正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!マスゴミの嘘や洗脳工作を許すな!がんばれ!日本国民党!
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NHK「女性や子どもを含む多くの中国人を殺害する南京事件を起こし…」Eテレ:高校講座:日本史
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NHK「女性や子どもを含む多くの中国人を殺害する南京事件を起こし…」Eテレ:高校講座:日本史
NHK「高校講座」日本史「女性や子どもを含む多くの中国人を殺害する南京事件を起こし、諸外国からも非難を浴びました。」

http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/nihonshi/archive/chapter036.html
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>> 第36回 第4章 近代国家の形成と国民文化の発展 日中戦争

今回の学習
NHK「女性や子どもを含む多くの中国人を殺害する南京事件を起こし…」Eテレ:高校講座:日本史
■動画あり■
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/nihonshi/archive/chapter036.html
日中戦争
1931年、南満州鉄道の線路の爆破をきっかけに満州事変が勃発します。さらに1937年には北京郊外の盧溝橋で日中両軍が衝突したことにより、日中戦争が始まります。いずれも政府の不拡大方針にもかかわらず、軍主導で戦線が拡大しました。この時期、日本では軍部が発言力を高め、影響力を強めていました。それはなぜだったのでしょうか? 1930年代に頻発したテロやクーデター計画、また当時の経済状況に注意しながら考えていきましょう。

日本史監修:創価大学教授 季武 嘉也


NHK「女性や子どもを含む多くの中国人を殺害する南京事件を起こし…」Eテレ:高校講座:日本史
「日本軍は、大部隊を送り込み、国民政府の首都、南京を占領しました。」

NHK「女性や子どもを含む多くの中国人を殺害する南京事件を起こし…」Eテレ:高校講座:日本史
「この際、女性や子どもを含む多くの中国人を殺害する南京事件を起こし、諸外国からも非難を浴びました。」

NHK「女性や子どもを含む多くの中国人を殺害する南京事件を起こし…」Eテレ:高校講座:日本史
「そして、1938年1月、水面下で国民政府との和平工作を進めていた近衛首相は、和平が難しいとなると、『国民政府を相手とせず』と自ら和平の機会を断ち切ってしまいます。」


https://twitter.com/mash1962/status/695759856070844421
おさむ
‏@mash1962
@daitojimari @kzhnsk  NHK教育 高校講座「日本史」で 「日本軍は南京でおおぜいの子供と婦女をころした」
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/nihonshi/archive/chapter036.html



>日本軍は、大部隊を送り込み、国民政府の首都、南京を占領しました。
>この際、女性や子どもを含む多くの中国人を殺害する南京事件を起こし、諸外国からも非難を浴びました。



約20分間の番組動画を全て見たが、ツッコミどころ満載だ!

限がないので、今回は1937年12月の南京陥落と翌1月までの和平交渉失敗の部分だけを取り上げる。


まず、NHKは、「日本軍は、大部隊を送り込み、国民政府の首都、南京を占領しました。 この際、女性や子どもを含む多くの中国人を殺害する南京事件を起こし、~」と述べているが、事実に反する。

アホな日本政府でさえ、公式見解は「非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できない」という表現にとどめている。(詳細記事

<菅官房長官>ユネスコ分担金、停止・削減を「検討」
平成27年10月13日、菅官房長官:ユネスコ分担金、停止・削減を「検討」
「非戦闘員の殺害、略奪行為があったことは否定できないが(犠牲者)数の断定は困難との立場だ」



このように、日本政府でさえ、全く根拠はないものの、公式見解としては「非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できない」という表現にとどめている

「女性や子どもを含む多くの中国人を殺害する南京事件を起こし、諸外国からも非難を浴びました。」などという表現は使用していない。

事実関係を正しく述べると、日本軍が南京で女性や子供を殺害した事実は一切ない!

また、NHKは「…南京事件を起こし、諸外国からも非難を浴びました。」とも放送したが、そのような事実もない。

NHK「高校講座:日本史」は、いったい何のことについて「諸外国からも非難を浴びました。」などと述べているのか?!

