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吉田清治は韓国人!長男が真相激白「訪韓した際、父のパスポートに入国スタンプは押されていません」
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吉田清治の長男(朝鮮人、養子)が真相激白「父は誤った歴史を作り出した」、「訪韓した際、父のパスポートに入国スタンプは押されていません」

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20160823/dms1608231140003-n1.htm
慰安婦“捏造”吉田氏の長男が真相激白「父は誤った歴史を作り出した」
2016.08.23、ZAKZAK
慰安婦“捏造”吉田氏の長男が真相激白「父は誤った歴史を作り出した」

慰安婦問題で、衝撃的なリポートが発表された。朝日新聞は、「慰安婦を強制連行した」という吉田清治氏の虚偽証言を30年以上も放置し、日本と日本人の名誉と尊厳を傷付けたが、ジャーナリストの大高未貴氏が、月刊誌「新潮45」9月号で、吉田氏の長男のインタビューに成功したのだ。「父は大変誤った歴史を作り出した」「世界中の慰安婦像をクレーン車で撤去したい」などと激白する長男と、某国組織の関与が疑われる吉田氏の背景とは。大高氏が、渾身リポートの一部を披露した。

私は十数年前から、日本軍による強制連行説を世界に広めた「吉田清治」という人物に興味を持っていた。吉田証言については、現代史家の秦郁彦氏が、吉田氏が慰安婦狩りの舞台になったと証言した韓国・済州(チェジュ)島で現地調査を行い、1992年に産経新聞でその「虚偽性」を指摘している。吉田氏も96年に週刊新潮の取材に「創作話」であったことを認めている。

安倍晋三首相も、自民党青年局長時代の97年5月27日、衆院決算委員会第二分科会で「そもそも、この『従軍慰安婦』につきましては、吉田清治なる詐欺師に近い人物が~」と指摘し、首相就任後の2007年3月5日、参院予算委員会でも「(吉田)証言はまったく、後にでっち上げだったことが分かったわけでございます」と答弁している。

一連の批判に耐えきれず、朝日新聞は14年になって、ようやく吉田証言を虚偽と判断し、16本の記事を撤回した。

本来ならここで終わる話だ。ところが、奇妙なことに吉田証言は生き続け、世界各国に次々と設置される慰安婦像の説明文に憑依して、国際社会で現在もなお増殖しているのだ。

吉田証言を重要な証拠として採用し、国連人権委員会で日本への非難勧告を行ったクマラスワミ報告も、外務省の申し入れにも関わらず、いまだに撤回されていない。

誤解を恐れずに言えば、吉田証言はプロパガンダとしては大成功だったのではなかろうか。

だが、このプロパガンダを行った「吉田清治」という人物の来歴は、謎に包まれたままだった。生年も出生地も定かではなく、学歴も経歴も不明だ。そして、名前はいくつもある。さほど年齢も違わない朝鮮人を、何故か養子にもしている。一体、「吉田清治」とは何者だったのか?

私は、その謎を解明したい衝動にかられ、吉田氏の長男を訪ねた。長男は関東北部の県で、質素な一人暮らしをしていた。最初の取材で、重たい口から発せられた言葉は、以下のようなものだった。

「父が犯した慰安婦強制連行の捏造について、吉田家の長男として、日本の皆様に本当に申し訳なく思っております。できることなら、クレーン車で世界中の慰安婦像を撤去したい…」
慰安婦“捏造”吉田氏の長男が真相激白「父は誤った歴史を作り出した」

「父の責任は重大ですが、一方で、あれだけの創作話を父1人でできるはずがありません。慰安婦問題を既成事実化したい人々の何らかの関与があったはずです」

それから、私は何度も長男のもとに取材に通った。そして、過去の記憶をたどるうちに、驚愕の事実が続々と明らかになってきた。

「父は済州島なんか行っていません。家で地図を見ながら原稿を書いていました」「謝罪行脚のため訪韓した際、父のパスポートに入国スタンプは押されていませんでした。なぜなら…」

朝日新聞は、吉田氏の戦後の経歴を「サラリーマン」などと報じていたが、吉田氏は人生の大半は定職につかず、その生活費は息子たちが賄っていたという。著作、講演活動を繰り広げながら満足にお金を得ることもなく、生活は常に困窮していた。吉田氏は一体、誰のために、何のために活動してきたというのか?

