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正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!マスゴミの嘘や洗脳工作を許すな!がんばれ!日本国民党!
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抗日戦勝行事に日本の国会議員が続々出席・公明、民主、共産、村山など出席・自民の二階も上海へ
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中国大使館で開かれた「抗日戦勝70年」を記念するレセプションに出席した(左から)共産党の穀田恵二国対委員長、公明党の山口那津男代表、民主党の赤松広隆前衆院副議長、村山富市元首相 =31日午後、東京都港
支那大使館で開かれた「抗日戦勝70年」を記念するレセプションに出席した(左から)共産党の穀田恵二国対委員長、公明党の山口那津男代表、民主党の赤松広隆前衆院副議長、村山富市元首相 =8月31日午後、東京都港区(産経新聞)

http://www.china-embassy.or.jp/jpn/tpxw/t1292832.htm
中国大使館で中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年記念レセプション
2015/09/01

8月31日、駐日中国大使館は中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年を記念してレセプションを開いた。これには村山富市元首相、公明党の山口那津男代表ら日本各界の人々、各国駐日使節、武官および在日華僑・華人、中国人留学生代表など300人近くが出席した。
8月31日、駐日中国大使館は中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年を記念してレセプションを開いた。これには村山富市元首相、公明党の山口那津男代表ら日本各界の人々、各国駐日使節、武官および在

程大使は次のようにあいさつした。第二次世界大戦の期間中、全世界において2000万平方キロあまりの土地、80余りの国と地域、およそ20億人が戦火と砲煙に巻き込まれた。第二次世界大戦の東方の主戦場となった中国において、数知れぬ平和を願う兵士と一般民衆が、日本軍国主義による侵略戦争、大虐殺、無差別爆撃、生物化学兵器の攻撃と実験によって尊い命を失い、数万人もの女性が残虐に蹂躙され、たくさんの労働者が日本へ強制連行されて残酷で非人道的な扱いを受けた。これによって、人類の文明史上極めて暗黒の一ページが残された。

程大使はまた次のように表明した。中国人民は強暴を恐れず、日本軍国主義の野蛮な侵略に対して英雄的な戦いを繰り広げ、大きな民族的犠牲を払い、世界反ファシズム戦争の最終的な勝利のために、重要な貢献をした。当時あの戦争の砲煙はすでに消え去ったが、正義と良識が永遠に色あせることはない。われわれは、正義と良識をしっかり守り、70年前に人類が共に経験したあの惨劇をふりかえり、その中から教訓をくみ取り、戦争の悲劇を二度と繰り返さないように堅固な砦を築き上げるべきだ。
これには村山富市元首相、公明党の山口那津男代表ら日本各界の人々、各国駐日使節、武官および在日華僑・華人、中国人留学生代表など300人近くが出席した。

これには村山富市元首相、公明党の山口那津男代表ら日本各界の人々、各国駐日使節、武官および在日華僑・華人、中国人留学生代表など300人近くが出席した。

程大使は次のように表明した。過去のあの歴史を正しく認識し、向き合うことは、歴史を銘記し、正義を守るうえで必要なことであり、日本がアジアの隣国と関係を改善する重要な基礎であり、未来を切り開くための前提でもある。われわれは、両国関係が「歴史を鑑とし、未来に向かう」精神のもとで、長期的かつ安定して健全な発展が実現するよう、心より期待している。中国は9月3日に、北京において中国人民抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利70周年の記念行事を盛大に催す。中国の70周年記念行事の目的は、歴史を銘記し、烈士をしのび、平和を大切にし、未来を切り開くためであり、特定の国に対するものではなく、今日の日本に対するものではなく、日本国民に対するものではない。われわれは、日本を含む国際社会と共に、戦争が残した悲惨な教訓を見つめ、人類の恒久的な平和を構築するために力を尽くすよう希望している。

