだ自衛官募集のチラシが秋田県の大館市、北秋田市で配られていたことが24日、防衛省への取材でわかった。



事実だから、あまり自衛隊を責められない。

実際には、稲田防衛大臣は「少々」ではなく、かなり頼りない。

稲田大臣は、特に防衛大臣になった途端に過去の言動との不一致が目立ち過ぎる。

すぐにヘタれる、すぐに泣く…

これでは、自衛官に応募しようかどうか考慮する若者が「頼りない」と感じてしまうのは致し方ない。

稲田防衛大臣は、信頼を取り戻すため、すぐに靖国神社を参拝し、日本国民に核武装の必要性を訴えるべきだ!



▼稲田朋美の言行不一致【まとめ】▼
稲田朋美が裏切る!終戦の日の靖国神社参拝を放棄!
「平気で嘘をつく人間性と卑怯な政治姿勢は問題だ」と他人を批判しておきながら、自分は平気で嘘を吐く卑怯な政治姿勢を晒している稲田朋美
――――――――――
平成24年の選挙公約「TPPに反対」
↓ ↓ ↓
現在、「TPPに賛成」
――――――――――
平成23年、「日本独自の核保有を、単なる議論や精神論ではなく国家戦略として検討すべき」
↓ ↓ ↓
平成28年、「現時点で核保有を検討すべきではない」
――――――――――
平成18年8月15日、靖国神社における集会
「首相の靖国参拝を阻止しようとする忘恩の輩に道徳・教育等を語る資格はない」

平成18年(雑誌「WiLL」9月号)
「靖国神社というのは不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけないんです」


平成22年10月6日、第176回国会 本会議(議事録
「ことしの八月十五日、菅総理及び菅内閣の閣僚は、ただ一人も靖国神社参拝をしませんでしたが、いかなる歴史観に立とうとも、国のために命をささげた人々に感謝と敬意を表することができない国に、モラルも安全保障もありません。 」
「要は、言葉ではなく、守る意思と覚悟の問題です。その意思も覚悟もない菅内閣にこの国の主権も領土も国民の生活も国家の名誉も守ることができないことが明らかになった今、総理がなすべきことは、内閣を総辞職するか、一刻も早く衆議院を解散し、国民に信を問うことであることを申し上げ、私の質問を終わります。」


「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」に所属して毎年8月15日に靖国神社を参拝
↓ ↓ ↓
平成28年8月、支那が稲田朋美の名前を挙げて靖国参拝の自粛を要請
↓ ↓ ↓
毎年行ってきた8月15日の靖国神社の参拝を放棄!
全国戦没者追悼式も欠席!

――――――――――





>ジェンダー問題に詳しい武蔵大学の千田有紀教授(社会学)は「括弧であえて『女性』と記載し、頼りないと揶揄するのは、女性全体が頼りないと受け取られかねず、大きな問題だ。トップが男性だったらこういう表現にはならないはずだが、トップが女性だと通用してしまうのはおかしい」と話している。


「稲田大臣が『女性』だから頼りない」と思わせることが実際にあったことは事実だ。

特に、国会で北朝鮮の工作員の辻元清美から追及を受けて泣きべそをかいたのだから、情けないにも程がある。

また、稲田防衛大臣が敵国である韓国のBIGBANG(韓流アイドルグループ)のファンだったことも判明し、日本国民の信頼はガタ落ちしている!

稲田防衛大臣、韓流アイドルグループBIGBANGのファンだった

稲田防衛相、韓国アイドルグループBIGBANGのファンであると判明する
稲田防衛大臣、韓流アイドルグループBIGBANGのファンだった
しかも限定版だった!
稲田防衛大臣、韓流アイドルグループBIGBANGのファンだった

稲田防衛大臣、韓流アイドルグループBIGBANGのファンだった


「稲田大臣が『女性』だから頼りない」と思わせたのは、特に国会で北朝鮮の工作員の辻元清美から追及を受けて泣かされた時だ。

男性の大臣だったら、国会で辻元工作員に追及されて泣くことは考え難い。







●関連記事
稲田が辻元の追及に涙!「核保有を国家戦略として検討すべき」発言&全国戦没者追悼式の欠席めぐり
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-6387.html
(一部再掲載)