その謎を解くカギの1つは、吉田家と家族ぐるみで長期にわたって付き合いがあった、神奈川県警の元刑事A氏から教えてもらった。

吉田氏は「朝鮮半島のある組織にお金を借りていた」というのだ。吉田氏の韓国謝罪行脚をテレビで見ていたA氏は「正直なところ、可哀そうだなと思いました。(略)痩せちゃっているし、おびえている姿そのものでしたよ…」と当時の印象を語っている。

誰よりも吉田氏を知る長男の告白は、ジワジワと慰安婦問題の虚構の化けの皮を剥がしてゆくこととなろう。


大高未貴(おおたか・みき)慰安婦“捏造”吉田氏の長男が真相激白「父は誤った歴史を作り出した」
■大高未貴(おおたか・みき) 1969年、東京都生まれ。フェリス女学院大学卒業。ダライ・ラマ14世や、PLOの故アラファト議長などにインタビューする。著書に『ISISイスラム国残虐支配の真実』(双葉社)など。最新号「新潮45」のリポート「『吉田清治』長男、衝撃の告白 『慰安婦像をクレーン車で撤去したい』 慰安婦問題を作った男の肖像」では、吉田氏の長男など、関係者に徹底取材して、吉田氏の知られざる“正体”に迫っている。



新潮45 2016年 09 月号(2016/8/18)



>だが、このプロパガンダを行った「吉田清治」という人物の来歴は、謎に包まれたままだった。生年も出生地も定かではなく、学歴も経歴も不明だ。そして、名前はいくつもある。さほど年齢も違わない朝鮮人を、何故か養子にもしている。一体、「吉田清治」とは何者だったのか?


昭和58年(1983年)に発行された『私の戦争犯罪――朝鮮人強制連行』という悪質な捏造本で「従軍慰安婦強制連行」のデマを広げた吉田清治は、韓国人だった!

以前から言われていたことだが、やはり吉田清治は韓国人だったのだ。






>私は、その謎を解明したい衝動にかられ、吉田氏の長男を訪ねた。長男は関東北部の県で、質素な一人暮らしをしていた。最初の取材で、重たい口から発せられた言葉は、以下のようなものだった。
>「父が犯した慰安婦強制連行の捏造について、吉田家の長男として、日本の皆様に本当に申し訳なく思っております。できることなら、クレーン車で世界中の慰安婦像を撤去したい…」
>「父の責任は重大ですが、一方で、あれだけの創作話を父1人でできるはずがありません。慰安婦問題を既成事実化したい人々の何らかの関与があったはずです」



吉田清治には、わずか4歳下の息子(養子)がいた。

その吉田清治の4歳年下の息子(養子)の実名は、「李貞郁」であり、朝鮮人だった。

吉田清治が朝鮮人を養子にするくらいだから吉田清治自身も朝鮮人(韓国人)だろうということは以前から良く言われていたことだった。

そして、この度、吉田清治が韓国人だったことが明白となった。






>それから、私は何度も長男のもとに取材に通った。そして、過去の記憶をたどるうちに、驚愕の事実が続々と明らかになってきた。
>「父は済州島なんか行っていません。家で地図を見ながら原稿を書いていました」「謝罪行脚のため訪韓した際、父のパスポートに入国スタンプは押されていませんでした。なぜなら…」



吉田清治が韓国を訪問した際のパスポートに入国スタンプが押されていなかったのは、吉田清治が韓国人だったからということになる。

――――――――――
40: あなたの1票は無駄になりました 2016/08/24(水) 22:27:13.58 ID:oA3RsFkL0

韓国で生まれて、
韓国人としての戸籍があった。

それなのに、日本では吉田という戸籍だった。

吉田というパスポートにスタンプがないのは、
別名の韓国人だったから。

別名の韓国人としてのパスポートに
スタンプがあったということか?