当時、アメリカでは一部、日本軍による南京市民殺害について報道した新聞記事があった。

南京に居た支那国民党の顧問(工作員)であるベイツからメモを渡されたダーディン記者とスティール記者が書いた記事だ。(詳細記事1詳細記事2

しかし、1930年代当時、支那事変が始まる何年も前の1930年頃からアメリカの新聞は日本人や日本軍の蛮行について出鱈目記事を書くことが日常的となっていたため、南京戦があった1937年12月頃にはそのような記事は特段問題視されることはなく、事実上無視されていた。

当時のアメリカの新聞が日常的に出鱈目な反日記事を書いていたことについては、アメリカの外交官だったラルフ・タウンゼントが1933年に書いた本に、次のとおり述べている。

――――――――――
事情を知らない者は不安に駆られ、寝る前に日本人が潜んでいないかベットの下を調べたりする。
「日本軍特殊部隊メキシコに上陸」という見出しに、カリフォルニアのオレンジ農家は震え上がり、新聞が売れる。
とかく新聞社は発行部数を気にする。

(252頁)

さて、復讐事件(福州で日本人教師夫婦が支那の学生秘密結社と支那兵の共謀により殺害されたため、田村総領事が軍艦を盾にして支那当局から遺族のために5万ドルの賠償金を獲得した)から1ヵ月後の上海事変に戻ろう。
ご承知の通り、アメリカでは対日批判の嵐が吹き荒れた。
ハーバード大学の教授連は日本を無法国家と難じた。
聞くところによると、ワシントンの新聞社には「『アジアの狂犬』に宣戦布告せよ」という投書が段ボール箱何杯分も届いたという。
婦人倶楽部は日本製品ボイコットを呼びかけた。
最大のお得意さんをなくすつもりか?
アメリカ製品を中国の2倍も買ってくれる国である。
正確な情報が伝わらないからである。
アメリカ人を虐殺し、国際義務を無視し続ける国の肩を持っていたのである。
中国の現場で汗を流すアメリカ人は、官民ともにある意味、猿轡をかまされている。
彼らの声はアメリカには全く届かない。
アメリカの新聞を手にするたびに、口から泡を飛ばす。
「何だこれは!アメリカ人は完全にキチガイにでもなったのか。一人でもいいから現場の中国人と取引してみろ。人の喉を掻ききる血に飢えた海賊だ。日本製品不買運動でキャンキャン吼えるのは直ちに止めて、銃を取って日本軍に加勢したくなるよ」
(274頁)

ラルフ・タウンゼント著『暗黒大陸中国の真実』(1933年)


――――――――――


上述した日本政府の見解である「非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できない」というのも、実際には全く根拠のない出鱈目だ。

「非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できない」としている日本政府の公式見解は、間違っており、早急に変更しなければならない!

「非戦闘員の殺害があったことは否定できない」と言うなら、いつ、どこで、誰が、誰を、どのように虐殺したのか、具体的な事例を1件でも良いから挙げてみろ!

ごく一部の略奪行為があったことは日本軍の記録にも残っているが、非戦闘員に対する違法な殺害の証拠など全く無い。

にもかかわらず、政府・外務省の見解として、「非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できない」などとしてきたことは大きな間違いだ!

ユネスコの記憶遺産登録を機会に即座に訂正するべきだ。


1937年12月の南京戦において、日本軍が非戦闘員を殺害した証拠は皆無であり、そのような事実はなかった(虐殺犠牲者数はゼロだ)。

●南京大虐殺完全否定のまとめ

日本軍による南京市民虐殺はなかった(0人)。

まず、南京市民の大半は、日本軍が南京を陥落させた1937年12月13日以前に南京を脱出して日本軍が占領した上海などに避難していた。

南京に残った約20万人の南京市民も全員が安全区に避難し、安全区以外の南京城内に善良な市民は誰一人として居なかった。

南京城内の安全区以外には誰も居なかったのだから、そこで虐殺など起こるわけがない。

次に、南京に残った全市民が集められていた安全区内の状況だが、12月13日に日本軍が南京を陥落させる前と比べ、日本軍占領後の南京安全区の人口は増加した。

日本軍が占領した上海などに避難していた南京市民が徐々に戻って来たのだ。

陥落から何日か経ち、安全区内で日本軍による約10件の強姦事件や同程度の掠奪事件が発生したが、これら事件は、日本の軍関係の裁判を司る法務部で把握されている。

日本軍将兵は道端で拾った靴を持ち帰っただけで掠奪事件として軍法会議にかけられたりしていたが、「虐殺」事件は南京に居た憲兵隊などに通報されたことも全くなかった。

また、15人の安全区国際委員会メンバーや100人を超す日本人報道関係者などは南京に長期間滞在していたが、誰も1度も日本軍による虐殺を目撃しなかった。

日本軍による南京占領後、南京の治安が回復すると、日本軍が占領していた上海などに避難していた南京市民が戻って来て南京の人口は増加した。

虐殺事件に関しては、目撃が0件で、現地の憲兵隊などへの通報も、憲兵隊などによる発見もなかった。

更に、支那国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見をして日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言わなかった。

