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正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!マスゴミの嘘や洗脳工作を許すな!がんばれ!日本国民党!
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三菱自動車が朝鮮式お辞儀「コンス」のCMで再出発?反省の色なし!反射式望遠鏡の向きも逆だった
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【変なお辞儀】朝鮮コンス(電通コンス)で頭を下げられてもねぇwww【三菱自動車工業 CM 2016 秋 再出発篇】
三菱自動車に反省の色なし!
燃費データで不正の三菱自動車が朝鮮式お辞儀「コンス」のCMで再出発?
画像:engram 記憶の痕跡

http://blog.goo.ne.jp/chaos1024/e/0bd01a3943ac459369913ce7a074ee1a
【変なお辞儀】朝鮮コンス(電通コンス)で頭を下げられてもねぇwww【三菱自動車工業 CM 2016 秋 再出発篇】
【変なお辞儀】朝鮮コンス(電通コンス)で頭を下げられてもねぇwww【三菱自動車工業 CM 2016 秋 再出発篇】

【変なお辞儀】朝鮮コンス(電通コンス)で頭を下げられてもねぇwww【三菱自動車工業 CM 2016 秋 再出発篇】

【変なお辞儀】朝鮮コンス(電通コンス)で頭を下げられてもねぇwww【三菱自動車工業 CM 2016 秋 再出発篇】
燃焼データ不正・三菱自動車工業
コンスで再出発?
▼謝罪広告を流すなら、登場させる人物の選択が違います。
▼一連の不祥事を起こしたのは製造や販売スタッフですか?
▼謝罪のお辞儀がコンスですか?
▼こんな映像を選んだ三菱・広報担当者
▼こんな映像を作ったCM制作会社
▼どちらも完全にズレてます。
このCMの制作会社は電通ですか?
新手の映像制作会社って、ほとんどが電通、博報堂から独立した人ですよね?
*画像は三菱自動車工業 CM 2016 秋 再出発篇より


燃費データで不正を働いた三菱自動車工業が、再出発をアピールするテレビCMで、朝鮮式お辞儀「コンス」を披露している!

不正の象徴的民族である朝鮮民族のお辞儀(コンス)で再出発をアピールするのは悪い冗談であり、「反省の色なし」としか受け止められない。

三菱自動車工業 CM 2016 秋 再出発篇
■動画
三菱自動車工業 CM 2016 秋 再出発篇
https://www.youtube.com/watch?v=KU4GeiECExM




なお、同CMでは、朝鮮式お辞儀「コンス」のシーンの前に反射式天体望遠鏡のシーンがあるが、その反射式天体望遠鏡の向きも反対になっていた!

https://thepage.jp/detail/20161025-00000002-wordleaf
星空を見上げるはずが望遠鏡が見つめるのは地面、三菱自がCMを手直し
2016.10.25 14:00、THE PAGE

 今月放映された三菱自動車工業のテレビコマーシャルで、星空を見つめるシーンに登場する反射式望遠鏡が逆向きになっていることが判明しました。渡部潤一・国立天文台副台長も「まずいなぁ、天体望遠鏡が逆向きじゃないかなぁ」とツイートし、天文ファンらが騒然。すでに、同社は問題の場面を削除しましたが、燃費不正問題からの再出発を図り、信頼の回復につなげたいはずのCMで、ミソをつけてしまった格好です。

星空を見上げるはずが望遠鏡が見つめるのは地面、三菱自がCMを手直し

 CMは「2016 秋 再出発篇」。自動車の製造現場やテストコースで真剣に働くスタッフ、同社の自動車の横でキャンプを楽しむ顧客、来店者を見送る販売店の人々をまとめた30秒作品です。問題の場面は、開始から16秒あたり。夜のキャンプ場で、女性がのぞく反射式望遠鏡の鏡筒の向きが逆さまになっていました。この向きでは星は見えず、地面しか見えません。

 「星空見上げるプロジェクト」と題したネットの特設ページでは、「この星空が百年後の未来も輝き続けることを願って。三菱自動車は、星空を見上げることから、私たちがこの地球(ほし)と対話するきっかけを作っていきます」と星空への理解をアピールしていただけに、天文ファンらは「いろいろ残念」「逆に不誠実」と不満げ。

 スタッフや出演者を含めて、撮影現場に望遠鏡および天体観測にくわしい人がおらず、チェックできなかったようです。同社に確認したところ、このCMは10月8日から放映が開始されましたが、翌9日には、早くも望遠鏡が逆さである旨の指摘が顧客からあったそうです。これを受けて、15日からは問題の場面を削除したCMを流していますが、いつまで放映するかは現在検討中としています。

 この件について、同社は「担当部門の知識不足により、実際の使用と異なる設置をしたままCMを撮影いたしました。今後は十分留意してまいります」とコメントしています。
(取材・文:具志堅浩二)



>夜のキャンプ場で、女性がのぞく反射式望遠鏡の鏡筒の向きが逆さまになっていました。この向きでは星は見えず、地面しか見えません。


天体望遠鏡に関心がなければ気が付かないが、逆に知っている人ならすぐに気が付く痛い失敗だ。
▽屈折式望遠鏡と反射式望遠鏡の正しい向き▽
反射式望遠鏡と屈折式望遠鏡の正しい向き

▼三菱自動車工業のテレビCMの反射式望遠鏡▼
星空を見上げるはずが望遠鏡が見つめるのは地面、三菱自がCMを手直し

三菱自がCMの望遠鏡が逆の放送事故!《三菱自動車工業 CM 2016 秋 再出発篇》星空を見上げるはずが望遠鏡が見つめるのは地面→鏡筒が逆
■動画
三菱自がCMの望遠鏡が逆の放送事故!《三菱自動車工業 CM 2016 秋 再出発篇》星空を見上げるはずが望遠鏡が見つめるのは地面→鏡筒が逆
https://www.youtube.com/watch?v=m9EiArqK9qo






話を朝鮮式お辞儀「コンス」に戻すが、最近のテレビCMでは平成27年(2015年)に放送された大塚製薬のポカリスエットのCMや平成28年(2016年)に放送されたマクドナルドのCMでもコンスのシーンがあった!

近年の朝鮮式お辞儀(コンス)の蔓延は異常だ!

