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植村隆が西岡力氏らを提訴!計1650万円の損害賠償「私は捏造記者ではない」・弁護団は170人
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記者会見する、従軍慰安婦報道に関わった元朝日新聞記者の植村隆氏=9日午後、東京・霞が関の司法記者クラブ
記者会見する、従軍慰安婦報道に関わった元朝日新聞記者の植村隆氏=9日午後、東京・霞が関の司法記者クラブ
■動画
元朝日記者、植村氏が文芸春秋などを提訴 東京地裁
https://www.youtube.com/watch?v=-qnbyIpplpY


http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20150110/dms1501101700010-n1.htm
元朝日の植村隆氏「不当なバッシングに屈するわけにいかない」 弁護団は170人
2015.01.10、zakzak

植村氏は、週刊文春のコピーを手に記者会見した9日、東京・有楽町の日本外国特派員協会
植村氏は、週刊文春のコピーを手に記者会見した9日、東京・有楽町の日本外国特派員協会

 「私は愛国者だ」「朝日は元気を出して」。1991年8月に、元韓国人慰安婦の証言を初めて記事にした、元朝日新聞記者の植村隆氏(56)が9日、日本外国特派員協会で記者会見を開いた。記事に「女子挺身隊の名で戦場に連行」と事実と異なる部分があったことなどから、批判が殺到し、中には過剰なものもあった。170人の弁護団がサポートする植村氏は会見で、独自の主張を展開した。

 「私は捏造記者ではない。不当なバッシングに屈するわけにいかない」

 会見の冒頭、植村氏は約20分を費やし、『週刊文春』が昨年2月6日号に掲載した「“慰安婦捏造”朝日新聞記者」という記事を批判した。

 この記事で名誉を毀損されたとして、同日、同誌発行元の文芸春秋と、東京基督教大学の西岡力教授を相手取り、計1650万円の損害賠償などを求める訴えを東京地裁に起こした。

 訴状には、元日弁連会長の宇都宮健児氏や、社民党の福島瑞穂前党首と事実婚のパートナーである海渡雄一弁護士ら、170人の代理人(弁護士)の氏名と連絡先が5ページにもわたってズラリと並んだ。

 西岡氏は提訴を受け、「言論人が言論で批判されたのであれば、言論で返すべきではないか」などと、産経新聞などにコメントした。

 植村氏は会見で、91年の記事について「当時韓国では慰安婦を『女子挺身隊』と表現していた」と説明し、意図的な「捏造」ではなく「誤用」だという認識を強調した。

 とはいえ、この記事は、植村氏自身が「慰安婦の生の証言が世界に伝わって、たくさんの慰安婦が名乗り出るようになった」と語ったように、朝日が誤報として取り消した吉田清治氏の証言記事とともに、慰安婦報道の“原点”の1つだ。本質的に異なる「慰安婦」と「女子挺身隊」を混同した記事が、韓国の反日団体などが主張する「慰安婦強制連行」説につながったという批判は日本国内に根強い。

 この点について、植村氏は「当時のことを調べたら、(91年)8月11日の記事はまったく韓国で報道されていなかった。『反日機運をあおった』といわれても、あおっていない」「当時は、同じようなスタイルの記事が他の新聞にもたくさんあった」などと語った。

 今回の会見では「誤用」に関する反省の弁は一切聞かれなかった。

 さらに、植村氏は「私は、自分では愛国者だと思っている」「日本がアジアの中で信頼される仲間になるための作業をしている」と持論を述べ、朝日の慰安婦報道について「『吉田清治証言』について謝罪して取り消した。ところが、私や私の家族がバッシングされ、(朝日が)萎縮している」との見方を示した。

 確かに、植村氏の家族や勤務先への嫌がらせや脅迫は、決して許されるものではない。

 植村氏は「朝日新聞には元気を出して慰安婦問題に取り組んでいただきたい」と、古巣への“エール”も口にした。

 だが、朝日が真っ先に取り組むべきは、慰安婦をめぐって虚偽の内容を30年以上も報じ続けたという事実を、もっと世界に発信し、日本の名誉回復に資することだろう。


https://twitter.com/poponnkichi/status/553553746634878976
ポン吉   1月09日
‏@poponnkichi
このハガキ「出ていけこの学校から」ってあるけど、「この」ってことは大学内部の学生とか教職員が出したんじゃないの?部外者なら「その」とかになるでしょ。RT @ld_blogos: 植村隆 http://buff.ly/1DFjkFs