盛大で熱のこもった雰囲気の中、日本の主流メディア、日本駐在の中国メディアおよび在日中国語メディアがレセプションを取材した。

盛大で熱のこもった雰囲気の中、日本の主流メディア、日本駐在の中国メディアおよび在日中国語メディアがレセプションを取材した。

盛大で熱のこもった雰囲気の中、日本の主流メディア、日本駐在の中国メディアおよび在日中国語メディアがレセプションを取材した。



>8月31日、駐日中国大使館は中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年を記念してレセプションを開いた。これには村山富市元首相、公明党の山口那津男代表ら日本各界の人々、各国駐日使節、武官および在日華僑・華人、中国人留学生代表など300人近くが出席した。


日本との戦争に勝ったことを祝う記念レセプションに、日本の国会議員たちが出席することは許されないことだ。

8月31日に東京都港区にある駐日支那大使館で開催された抗日戦争勝利70周年記念レセプションには、元首相の村山富市、公明党代表の山口那津男の他にも、民主党の赤松広隆や共産党国対委員長の穀田恵二などの国会議員たちも参加した!

http://www.sankei.com/politics/news/150901/plt1509010015-n1.html
「抗日戦勝」行事に村山・山口氏ら出席 都内の中国大使館
2015.9.1 10:14更新、産経新聞

中国大使館で開かれた「抗日戦勝70年」を記念するレセプションに出席した(左から)共産党の穀田恵二国対委員長、公明党の山口那津男代表、民主党の赤松広隆前衆院副議長、村山富市元首相 =31日午後、東京都港
中国大使館で開かれた「抗日戦勝70年」を記念するレセプションに出席した(左から)共産党の穀田恵二国対委員長、公明党の山口那津男代表、民主党の赤松広隆前衆院副議長、村山富市元首相 =31日午後、東京都港区
(本文略)



また、自民党の二階俊博も、上海へ!

https://twitter.com/sun_koubun/status/639027375905247232?ref_src=twsrc%5Etfw
孫向文
‏@sun_koubun
二階氏は上海の反日式典に行った
二階氏は上海の反日式典に行った - コピー
18:49 - 2015年9月2日








>第二次世界大戦の東方の主戦場となった中国において、数知れぬ平和を願う兵士と一般民衆が、日本軍国主義による侵略戦争、大虐殺、無差別爆撃、生物化学兵器の攻撃と実験によって尊い命を失い、数万人もの女性が残虐に蹂躙され、たくさんの労働者が日本へ強制連行されて残酷で非人道的な扱いを受けた。これによって、人類の文明史上極めて暗黒の一ページが残された。


支那の駐日大使である程永華が挨拶で述べた上記の内容は、嘘出鱈目のオンパレードだ!

上記の嘘出鱈目を聴いていた日本の国会議員や外務省関係者などは、何か抗議したのだろうか?

こんな反日イベントに出席した国賊国会議員どもは何も言わなかったと思うが、外務省関係者は駐日支那大使の嘘出鱈目に対しては抗議をするべきだ。

まず、支那事変は、「日本軍国主義による侵略戦争」ではない。


支那事変は、支那共産党が日本軍を銃撃して盧溝橋事件を起こし、支那軍が停戦協定を何度も繰り返し破って継続・拡大した戦争。

盧溝橋事件の約3週間後には、支那保安隊が日本人居留民約260人を大虐殺した(通州事件)。

更に2週間後、支那軍は数十万人という大軍で上海の国際租界の日本人居留区を包囲攻撃した。
支那軍機は上海市街地のホテルやデパートを爆撃して民間人や外国人を大量殺害した。

その後も支那は、日本が提出した和平案をことごとく蹴り、戦争を継続し、支那人民を虐め抜いた。
支那軍による徴発・徴用・徴兵は過酷を極めた。
支那軍は、上海市街地爆撃の他、焦土作戦、黄河・揚子江の堤防破壊(決壊)などによって多くの民衆を殺害し、世界で初めて違法毒ガスを使用したり細菌戦を行なったりするなどの暴虐・悪逆の限りを尽くした。

支那が戦争を始めて、日本が何度も何度も「やめよう。やめよう。」と言ったのに、支那がそれを無視して戦争を継続・拡大して暴虐の限りを尽くした戦争なのだから、日本にとっては自衛戦争以外の何ものでもない。