テレビのドラマやCMなどで朝鮮式お辞儀(コンス)が頻繁に放映されるため、まるでコンスが正しいお辞儀の仕方だと勘違いしている連中が増殖しているのだろう。

最近の約3年間だけでも、次のような事例がある。


平成25年(2013年)6月5日放送のNHK朝ドラ「あまちゃん」で、海女カフェオープンの際に、海女たちが朝鮮式のお辞儀(コンス)で、客を出迎えた。

『あまちゃん』で韓国式お辞儀(2013年6月5日放送、第57回)
『あまちゃん』で韓国式お辞儀(2013年6月5日放送、第57回)韓国ステマまだあった!平林都の朝鮮式お辞儀コンス

親指をクロスしてヘソの近くで手を合わせているわかりやすい画像
親指をクロスしてヘソの近くで手を合わせているわかりやすい画像

平成25年6月5日放送NHK朝ドラ「あまちゃん」





平成26年(2014年)、docomo(ドコモ)のCMで朝鮮式のお辞儀(コンス)。
平成26年(2014年)、docomo(ドコモ)のCMで朝鮮式のお辞儀(コンス)。
■動画
【古田新太,東出昌大,勝地涼,黒島結菜,すみれ,高橋ユウ,羽生結弦】出演CM NTTドコモ新料金「料金相談」篇
https://www.youtube.com/watch?v=w2aD2reo0NY





平成26年(2014年)、日経新聞に掲載された日本航空の広告でCAが朝鮮式のお辞儀(コンス)。

https://twitter.com/takenoma/status/532443422762602496/photo/1
竹田恒泰
‏@takenoma
この朝鮮式の変な立ち方何とかならないか? 日本式では、手を前で組む立ち方はしません。これは「コンス」という朝鮮式の立ち方、お辞儀です。日本人なら、日本式にしてもらいたい。これは、日経新聞に最近掲載された日本航空の広告。恥ずかしい。
竹田恒泰‏@takenomaこの朝鮮式の変な立ち方何とかならないか? 日本式では、手を前で組む立ち方はしません。これは「コンス」という朝鮮式の立ち方、お辞儀です。日本人なら、日本式にしてもらいたい。これは、日経
16:02 - 2014年11月12日






平成27年(2015年)、新たに韓国で「オロナミンC」の製造販売を開始した大塚製薬『ポカリスエット イオンウォーターCM「負けない」篇』で朝鮮式のお辞儀(コンス)。
平成27年(2015年)2月2日
最悪!大塚製薬が「オロナミンCドリンク」海外展開を拡大!
新たに韓国で製造販売開始!

大塚製薬「オロナミンCドリンク」海外展開を拡大!新たに韓国で製造販売開始!大塚製薬株式会社2015年2月2日
↓ ↓ ↓
平成27年(2015年)4月
大塚製薬が朝鮮お辞儀「コンス」CMを放送! 
ポカリスエット イオンウォーターCM「負けない」篇
大塚製薬の朝鮮お辞儀、コンスCM ポカリスエット イオンウォーターCM「負けない」篇 30秒
大塚製薬・ポカリスエット イオンウォーターのCMで女性のお辞儀の仕方がおかしい?ネットで指摘相次ぐ
■動画
森川葵 CM ポカリスエット イオンウォーター 「負けないON」篇
https://www.youtube.com/watch?v=v_460XYYBKY





平成27年(2015年)、ミス学習院コンテストの出場者たちが朝鮮式のお辞儀(コンス)。

https://twitter.com/missgakushuin/status/615112450195599361
ミス学習院コンテスト2016
‏@missgakushuin
ミス学習院コンテスト2015
今年度ファイナリストはこの5人です!


Entry No.1 海老原優香
Entry No.2 大崎佑実
Entry No.3 山本志緒里
Entry No.4 毛利玲菜
Entry No.5 曲渕伊代
【画像あり】ミス学習院コンテストのポーズが韓国式の「コンス」ではないかと話題wwwwwwwwwww
2015年6月28日 20:00






平成28年(2016年)、日本マクドナルドのCMで、店員が朝鮮式のお辞儀(コンス)。
【国内】「韓国式挨拶は侮辱的」~日本マクドナルドの広告に不買運動まで(韓国YTN)
http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1460497643/
「韓国式挨拶は侮辱的」~日本マクドナルドの広告に不買運動まで(韓国YTN)

http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=shm&sid1=104&oid=052&aid=0000816534
「韓国式挨拶は侮辱」日本マクドナルドの広告に不買運動まで
NAVER/YTN-TV(朝鮮語)2016-04-11 22:02※動画あり

世界的なファーストフードチェーン店マクドナルドの、日本の広告が物議を醸しています。

広告内容のせいで、日本で不売運動動きまで起きているんです。どういう事でしょうか?

お客様に向かって頭を下げて挨拶をしている従業員の姿。表情は満面の笑みで、丁寧な態度は親切に感じられます。

ところがこの広告のせいで、日本人が非常に不愉快に感じているそうです。

両手を重ねて頭を下げて挨拶するコンス(拱手)式挨拶が、日本式ではなく韓国式だというのです。

「もうマクドナルドは日本で終りだ」と言いながら、マクドナルドの不買運動をするという動きまで見えています。


一部ではお客様に親切な事が問題になるのか、民族主義的発想だという批判もありますが、論議が続くと日本マクドナルド側は該当の広告の削除を検討している事が分かりました。


【マクドナルドCM】で朝鮮式お辞儀(コンス)をしているとネットで話題
■動画
【マクドナルドCM】で朝鮮式お辞儀(コンス)をしているとネットで話題
https://www.youtube.com/watch?v=kLWNlcE0HMY








●関連記事
あまちゃん韓国ステマまだあった!朝鮮式(韓国式)お辞儀「コンス」・総集編で発覚・NHKの悪意
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-5230.html
(一部再掲載)

▼変なお辞儀・【朝鮮式(韓国式)立礼】朝鮮式のお辞儀(コンス)を教える【ECC国際外語専門学校>キャンパスニュース ホテルコース1年生 ウォーキングレッスン】▼
【いつの間にか蔓延】変なお辞儀の正体【朝鮮式(韓国式)立礼】


▼パチンコ屋の店員たちは、やっぱり朝鮮式▼
パチンコ屋の店員たちは、やっぱり朝鮮式w


変なお辞儀の正体は、韓国式お辞儀の基本姿勢「コンス」
韓国式お辞儀の基本姿勢「コンス」
韓国式お辞儀の基本姿勢「コンス」


韓国 お辞儀の仕方
韓国 お辞儀の仕方

韓国の女子高、卒業式で伝統衣装を着て成人の儀式
韓国の女子高、卒業式で伝統衣装を着て成人の儀式

■動画
韓国 お辞儀の仕方
http://youtu.be/kgQJuzGGsf8



この朝鮮式(韓国式)コンスというは「肘の張り出し具合」と「手の上下位置」がポイントのような感じです。





▼日本式の立礼▼
日本式の立礼 小笠原流でも人や写真によっては、かなり手が近い人もいますね

小笠原流礼法入門―美しい姿勢と立ち居振る舞い
小笠原流礼法入門―美しい姿勢と立ち居振る舞い

小笠原流@Wikiお辞儀(立礼 座礼)
日本式の立礼は、これ

日本の伝統礼法、小笠原流では、お辞儀の際に手を合わせるようなことはしません。
しかし、以下のような形は、かなり昔からあると感じます。

1971年のデパート 日本の伝統礼法、小笠原流では、お辞儀の際に手を合わせるようなことはしません。しかし、『肘を不自然に張り出さず、手を自然な形で前方で組み、下腹部以下の位置に置くのは、職種・性別によって
1971年のデパート

日本の伝統礼法、小笠原流では、お辞儀の際に手を合わせるようなことはしません。しかし、『肘を不自然に張り出さず、手を自然な形で前方で組み、下腹部以下の位置に置くのは、職種・性別によっては議論の余地あり。

