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捏造の元祖が大学を退職!吉田清治を最初に報じた元朝日新聞取締役の清田治史・次は北星学園の植村隆
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清田 治史 教授 吉田清治を最初に報じた元朝日新聞取締役の清田治史・
吉田清治を最初に報じた元朝日新聞取締役の清田治史(きよた はるひと)

慰安婦放火魔の植村隆に先立ち、性奴隷強制連行の種火を作り、朝日新聞の取締役まで登り詰めた清田治史元記者9月13日付で退職

帝塚山学院大学(PDF
教員の退職について
清田治史氏に対して多数のご意見、お問い合わせを頂戴しておりますが、同氏は9月13日を以て、本人の申し出により退職したことをお知らせいたします。


この清田治史(きよた はるひと)とは、元朝日新聞の取締役(西部本社代表)で、今年8月5日付け朝日新聞朝刊の「慰安婦誤報検証記事」の中では「大阪社会部の記者(66)」として記載されている。

1982年に世界で初めて「世紀のペテン師」吉田清治(よしだ せいじ)のことを記事にしたのは、この清田治史(きよた はるひと)だった!

漢字で見ると「清田治史」「吉田清治」なので非常に紛らわしいが、読み方は清田治史(きよた はるひと)と吉田清治(よしだ せいじ)なので大きく異なる。

世界で最初に吉田清治(ペテン師)のウソを報道した清田治史(元朝日新聞記者)は、朝日新聞による一連の「従軍慰安婦強制連行」捏造報道に関する批判が高まる中、平成26年(2014年)9月13日をもって帝塚山学院大学教授及び国際理解研究所所長を追われるように退職した!

「ザマァ見ろ!」と言いたい!

できれば、帝塚山学院大学には、清田治史の「退職」を認めず、「懲戒免職」にしてほしかったくらいだ。

いずれにせよ、清田治史の残りの人生、もっともっと悲惨な目に遭うことを希望する。

清田治史

朝日新聞の「清田治史」
日本を貶める反日捏造記事を書きまくり、朝日新聞取締役(西部本社代表)まで登り詰め、9月13日まで帝塚山学院大学教授・国際理解研究所所長に居座っていた清田治史(きよた はるひと)

清田治史の罪状については、元朝日新聞論説委員・長岡昇氏が次のとおり、詳しく説明している。

http://www.johoyatai.com/?m=pc&a=page_fh_diary&target_c_diary_id=1136
元朝日新聞論説委員・長岡昇さんの記事
長岡昇さんの記事
「慰安婦報道、一番の責任者は誰か」
2014年09月06日 11:49

 古巣の朝日新聞の慰安婦報道については「もう書くまい」と思っていました。虚報と誤報の数のすさまじさ、お粗末さにげんなりしてしまうからです。書くことで、今も取材の一線で頑張っている後輩の記者たちの力になれるのなら書く意味もありますが、それもないだろうと考えていました。

 ただ、それにしても、過ちを認めるのになぜ32年もかかってしまったのかという疑問は残りました。なぜお詫びをしないのかも不思議でした。そして、それを調べていくうちに、一連の報道で一番責任を負うべき人間が責任逃れに終始し、今も逃げようとしていることを知りました。それが自分の身近にいた人間だと知った時の激しい脱力感――外報部時代の直属の上司で、その後、朝日新聞の取締役(西部本社代表)になった清田治史氏だったのです。

 一連の慰安婦報道で、もっともひどいのは「私が朝鮮半島から慰安婦を強制連行した」という吉田清治(せいじ)の証言を扱った記事です。1982年9月2日の大阪本社発行の朝日新聞朝刊社会面に最初の記事が掲載されました。大阪市内で講演する彼の写真とともに「済州島で200人の朝鮮人女性を狩り出した」「当時、朝鮮民族に対する罪の意識を持っていなかった」といった講演内容が紹介されています。この記事の筆者は、今回8月5日の朝日新聞の検証記事では「大阪社会部の記者(66)」とされています。

 その後も、大阪発行の朝日新聞には慰安婦の強制連行を語る吉田清治についての記事がたびたび掲載され、翌年(1983年)11月10日には、ついに全国の朝日新聞3面「ひと」欄に「でもね、美談なんかではないんです」という言葉とともに吉田が登場したのです。「ひと」欄は署名記事で、その筆者が清田治史記者でした。朝日の関係者に聞くと、なんのことはない、上記の第一報を書いた「大阪社会部の記者(66)」もまた清田記者だったと言うのです。だとしたら、彼こそ、いわゆる従軍慰安婦報道の口火を切り、その後の報道のレールを敷いた一番の責任者と言うべきでしょう。