次に、「日本軍国主義による大虐殺」もなかった。

例えば、よく言われる日本軍による南京市民虐殺は全くなく、犠牲者数は0人だった。

南京市民の大半は、日本軍が南京を陥落させた1937年12月13日以前に南京を脱出して日本軍が占領した上海などに避難していた。

南京に残った約20万人の南京市民も全員が安全区に避難し、安全区以外の南京城内に善良な市民は誰一人として居なかった。

南京に残った全市民が集められていた安全区内の状況だが、12月13日に日本軍が南京を陥落させる前と比べ、日本軍占領後の南京安全区の人口は増加した。

15人の安全区国際委員会メンバーや100人を超す日本人報道関係者などは南京に長期間滞在していたが、誰も1度も日本軍による虐殺を目撃しなかった。

日本軍による南京占領後、南京の治安が回復すると、日本軍が占領していた上海などに避難していた南京市民が戻って来て南京の人口は増加した。

虐殺事件に関しては、目撃が0件で、現地の憲兵隊などへの通報も、憲兵隊などによる発見も全くなかった。

支那軍による虐殺や戦闘中の誤爆による事故はあっても、犯人や被害者が特定されるような日本軍による虐殺事件はなかった。

最後に、戦後しばらく経ってから自白した元日本兵が何人か居たが、これまで本名で証言をした人は例外なくすべて嘘であったことが確認されている。

よって、日本軍による南京虐殺事件は0件だった。




また、支那駐日大使の程永華は、「無差別爆撃、生物化学兵器の攻撃と実験によって尊い命を失い、…」などと述べたが、いずれも支那軍が支那人民に対して行った戦争犯罪であり、日本軍の仕業ではない。

「無差別爆撃」については、1937年8月に、支那軍が上海で大々的に行った。

支那軍は、無差別と言うより、むしろ意図的に民間人や外国人を狙って爆撃した!


支那軍は、上海のホテルやデパートなどを何度も爆撃して、支那人や日本人以外の多数の外国人までをも大量殺戮した。

支那は、「日本軍がやった!」と虚偽宣伝して、日本を悪者にするために、罪のない大量の支那民間人や外国人を殺害したのだ!

支那軍が上海市街地を爆撃して、日本軍の仕業にしようと嘘宣伝したことについては、私が次の雑誌で詳しく述べている。


歴史通増刊」【歴史を見ればこの国の正体がわかる 雑誌】(2015/1/21)
■佐々木益荒男…反日宣伝を狙った支那軍の人民虐殺(P183-195)



日本軍の場合には重慶における爆撃について批判されるが、重慶においても日本軍による爆撃は、支那軍による上海爆撃やアメリカ軍による日本への爆撃(東京大空襲などの都市空爆、原爆投下など)とは全く異なる。
―――――――
1938年から始まった重慶爆撃は当初は飛行場や軍事施設のみを攻撃していたのですが、重慶市街にも相当数の支那軍側の対空砲台があり、そのため日本軍の被害も増大する状況となったので、1940年6月頃になって作戦指導部は市街地域の徹底した爆撃を決意しました(海軍航空隊・巌谷二三男氏、陸軍航空隊独立第一八中隊・河内山譲氏の証言)。
―――――――


上記の証言以外の日本兵の証言の中には「絨毯爆撃」という言葉が用いられたりしているが、我々が東京大空襲などでイメージする絨毯爆撃とは実態は違っている。

重慶爆撃の場合、犠牲者はそれほど多くはなく、『重慶抗戦紀事』(1937-1945、中国人民政治協商会議四川省重慶市委員会文史資料研究委員会編、1985年8月刊)によると、犠牲者は、1939年から1943年の約5年間で1万1889人だ。

そのうち、1939年5月の2日間で3991人の犠牲者が出たが、この直接的な原因は火災であり、爆撃は間接的な原因だった。

東京大空襲は一晩で10万人を殺害したのだから、同じ時代に5年間で1万人という犠牲者数は、重慶爆撃が無差別爆撃ではなかった証拠となる。

1940年後半から、日本軍が、支那軍の対空砲火陣地だけではなく、蒋介石政権の軍事政治経済の中枢機関、重要資源、主要交通線等を爆撃をしたことは事実だろうが、それ以上の爆弾投下は爆弾等の物資の無駄遣いとなる。