日本の伝統礼法、小笠原流では、お辞儀の際に手を合わせるようなことはしません。しかし、『肘を不自然に張り出さず、手を自然な形で前方で組み、下腹部以下の位置に置くのは、職種・性別によっては議論の余地あり。

日本の伝統礼法、小笠原流では、お辞儀の際に手を合わせるようなことはしません。しかし、『肘を不自然に張り出さず、手を自然な形で前方で組み、下腹部以下の位置に置くのは、職種・性別によっては議論の余地あり。

日本の伝統礼法、小笠原流では、お辞儀の際に手を合わせるようなことはしません。しかし、『肘を不自然に張り出さず、手を自然な形で前方で組み、下腹部以下の位置に置くのは、職種・性別によっては議論の余地あり。


↓小笠原流でも人や写真によっては、かなり手が近い人もいますね
小笠原流でも人や写真によっては、かなり手が近い人もいますね

小笠原流でも人や写真によっては、かなり手が近い人もいますね


★結論★
━━━━━━━━━━
▼肘を不自然に横に張り出し、手の平を被せるように×に交差、腹部以上の位置に押し当てるのはNG▼
イラストにまで変な朝鮮式お辞儀(コンス)
↑変なお辞儀・朝鮮式お辞儀(コンス)

▼肘を不自然に張り出さず、手を自然な形で前方で組み、下腹部以下の位置に置くのは、職種・性別によっては議論の余地あり▼
『肘を不自然に張り出さず、手を自然な形で前方で組み、下腹部以下の位置に置くのは、職種・性別によっては議論の余地あり。』
↑職種・性別によってOK!
━━━━━━━━━━




ケーヨーデイツー ホームセンターが朝鮮式お辞儀(コンス)禁止令!レジでの挨拶について・1人1人のお客様に、「おじぎ」と「あいさつ」をしてください。・「おじぎ」の際の両手の位置は、ベルトの下辺りに自然に
レジでの挨拶について
・1人1人のお客様に、「おじぎ」と「あいさつ」をしてください。
・「おじぎ」の際の両手の位置は、ベルトの下辺りに自然におろします。脇を締めること。


上の画像は、ケーヨーデイツー ホームセンターの社員休憩室の貼り紙で、朝鮮式お辞儀(コンス)をしないように教育している。(関連記事



左:「在日特権と犯罪」坂東忠信著(2016/10/8)
中:「カエルの楽園」百田尚樹著 (2016/2/26)
右:『日本人に「憲法」は要らない』西村幸祐著(2016/8/9)


左:【国産トマト100%】カゴメ トマトジュースプレミアム 低塩 スマートPET 720ml×15本
中:【国産トマト100%】カゴメ トマトジュースプレミアム 食塩無添加 スマートPET 720ml×15本

右:Panasonic 32V型 ハイビジョン 液晶テレビ VIERA TH-L32C6


「いい加減にしろ!コンス(朝鮮式お辞儀)!」

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テーマ:CM - ジャンル:テレビ・ラジオ

米国ベストセラー「残虐な日本軍を止めるには原爆投下は正しかった」・南京大虐殺や慰安婦強制も肯定
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アメリカで大ベストセラーの『KILLING THE RISING SUN』 Bill O'Reily, Martin Dugard著
反日感情を高める歴史書が大人気!
「残虐な日本軍を止めるには原爆投下は正しかった」!
南京大虐殺や従軍慰安婦強制などの虚偽も記述!

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/8045
根強い「原爆投下は正しかった」論、反日感情を高める歴史書が大人気
森川聡一
WEDGE Infinity、2016年10月28日


■今回の一冊■
KILLING THE RISING SUN
筆者 Bill O'Reily, Martin Dugard
出版社 Henry Holt

『KILLING THE RISING SUN』(Bill O'Reily, Martin Dugard ,Henry Holt)
『KILLING THE RISING SUN』(Bill O'Reily, Martin Dugard ,Henry Holt)

 太平洋戦争で日本軍がアジアで行った非人道的な行為などを盛り込んだ歴史ノンフィクションが今、アメリカで大ベストセラーとなっている。その主張は明快だ。多大な犠牲を生んでいた戦争を終わらせるには、広島・長崎に原爆を投下したことはやむを得なかった。原爆投下を決めたアメリカのトルーマン大統領の決断は正しかった――というものだ。おまけに、カーターや父ブッシュら元大統領から原爆投下に関する意見を書簡で寄せてもらい、その手紙も巻末に掲載している。日本人としてはとても気になる本だ。

 ニューヨーク・タイムズのベストセラーリスト(単行本ノンフィクション部門)では10月2日付でトップで初登場し、ランクイン5週目となる直近10月30日付でもトップの座にいる。今年はオバマ大統領が現職の大統領として初めて被爆地・広島を訪れた。日本人にとっては特別な思いを抱かせる出来事だった。しかし、大統領の本国アメリカでは原爆投下は正しかったと論じる歴史書が売れているのだ。

 しかも、原爆投下を正当化するため、日本がいかにひどいことをしたかを克明に書く。一般のアメリカ人が読むと反日感情を抱くだろう。日本は原爆の被害者である前に、アジアの人々に多大な犠牲をもたらし、アメリカ兵を殺した加害者だというとらえ方だ。原爆を投下された被害者という立場からだけ訴えても、なかなかアメリカ人には原爆の悲惨さを受け入れてもらえないということなのだろうか。

■「残虐な日本軍を止めるには原爆投下はしかたなかった」

 筆者のビル・オライリーは「オライリー・ファクター」というテレビのニュース番組の司会者を務め、保守派の論客として人気を博する人物だ。本書のタイトルKILLING THE RISING SUN のRISING SUNとはもちろん「日いづる国」からとったもので日本を指す。日本をKILLINGとは穏やかな表現ではないと思われるかもしれない。しかし、筆者はすでにKILLING LINCOLN、KILLING KENNEDYなどのベストセラーを相次ぎ上梓している。本書はこのKILLINGシリーズの第6作目となる。

 とても読みやすく微妙にバランスのとれた内容だというのが、一読した後の正直な感想だ。歴史ノンフィクションとさきほど書いたが、歴史読み物といった方がいいかもしれない。つくりはハリウッド映画的だ。各章は特定の場所、年月日と時刻を明示し、大統領執務室での要人たちのやりとり、ペリリュー島や沖縄での日本軍とアメリカ軍の激闘など、さまざまな場面を臨場感豊かに描写し、アメリカが原爆投下という決断に至る過程を描く。一方的な論の展開ではなく、歴史的な事実を積み重ねた読み物としてまとめており逆に説得力がある。

 ペリリュー島や硫黄島などでの激闘シーンでは、当然ながらほとんどがアメリカ兵の視点から描かれる。実際に従軍した人々の回想コメントなどをふんだんに盛り込み、国のために命を落としていくアメリカ兵たちの英雄的な活躍をドラマチックに描く。アメリカ人が書いたのだから、これはしかたないだろう。一方で、アメリカ軍が無差別爆撃で民間人を大量虐殺した東京大空襲にふれたり、原爆投下によって引き起こされた広島や長崎での惨状について、被爆者たちの回想談なども交えて伝えたりしている。核兵器の悲惨さを指摘しながらも、本書は原爆投下はやはり正しかったと主張する。