このハガキ「出ていけこの学校から」ってあるけど、「この」ってことは大学内部の学生とか教職員が出したんじゃないの?部外者なら「その」とかになるでしょ。




>「私は愛国者だ」「朝日は元気を出して」。1991年8月に、元韓国人慰安婦の証言を初めて記事にした、元朝日新聞記者の植村隆氏(56)が9日、日本外国特派員協会で記者会見を開いた。


9日に日本外国特派員協会で開かれた記者会見に参加した記者(特派員)たちが植村隆の出鱈目について追及することは、皆無に等しかった。

それどころか、植村隆の隣に座って通訳していたオバサンは、「韓国挺身隊問題対策協議会」について翻訳する際に、勝手に「military sexual slave」などという英語を使って説明を付け加えたりしていた!


慰安婦については「Comfort woman」と訳されることが多いが、現実問題として英語で「Comfort woman」と言っても普通の米英人らは何のことか良く分からない。

だから、反日勢力は、勝手に「sex slave」とか「military sexual slave」などと翻訳している。

しかし、慰安婦の正しい英訳は、「prostitute」(売春婦)あるいは「Wartime prostitutes」(戦時売春婦)だ!

したがって、今後、日本政府・外務省や日本のメディアは、慰安婦のことを英語で言う時に「Comfort woman」を使用せず、全て「prostitute」「Wartime prostitutes」を使用するように改めるべきだ。

我々一般人も、もし英語で慰安婦のことを述べる場合には、「Comfort woman」などという英米では普段全く使用されない英語を使わずに、きちんと「Wartime prostitutes」と分かりやすい英語を使わなければならない!






>「私は捏造記者ではない。不当なバッシングに屈するわけにいかない」
>会見の冒頭、植村氏は約20分を費やし、『週刊文春』が昨年2月6日号に掲載した「“慰安婦捏造”朝日新聞記者」という記事を批判した。



いや、植村隆は、間違いなく捏造記者だ!

だから、植村隆への批判は、当然のことだ。






>この記事で名誉を毀損されたとして、同日、同誌発行元の文芸春秋と、東京基督教大学の西岡力教授を相手取り、計1650万円の損害賠償などを求める訴えを東京地裁に起こした。


植村隆は、厚顔無恥!

盗人猛々しい!

植村隆の当該提訴こそが、西岡力教授らに対する嫌がらせだ!

TBS【News23】(1月9日)
週刊文春編集部
「記事には十分な自信を持っている」

TBS【News23】(1月9日)
西岡力氏
「訴状がないが、言論の自由の範囲だと考えている」






>植村氏は会見で、91年の記事について「当時韓国では慰安婦を『女子挺身隊』と表現していた」と説明し、意図的な「捏造」ではなく「誤用」だという認識を強調した。


この植村隆の説明は、全く説明になっていない。

植村隆が書いた1991年8月11日付け朝日新聞記事は、日本の読者向けに書いた記事なのだから、「当時韓国では慰安婦を『女子挺身隊』と表現していた」というのは、全く説明にならない。

こんな頓珍漢なこを言う植村隆は、頭がおかしいとしか思えない。

「女子挺身隊」は、戦時法令により軍需工場などに徴用された一般女性労働者であり、慰安婦とは明確に異なる。

「女子挺身隊」は日本政府によって公式に命令される徴用だから、慰安婦とは全く異なり、日本においては当時から明確に区別できていたにもかかわらず、日本人向け朝日新聞記事に「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存している…】と書いたら、その記事が捏造記事であることは厳然たる事実なのだ。




▼植村隆の1991年8月11日付け朝日新聞記事や金学順の証言などの食い違いなどについて▼

●1991年8月11日付け朝日新聞に、植村隆が【「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存している】とスクープ記事

朝日新聞・植村隆記事
1991年8月11日【朝日新聞】
日中戦争や第二次大戦の際、「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり
女性は「思い出すと今でも身の毛がよだつ」と語っている。…
女性の話によると、中国東北部で生まれ、十七歳の時、だまされて慰安婦にされた。ニ、三百人の部隊がいる中国南部の慰安所に連れて行かれた。…


↓ ↓3日後↓ ↓

1991年8月14日、ソウルで、金学順が実名・顔出し会見【真実を証言】
91年8月14日の実名・顔出し会見
その記者会見で、金学順は、「生活が苦しくなった母親によって14歳の時に平壌のあるキーセン検番(キーセン養成学校)に売られていった。三年間の検番生活を終え、検番の義父に連れていかれた所が、支那の日本軍300名余りがいる部隊の前だった」などと証言した。
△真実△

つまり、植村隆は、1991年8月11日付け記事を書いた時点において、金学順を騙して支那に連れて行ったのが朝鮮人養父だったことを知りながら、そのことを記事には一切書かず、「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存している……十七歳の時、だまされて慰安婦にされた。ニ、三百人の部隊がいる中国南部の慰安所に連れて行かれた。…】と書いたのだ!