稲田防衛相が涙 首相が助け舟 (2016年9月30日掲載) - ライブドアニュース
北朝鮮工作員の辻元清美に【日本の核保有の検討】【全国戦没者追悼式の欠席】などについて追及されて泣いた日本国防衛大臣の稲田朋美(平成28年9月30日、衆院予算委員会)

http://news.livedoor.com/article/detail/12087668/
稲田防衛相、涙ぐむ場面も 攻める民進、首相が助け舟
2016年9月30日 20時56分
朝日新聞デジタル
稲田防衛相が涙 首相が助け舟 (2016年9月30日掲載) - ライブドアニュース

 臨時国会は30日、論戦の舞台が衆院予算委員会に移った。民進党は稲田朋美防衛相に集中的に質問を浴びせ、防衛相としての資質を問うた。審議は再三にわたって中断し、稲田氏の代わりに安倍晋三首相が答弁に立つ場面もあった。

 民進の辻元清美氏が追及したのは、2011年3月号の雑誌「正論」の対談で稲田氏がした「長期的には日本独自の核保有を単なる議論や精神論ではなく国家戦略として検討すべきではないでしょうか」との発言。

 辻元氏が発言の撤回を求めると、稲田氏は「今、核保有はすべきではないと思っている」と答弁。辻元氏は「『今は必要ない』はあいまい。国際的な信用をなくす」と迫った。稲田氏は「核のない世界に向けて全力を尽くす」と繰り返し、撤回には応じなかった。

 さらに、辻元氏は「自国のために命を捧げた方に感謝の心をあらわすことができない国家であっては防衛は成り立たない」と言う稲田氏が、今年8月15日にあった政府主催の全国戦没者追悼式を欠席したことを「言行不一致」と指摘。稲田氏は「大変、残念だったと思う」と言葉を詰まらせ、涙ぐんだ。

 民進の後藤祐一氏は自衛隊が国連平和維持活動(PKO)に従事する南スーダン情勢について尋ねた。首都ジュバで7月にあった銃撃戦が戦闘行為に当たるかどうかについて、「稲田氏が質問に答えていない」として繰り返し質問。答えに窮した稲田氏に代わって安倍首相が答弁に立つ一幕もあった。後藤氏は「首相が防衛相を兼ねないといけませんね」と皮肉った。



>臨時国会は30日、論戦の舞台が衆院予算委員会に移った。民進党は稲田朋美防衛相に集中的に質問を浴びせ、防衛相としての資質を問うた。審議は再三にわたって中断し、稲田氏の代わりに安倍晋三首相が答弁に立つ場面もあった。


百聞は一見に如かず。

動画がある。

【国会】辻元清美『防衛大臣を続けたいなら核武装論を撤回しろ!!』VS稲田大臣『核のない世界を目指す』 平成28年9月30日
■動画
【国会】辻元清美『防衛大臣を続けたいなら核武装論を撤回しろ!!』VS稲田大臣『核のない世界を目指す』 平成28年9月30日
https://www.youtube.com/watch?v=4G-EIRwDiEc

■動画
稲田朋美が涙目!!辻元清美『戦没者追悼式欠席は言行不一致』
https://www.youtube.com/watch?v=jZpvaUhc7uI
辻元清美(民進党)vs稲田朋美防衛大臣、安倍総理【衆議院 国会中継】~平成28年9月30日 予算委員会~
■動画
辻元清美(民進党)vs稲田朋美防衛大臣、安倍総理【衆議院 国会中継】~平成28年9月30日 予算委員会~
https://www.youtube.com/watch?v=2zW7lW8YJBw






>民進の辻元清美氏が追及したのは、2011年3月号の雑誌「正論」の対談で稲田氏がした「長期的には日本独自の核保有を単なる議論や精神論ではなく国家戦略として検討すべきではないでしょうか」との発言。
> 辻元氏が発言の撤回を求めると、稲田氏は「今、核保有はすべきではないと思っている」と答弁。辻元氏は「『今は必要ない』はあいまい。国際的な信用をなくす」と迫った。稲田氏は「核のない世界に向けて全力を尽くす」と繰り返し、撤回には応じなかった。




稲田朋美が素直に「撤回します」とは言わなかったのは、意地を見せたのだろう。

しかしながら、防衛相に就任した直後の平成28年8月3日の夜に「必要最小限度の自衛権の行使を考えた場合、現時点で核保有を検討すべきではない」と述べた時点で、「正論」平成23年3月号に掲載された「核保有を国家戦略として検討すべき」との発言を撤退したに等しい。

なお、稲田朋美は今回(9月30日)「核保有はすべきではないと思っている」と答弁したが、8月3日には「核保有を検討すべきではない」と言っていた。

少し誤魔化しているのだ。

稲田防衛大臣は、もっと明確に考えを示さなければいけない。

これでは辻元じゃなくても、「はっきりしろ!」「明確にしろ!」と言いたくなる。

「核保有をすべきではない」という発言も間違っているが、それどころか「核保有を検討すべきではない」という発言は、日本国民の生命と財産と自由を守らなければならない防衛大臣として失格だし、あまりにも無責任過ぎる!