 本書が原爆投下を正当化するロジックの基本はこうだ。武士道を大切にする日本はなかなか無条件降伏を受け入れなかった。あのまま戦争が続いていたら、アメリカは日本本土への上陸作戦を決行し、さらに多くの命が失われていただろう。残虐な日本軍を止めるには原爆投下はしかたなかったというものだ。

■バターン死の行進、南京事件、従軍慰安婦についての記述も

 これから、本書の記述をいくつか引用するが、本コラムを執筆するわたし自身、歴史的な事実として内容が正しいのかどうか判断する能力を持たないことはお断りしておく。ベストセラーに日本軍による残虐な行為が多く取り上げられ、多くのアメリカ人が読んでいるという事実をまずは知っていただきたい。日本軍の蛮行に関する記述の詳細な吟味や事実誤認がある場合の筆者オライリーへの抗議などは、歴史家や外務省の専門家の方々にお任せしたい。

 日本軍によるフィリピン進攻作戦で、アメリカ軍とフィリピン軍の捕虜を捕虜収容所に移送する際に多数の死者を出した、いわゆる「バターン死の行進」について次のように記している。 

 Bataan Death March, seventy-six thousand captured American and Filipino soldiers were stripped of their valuables and force-marched sixty-five miles to a prison camp. Their hands were bound the entire way; those unable to keep pace in the brutal heat and humidity were shot, bayoneted, or beheaded by their captors. Japanese trucks rolled right over those who collapsed. In all, more than seven thousand men perished.

 「バターン死の行進では、捕虜となった7万6000人のアメリカ兵とフィリピン兵が貴重品を奪われ、65マイル離れた捕虜収容所まで徒歩での強行軍を強いられた。捕虜たちの両手は縛られっぱなしだった。猛暑と極度の湿度のなか、ついていけなくなった者たちは、日本兵に銃で撃たれたり銃剣で刺されたり、あるいは首を切られた。日本軍のトラックは倒れた者たちの上を進んでいった。総計7千人以上が亡くなった」


 南京事件については次のように書いている。

In all, the Japanese systematically defiled and murdered half of Nanking's six hundered thousand citizens. Their behavior was hardly a secret. The people of Japan thrilled to news that the Chinese were being savagely tyrannized; in Tokyo, the Japan Advertiser ran a daily tally of the dead in a decapitation contest between two prominent Japanese soldiers.

 「日本軍は組織的に冒とく行為を行い、南京の60万人の市民の半分を殺害した。日本兵たちの行為は秘密ではなかった。中国の人々が残忍に虐げられるニュースに日本の人々は興奮していた。東京ではジャパン・アドバタイザー紙が日々、著名な2人の日本兵が首切り競争で何人殺したかを報じていた」


■「東京大空襲は史上もっとも恐ろしい爆撃だ」

 このほか、フィリピン・マニラで日本軍が多くの婦女子をレイプした事例について、被害者たちの証言を当時の調査報告書から引用するなどして詳述している。悪名高い731部隊についても書いている。こんなひどいことをしたのかと、読んでいて気分が悪くなる内容だ。従軍慰安婦についても本書は次のように記す。

 Soon the rest of the world will discover that the Japanese leadership not only brutalizes captured soldiers but has also sanctioned the use of women in conquered territories as prostitutes for the gratification of Japanese troops. These innocent civilians are forced into sexual slavery and have become known as comfort women. Some two hundred thousand of these victims have been abducted or sold to brothels favored by Japanese troops. The penalty for becoming pregnant is often death or disembowelment, for fear of diluting the purity of the Japanese race with the blood of a mixed-race child. (中略)Women from Taiwan, the Philippines, Korea, Indonesia, Bruma, and Holland have been taken captive and repeatedly raped by Japanese soldiers.

 「世界はやがて次の事実を発見する。日本の軍部が捕虜を虐待するだけでなく、日本兵を喜ばせるために占領地の女性たちを売春婦としてつかうことを許可していた。罪のない民間人が無理やり性の奴隷にされ慰安婦と呼ばれていた。こうした約20万人の犠牲者たちは誘拐されたり売られたりして、日本兵がつかう売春宿で働かされた。妊娠した場合の罰はしばし死であり腹裂きだった。日本民族の純潔が混血児によって汚されるのを恐れたためだ。(中略)台湾やフィリピン、韓国、インドネシア、ビルマ(現ミャンマー)、オランダの女性たちがとらわれ、日本兵に繰り返しレイプされた」


 本書は一方で、日本を非難するだけで終わらせず、アメリカ軍が1945年3月の東京大空襲で引き起こした惨事も忘れない。

 This firebombing of Tokyo, known as Operation Meetinghouse, is the most horrific bombing in history, far deadlier than the recent Dresden attacks---or any other bombing of the Second World War.

 「東京大空襲(ミーティングハウス作戦として知られる)は史上もっとも恐ろしい爆撃だ。当時のドレスデン空爆や第二次世界大戦におけるいかなる爆撃よりもひどいものだった」

■トルーマンを支持した父ブッシュ

 本書はアメリカの大統領やマッカーサー将軍、マンハッタン計画のもと原爆開発を急ぐ科学者たち、日本の昭和天皇の動きも織り交ぜながら、アメリカが原爆を日本に投下するに至る経緯を追っていく。筆者のビル・オライリーは第二次世界大戦末期に米海軍の少尉だった自分の父親も登場させる。アメリカが原爆を投下せず、日本本土への上陸作戦を決行していたら自分の父親は戦死していた可能性が高く、原爆のおかげで今の自分の生があると述べる。

 筆者のオライリーはさらに、歴代の大統領たちに、原爆投下を決めたトルーマン大統領の決断をどう評価するか問い合わせている。ジミー・カーターや父ブッシュ、息子ブッシュからそれぞれ書簡で回答を得たといい、その手紙のコピーを巻末に掲載している。ちなみに、ビル・クリントンとオバマ大統領は回答を断ったという。

 最後に、父ブッシュの手紙から引用して本稿を締めくくりたい。これがアメリカの一定の世代に共通する考え方なのかもしれない。

 I think Harry Truman did the right thing. Thousands of Americans would have died invading Japan. Maybe even me. (中略)So would I have done the same thing? I think so. At that time, it was the right decision. tough but right.