韓国人が日本に密航してきて、
吉田に背乗してなりすまし、
結婚をして子供をつくって日本人になりすました。

韓国では、吉田氏は別名別人であることが判明しているから、
吉田パスポートにはスタンプしなかった。

韓国政府の影響のある人物ではあるが、
韓国政府とのつながりがない体裁を装い日本に密入国し、
そういうスパイなのかもしれないな。

なんとも怖い話だ。



44: あなたの1票は無駄になりました 2016/08/24(水) 22:33:31.22 ID:oA3RsFkL0

>>40つづき

そうとすると、日本国内にそういう
成りすましのスパイを手引きする組織があるという事になる。

背乗するには、都合のいい
孤立した日本人を見つけなければならないし、
なりすます日本人の基本情報を知らないといけない。

いきなり密入国して、
そういうことを自分一人でできるわけない。

他国のスパイ組織が国内にあるということだな。
不法行為を生業としている連中が。

かなりおそろしいことだ。

――――――――――





>その謎を解くカギの1つは、吉田家と家族ぐるみで長期にわたって付き合いがあった、神奈川県警の元刑事A氏から教えてもらった。
>吉田氏は「朝鮮半島のある組織にお金を借りていた」というのだ。吉田氏の韓国謝罪行脚をテレビで見ていたA氏は「正直なところ、可哀そうだなと思いました。(略)痩せちゃっているし、おびえている姿そのものでしたよ…」と当時の印象を語っている。



吉田清治は、韓国人だった上、朝鮮半島のある組織から金を借りて脅えていた!

つまり、吉田清治は、朝鮮半島の組織から巨額の借金をし、対日工作員となっていたのだ。

吉田清治については、上述したとおり【名前はいくつもある。さほど年齢も違わない朝鮮人を、何故か養子にもしている。】

この辺の詳細については、2年以上前にブログ「東アジア黙示録」で述べられている。

http://dogma.at.webry.info/201401/article_2.html
東アジア黙示録
吉田清治の息子は朝鮮人…在日成り済まし説を追う
作成日時 : 2014/01/27 19:32

捏造慰安婦を描いた小説家・吉田清治には僅か4歳下の息子がいた。実名は李貞郁。ペテン師が朧げに明かした半生もまた嘘と謎に満ちている。そして闇に生まれた男は、再び闇の中に消え去った…
吉田清治の息子は朝鮮人…在日成り済まし説を追う

詐欺師と呼ぶには影響が余りにも大き過ぎる。小さな反日の火を煽る為に創られた物語は、我が国と南鮮の決定的な断絶を生み出し、米国を巻き込む大火となった。

捏造慰安婦問題の火の粉が舞い上がった平成4年。NHK山口放送局は、吉田清治の“証言”に基づいた番組を企画、数十人を取材したが、ウラが取れなかった。その際、吉田本の出版先は、こうNHK側に説明した。

「あれは小説ですよ」

(中略)

【吉田が元軍人というデマ】

吉田清治はデビュー作で「本籍地は山口県」と記しているが、実際は福岡県芦屋町西浜。そして上京して都内の大学に通ったという。朝日新聞は吉田の学歴を法政大卒と報道したが、明らかな詐称だった。

また秦郁彦氏に対しては法政大中退と説明していたが、同大学には在籍記録が存在しない。この学歴詐称だけでも吉田清治が生粋のペテン師であることが判る。職歴に至ってはなおさらだ。
▼吉田清治こと吉田雄兎(撮影日不明)
▼吉田清治こと吉田雄兎(撮影日不明)

昭和14年から約1年間、吉田は日系キャリアの中華航空上海支店で営業所主任を務めていたと自己紹介する。だが、元中華航空の関係者で吉田を記憶している者は皆無だった。主任を誰も覚えていないのである。

秦氏が精緻に経歴を追って事実確認が出来たのは、戦中に吉田清治が労務報国会という半官半民の組織で働いていたことだけだった。これが「慰安婦狩りの実行部隊」として小説に登場する組織だ。
▼衝撃シーンを加味した小説第二作
▼衝撃シーンを加味した小説第二作

吉田清治について「元日本軍人」と解説されるケースが多く見られた。ウィキペディアでも誤った説明が訂正されず、残っている。吉田雄兎が所属していた労務報国会は、軍とは一切関係のない団体である。

労務報国会は、日雇い労働者の適正配置を促進する目的で昭和17年に設立された。荒っぽい沖仲士などの労務者と供給・斡旋する業者らの特殊な組織。そこで吉田は下関支部の動員部長だった自称する。
▼動員部長の役職は真偽不明(TBS)
▼動員部長の役職は真偽不明(TBS)