 この頃の記事そのものに、すでに多くの疑問を抱かせる内容が含まれています。勤労動員だった女子挺身隊と慰安婦との混同、軍人でもないのに軍法会議にかけられたという不合理、経歴のあやしさなどなど。講演を聞いてすぐに書いた第一報の段階ではともかく、1年後に「ひと」欄を書くまでには、裏付け取材をする時間は十分にあったはずです。が、朝日新聞の虚報がお墨付きを与えた形になり、吉田清治はその後、講演行脚と著書の販売に精を出しました。そして、清田記者の愛弟子とも言うべき植村隆記者による「元慰安婦の強制連行証言」報道(1991年8月11日)へとつながっていったのです。

(中略)

 清田氏は2010年に朝日新聞を去り、九州朝日放送の監査役を経て、現在は大阪の帝塚山(てづかやま)学院大学で人間科学部の教授をしています。専門は「ジャーナリズム論」と「文章表現」です。振り返って、一連の慰安婦報道をどう総括しているのか。朝日新聞の苦境をどう受けとめているのか。肉声を聞こうと電話しましたが、不在でした。
(以下略)



元朝日新聞論説委員・長岡昇氏が9月6日以前に電凸した際には清田治史は不在だったようだが、同じ頃に「週刊文春」が清田治史への電凸に成功していた!

http://shukan.bunshun.jp/articles/-/4339
「吉田証言」を最初に報じた朝日新聞元記者を直撃!
2014.09.08、週刊文春web

1982年9月2日付の朝日新聞大阪本社版 清田治史が書いた、慰安婦強制連行捏造記事の第1弾。
1982年9月2日付の朝日新聞大阪本社版

 朝日新聞が8月5日の慰安婦検証記事でようやく虚偽だったと認めた、吉田清治氏(故人)の証言。自分が慰安婦を強制連行したと話してきた吉田氏について、朝日新聞は1982年以降、少なくとも16回記事で取り上げている。32年前に最初の記事を報じたのが、現在、帝塚山学院大学で教授を務める清田治史氏だ。

 1982年当時、大阪社会部記者だった清田氏は吉田氏の講演内容を記事にし、次のように報じている。

〈(昭和)十八年の初夏の一週間に(韓国の)済州島で二百人の若い朝鮮人女性を「狩り出した」〉

 清田氏はその後、ソウル支局長や外報部長などを歴任し、2008年には取締役に就任している。

 今回の検証記事作成の過程で、朝日新聞の取材チームは清田氏からも話を聞いているが、検証記事では清田氏について、こう触れたのみだった。

〈執筆した大阪社会部の記者(66)は「講演での話の内容は具体的かつ詳細で全く疑わなかった」と話す〉

 週刊文春は清田氏を直撃し、話を聞いた。

「今回の検証記事は読みましたよ。思いはありますけど、会社の結論ですから異存はないというか。(82年の自分の記事について)削除とか一部誤報という結論を出しているわけですから、結果はそうだと受け止めているだけです」

 自身の誤報について、清田氏から最後まで反省の言葉は聞かれなかった。



>自身の誤報について、清田氏から最後まで反省の言葉は聞かれなかった。


何度も言うが、朝日新聞による一連の「従軍慰安婦強制連行」大キャンペーンは、「誤報」などではなく悪意を持った会社ぐるみの「捏造・虚偽報道」だ!

そして、その反日捏造キャンペーンの一番の責任者だった清田治史(きよた はるひと)は、9月8日頃には全く反省していなかった。

しかし、元朝日新聞論説委員・長岡昇氏や「週刊文春」などによる追及(電凸)、そして9月11日の木村伊量(ただかず)朝日新聞社長の記者会見の後、さらに清田治史への批判が強まったのか、とうとう9月13日を以て帝塚山学院大学教授及び国際理解研究所所長を退職した。

慰安婦放火魔の植村隆に先立ち、性奴隷強制連行の種火を作り、朝日新聞の取締役まで登り詰めた清田治史元記者9月13日付で退職


(参考)
▼清田治史(きよた はるひと)に関するまとめサイト▼
━━━━━━━━━━
中国・韓国・在日崩壊ニュース」より
【拡散】慰安婦捏造の首謀者は【 植村隆ではない 】ことが発覚!!! 朝日新聞の「清田治史」という記者がすべての発端だった!!!