 「わたしはハリー・トルーマンは正しいことをしたと思う。日本への上陸作戦を実行していたら何千人ものアメリカ人が死んだだろう。おそらく、わたしもだ。(中略)わたしなら同じことをしだろうか? わたしはそう思う。あの時には、そうすることが正しい決断だった。大変な決断だが、正しい決断だ」



>太平洋戦争で日本軍がアジアで行った非人道的な行為などを盛り込んだ歴史ノンフィクションが今、アメリカで大ベストセラーとなっている。その主張は明快だ。多大な犠牲を生んでいた戦争を終わらせるには、広島・長崎に原爆を投下したことはやむを得なかった。原爆投下を決めたアメリカのトルーマン大統領の決断は正しかった――というものだ。


今でもこんな馬鹿馬鹿しい本が大ベストセラーになっているようではアメリカもつくづく愚民国家なのだと思う。

日本は原爆を投下されるよりもかなり早くから戦争を終わらせたい意思をアメリカに伝えていた。

それでも、アメリカは、戦争を終わらせたい日本の意思を無視し、原爆投下を強行したのだ。(詳細は後述)






> しかも、原爆投下を正当化するため、日本がいかにひどいことをしたかを克明に書く。一般のアメリカ人が読むと反日感情を抱くだろう。日本は原爆の被害者である前に、アジアの人々に多大な犠牲をもたらし、アメリカ兵を殺した加害者だというとらえ方だ。


東京裁判で上記の論法を既成事実化するため、GHQによって南京大虐殺などがでっち上げられた。





>これから、本書の記述をいくつか引用するが、本コラムを執筆するわたし自身、歴史的な事実として内容が正しいのかどうか判断する能力を持たないことはお断りしておく。


当ブログは、平成18年(2006年)のブログ開設当初からタイトルで「正しい歴史認識」と強調しているのだから、歴史的な事実として内容が正しいのかどうかをシッカリと検証していく!

と言うか、どれもこれも簡単に論破できる。






>「バターン死の行進では、捕虜となった7万6000人のアメリカ兵とフィリピン兵が貴重品を奪われ、65マイル離れた捕虜収容所まで徒歩での強行軍を強いられた。捕虜たちの両手は縛られっぱなしだった。猛暑と極度の湿度のなか、ついていけなくなった者たちは、日本兵に銃で撃たれたり銃剣で刺されたり、あるいは首を切られた。日本軍のトラックは倒れた者たちの上を進んでいった。総計7千人以上が亡くなった」


米国の大ベストセラーは、嘘っぱちの出鱈目だらけ!

まず、米国の大ベストセラーには「捕虜たちの両手は縛られっぱなしだった。」と書かかれているが、写真を見れば一目瞭然でそのような事実はない!

「バターン死の行進」。「捕虜たちの両手は縛られっぱなしだった。」というのは虚偽記載だ!しかも、捕虜たちは水筒を保有するほど厚遇されている。米国の大ベストセラーには「捕虜たちの両手は縛られっぱなしだった

いわゆる「バターン死の行進」において「捕虜たちの両手は縛られっぱなしだった。」というのは虚偽記載だ!

しかも、捕虜たちは水筒を保有するほど厚遇されている。


いわゆる「バターン死の行進」で、捕虜が手を縛られたのは、小休止の時だけだった。
「バターン死の行進」で、捕虜が手を縛られたのは、小休止の時だけだった。 行進中の小休止 米国の大ベストセラーには「捕虜たちの両手は縛られっぱなしだった。」と書かかれているが、手を縛られたのは小休止の時


次に、いわゆる「バターン死の行進」において65マイル(約100km)を歩いたのは、米軍捕虜だけではない。

アメリカ軍捕虜は水筒だけを持って歩いたが、日本軍兵士は60kg以上の重い荷物を持って歩いたのだから日本兵の方が遥かに過酷だった。

日本兵と米軍捕虜が一緒に約100kmも歩いて日本兵が死なずに捕虜だけ死んだ理由は、捕虜がもともとマラリアなどに罹っていたことが最大の要因だった。

さらに、米国の大ベストセラーは「ついていけなくなった者たちは、日本兵に銃で撃たれたり銃剣で刺されたり、あるいは首を切られた。日本軍のトラックは倒れた者たちの上を進んでいった。」と書いているが、この辺の記述は完全なでっち上げの嘘っぱちだ。

 降伏時バタアン半島の米比軍と流民の状況は、士気は全く衰え、食料の不足とマラリアの流行とのため極度に衰弱していたが、コレヒドール攻略戦を目前に控えた軍としては、その準備や防諜上の観点、および米比軍の砲爆撃によって傷つけないためにも、これらの捕虜や住民を原位置に留めておくことはできなかった。
 しかも米比軍の降伏が以外に早かったため、これら捕虜に対する食料、収容施設、輸送などに関し準備を行なう余裕もなかった。当時、軍自体が食料および輸送力の不足に苦慮している状態であった。したがってこれら捕虜もいきおい比較的食糧などを補給しやすい地域に、徒歩で移動させなければならない事情にあった。

(中略)

「死の行進」に関し和知参謀長は、要旨次のように述べている。

 元来バタアン半島はマラリヤのはびこる地帯である。それだけに敵味方ともマラリヤにかかり、その他にデング熱や赤痢に倒れる者もあって全く疲れていた。
 バタアンの比島軍の捕虜は五万であったが、その他一般市民で軍とともにバタアンへ逃げ込んだのが約二~三万は数えられ、合計八万に近い捕虜があった。一月から四月まで、かれこれ三ヶ月半も、バタアンの山中にひそんでいたためほとんどがマラリアその他の患者になっていた。その彼らを後方にさげねばならなかった。なぜなら軍にはまだコレヒドール攻略が残っていたからである。
 捕虜は第一線から徒歩でサンフェルナンドへ送られた。護送する日本兵も一緒に歩いた。水筒一つの捕虜に比し背嚢を背負い銃をかついで歩いた。全行程約六十数キロあまり、それを四~五日がかりで歩いたのだから牛の歩くに似た行軍であった。疲れきっていたからである。南国とはいえ夜になると肌寒くなるので、日本兵が焚火をし、炊き出しをして彼らに食事を与え、それから自分らも食べた。通りかかった報道班員が見かねて食料を与えたこともある。できればトラックで輸送すべきであったろう。しかし貧弱な装備の日本軍にそれだけのトラックのあるはずもなかった。次期作戦、すなわちコレヒドール島攻略準備にもトラックは事欠く状態だったのである。
(中略)
 むろん道中でバタバタと彼らは倒れた。それはしかしマラリア患者が大部分だった。さらにもう一つ付け加えれば、彼らはトラックで移動することを常とし、徒歩行軍に馴れていなかったことである。

防衛庁防衛研修所戦史室「戦史叢書 比島攻略作戦」(朝雲新聞社)P432



また、日本軍はいわゆる「バターン死の行進」で犠牲になった米軍捕虜を丁寧に埋葬した。
いわゆる「バターン死の行進」で犠牲になった米軍捕虜を丁寧に埋葬した日本軍
日本軍は、いわゆる「バターン死の行進」で犠牲になった米軍捕虜を丁寧に埋葬した。


一方、米軍兵は日本兵を惨殺した上に、日本軍戦死者の遺体の切断するなど、その死体の扱いも非人道的だった。
吊るされる日本兵の首。(1945年ビルマ、アメリカ軍撮影とされてる)
吊るされる日本兵の首。(1945年ビルマ、アメリカ軍撮影とされてる)

日本人の頭部で遊んでいるマクファーソン中尉。アメリカ海軍魚雷艇341の甲板にて。(1944年4月30日ニューギニア)
日本人の頭部で遊んでいるマクファーソン中尉。アメリカ海軍魚雷艇341の甲板にて。(1944年4月30日ニューギニア)





>南京事件については次のように書いている。
> 「日本軍は組織的に冒とく行為を行い、南京の60万人の市民の半分を殺害した。日本兵たちの行為は秘密ではなかった。中国の人々が残忍に虐げられるニュースに日本の人々は興奮していた。東京ではジャパン・アドバタイザー紙が日々、著名な2人の日本兵が首切り競争で何人殺したかを報じていた」



まず、米国の大ベストセラーには「南京の60万人の市民の半分を殺害した。」と書かれているが、南京戦が始まる頃の南京の人口は約20万人かそれ以下だった!