●さらに、金学順は1991年12月に補償を請求して提訴。裁判所に提出した略歴↓
――――――――――
1924年:吉林省(満州)に生まれる。
1926年(2歳):母と共に平壌(現在の北朝鮮)へ移住 。
1939年(15歳):40円で妓生を養成する学校の養女に、そこから妓生巻番(妓生養成学校)に通う
1941年(17歳):卒業するが年齢が足りず妓生になれず、養父に中国ならお金が稼げるだろうと、養父に連れられ平壌から中国へ汽車で行く。
北京に到着町中で日本軍将校に呼び止められ「朝鮮人だろ、スパイではないか?」と姉さんとトラックに乗せられる。夜中ついた空き家で将校に犯される。翌日、お姉さん共々慰安所に。
――――――――――

1939年(15歳):40円で妓生を養成する学校の養女に、そこから妓生巻番(妓生養成学校)に通う

東京会見で号泣演技の金学順91年12月
1991年12月、東京会見で号泣演技する金学順
朝日新聞の植村隆は、吉田清治のストーリーにそって「女子挺身隊として連行された」などと、明らかに事実と異なる記事を書いたが、福島瑞穂らは訴状に「養父に連れられ北京に到着後、日本軍に呼び止められトラックに乗せられ連れて行かれた」とストーリーを修正した。
朝日新聞の植村隆は吉田清治のストーリーにそって「女子挺身隊として連行された」と明らかに事実と異なる記事を書いたが、福島瑞穂らは訴状に「養父に連れられ北京に到着後、日本軍に呼び止められトラックに乗せられ連れて行かれた」とストーリーを修正した

原告団長は粱順任(ヤン・スニム)=植村隆の義理の母親(妻の母)、原告代理人は、福島瑞穂、高木健一、林和男など(関連記事





>確かに、植村氏の家族や勤務先への嫌がらせや脅迫は、決して許されるものではない。


うん、嫌がらせや脅迫は、決して決して許されるものではない。

しかし、真面目な質問や抗議は、どんどんするべきだ!

北星学園大学
北星学園大学短期大学部
〒004-8631北海道札幌市厚別区大谷地西2-3-1
TEL:011-891-2731
お問い合わせやご意見、ご要望がございましたら、下記フォームに必要事項をご入力
https://www.hokusei.ac.jp/tagblocks_form/input.php?form_no=0000000003



平成26年12月25日付け当ブログ記事でも述べたとおり、私は12月24日に北星学園大学(011-891-2731)に電凸を試みた!

しかし、電話をして長時間待って、ようやく電話に出た相手は、大学の職員ではない者だった。

北星学園大学は、12月23日から1月5日まで冬休みに入っていた。

したがって、私は、12月26日にメールで質問をした。

北星学園は、メールに対して自動返信をするシステムにしているようであり、12月26日にもすぐに私に対して次のメールを返信してきた。


********************************************
このメールは「北星学園大学 北星学園大学短期大学部 Webサイト」
から送信されたメールです。
********************************************
以下の内容でお問い合わせを受付けました。
-------------------------------------------------------
お名前:●●●●
メールアドレス:●●●●●●●.ne.jp
件 名:植村隆に係る質問
内 容:北星学園大学で非常勤講師を務める植村隆について、質問する。

植村隆は、朝日新聞の1991年8月11日付け記事などにおいて、捏造記事を書いて虚偽報道をした記者だが、いまだに捏造記事について訂正や反省や謝罪をしていない。

1991年8月11日、植村隆は、【「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存している……十七歳の時、だまされて慰安婦にされた。ニ、三百人の部隊がいる中国南部の慰安所に連れて行かれた。】などと書いた記事を朝日新聞に掲載した。

その3日後の同月14日、その女性である金学順(キムハクスン)が韓国において、実名で顔出しの会見を開き、「生活が苦しくなった母親によって14歳の時に平壌のあるキーセン検番(キーセン養成学校)に売られていった。三年間の検番生活を終え、検番の義父に連れていかれた所が、北支の日本軍300名余りがいる部隊の前だった」などと証言した。