228 :陽気な名無しさん:2014/09/12(金) 22:14:51.65 ID:IKahhXia0.net
【植村隆はただのパシリ・慰安婦報道の真犯人は別にいた】

1982年9月:清田治史記者が吉田清治の嘘を記事にする
1983年11月:清田記者が「ひと」欄で吉田を取り上げる(慰安婦の話はない)
1990年9月:金丸信が金日成に80億ドル(1兆円)の賠償を約束
1991年8月:植村記者が「思い出すと今も涙」という記事で「女子挺身隊の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦」の記事を出す
1992年1月:宮沢訪韓の直前に「慰安所への軍関与示す資料」という1面トップ記事を出し、「朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した」と解説する
1992年:東京社会部の記者(53)が「デスクの指示で吉田氏に会い、裏付けのための関係者の紹介やデータ提供を要請したが拒まれた」
1993年8月:河野談話を各社は「強制連行認める」と報じたが、朝日だけは「強制認める」と報じた
1997年3月:「従軍慰安婦 消せない事実」という特集記事で、吉田証言を「真偽は確認できない」と認めたが、訂正はしなかった

8/5の朝日新聞朝刊・慰安婦報道検証記事内の「大阪社会部の記者(66)」は清田治史

清田治史は、吉田記事によって大阪社会部のエースとなり、
東京本社外報部記者、マニラ支局長、外報部次長、ソウル支局長、外報部長、東京本社編集局次長、
総合研究本部長、事業本部長を経て、ついには西部本社代表(取締役)にまで出世。
現在は帝塚山学院大学人間科学部教授

http://www.tezuka-gu.ac.jp/faculty/teacher/detail/media_kiyota.html
清田 治史 | 詳細 | 教員紹介 | 学部・大学院 | 帝塚山学院大学
清田 治史 教授
清田 治史 教授

最終学歴
早稲田大学政治経済学部卒業、ハーバード大日米プログラム客員研究員
学位
経済学士
現職
人間科学部情報メディア学科教授、国際理解研究所長

・・・
主たる業績
共著「爆心――中島の生と死」(1986、朝日新聞社刊)
共著「北朝鮮問題をどう解くか」(2004、聖学院大学出版会)
共訳「パクチョンヒ――その権力の内幕」(1988、朝日新聞社刊)
朝日新聞社マニラ・ソウル特派員時代の特電多数

学会・社会活動
日本マスメディア学会会員、大学朝日人の会大阪支部長
・・・


長岡昇・元朝日新聞論説委員「慰安婦報道、一番の責任者は誰か」
http://www.johoyatai.com/?m=pc&a=page_fh_diary&target_c_diary_id=1136


「従軍慰安婦報道の口火を切り、その後の報道のレールを敷いた一番の責任者」

清田と吉田が当初目指していたのは、男性徴用者への国家賠償と1兆円にも上る北朝鮮賠償利権だった。
清田の他にも、清田の後任で慰安婦キャンペーン責任者だった大阪本社論説委員・北畠清泰(故人)、
植村隆と共同で慰安婦報道を広めた現東京本社報道局長の市川速水も捏造報道の共犯だった。
(市川速水は2006年の朝日新書「朝日vs産経ソウル発」の中で、強制連行がデマであることを認識している。)

【言論アリーナ】朝日新聞誤報事件、本当の黒幕は他にいる!? 池田信夫×石井孝明
https://www.youtube.com/watch?v=Vfn4Z3A8X8U



230 :陽気な名無しさん:2014/09/12(金) 23:17:39.05 ID:x2W1RvQI0.net
>>228
パシリでも「日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦」が
今となっては「性奴隷」だったなんて言って、世界に広められてるからねぇ

植村、清田、福島の証人喚問が必要ね。


231 :陽気な名無しさん:2014/09/12(金) 23:26:24.69 ID:IKahhXia0.net
>>230
慰安婦キャンペーンの総責任者の清田
捏造実行犯の植村
捏造共犯の市川
加担した福島瑞穂と高木健一

この5人は必ず引っ張り出されるべきね。
特に市川は今でも朝日に在籍してるんだから
杉浦だけじゃなくて、こいつも記者会見に出すべきだったわ。

━━━━━━━━━━


慰安婦放火魔の植村隆に先立ち、性奴隷強制連行の種火を作り、朝日新聞の取締役まで登り詰めた清田治史元記者
慰安婦放火魔の植村隆に先立ち、性奴隷強制連行の種火を作り、朝日新聞の取締役まで登り詰めた清田治史元記者