▽1937年11月~12月の南京の人口推移▽

1937年前半「100万人超」
(支那事変勃発前)

1937/11/23日「50万」
「調査によれば本市(南京城区)の現在の人口は約50余万である。将来は、およそ20万と予想される難民のための食料送付が必要である」
南京市政府書簡(南京事件P220 笠原十九司)

11/27「30~40万」
在留外国人に対して「避難勧告」が出された。
「市民の脱出は続いているが、市長の話では30万から40万の市民がまだ南京に残っているとのこと」
米大使館報告 (アメリカ資料編P90)

12月1日、南京市長が全市民に安全地区に移るように命令

12/6「約20万」
なぜ。金持ちを、約80万という恵まれた市民を逃がしたんだ?
(ラーベの日記P96)

12月8日、支那軍司令長官唐生智が非戦闘員は全て安全地区に移るように命令

12月10日「約20万」
なにしろ、この街の運命と20万人の命がかかっているのだ。安全区の道路は、避難する人たちでごったがえしている。(略)残念ながら軍人がまだ大勢、安全区に留まっている。
(ラーベの日記P107)

12月13日「約20万」
言いかえれば、13日に貴軍が入城したときに我々は安全区内に一般市民のほとんど全体を集めていましたが、同区内には流れ弾による極めてわずかの破壊しかなく、中国兵が全面的退却を行った際にもなんら略奪は見られませんでした。(略)もし市内の日本兵の間でただちに秩序が回復されないならば、20万の中国市民の多数に餓死者が出ることは避けられないでしょう。
(安全委員会公文書T-6)


▽陥落直前の南京の人口に関する資料▽
――――――――――
安全委員会公文書【20万人の市民】
スティール【10万人の市民】
アベンド【10万人以上】
ダーディン【10万を越す非戦闘員たち+民間人は5万以上】
ラーベ【20万人】
リリー・アベック【15万人】
米ライフ紙【15万人の南京市民】
張群思少佐【非戦闘員10万】
劉啓雄少将【20万】
松井大将【12万余】
――――――――――


以上の資料を総合してみると、12月13日、南京陥落時点の南京の人口は、【10万人から最高20万人】の間とみて間違いない!

なお、南京陥落から1か月後の生存人口が約25万人(安全委員会公文書)だから人口は増えた。

そして、その約20万人の市民は、全員が安全区(難民区)に避難しており、日本軍による虐殺は全く確認されていない。(詳細記事



次に、米国の大ベストセラーには「日本兵たちの行為は秘密ではなかった。中国の人々が残忍に虐げられるニュースに日本の人々は興奮していた。東京ではジャパン・アドバタイザー紙が日々、著名な2人の日本兵が首切り競争で何人殺したかを報じていた」と書かれているが、これは「百人斬り」のことを酷く歪曲して記述している。

昭和12年に東京日日新聞(毎日新聞)が報道した「百人斬り」というのは、「敵兵を斬った」という内容だったので、実際に有ろうが無かろうが全く問題のない内容だった。

「百人斬り」というのは、昭和12年(1937年)の東京日日新聞(毎日新聞)の最初の記事においては、「野田少尉は無錫を距る八キロの無名部落で敵トーチカに突進し四名の敵を斬つて先陣の名乗りをあげこれを聞いた向井少尉は奮然起つてその夜横林鎮の敵陣に部下とともに躍り込み五十五名を斬り伏せた」と記述されていたように、「敵兵を斬った」という内容の武勇談(宣伝報道)だった。

昭和12年(1937年)11月30日朝刊

百人斬り競争!両少尉、早くも八十人

[常州にて廿九日浅海、光本、安田特派員発]
常熟、無錫間の四十キロを六日間で踏破した○○部隊の快速はこれと同一の距離の無錫、常州間をたつた三日間で突破した、まさに神速、快進撃、その第一線に立つ片桐部隊に「百人斬り競争」を企てた二名の青年将校がある。
無錫出発後早くも一人は五十六人斬り、一人は廿五人斬りを果たしたといふ、一人は富山部隊向井敏明少尉(二六)=山口県玖珂郡神代村出身=一人は同じ部隊野田毅少尉(二五)=鹿児島県肝属郡田代村出身=銃剣道三段の向井少尉が腰の一刀「関の孫六」を撫でれば野田少尉は無銘ながら先祖伝来の宝刀を語る。

無錫進発後向井少尉は鉄道路線廿六、七キロの線を大移動しつつ前進、野田少尉は鉄道線路に沿うて前進することになり一旦二人は別れ、出発の翌朝野田少尉は無錫を距る八キロの無名部落で敵トーチカに突進し四名の敵を斬つて先陣の名乗りをあげこれを聞いた向井少尉は奮然起つてその夜横林鎮の敵陣に部下とともに躍り込み五十五名を斬り伏せた。
その後野田少尉は横林鎮で九名、威関鎮で六名、廿九日常州駅で六名、合計廿五名を斬り、向井少尉はその後常州駅付近で四名斬り、記者等が駅に行つた時この二人が駅頭で会見してゐる光景にぶつかつた。

向井少尉
この分だと南京どころか丹陽で俺の方が百人くらゐ斬ることになるだらう、野田の敗けだ、俺の刀は五十六人斬つて歯こぼれがたつた一つしかないぞ

野田少尉
僕等は二人共逃げるのは斬らないことにしてゐます、僕は○官をやつてゐるので成績があがらないが丹陽までには大記録にしてみせるぞ



>野田少尉は無錫を距る八キロの無名部落で敵トーチカに突進し四名の敵を斬つて先陣の名乗りをあげこれを聞いた向井少尉は奮然起つてその夜横林鎮の敵陣に部下とともに躍り込み五十五名を斬り伏せた。


記事内容が事実か作り話かの問題は置いておき、この東京日日新聞(毎日新聞)の記事は敵陣地に突撃して敵兵を斬ったという「武勇伝」が報道されていた。

そして、この話は実際には宣伝のための作り話だった。

百歩譲って、仮に宣伝のための「作り話」ではなく事実報道だったとしても、敵陣で敵兵を斬ったことを犯罪にしたのだから、実におかしなことだった。

したがって、支那は戦後の「南京軍事法廷」で敵兵(支那兵)を斬った日本軍将校を死刑にしたのだから滅茶苦茶であり、悪いのは支那だった。

話がややこしくなったのは、戦後20年以上経ち、朝日新聞の本多勝一が話を捏造したからだった。

朝日新聞記者だった本多勝一は、日本兵が敵陣地に突撃して敵兵を斬ったという「百人斬り」について「これではツマラナイ」、「このままではマズイ」と思ったのだろう。

本多勝一は勝手に、「降伏を呼びかけられて塹壕から出てきた無抵抗の蒋介石軍兵士らを並ばせておいて、かたはしから斬った」などと出鱈目を書き加えた!