>さらに、辻元氏は「自国のために命を捧げた方に感謝の心をあらわすことができない国家であっては防衛は成り立たない」と言う稲田氏が、今年8月15日にあった政府主催の全国戦没者追悼式を欠席したことを「言行不一致」と指摘。稲田氏は「大変、残念だったと思う」と言葉を詰まらせ、涙ぐんだ。


辻元清美のような北朝鮮の工作員から追及を受けて泣いているようでは、稲田朋美は日本の防衛大臣として情けなさ過ぎる。

しかも、答弁の内容が逃げ腰、及び腰になっており、日本国民の生命と財産と自由を守らなければならない防衛大臣として無責任だ!

なぜ北朝鮮工作員の辻元清美の追及ぐらい、堂々と弾き返せないのか?!


私は稲田朋美について防衛大臣に就任した直後に見限ったが、今回辻元清美に追及されて泣いたことで日本の国防についても改めて絶望してしまった。

また、辻元は「本当はジブチに行きたくなかったのでは?8月15日に靖国神社に行くと、問題があるから、回避させたとの報道もある。あなたは、信念を貫かれた方がいい」と指摘した。

残念ながら、この件については北朝鮮工作員の辻元の方に一理ある。

稲田朋美は、節操がなさ過ぎる!


平成18年(2006年)、稲田朋美は「首相の靖国参拝を阻止しようとする忘恩の輩に道徳・教育等を語る資格はない」 と発言していた。

また、同じ頃、稲田朋美は「靖国神社というのは不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけないんです」(赤池誠章衆院議員らとの座談会、「WiLL」06年9月号/ワック)とも発言していた。

稲田朋美が言ったとおり、祖国日本が侵略されたり攻撃されたりしたら『靖国神社に祀られている英霊の後に続きます』と誓うことは正しいことだ。

靖国神社は国家のために尊い命を捧げられた人々を慰霊し、その事績を永く後世に伝えることを目的に創建されており、『日本が侵略されたり攻撃されたりしたら後に続きます』と祖国防衛の誓いを立てることは、正しい。

また、平成22年(2010年)10月、稲田朋美は「今年の8月15日、菅総理及び菅内閣の閣僚は、ただ一人も靖国神社参拝をしませんでしたが、いかなる歴史観に立とうとも、国のために命をささげた人々に感謝と敬意を表することができない国に、モラルも安全保障もありません。 」などと8月15日に靖国神社参拝をしない菅直人内閣を厳しく批判した!

それにもかかわらず、稲田朋美は昨年まで毎年8月15日に靖国神社において祖国防衛への誓いを立てていたが、今年防衛大臣になった途端に放棄したのだから許されざる裏切り行為をしたことになる。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000117620101006002.htm
平成22年10月6日、第176回国会 本会議(議事録)
稲田朋美
「ことしの八月十五日、菅総理及び菅内閣の閣僚は、ただ一人も靖国神社参拝をしませんでしたが、いかなる歴史観に立とうとも、国のために命をささげた人々に感謝と敬意を表することができない国に、モラルも安全保障もありません。 」
「要は、言葉ではなく、守る意思と覚悟の問題です。その意思も覚悟もない菅内閣にこの国の主権も領土も国民の生活も国家の名誉も守ることができないことが明らかになった今、総理がなすべきことは、内閣を総辞職するか、一刻も早く衆議院を解散し、国民に信を問うことであることを申し上げ、私の質問を終わります。」

(拍手)


↓ ↓ ↓

平成28年8月15日
防衛大臣になった稲田朋美は、バカンス丸出しの格好でニッコニコのウッキウキでジブチへ行ったため、靖国神社を参拝せず!