植村隆が書いた1991年8月11日付け朝日新聞記事と3日後の金学順の記者会見での内容は、同一人物のことについて述べているにもかかわらず、内容的に大きく異なった。

それなのに植村隆は、真相の究明をせず、8月11日付け朝日新聞記事を訂正しなかったのだから、意図的に捏造記事を書いたのだ。

その後、同年12月6日に、金学順が提出した慰安婦訴訟の訴状の内容は次のとおり。
―――――
1939年(14or15歳):40円でキーセンを養成する学校の養女に、そこからキーセン養成学校に通う
1941年(17歳):卒業するが年齢が足りずキーセンになれず、養父に中国ならお金が稼げるだろうと、養父に連れられ平壌から中国へ汽車で行く。
―――――


1991年8月14日の会見で金学順が述べた内容と同年12月6日に提出した訴状の内容は、ほぼ一致している。

しかしながら、1991年8月11日に朝日新聞に掲載した植村隆の金学順に係る記事だけは、金学順の会見内容や訴状内容と大きく異なる。

植村隆が記事で書いた「女子挺身隊」は戦時法令により軍需工場などに徴用された一般女性労働者であり、慰安婦とは異なる。

植村隆は、1991年12月6日に提出された訴状を読んだ後も、1991年8月11日付け記事を訂正せず、また同年12月25日に金学順に係る記事を書いたが、その記事においても、金学順が40円でキーセンを養成学校の養女に売られて、3年後に卒業して、養父によって支那に汽車で連れて行かれたことを記事には書かなった。

これにて、植村隆が重要な事実を知っていて隠蔽したことは間違いなく、少なくとも植村隆が同年8月11日付け記事に書いた【「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた】の内容が事実に反することが改めてはっきりしたにもかかわらず、植村隆は当該捏造記事(虚偽報道)を訂正せずに放置した。

植村隆が捏造記事を書いたことは明白である。

そこで、以下の5つの質問に、回答願いたい。

1.捏造記事を書いて虚偽報道をして、訂正も反省も謝罪もしていない人物は、大学の講師として適格か?

2.北星学園大学は、国民の税金を原資とする「私学助成金」を受け取っているか?

3.北星学園は、植村隆が記者会見を開いて説明するべきだと考えていないのか?

4.北星学園は、植村隆が書いた朝日新聞の1991年8月11日付け記事について、捏造記事(虚偽報道)であるとの認識を有しているか?

5.上記4の理由は何か?

6.植村隆は、1991年8月11日付け朝日新聞に「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存している……十七歳の時、だまされて慰安婦にされた。ニ、三百人の部隊がいる中国南部の慰安所に連れて行かれた。…】と書いておきながら、今頃になって『金学順さんが「強制連行」されたとも書いていない。個人的には朝鮮では慰安婦の強制連行はなく、少なくとも今までは、これと関連した資料は発見されていないと思う。』などと主張している。
北星学園は、植村隆の当該主張に納得できるか?


以上


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回答は、担当者よりメールで返信いたします。
可能な限り早期に回答を差し上げるよう努力しておりますが、
場合によっては1週間以上の期間を要する事もございます。
お急ぎの場合は、大変お手数ですが、電話にてお問合せください
ますようお願いいたします。

なお、7日以上経過しても返信がない場合、または本メールに心当り
のない方はお手数ですが、下記までお電話またはメールにてご連絡
くださいますようお願いいたします。

**************************
北星学園大学 広報課
〒004-8631 札幌市厚別区大谷地西2-3-1
TEL 011-891-2731(代表)
e-mail hokusei-web@hokusei.ac.jp
**************************



北星学園は、自動返信メールに、「なお、7日以上経過しても返信がない場合、または本メールに心当りのない方はお手数ですが、下記までお電話またはメールにてご連絡くださいますようお願いいたします。」と記載しているにもかかわらず、1月10日現在いまだに私に返信を寄越していない。

よって、私は、1月10日(土)午前に、もう一度、電凸を試みた。

しかし、電話に出たのは警備員であり、担当職員は月曜日から金曜日の8:45~17:00でないと対応しないそうだ。

仕方ないので、電凸は3連休明けの火曜日以降に改めてすることにして、もう一度上記と同様のメールを再送信しておいた。



『韓国の大量虐殺事件を告発する―ベトナム戦争「参戦韓国軍」の真実』北岡俊明著, 北岡正敏著(2014/06)
『大嫌韓時代』桜井誠著(2014/9/24)
『朝日新聞「大崩壊」の真相 なぜ「クオリティペーパー」は虚報に奔ったのか』西村幸祐著 (2014/11/2)


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