秦氏の調査で、当時の吉田を知る人物が複数確認された。組織にいたことは事実だ。同時に、吉田の自称ノンフィクションに最初の疑問が呈されたのも、この組織だった。

「慰安婦狩の命令は西部軍→山口県知事→下関警察署長→吉田のラインで来たとしているが、関係者はこのような命令系統はありえないと否定する」(『昭和史の謎を追う・下』文春文庫498頁)

西部軍とは中国・四国・九州を管轄する帝国陸軍の大組織だ。その司令官からの命令書を吉田が受け取ったというのだ。プロット段階で話が荒唐無稽すぎた…焦点の慰安婦狩りシーンは全て創作である。

史実どころか自分史をも嘘で塗り固めた吉田清治。その人生で最も不可解なかたちで登場するのが、吉田の息子だ。

【突然現れた4歳下の“息子”】

金永達(キム・ヨンダル)という息子が吉田清治のデビュー作『朝鮮人慰安婦と日本人』で紹介されている。もちろん日本人ではなく、朝鮮人。そして、この名前もまた仮名だ。

実名は、李貞郁(リ・ジョンウク)。秦氏への説明によると、吉田は昭和12年4月に、この李貞郁を養子に迎え入れたという。不自然で唐突すぎる縁組みだ。
▼秦氏が作成した正誤表(前掲書より)
▼秦氏が作成した正誤表(前掲書より)

この時、大正2年生まれの吉田雄兎は24歳。設定では大学卒業直後の独身者だ。一方の李貞郁は、大正6年生まれの20歳だった。4歳年下の朝鮮人をいきなり養子として入籍させたとうのである。

吉田の小説では、息子は同じ昭和12年に満州に渡って日本人教師と結婚。そして陸軍に入隊し日支事変で戦死する。実際とは大きく異なるフィクション上の無駄な盛り上げエピソードだ。


「養子にした李貞郁は、戦後は日本人として生活していたので、差別を避けるため金永達の仮名を用い、戦死していたことにしておいた」(『慰安婦と戦場の性』244頁)
▼南鮮で涙の謝罪演じる吉田(92年)
南鮮で涙の謝罪演じる吉田(92年)

嘘が暴かれてから4年後の平成8年、吉田は秦氏にそう明かした。悲劇的な息子の戦死シーンは完全な創作だった。それでも吉田清治は、著作がフィクションであることを認めようとしなかった。

吉田本は一事が万事、こんな調子である。秦氏の質問に対し、吉田の息子・李貞郁は昭和17年に妻帯し、58年に死亡したと答えている。また生前の職業は、労働組合の幹部だったという。

奇妙なストーリーだ。朝鮮人を養子に迎えるには、相応の背景なり理由があるはずだが、吉田は何も語っていない。24歳の独身男が朝鮮青年を養子にするという異常事態に親兄弟ら縁者は反対しなかったのか?

養子縁組までの事情を深く探れば、吉田清治の正体が見えてくるかも知れない。

【1人目の吉田雄兎は死んでいた】

吉田清治とは何者なのか…プロフィールを調査していた秦郁彦氏は、学歴を辿る過程で、衝撃的な事実に出くわす。吉田雄兎は、戦前に死亡していたのだ。

昭和初頭、吉田雄兎は地元福岡の門司市立商業高等学校に入学した。同校は大正7年創立の伝統校で、現在は福岡県立門司大翔館高校へ名称を変更している。

その門司市立商高の昭和6年度卒業生名簿には、吉田雄兎「死亡」と記されていたのだ。何らかのミスがあったようには思えない。不明ではなく、ハッキリと死亡だ。
▼秦氏が作成した正誤表(前掲書より)
▼秦氏が作成した正誤表(前掲書より)

我が国の戸籍制度は戦前から厳格で、軽々に市民を死亡扱いとすることはない。公的な資料とも言える公立校の卒業名簿で死亡者になっていたことは、素性を探る上でスルーできない。

福岡は吉田の出身地である。親兄弟・親類縁者が身近に居れば、卒業名簿で「死亡」と誤表記される事態には至らないだろう。非常に不自然である。実際の戸籍上では、どのような扱いなのか興味が尽きない。

そして、高校での死亡扱いから40年余り、吉田雄兎の本名を持つ、異形の架空戦記作家が世に現れる。果たして、吉田清治の筆名を名乗る男と卒業名簿で死亡扱いだった吉田雄兎は同一人物なのか…
▼南鮮で記者会見する吉田清治(92年)
▼南鮮で記者会見する吉田清治(92年)