稲田朋美、バカンス丸出しの格好でウッキウキでジブチへ出発
稲田朋美、バカンス丸出しの格好でウッキウキでジブチへ出発



左:「在日特権と犯罪」坂東忠信著(2016/10/8)
中:「カエルの楽園」百田尚樹著 (2016/2/26)
右:『日本人に「憲法」は要らない』西村幸祐著(2016/8/9)


左:【国産トマト100%】カゴメ トマトジュースプレミアム 低塩 スマートPET 720ml×15本
中:【国産トマト100%】カゴメ トマトジュースプレミアム 食塩無添加 スマートPET 720ml×15本

右:Panasonic 32V型 ハイビジョン 液晶テレビ VIERA TH-L32C6


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テーマ:軍事・安全保障・国防・戦争 - ジャンル:政治・経済

仏博物館で『南京事件』展・記憶遺産の登録後初・日本軍の残虐性を印象付け・館長「真実かどうかは別」
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plt1611240003-p1.jpg 仏博物館で「南京事件」展 記憶遺産の登録後初 日本軍の「残虐性」を印象付け 「中国の視点。真実かどうかは別」と館長
【歴史戦】仏博物館で『南京事件』展
記憶遺産の登録後初
日本軍の“残虐性”を印象付け

館長「中国の視点。真実かどうかは別」

http://www.sankei.com/politics/news/161124/plt1611240003-n1.html
【歴史戦】
仏博物館で「南京事件」展 記憶遺産の登録後初 日本軍の「残虐性」を印象付け 「中国の視点。真実かどうかは別」と館長
2016.11.24 01:30更新、産経新聞

仏北西部の「カン平和祈念博物館」で、「南京事件」をテーマに開かれている企画展(宮下日出男撮影)
仏北西部の「カン平和祈念博物館」で、「南京事件」をテーマに開かれている企画展(宮下日出男撮影)

フランス北西部カンの「カン平和記念博物館」で、第二次世界大戦中の「南京事件」をテーマにした企画展が12月15日まで開かれている。中国が昨年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(記憶遺産)に関連資料を登録後、初の海外展示となる。欧米人の証言などを強調する内容で、中国の主張への共感を呼びたい狙いも垣間見える。(カン 宮下日出男)

カンでの企画展「1937南京大虐殺 南京の6週間」は10月23日に開幕し、中国の「南京大虐殺記念館」が提供した写真270点以上や文書などがパネル展示されている。会場には遺産登録を告知するパネルも設けられていた。

会場では「犠牲者30万人以上」との中国側主張が改めて掲げられ、「日本軍に殺害された」とする遺体の写真のほか、2将校が日本刀で「百人斬り」を行ったとする当時の報道も展示された。日本兵から性的暴行を受けたとする若い女性や、「慰安所前に群がる日本兵」とする写真などもあり、日本軍の「残虐性」を印象付けようとしている。

展示はまた、「共通の証人」と銘打ち、当時南京に滞在していた欧米人に焦点をあてる。記憶遺産に登録されたという16ミリフィルム映像を撮影した米国人宣教師ジョン・マギーについては「危険を冒して日本の戦争犯罪の証拠を記録した」と説明。関連とみられる短い映像も流されていた。

このほか、「虐殺」に関する証言が同様に遺産登録されたとされる南京大学の米国人教授マイナー・ベイツ、シーメンス社南京支社長だったドイツ人ジョン・ラーベら欧米人や、「虐殺」を伝える欧米メディアの当時の報道の紹介にも大きなスペースが割かれた。

カンは大戦中の1944年、連合軍を勝利に導く分岐点となるノルマンディー上陸作戦時の戦闘で町の大部分が破壊され、博物館は88年、その記憶をとどめるため開設された。「戦勝国」にとって象徴的な場所を活用しつつ、欧米人による南京での「正義と真実を守る」(展示記述)取り組みを伝え、中国の論拠の正当性を訴えているようでもある。

博物館によると、欧州だけでなくアジアの大戦中の状況も伝えるため、中国側の交流先を探した際、記念館側が応じ、展示物の相互紹介を提案。2014年に協議がまとまり、今回の特別展が実現した。博物館の資料の展示会も今後、中国で開く計画という。

展示内容については、来館者に理解しやすいよう説明文の一部改訂を求めたが、中国側が基本的にすべて用意した。博物館のステファン・グリマルディ館長は産経新聞に、「(展示内容は)今の中国の視点であり、真実かどうかは別の話だ」と語った。

館長は「虐殺の歴史には各国の見方があり、どうしても対立をはらむ。議論があるのは当然」とも強調。博物館は日中開戦80年にあたる来年、「集団犯罪」に関する国際シンポの開催を計画しており、日本の歴史家にも参加してもらい、議論する考えを示した。