だから、支那軍が上海で行った故意にホテルやデパートを狙った爆撃や、米軍が行った東京などの住宅地への焼夷弾による絨毯爆撃や、広島・長崎への原爆投下などと同列にするのが間違いで、それは5年間で1万人強という重慶爆撃の犠牲者の少なさが証明している。

南京戦の前にも後にも提出した日本政府の和平案を蹴って重慶に逃げ込み、その重慶の市街地から対空砲火で日本軍機を攻撃したのだから仕方がないのだ。

最初から民間人密集地を狙った支那軍による上海爆撃やアメリカ軍による原爆投下や東京大空襲とはまったく異なる。


【重慶爆撃のまとめ】

1.支那軍が対空砲台を市街地に設置していた。

2.1938年から始まり、当初は飛行場や軍事施設のみを攻撃していたが、相手の被害が少なく味方の被害が増大していった。

3.1940年後半からは、蒋介石政権の軍事政治経済の中枢機関、重要資源、主要交通線等を爆撃するようになった。(決して住民狙いではない)

4.したがって、証言には絨毯爆撃という言葉が使用されたりしているが、東京大空襲のような住宅地への焼夷弾のばら撒きとは違うので犠牲者は少なかった。

5.戦争の早期終結への願望も要因としてあっただろう。




「生物化学兵器の攻撃と実験によって尊い命を失い」というのも完全な嘘出鱈目だ。

なお、日本政府・外務省は馬鹿なので侵略や南京事件については、談話やHPなどである程度認めてしまっているが、生物化学兵器の使用については公式に否定している(日本政府・外務省も一切認めていない)。

化学兵器や毒ガス兵器を使用して支那住民を殺害したのは、日本軍ではなく、支那軍だった。


▼暴虐支那軍が違法毒ガスを使用し住民諸共殺害▼

昭和13年6月21日の同盟ニュース
「山西の敗敵、妄動しきり 暴虐毒ガスを使用して挑戦」
皇軍が黄河以南作戦のため一部兵力を移動している隙に乗じ、山西の敵大部隊は気勢を挙げ、徐州敗戦の汚辱を一挙に雪ぐべく、手段を選ばざる挑戦に出で、暴戻にも毒ガスを使用し、付近の無辜の民は、この惨禍を蒙るもの多く、正に人道上許し難し・・・


昭和13年7月22日の同盟ニュース
「暴虐支那軍又も不法 イベリット糜爛性毒ガス使用」
我が森本部隊の息をもつかせぬ猛攻撃に敗退一路を辿る支那軍は、張杏鎮において、又もや不法にも、猛烈爆発式撒毒管によるイベリット糜爛性毒ガスを使用、我が急追をはばまんと・・・



支那派遣軍化学戦教育隊がまとめた【敵軍毒瓦斯(細菌を含む)使用調査】(内藤裕史編・解説『毒ガス戦教育関係資料』所収)によれば、
昭和十二年から昭和十五年にかけて、中国軍による毒ガス戦の事例は十三件、細菌戦の事例は二十件であった。
右の調査は、その年月日、場所、種類、方法、被害、概要を一覧表で記録している。

例えば、昭和十二年九月七日、宝山城付近にて中国軍はコレラ菌 を井戸に投入し、このためその井戸水を飲んだ日本軍及び中国人民数十名が罹患している。
また、昭和十三年七月二十六日、九江においても同様の理由で日本軍百二十九名、中国人民五百名の罹患者を出している。

また、重慶を脱出した国民党軍の元軍政部防毒処勤務将校の情報をまとめた【支那軍の化学組織系統の概要】(昭和十六年六月二十六日付、前掲『毒ガス戦教育関係資料』所収)によれば、
中国における毒ガスの研究及び製造は、「軍政部兵工署理化研究所」において行われていた。
中国は1926年3月、ソ連から一万発の毒ガス弾を購入し、1937年9月、第二次上海事変で細菌、猛毒兵器を使っている。
日本軍は中国軍から、大量のソ連製毒ガス兵器を押収している。