支那軍による虐殺や戦闘中の誤爆による事故はあっても、犯人や被害者が特定されるような日本軍による虐殺事件はなかった。

最後に、戦後しばらく経ってから自白した元日本兵が何人か居たが、これまで本名で証言をした人は例外なくすべて嘘であったことが確認されている。

よって、日本軍による南京虐殺事件は0件だった。

陥落直後の南京、日本軍の配給を受ける避難民。昭和12年12月
陥落直後の南京、日本軍の配給を受ける避難民。昭和12年12月

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陥落直後の南京で治療活動をする日本軍衛生隊

【平和甦る南京《皇軍を迎えて歓喜沸く》】朝日新聞1937年12月20日掲載「17日河村特派員撮影」
【平和甦る南京《皇軍を迎えて歓喜沸く》】朝日新聞1937年12月20日掲載「17日河村特派員撮影」

支那国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見をして日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言わなかった。





>そして、1938年1月、水面下で国民政府との和平工作を進めていた近衛首相は、和平が難しいとなると、「国民政府を相手とせず」と自ら和平の機会を断ち切ってしまいます。


支那軍は1937年7月7日に盧溝橋で戦闘を始め、北支で何度も停戦協定を破って戦争を継続し、翌8月には突然大軍を以って上海に戦線を拡大させたが、日本軍によって上海から追放された後も戦争の継続を決意していた。

日本軍が南京に進軍しなかった場合、支那軍は南京や武漢で態勢を整え、また上海や北支に反撃したはずだ。

分かりやすく説明すると、次のとおり。

日本軍は、上海で大苦戦を強いられた。

ようやく上海戦が終わった後にも、蒋介石は、1937年11月6日にトラウトマン駐支ドイツ大使から伝えられた日本の和平案に応じる気など端からなかった。

蒋介石は、「敵が南京に至れば我々は南京を防衛する。敵が四川を攻撃すれば我々は四川を防衛する。敵の侵略が続く限り我々は永久に戦い続けるであろう」と世界に公言した。

11月20日の「遷都宣言」でも、
「盧溝橋事件発生以来…日本の侵略は止まる事を知らず…各地の将士は奮って国難に赴き…死すとも退かず…日本は更に暴威を揮い…わが首都に迫る…およそ血気ある者で瓦全より玉砕を欲せざる者はない。…」
と言っていた。

蒋介石は日本が大幅に譲歩した和平案を悉く蹴っており、日本軍が進撃の手を緩めれば、すぐに反撃しようとしていたことは間違いない。

――――――――――
●1937年
8月9日、和平会談の予定だったが、海軍陸戦隊の大山中尉が惨殺される。
8月13日、蒋介石軍が包囲した上海の国際租界の日本人居留区を攻撃開始
8月14日、支那軍が上海市街のホテルなどを爆撃。これを日本軍の仕業と世界中に宣伝。
8月23日、支那軍が上海のデパートを爆撃。これも日本軍の仕業と世界中に宣伝。
11月2日、広田外相が正式にドイツ大使に仲介を依頼し、日本側の和平条件を提示。
11月6日、駐支ドイツ大使が日本の和平案を伝えるが、蒋介石はこれを蹴る。
12月10日、南京を包囲された支那軍が日本の降伏勧告を無視
南京陥落後、日本はまたもや和平を持ちかける。
●1938年
1月2日、ドイツ大使トラウトマンが日本の和平案の返事を聞くために蒋介石を訪問しようとしたが、蒋介石は会わず。
1月15日、日本の和平案を蒋介石が蹴る。
1月16日、日本政府が「国民政府(蒋介石)を相手とせず」と声明。
――――――――――






>日本史監修:創価大学教授 季武 嘉也


どうして、NHKは、「高校講座:日本史」の監修に、成太作(ソン・テチャク)=池田大作を崇拝している朝鮮カルト教団「創価学会」のカルト信者を使っているのか?!
日本史監修:創価大学教授 季武 嘉也
季武 嘉也 創価大学