>会場では「犠牲者30万人以上」との中国側主張が改めて掲げられ、「日本軍に殺害された」とする遺体の写真のほか、2将校が日本刀で「百人斬り」を行ったとする当時の報道も展示された。日本兵から性的暴行を受けたとする若い女性や、「慰安所前に群がる日本兵」とする写真などもあり、日本軍の「残虐性」を印象付けようとしている。


昭和12年(1937年)に東京日日新聞(毎日新聞)が報道した「百人斬り」というのは、「敵兵を斬った」という内容だったので、実際に有ろうが無かろうが全く問題のない内容だった。

「百人斬り」というのは、昭和12年(1937年)の東京日日新聞(毎日新聞)の最初の記事においては、「野田少尉は無錫を距る八キロの無名部落で敵トーチカに突進し四名の敵を斬つて先陣の名乗りをあげこれを聞いた向井少尉は奮然起つてその夜横林鎮の敵陣に部下とともに躍り込み五十五名を斬り伏せた」と記述されていたように、「敵兵を斬った」という内容の武勇談(宣伝報道)だった。

昭和12年(1937年)11月30日朝刊

百人斬り競争!両少尉、早くも八十人

[常州にて廿九日浅海、光本、安田特派員発]
常熟、無錫間の四十キロを六日間で踏破した○○部隊の快速はこれと同一の距離の無錫、常州間をたつた三日間で突破した、まさに神速、快進撃、その第一線に立つ片桐部隊に「百人斬り競争」を企てた二名の青年将校がある。
無錫出発後早くも一人は五十六人斬り、一人は廿五人斬りを果たしたといふ、一人は富山部隊向井敏明少尉(二六)=山口県玖珂郡神代村出身=一人は同じ部隊野田毅少尉(二五)=鹿児島県肝属郡田代村出身=銃剣道三段の向井少尉が腰の一刀「関の孫六」を撫でれば野田少尉は無銘ながら先祖伝来の宝刀を語る。

無錫進発後向井少尉は鉄道路線廿六、七キロの線を大移動しつつ前進、野田少尉は鉄道線路に沿うて前進することになり一旦二人は別れ、出発の翌朝野田少尉は無錫を距る八キロの無名部落で敵トーチカに突進し四名の敵を斬つて先陣の名乗りをあげこれを聞いた向井少尉は奮然起つてその夜横林鎮の敵陣に部下とともに躍り込み五十五名を斬り伏せた。
その後野田少尉は横林鎮で九名、威関鎮で六名、廿九日常州駅で六名、合計廿五名を斬り、向井少尉はその後常州駅付近で四名斬り、記者等が駅に行つた時この二人が駅頭で会見してゐる光景にぶつかつた。

向井少尉
この分だと南京どころか丹陽で俺の方が百人くらゐ斬ることになるだらう、野田の敗けだ、俺の刀は五十六人斬つて歯こぼれがたつた一つしかないぞ

野田少尉
僕等は二人共逃げるのは斬らないことにしてゐます、僕は○官をやつてゐるので成績があがらないが丹陽までには大記録にしてみせるぞ


百人斬り競争をした日本軍将校(1937年12月13日東京日日新聞,現在の毎日新聞):二人の少尉がどちらが先に日本刀で敵を100人斬れるか競争をしたことを伝える新聞報道。
百人斬り競争をした日本軍将校(1937年12月13日東京日日新聞,現在の毎日新聞):二人の少尉がどちらが先に日本刀で敵を100人斬れるか競争をしたことを伝える新聞報道。


>野田少尉は無錫を距る八キロの無名部落で敵トーチカに突進し四名の敵を斬つて先陣の名乗りをあげこれを聞いた向井少尉は奮然起つてその夜横林鎮の敵陣に部下とともに躍り込み五十五名を斬り伏せた。


記事内容が事実か作り話かの問題は置いておき、この東京日日新聞(毎日新聞)の記事は敵陣地に突撃して敵兵を斬ったという「武勇伝」が報道されていた。

そして、この話は実際には宣伝のための作り話だった。

百歩譲って、仮に宣伝のための「作り話」ではなく事実報道だったとしても、敵陣で敵兵を斬ったことを犯罪にしたのだから、実におかしなことだった。

したがって、支那は戦後の「南京軍事法廷」で敵兵(支那兵)を斬った日本軍将校を死刑にしたのだから滅茶苦茶であり、悪いのは支那だった。

話がややこしくなったのは、戦後20年以上経ち、朝日新聞の本多勝一が話を捏造したからだった。

朝日新聞記者だった本多勝一は、日本兵が敵陣地に突撃して敵兵を斬ったという「百人斬り」について「これではツマラナイ」、「このままではマズイ」と思ったのだろう。

本多勝一は勝手に、「降伏を呼びかけられて塹壕から出てきた無抵抗の蒋介石軍兵士らを並ばせておいて、かたはしから斬った」などと出鱈目を書き加えた!