つまり、敵陣で敵兵を斬ったという東京日日新聞(毎日新聞)の当時の「武勇談」(作り話)は、20年以上経っていつのまにか朝日新聞の本多勝一によって無抵抗の捕虜の「据えもの斬り」競争に摩り替えられたのだった!

しかも、東京日日新聞の後身である毎日新聞社は、平成元年(1989年)に自社発行した『昭和史全記録』という本のなかで「百人斬りは事実無根だった」(P178)と記述している。






>従軍慰安婦についても本書は次のように記す。
>「世界はやがて次の事実を発見する。日本の軍部が捕虜を虐待するだけでなく、日本兵を喜ばせるために占領地の女性たちを売春婦としてつかうことを許可していた。罪のない民間人が無理やり性の奴隷にされ慰安婦と呼ばれていた。こうした約20万人の犠牲者たちは誘拐されたり売られたりして、日本兵がつかう売春宿で働かされた。妊娠した場合の罰はしばし死であり腹裂きだった。日本民族の純潔が混血児によって汚されるのを恐れたためだ。(中略)台湾やフィリピン、韓国、インドネシア、ビルマ(現ミャンマー)、オランダの女性たちがとらわれ、日本兵に繰り返しレイプされた」



慰安婦に関する上記の記述についても、完全なでっち上げの嘘っぱちだ。

日本が慰安婦を強制した事実は全くない。

慰安婦強制の事実が全くないことは日韓の研究で決着済みだが、米国の公文書からも確認できるはずだ。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog106.html
■1.米軍がレポートする慰安婦の実態■

…彼女たちの暮らしぶりは、贅沢であった。

慰安婦は接客を断る権利を認められ、負債の弁済を終えた何人かの慰安婦は朝鮮に帰ることを許された。

また、ビルマのラングーンで慰安婦をしていた文玉珠さんの手記では、その生活ぶりを次のように語っており、米軍のレポートを裏付けている。

支那マーケットにいって買物した。ワ二皮のハンドバッグと靴を買い母のためにもなにか買った。将校さんに連れられてジープに乗って、ぺグーの涅槃像をみに行った。

ちなみに文玉珠さんは、平成4年に日本の郵便局を訪れ、当時貯めた2万 6145円の貯金返還の訴訟を起こして敗れている。千円もあれば故郷に家が一軒買えると体験記で述べているが、現在の貨幣価値なら、4~5千万円程度の金額を、3年足らずで貯めたことになる。
彼女たちは実に明るく楽しそうだった



また、上記の米国陸軍が1944年、ビルマ(現ミャンマー)で朝鮮人慰安婦20人を尋問した調書(ナンバー49)の他にも、米国陸軍の別の書類が出てきている。

テキサス親父(トニー・マラーノ氏)が、米国陸軍の別の書類についてレポートしている!

【痛快!テキサス親父】慰安婦問題の決定的資料を見つけたぜ 米陸軍の公文書に興味深い記述

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20160325/dms1603251140005-n1.htm
【痛快!テキサス親父】慰安婦問題の決定的資料を見つけたぜ 米陸軍の公文書に興味深い記述
2016.03.25

【痛快!テキサス親父】慰安婦問題の決定的資料を見つけたぜ 米陸軍の公文書に興味深い記述

(一部抜粋)

慰安婦問題について記した米国の公文書といえば、米国陸軍が1944年、ビルマ(現ミャンマー)で朝鮮人慰安婦20人を尋問した調書(ナンバー49)が有名だが、米国陸軍の別の書類が出てきたんだ。

 そこには、ナンバー49と同様、「慰安婦は高給取りで、雇用されていて、慰安所(売春宿)は一般の契約業者によって運営されている」と書かれていた。さらに、「(日本兵が)避妊具を使用しない場合、重罪に処せられる」ともあった。

 慰安所の利用料金も記されており、日本人慰安婦と朝鮮人慰安婦では料金が違うという。以前、歴史学者の秦郁彦氏が、慰安婦は「約半数が日本人で、2割程度が朝鮮人」と書いていたが、相当数の日本人慰安婦がいたことが分かったぜ。

 慰安所の規則には「慰安婦がふさわしくない行動をとった場合は解雇される」とあった。慰安婦が雇用されていた証拠だ。「性奴隷」ならば解雇はされないからな。


 そのほか、「毎週木曜日に慰安婦全員が、月に2回、慰安所の経営者と家族も、医者の検診を受けなければならない」とも記されていた。経営者は一般人で、家族とともに経営していたわけだ。

 外務省の杉山晋輔審議官は今年2月、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で開かれた女子差別撤廃委員会で、日本政府代表として「政府発見の資料には軍や官憲による強制連行を確認するものはなかった」「性奴隷は事実に反する」と明言し、吉田清治氏や朝日新聞の責任に触れた。

 今回見つけた米国陸軍の書類には、杉山氏の発言を裏付ける、さまざまな興味深い内容が書かれていた。どうして、これがもっと広く知られていないのか不思議だぜ。


【痛快!テキサス親父】慰安婦問題の決定的資料を見つけたぜ 米陸軍の公文書に興味深い記述


その他、日本には、慰安婦について、強制連行どころか、逆に日本の官憲が悪徳朝鮮人女衒などを取り締まっていた資料などが山のように存在している。

むしろ、戦争当時、日本の官憲は、朝鮮人の女衒に誘拐された朝鮮人女性を救出したりしていた。
日本の官憲は悪徳女衒(鮮人)に誘拐された朝鮮の女性を救出していた

日本の官憲は悪徳女衒(鮮人)に誘拐された朝鮮の女性を救出していた
日本の官憲は悪徳女衒(朝鮮人業者)に誘拐された朝鮮の女性を救出していた!