▼「従軍慰安婦強制連行」捏造の犯罪者たち▼

清田治史(9月13日、帝塚山学院大学教授を退職)
北畠清泰(故人)
植村隆(北星学園大学非常勤講師)
市川速水(朝日新聞ゼネラルマネジャー兼東京本社報道局長)

福島瑞穂(社民党の国会議員)
高木健一(弁護士)

_福島瑞穂(社民党の国会議員)、高木健一(弁護士)


普通に考えて、清田治史の次に制裁を受けるのは、植村隆(北星学園大学非常勤講師)だろう。

植村隆が勤務している北星学園大学には、清田治史が勤務していた帝塚山学院大学以上に【お問い合わせ】が殺到しているはずだが、なかなかしぶとい。


▼1991年8月11日【朝日新聞】植村隆が『「女子挺身隊」の名で日本軍に強制連行された朝鮮人従軍慰安婦が生存している』とスクープ記事▼

朝日新聞・植村隆記事
1991年8月11日【朝日新聞】
日中戦争や第二次大戦の際、「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり
女性は「思い出すと今でも身の毛がよだつ」と語っている。…
女性の話によると、中国東北部で生まれ、十七歳の時、だまされて慰安婦にされた。ニ、三百人の部隊がいる中国南部の慰安所に連れて行かれた。…

植村隆は、義母「梁順任」を日本政府相手の訴訟で勝たせるために、捏造記事を乱発した!

↓ ↓3日後↓ ↓

1991年8月14日、金学順が韓国で実名・顔出し会見
91年8月14日の実名・顔出し会見

1991年8月15日「ハンギョレ新聞」
(一部抜粋)

生活が苦しくなった母親によって14歳の時に平壌のあるキーセン検番(日本でいう置屋)に売られていった。三年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、検番の義父に連れていかれた所が、華北の日本軍300名余りがいる部隊の前だった



1991年12月に補償を請求して提訴。裁判所に提出した略歴。
――――――――――
1924年:吉林省(満州)に生まれる。
1926年(2歳):母と共に平壌(現在の北朝鮮)へ移住 。
1939年(15歳):40円で妓生を養成する学校の養女に、そこから妓生巻番(妓生養成学校)に通う
1941年(17歳):卒業するが年齢が足りず妓生になれず、養父に中国ならお金が稼げるだろうと、養父に連れられ平壌から中国へ汽車で行く。
北京に到着町中で日本軍将校に呼び止められ「朝鮮人だろ、スパイではないか?」と姉さんとトラックに乗せられる。夜中ついた空き家で将校に犯される。翌日、お姉さん共々慰安所に。
――――――――――

東京会見で号泣演技の金学順91年12月
1991年12月、東京会見で号泣演技する金学順
朝日新聞の植村隆は吉田清治のストーリーにそって「女子挺身隊として強制連行された」と明らかに事実と異なる記事を書いたが、福島瑞穂らは訴状に「養父に連れられ北京に到着後、日本軍に呼び止められトラックに乗せられ連れて行かれた」とストーリーを修正した。
朝日新聞の植村隆は吉田清治のストーリーにそって「女子挺身隊として強制連行された」と明らかに事実と異なる記事を書いたが、福島瑞穂らは訴状に「養父に連れられ北京に到着後、日本軍に呼び止められトラックに乗せられ連れて行かれた」とストーリーを修正した

http://houdoumimamoru.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/post-73c6.html
「証言 強制連行された朝鮮人慰安婦たち」は捏造だった。週刊文春2014,4,10より
(一部抜粋)
これらの証言の信ぴょう性を安教授に問うた。

安乗直氏(ソウル大学名誉教授)
「ありえないことを喋っている、、、、(苦笑)。最初に聞き取り調査をした際、日本軍を悪く言う慰安婦は、実は一人としていませんでした。むしろ日本への憧れの気持ちを感じた」

大高未貴(ジャーナリスト)
最初に従軍慰安婦だと名乗りをあげた金学順さんの証言も肝心の部分でたびたび変遷しています。彼女達の証言は、一体どこまで信ぴょう性があるのですか。

安教授
(中略)
「(慰安婦たちは)挺対協と一緒になってワーワーやっているうちに精神的に汚れてしまったんでしょう。以降、どんどん好きな事ばかりしゃべるようになってしまった。その結果、何が何だか解らなくなってー」