つまり、敵陣で敵兵を斬ったという東京日日新聞(毎日新聞)の当時の「武勇談」(作り話)は、20年以上経っていつのまにか朝日新聞の本多勝一によって無抵抗の捕虜の「据えもの斬り」競争に摩り替えられたのだった!

朝日新聞の本多勝一
【敵陣で敵兵を斬った】という東京日日新聞の記事を何十年も経った後に勝手に【無抵抗の捕虜の「据えもの斬り」競争】にすり替えて広めた朝日新聞の本多勝一

しかも、東京日日新聞の後身である毎日新聞社は、平成元年(1989年)に自社発行した『昭和史全記録』という本のなかで「百人斬りは事実無根だった」(P178)と記述している。





>展示はまた、「共通の証人」と銘打ち、当時南京に滞在していた欧米人に焦点をあてる。記憶遺産に登録されたという16ミリフィルム映像を撮影した米国人宣教師ジョン・マギーについては「危険を冒して日本の戦争犯罪の証拠を記録した」と説明。関連とみられる短い映像も流されていた。


アメリカのジョン・マギー牧師が虐殺そのものを収めた証拠フィルムなんて全くない!

専門家によって唯一実写と認められているマギーが撮影したフイルムが存在するが、その中にも虐殺のシーンは全くなく、多くは戦傷者の治療風景となっている。

戦後、東京裁判で証言台に立ったジョン・マギーは、膨大な殺人、強盗、強姦、暴行、累々たる死体などを見たかのような証言をした。

しかし、ブルックス弁護士が「殺人行為の現行犯をあなた自身はどのくらいご覧になりましたか?」と反対尋問すると、その答えは「1件のみです」だった。

その1件とは、歩哨に誰何(すいか)されて逃亡した者を射殺したケースであり、この場合は合法的な射殺となるため、虐殺には該当しない。

その他のマギー証言は、全て伝聞、想像、創作だったのだ。

ジョン・G・マギー牧師
ジョン・G・マギー牧師
●関連記事
南京虐殺は嘘37 嘘吐き婆夏淑琴と嘘吐き宣教師マギー①
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-3251.html
南京虐殺は嘘38 嘘吐き婆夏淑琴と嘘吐き宣教師マギー②
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-3249.html






>このほか、「虐殺」に関する証言が同様に遺産登録されたとされる南京大学の米国人教授マイナー・ベイツ、シーメンス社南京支社長だったドイツ人ジョン・ラーベら欧米人や、「虐殺」を伝える欧米メディアの当時の報道の紹介にも大きなスペースが割かれた。


【「虐殺」を伝える欧米メディアの当時の報道】とあるが、その報道の情報源(ソース)は【南京大学の米国人教授マイナー・ベイツ】だった。

しかし、今では【南京大学の米国人教授マイナー・ベイツ】は、支那国民党政府の工作員だったことが判明している。

「欧米メディアの当時の報道」というのはニューヨークタイムズのダーディン記者とシカゴ・デイリー・ニューズのスティール記者の記事のことだと考えられる。(それ以外に南京事件に関する「欧米メディアの当時の報道」は無いに等しい)

しかし、ダーディンもスティールも2人とも、南京事件について書いた記事は、国民党工作員のマイナー・ベイツ教授から手渡されたメモを記事にしたものだった。

ベイツは、宣教師で、南京で大学教授をしていた。

南京安全区国際委員会のメンバーであり、当時から日本軍の犯罪を米国領事館へ報告したり日本大使館へ抗議しまくったりしていた。

また、ベイツは、戦後の東京裁判でも、日本軍に不利になる様々なデタラメ証言をして、「南京大虐殺」を作り上げた中心的人物の一人だ。

ダーディンとスティールの報道は、この支那工作員のベイツからのメモが情報源(ソース)だった。

南京事件調査研究会編訳『南京事件資料集 第1巻』一〇五頁。
一九三八年一月五日、上海のアメリカ総領事ガウスからワシントンの国務長官宛の「祕密扱い」の報告書簡(出典:Record of US Embassy to Chinam Correspondence American Embassy Nanking)には次のように記されている。
「南京大学のシール・ペイツ博士(社会学および歴史学の教授)が書いた日本軍占領後の南京の状況に関するメモを同封する。本メモの写しは、『シカゴ・デイリー・ニューズ』 のアーチボルト・スティール氏が当総領事館の館貞に手渡したものである」