季武 嘉也(すえたけ よしや、 1954年7月 - )は、日本の歴史学者。創価大学文学部人文学科教授。専門は日本近代政治史。






「テレビ故障」認める判決…NHK受信料“解約ラッシュ”の可能性
「テレビ故障」認める判決…NHK受信料“解約ラッシュ”の可能性
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/163822/1

電話で「TV壊れたからNHK解約します」と言えば解約完了 裁判所が「NHKの確認はなくても解約は成立する」と認める

http://netgeek.biz/archives/65588
【朗報】電話で「TV壊れたからNHK解約します」と言えば解約完了。裁判所が「NHKの確認はなくても解約は成立する」と認める
腹BLACK 2016年2月2日

なにかと納得がいかないNHKの受信料について、「TVありません」と言えば集金人は家の中まで立ち入って確認する権利がなく、諦めるしかないというのは有名な話。しかし、一度テレビがあることを認めてしまった後に「TVが壊れた」と言えばどうなるのだろうか。

1/23、Twitterに興味深い記事が投稿されていたので紹介したい。
興味深い記事が投稿されていたので紹介したい。
【朗報】電話で「TV壊れたからNHK解約します」と言えば解約完了。裁判所が「NHKの確認はなくても解約は成立する」と認める

添付されていた画像は日刊ゲンダイの記事。NHKが起こした訴訟について、裁判所がその請求を棄却し、むしろ逆に合法的に解約する方法を認めてしまったという内容だ。もともと受信料を支払っていたAさんはテレビが壊れた際にNHKに電話して「解約したい」と伝えた。しかし、NHKは「テレビが壊れたことを確認していないので解約はできない。規約にも書いてある」と言い張る。ただ、Aさんはすでにテレビを廃棄してしまっており、壊れたという証拠を見せることができない。受信料を支払い続けなければならないのだろうか?

この件について裁判所はそもそも解約の意思表示をした段階で解約が認められると判断し、NHKの規約を無効と判断した。受信料を回収するために見せしめに訴訟を起こしたのに、むしろ不利な状態に追い込まれてしまったNHK。今後は電話一本で解約を認めなくてはならなくなってしまった。

もとより、NHKについては不平等な契約や強引な料金徴収が問題視されていた。

▼不在訪問の紙に「ハラエヨ」の文字。
不在訪問の紙に「ハラエヨ」の文字。

▼NHK山形の気象予報士、岡田みはるさんは生放送中に何度も原稿と別の映像を流される嫌がらせにあい、号泣してしまった。
NHK山形の気象予報士、岡田みはるさんは生放送中に何度も原稿と別の映像を流される嫌がらせにあい、号泣してしまった。
参考:【炎上】NHKで気象予報士が突然号泣し始めて局内でのいじめ疑惑が浮上

▼神戸大学の木村幹教授はNHKの係員がまだ日本語を理解していない留学生に無理矢理契約書を書かせたと怒りを露わにし抗議した。
神戸大学の木村幹教授はNHKの係員がまだ日本語を理解していない留学生に無理矢理契約書を書かせたと怒りを露わにし抗議した。
参考:【炎上】「NHKがまだ日本語が分からない留学生に無理矢理契約を結ばさせた」 神戸大学の木村幹教授が怒りの告発

これまでNHKの解約には、どこで手に入れるのか分からない解約書をなんとか入手し、正当な理由で承認を得る必要があった。しかし、今回の判決で、電話一本で「TVが壊れた」と報告すれば認められることが確定した。素晴らしい朗報だ。家族・友人にも教えてあげてほしい。




左:「そうだ難民しよう! はすみとしこの世界」はすみとしこ著(2015/12/19)
中:「余命三年時事日記」余命プロジェクトチーム著 (2015/12/17)
右:「三島由紀夫が生きた時代 楯の会と森田必勝」村田春樹著(2015/10/20)


左:カゴメ ふくしま産トマトジュース食塩無添加 スマートPET 720ml×15本
中:Panasonic 32V型 ハイビジョン 液晶テレビ VIERA TH-L32C6
右:『日本の自立 戦後70年、「日米安保体制」に未来はあるのか?』西村幸祐著、ケント・ギルバート著 (2015/8/7)


「NHKの捏造放送を許すな!」

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