『細菌・毒ガス戦/中国が最初の違反者だった』信夫淳平博士

【昭和史研究會報】中村粲/第39、40より



■まとめ■

当時、化学兵器については日本も含めてどこの国も持っていた。
持つだけなら合法で、禁止されていたのは使用だった。

そして、使用禁止の化学兵器を使用したのは支那軍だった。

日本軍が使用したのは、「あか」など使用が禁止されていない暴動鎮圧剤だけだった。

日本軍も、使用禁止の化学兵器を持ってはいたが、使用はしなかった。

日本軍は、終戦時、化学兵器だけではなく、全ての兵器をソ連軍や支那に引き渡した。

近年、「兵器引継書」まで発見されている。

いま満州に埋まっている化学兵器は、ソ連製や支那製や日本製も一緒に埋められたりしてるのだから、終戦時、日本軍がソ連軍か支那軍に渡したモノを、支那軍が何年後かに埋めたものなのだ。

重要資料新発見、「遺棄」ではなかった 化学兵器の「引き渡し済み」を証明
「兵器引継目録」
「兵器引継目録」 重要資料新発見、「遺棄」ではなかった 化学兵器の「引き渡し済み」を証明

重要資料新発見、「遺棄」ではなかった 化学兵器の「引き渡し済み」を証明
重要資料新発見、「遺棄」ではなかった 化学兵器の「引き渡し済み」を証明




日本軍は、化学兵器・毒ガス兵器を使用しなかっただけではなく、細菌戦も全くやっていない。

2007年1月18日、米国立公文書館は、731部隊が満州で行った細菌戦研究などに関する米情報機関の対日機密文書10万ページ分を公開した。

この時、石井四郎中将を始めとする731部隊関係者の個別尋問記録や、石井中将が細菌戦研究の成果を1947年6月ごろ執筆し米軍に引き渡したことを裏付ける最高機密文書も明らかになった。

ところが、731部隊(関東軍防疫給水部)は細菌戦研究はしていたものの、細菌戦を行った証拠は全くなかった。


文書内容の大半は731部隊など細菌戦研究に関する内容だった。
ナチス・ドイツと日本の「戦争犯罪」を調査するため、クリントン政権当時の99年に構成された記録作業部会(IWG)は、「慰安婦問題」などの悪事を裏付ける文書も探したが、証拠は見つからなかった。
奉天(瀋陽)の収容施設で、連合軍の捕虜に細菌実験が行われなかったかを調べたり、日本からの風船爆弾が細菌戦に使われないかを調べたりしたが、「当面は細菌戦を想定していない」と結論づけた文書も公開された。

つまり、アメリカが持っていた731部隊に関する10万ページの機密文書には、731部隊が人体実験を行ったり細菌戦を行った証拠は全くなく、戦後に言われたことは全て嘘っぱちのでっち上げだったのだ。



「数万人もの女性が残虐に蹂躙され、たくさんの労働者が日本へ強制連行されて残酷で非人道的な扱いを受けた。」というのも勿論嘘出鱈目だ。

例えば、1937年~1938年の南京においても日本軍による強姦事件は、約10件程度しかなく、日本の軍関係の裁判を司る法務部で把握されている。

また、日本への強制連行についても事実無根の出鱈目だ。(詳細記事



左:『日本の自立 戦後70年、「日米安保体制」に未来はあるのか?』西村幸祐著、ケント・ギルバート著 (2015/8/7)
中:『まだGHQの洗脳に縛られている日本人』ケント・ギルバート著(2015/5/26)

右:『日之丸街宣女子(ひのまるがいせんおとめ)』富田安紀子著 2015/5/15


左:【国産トマト100%】カゴメ トマトジュースプレミアム 低塩 スマートPET 720ml×15本
中:【国産トマト100%】カゴメ トマトジュースプレミアム 食塩無添加 スマートPET 720ml×15本

右:Panasonic 32V型 ハイビジョン 液晶テレビ VIERA TH-L32C6

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