ベイツは長く南京に滞在したのだが、ベイツ自身が目撃した虐殺は0件だ。

ところが、ベイツは、「ベイツ・メモ」で4万人大虐殺を主張した1938年に国民政府から勲章を受けた。

また、ベイツは、東京裁判で市民1万2000人大虐殺を主張した1946年にも国民政府から勲章を受けた。

さらに、2001年には、ベイツが「国民政府の顧問」と紹介されていた新聞記事の切り抜きまで、イエール大学で発見された。

ベイツ教授は国際委員会の有力なメンバーで、宣教師でもあったが、エール大学所蔵の南京関係文書の中から見つかった新聞記事には、彼の顔写真の下に、「南京大学歴史学教授にして、中華民国政府顧問のマイナー・サー
エール大学所蔵の南京関係文書の中から見つかった新聞記事には、彼の顔写真の下に、「南京大学歴史学教授にして、中華民国政府顧問のマイナー・サール・ベイツ博士」とあった。
ベイツ教授は支那国民党の工作員だったのだ。

(東中野修道、『南京事件―国民党極秘文書から読み解く』、2006年)。





そもそもNYタイムズのダーディンなんて、日本軍が南京を占領した1937年12月13日には南京に居なかった!

当日、ダーディンは南京から出かけており、南京に戻ったのは12月14日の夜遅くになってからだ。

12月14日の夜に南京に戻ったダーディンは寝て起きて翌日12月15日の昼には船で南京を離れているため、南京戦を見てもいないし、日本軍占領後の南京について取材をする時間もなかった。

したがって、上述したとおり、ダーディンの記事の情報源は、国民党工作員のベイツから渡されたメモだったのだ。

スティールもダーディンらとともに1937年12月15日の昼に早々と船で南京を離れており、2人の記事は内容が酷似しているため、2人とも12月15日にベイツから渡されたメモを基に記事を書いたことは間違いないのだ。

ダーディン
NYタイムズのダーディン記者
極秘文書の中の「外事課工作概況」 中央宣伝部は取材に協力した記者を記録していた。「南京大虐殺」第一報を報じたスティール記者とダーディン記者の名前も含まれている。 出典:東中野修道、『南京事件―国民党極秘
極秘文書の中の「外事課工作概況」
中央宣伝部は取材に協力した記者を記録していた。
「南京大虐殺」第一報を報じたスティール記者とダーディン記者の名前も含まれている。

出典:東中野修道、『南京事件―国民党極秘文書から読み解く』(2006年)50頁






ジョン・ラーベ(John Rabe)は南京安全区国際委員会の委員長であり、シーメンス南京支社長、ナチス党員でした。
ジョン・ラーベ(John Rabe)は南京安全区国際委員会の委員長であり、シーメンス南京支社長、ナチス党員

【シーメンス社南京支社長だったドイツ人ジョン・ラーベ】は南京安全区国際委員長でもあったが、実はジョン・ラーベも虐殺を1件も目撃しなかった!

ジョン・ラーベの日記や手紙の中では、ラーべ本人が殺人現場を見た記述は一つもない。

ラーベは、1937年12月17日に、日本軍による破壊や犯罪が極めて少数で秩序が回復した旨の『第6号文書』を日本大使館宛に送っていた。

ところが、東京裁判で検察側書証として提出された「1938年1月14日付のドイツ上海総領事宛のジョン・ラーベの手紙」(ジーメンス社社長マイアー宛の手紙)には、「約二万の婦女子を冒し、数千の無辜の市民を殺害」と書いていた。
さらに、『ヒトラーへの上申書』には、「中国側の申し立てによりますと、十万の民間人が殺されたとのことですが、これはいくらか多すぎるのではないでしょうか。我々外国人はおよそ五万から六万と見ています」と報告した。
ラーベの報告は、数千だったり5~6万だったり滅茶苦茶だ。
もしも、本当に日本軍が市民大虐殺をしていたのなら、日本軍憲兵隊に通報したり日本大使館に抗議するのが安全区国際委員長の責務であるのに、それをせず、南京の外(上海やドイツなど)に向けてのみ、日本軍の犯罪を発信していたのは、彼が嘘吐き宣伝工作をしていたとしか考えられない。