>アメリカが原爆を投下せず、日本本土への上陸作戦を決行していたら自分の父親は戦死していた可能性が高く、原爆のおかげで今の自分の生があると述べる。
>…
> 最後に、父ブッシュの手紙から引用して本稿を締めくくりたい。これがアメリカの一定の世代に共通する考え方なのかもしれない。
> 「わたしはハリー・トルーマンは正しいことをしたと思う。日本への上陸作戦を実行していたら何千人ものアメリカ人が死んだだろう。おそらく、わたしもだ。(中略)わたしなら同じことをしだろうか? わたしはそう思う。あの時には、そうすることが正しい決断だった。大変な決断だが、正しい決断だ」



最初に述べたとおり、日本は原爆を投下されるよりもかなり早くから戦争を終わらせたい意思をアメリカに伝えていた。

それでも、アメリカは、戦争を終わらせたい日本の意思を無視し、日本への原爆投下を強行したのだ。

日本政府は少なくとも1945年5月に降伏の打診をしているが、この打診は米政府によって公式に無視、あるいは拒否された。
事実、1944年の早い段階から、日本政府の内部では完全敗北とみなしうる条件の受け入れが真剣に検討されていたのだ。

 米戦略爆撃調査は1946年7月、トルーマン大統領に「日本の戦争終結努力」と題する報告を提出した。
日本指導部との面接調査を基にしたこの報告は、単なる流言とされていた降伏の打診が、かなり早い時点からしばしば行われていたことを確認している。

 同報告によれば、1944年2月には日本指導部の多くが、この戦争には勝てないと判断し、妥協による和平努力を主張している。
しかも、この「妥協による和平」は日本の戦前の地位を引き上げようというものではなかった。
寧ろ、高木惣吉海軍少将は、日本は朝鮮と台湾の放棄を前提にして交渉すべきであると主張していたのだ。

 1944年7月には、和平派は東条内閣を倒すところまで力を強めていた。
そして後継内閣は最高戦争指導会議を設置した。その主な仕事は戦争からの離脱だった。

 1945年2月には早くも、和平打診に関する情報がアメリカの新聞で報道されている。
当時、この提案は公式に無視、ないしは否定されたが、ようやく、その事実を裏付ける証拠が出てきた。
3月には日本政府が和平交渉の可能性を模索していたことは事実だ。


中略

 米戦略爆撃調査の報告によると、日本政府は直ちに通告内容の検討に入った。政策決定グループ「6首脳」(訳注=最高戦争指導会議。首相、外相、陸相、海相、陸軍参謀総長、海軍軍令部長で構成)の中で降伏に反対するものは一人もいなかった。
指導部の中で3人(陸軍参謀総長、海軍軍令部長、陸軍大臣)だけが、内容が「あまりにも不名誉」であるという理由から、交渉抜きの受諾に難色を示した。
彼らは、連合国側が領土条件を緩めてくれることを期待したからではなく、天皇の地位が不明確のまま残されていること、また占領を回避し、武装解除と戦争犯罪裁判を日本政府の責任で行うことを求めていたのである。

 ポツダム宣言は、日本国民を決起させ降伏を早めるための解放戦略として受け止められていた。
対日プロパガンダ、特にキャプテン・ザカリアスが制作、放送していたラジオ番組と同じようなものだ。
しかし、日本での効果は全く逆だった。
降伏を決定すべき政策立案者の立場からすれば、宣言は和平勢力より、寧ろ「徹底抗戦」派の力を強める効果しかもたなかった。


ポツダム宣言の内容は、よくいえば「厳しく、贖罪的」、悪くいえば、経済条項は極めて漠然としていたし、特定されない戦争犯罪人の追及があまりに広範で曖昧だったから、それが指導部と全国民に対してもつ意味を理解できるものには、ただちには受け入れ難いものだったのも当然である。
しかし、その過酷な条件にも拘らず、6首脳のうち3人は即時受諾に賛成していたのだ。

 しかし、私たちは和平支持派に反対勢力を説得する時間的余裕を与えなかった。
私たちはたった11日間待っただけで、いきなり1発の原子爆弾を、そしてさらにもう1発を、戦艦の上でもない、軍隊の上でもない、軍事施設の上でもない、頑迷な指導部の上でもない、2つの都市の約20万の市民の上に投下した。


 スチムソンは原子爆弾の投下を正当化して、「日本の独裁体制に確実なショック」を与え「我々が望んでいたように、和平支持勢力を強化し、軍部の力を弱める」ためには「優れて適切な武器」だったと説明する。

しかし、米戦略爆撃調査の公式報告は、そのような「ショック」は必要なかったというのだ。

 同報告は、原子爆弾が投下されなくても、あるいはソ連が参戦しなくても、また上陸作戦が計画ないし検討されなくても、日本は「あらゆる可能性を考えに入れても1945年11月1日までに」無条件降伏をしていただろうという意見である。

(P143~~148)
『アメリカの鏡・日本』ヘレン・ミアーズ著



つまり、アメリカは、最初から何が何でも原爆を投下するために、日本に和平を決断させないような工作をしていた。

代表例として、米国は、日本にポツダム宣言を受諾させないために意図的に降伏条件を不明確にした。

古今東西、降伏条件が不明確なまま降伏をする無責任な国家指導者など居るわけがないし、絶対に居てはならない

米国は、条件をきちんと示せば日本がすぐに降伏することを知っていたが、原爆を投下するまでは何が何でも日本に降伏させたくなかったため、ポツダム宣言の条件をわざと不明確にした。

●関連記事
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-1999.html
(一部抜粋)

【正論】評論家・鳥居民
2005/08/05, 産経新聞 

(一部抜粋)

だが、鈴木貫太郎内閣がポツダム宣言を「黙殺」したがために、原爆が投下されたのだと語る歴史研究者は今もなお存在する。

 一九四五年の五月末から六月、七月に戻ってみよう。

 陸軍長官スティムソンと国務次官グルーは、日本に降伏を勧告するときだと大統領トルーマンに何回も説き、日本側が受け入れることができるように、天皇の地位保全を約束すべきだと主張した。それでも日本が降伏を拒否するのであれば、そのときこそ原爆の投下を警告すべきだと説いたのである。

 海軍長官フォレスタル、陸軍参謀総長マーシャル、海軍軍令部総長キングもまた、警告なしに日本の都市に原爆を投下することには反対の立場であった。

 ≪日本を翻弄した降伏勧告≫

 ところが、トルーマンと彼のただ一人の協力者である国務長官バーンズは、日本に降伏を勧告するスティムソンの草案から天皇の地位保全を認める条項を削ってしまう。

 また、スティムソンの草案では共同提案国にソ連の名前が入っていたが、トルーマンとバーンズは、日本がソ連に和平の仲介を依頼していることを日本外務省とモスクワの日本大使館との間の往復電報から知り、ソ連の名前を削り、重慶の国民党政府に差し替えたのである。日本にソ連への期待を持ち続けさせ、降伏勧告を無視させようとしてのことだった。

 さらに、その降伏勧告をホワイトハウス、国務省からではなく、宣伝機関の戦時情報局から発表させた。日本側をして宣伝文書と思わせるようにしたのである。

 さて、トルーマンとバーンズは、広島と長崎での"原爆実験"に成功した後、直ちにスティムソンとグルーの計画に立ち戻り、天皇の地位保全を日本側に告げることにした。
バーンズが手の込んだごまかしをしたことから、日本の歴史研究者はそれが事実上のスティムソン草案の復活であることに気づくことなく、その解明をも忘れている。




左:「在日特権と犯罪」坂東忠信著(2016/10/8)
中:「カエルの楽園」百田尚樹著 (2016/2/26)
右:『日本人に「憲法」は要らない』西村幸祐著(2016/8/9)


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