「成り済まし」「背乗り」というキーワードが浮かぶのは筆者だけではないだろう。物証は何一つないが、ズバリ直言しておこう。吉田清治は在日朝鮮人である可能性が存在するのだ。

吉田が24歳の時に養子にした李貞郁は、実の弟なのではないか? 密かに九州に渡った朝鮮人が死亡扱いの日本人の戸籍を乗っ取り、そして実弟を養子として入籍した…そんなストーリーだと辻褄が合う。

吉田本には、両親や他の家族にまつわるエピソードが殆ど登場しない。偽りの個人史の片隅に出てくるのは、唐突に養子にした“息子”李貞郁と昭和19年5月に結婚した妻のフサエだ。
▼吉田清治こと吉田雄兎(読売)
▼吉田清治こと吉田雄兎(読売)

ドキュメントを偽装する小説として、少年時代や家族の逸話をバッサリ削ることは構成的に不自然。渡日前だった為に吉田清治は、少年期について描写することが出来なかったのではないか。

いったい、吉田清治こと吉田雄兎は何処から来て、何処に消えたのか…うっすらと寒気を覚える吉田ミステリーには、まだ続きがあった。

【闇から生まれ闇に消えた男】

平成26年の現在、吉田清治は生きている。反日ファシストの「心の中」とかファンタジーではなく、この現代社会で生きている。正確に言えば、死亡が確認されていないのである。

吉田清治こと吉田雄兎の生年月日は、大正2年(1913年)10月15日。実に100歳を超えている。生きていても決して不思議ではない年齢だ。

しかし、今世紀に入ってぷっつりと沙汰が途絶えた。秦郁彦氏が自白を引き出したのが、最新の発言になるかも知れない。16年前のことである。当時、吉田雄兎は85歳と話していた。
▼23年前の吉田清治(TBS)
▼23年前の吉田清治(TBS)

22年前の映像を見て判るように、すでに高齢化が著しい。一般論として、この後20年以上も命を永らえているとは想像できないのだ。もし、今も生きているなら吉田雄兎は、どこに居るのか…

養護施設で暮らしている可能性もあるだろうが、それを示唆する情報も皆無だ。稀代のダークヒーローとして盛んに取り上げた反日メディアも、吉田の消息について一切触れていない。

マイク・ホンダ策謀が発動中の頃、どこかの報道機関が吉田清治を取り上げると考えていたが、結局、吉田がメディアに登場することはなかった。完全に消えてしまったのだ…
▼南鮮に招かれた吉田清治(92年)
▼南鮮に招かれた吉田清治(92年)

我が国では年間に約1000人程が行旅死亡人として埋葬される。行旅死亡人とは、行き倒れ人など身元不明の死亡者。ドヤ街を転々とし、身寄りもIDカードも持たず、ひっそり他界する者も少なくない。

だが、吉田は住所不定の労務者とは違う。著作権所有者は、個人情報満載の「著作権台帳」を活用すれば追跡が容易い。そして、著作権切れを判定する必要から、死亡年月日の確認は重要なのだ。

それでも出版元を介したおぼしき情報もない。ミステリーである。専門分野であるにせよ、吉田清治はUNリポートにも名を刻む著名人。そして反日陣営が頼る“唯一の加害側証言者”である。
▼日本人として謝罪した吉田清治(92年)
▼日本人として謝罪した吉田清治(92年)

この反日VIPが、捏造慰安婦騒ぎが拡大し続ける中、現代の日本社会で十数年も隠棲することが可能なのか…まるで闇に消えてしまったかのようだ。

生まれも育ちも末期までも、その人生すべてが曖昧である。正体不明の詐欺師・吉田清治こと吉田雄兎。ハッキリと残っているのは、この男の捏造話で我が国が受けた大きな傷跡だけだ。




左:「大嫌韓日記」桜井誠著 (2016/6/16)
中:「カエルの楽園」百田尚樹著 (2016/2/26)
右:『日本人に「憲法」は要らない』西村幸祐著(2016/8/9)


左:【国産トマト100%】カゴメ トマトジュースプレミアム 低塩 スマートPET 720ml×15本
中:【国産トマト100%】カゴメ トマトジュースプレミアム 食塩無添加 スマートPET 720ml×15本

右:Panasonic 32V型 ハイビジョン 液晶テレビ VIERA TH-L32C6


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