このラーベの嘘宣伝は、前回既に述べたように安全区国際委員会全体が嘘吐き宣伝工作委員会と化していたのが大きな理由だが、ラーベ独自の事情もあった。

ラーベは、安全区の自宅に、現金を一杯に詰めたトランクを幾つも持っていた支那軍将校の龍大佐と周大佐を潜伏させていた。
これは、中立と、安全区の保護を責務とする安全区国際委員長としては、言語道断であり、この行為自体が支那軍のための工作活動だ。


また、当時ジョン・ラーべは、支那の蒋介石政権に重電機・通信機などを売って莫大な利益を得ていた「軍需産業ジーメンス」の南京支社長だった。
支那事変が始まってから日本は再三ドイツに支那への軍需品輸出をやめるように要請していた。
ヒトラーはソ連を牽制するためにも、日本と手を組む事を選び、支那への軍需品輸出を控えた。

ラーベにしてみれば、自分が30年間も支那で培ってきた商売が水の泡になるので、「日本はこんなひどい事をしている。こんな国との同盟は止めてくれ!」と言いたかったのだろう。

しかし、ラーベの荒唐無稽な「数千人」とか「5~6万人」とかの虐殺の話はあまりにも不自然過ぎて、同胞のドイツ人にも信じて貰えなかった。

1938年1月9日に南京に戻ったドイツ大使館のシャルフェンベルク事務長は、2月10日、自分の目で実情を確かめた上で漢口のドイツ大使館に、ラーベが語る日本軍の暴行事件について、「暴行事件と言っても全て支那人から一方的に聞いているだけ」と書き送っている。

結局ラーべの策略は実らず、ドイツに呼び戻され、二度と支那の土を踏むことはなかった。


南京安全区国際委員会のメンバーについては、ベイツが支那国民党の工作員だったことは明確に判明しているが、委員長だったラーベ、マギー、スマイスなども言動から国民党の工作員だったことは間違いなく、大半が工作員、あるいは南京安全区国際委員会そのものが工作機関だった可能性が高い。

●詳細記事
南京虐殺は嘘20 嘘吐きダーディン 1 (宣伝工作員のメモを基にした南京の虚報と、当時の米国新聞の反日虚報の数々と、『支那事変日誌抜粋』松井石根)
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-3304.html
南京虐殺は嘘22...嘘吐きダーディン3...スティールとダーディンの虚報...『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著より
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-3295.html
南京虐殺は嘘23 ...嘘吐きダーディン4...虚報の情報源は宣伝工作員のベイツ
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-3291.html

南京虐殺は嘘28 嘘吐きベイツ1....嘘吐きベイツの化けの皮
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-3275.html
南京虐殺は嘘29 嘘吐きベイツ2....嘘吐きベイツのトンデモ証言・文書の数々
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-3272.html
南京虐殺は嘘30 嘘吐きベイツ3....ベイツは嘘吐き宣伝工作員
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-3270.html

南京虐殺は嘘31 ベイツとティンパリー、嘘吐き宣伝工作員同士の音信
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-3266.html
南京虐殺は嘘32 嘘吐き安全区国際委員会、組織ぐるみで嘘を吐いていた背景
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-3263.html
南京虐殺は嘘33 嘘吐きラーベのデマ宣伝工作 、支那軍将校を自宅に匿っていたトンデモない安全区国際委員長
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-3261.html






>博物館のステファン・グリマルディ館長は産経新聞に、「(展示内容は)今の中国の視点であり、真実かどうかは別の話だ」と語った。


ハァ?!

博物館の館長が「真実かどうかは別の話だ」だって?!

展示内容については、支那側が基本的にすべて用意したとも述べられている。

その上で館長が「真実かどうかは別の話だ」と発言するということは、展示内容には南京大虐殺の決定的証拠となるような物はないと言っているようなものだ。




左:「在日特権と犯罪」坂東忠信著(2016/10/8)
中:「カエルの楽園」百田尚樹著 (2016/2/26)
右:『日本人に「憲法」は要らない』西村幸祐著(2016/8/9)


左:【国産トマト100%】カゴメ トマトジュースプレミアム 低塩 スマートPET 720ml×15本
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右:Panasonic 32V型 ハイビジョン 液晶テレビ VIERA TH-L32C6


「支那も仏博物館も、真実かどうかは別の話となるような展示をするな!」

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