ジャーナリストの門田隆将氏は、朝日新聞によって、引き起こされた従軍慰安婦の「強制連行」問題を【本丸】と称し、「これから朝日新聞を待っている試練は、はかりしれないほど大きいと思う。それは、いよいよ“本丸”での闘いが、これからスタートするからだ。」と述べている。

朝日新聞によって、引き起こされた従軍慰安婦の「強制連行」問題【本丸】の中でも、「1991年8月、1人の朝鮮人慰安婦の取材をすることに成功」し、その初めて証言する従軍慰安婦の金学順を「女子挺身隊の名で戦場に連行された朝鮮人慰安婦」に仕立て上げ、強制連行の被害者、すなわち、のちに「性奴隷(sex slaves)」と称される従軍慰安婦の典型例として、利用し続けたことは、特に重大犯罪だ!

その【本丸】の中心人物こそ、現在、北星学園大学で非常勤講師をしている植村隆だ!

http://www.kadotaryusho.com/blog/index.html
“情報ビッグバン”に敗れた朝日新聞
2014.09.13、門田隆将ブログ
門田隆将(かどた・りゅうしょう)

朝日新聞は、“情報ビッグバン”に敗れた。私は、そう思っている。朝日新聞の木村伊量社長の記者会見、そして「吉田調書」誤報の検証記事を見ながら、私には、いくつもの感慨が湧き起こった。

朝日新聞の「9・11」は、日本のジャーナリズムにとって「歴史的な日」であり、「時代の転換点」として長く記憶されることになるだろう。

おそらく従軍慰安婦報道の一部撤回につづく今回の吉田調書の誤報事件は、朝日の致命傷になると私は思う。それは、朝日新聞はジャーナリズムとしても、そして企業体としても「生き残れない」という意味である。

それは、朝日新聞が今、糾弾されているのは、単に吉田調書に対する誤報ではなく、意図的に事実を捻じ曲げて報道するという“朝日的手法”にほかならないからだ。それが報道機関にとってあってはならないことであり、その正体が白日の下に晒された以上、すなわち、国民がそのことに気づいた以上、それは朝日新聞にとって「致命傷」である、ということだ。

自らのイデオロギーや主張に基づいて、それに都合のいい事実をピックアップし、真実とはかけ離れたものをあたかも真実であるかのように報道する――朝日新聞がこれまでつづけてきた、その「手法」と「姿勢」そのものが糾弾されているのである。

私は、すでに“朝日的手法”が通用しない時代が来ていることを、なぜ朝日新聞は気がつかなかったのか、と思う。情報を独占し、自らの主張、イデオロギーによってそれを加工し、大衆に下げ渡していくという手法が、もはや通じなくなっていることに、である。

今回、5月20日に朝日新聞が「命令違反による撤退」という吉田調書報道をおこなった後、私が5月末にまずブログで誤報を指摘し、次に『週刊ポスト』誌上でレポートとしてまとめ、写真誌『フラッシュ』のインタビューに応じるなど、問題提起をしていった。

私自身が驚くほど、それらはインターネットによって拡散され、大きな影響を及ぼしていった。そして以降、産経新聞、読売新聞、共同通信といったマスメディアが吉田調書を入手して検証するに至り、朝日の誤報の具体的な問題点が次々、浮き彫りにされていった。

これは、いったい何を意味しているのか。それは大新聞が情報を独占し、加工して下げ渡していく時代がとっくに終焉しているということである。インターネットの登場によるニューメディア時代は、マスコミが情報を独占する時代を、あっという間に「終わらせていた」のである。

私は、これを“情報ビッグバン”と呼んでいる。情報を発信するのは、マスコミに限らず、それぞれの個人個人、誰にでもでき、ブログやSNSといったニューメディアは、その大きな手段となっている。今回、私が最初に情報発信したのが、「ブログであった」ことでもわかる。

これらニューメディアが台頭する以前、大衆は情報を確かめる術(すべ)を持たなかった。しかし、今は違う。マスメディアが大衆を導く時代は終わり、逆に大衆によって監視され、検証される時代に入っているのだ。

しかし、朝日新聞は、驕りと偏見によって、そのことに気づこうともしなかった。だが、その代償はあまりに大きかった。私はこれから朝日新聞を待っている試練は、はかりしれないほど大きいと思う。それは、いよいよ“本丸”での闘いが、これからスタートするからだ。

本丸とは、いうまでもなく朝日新聞によって、引き起こされた従軍慰安婦の「強制連行」問題だ。中国や韓国の側に立って、日本と日本人をどうしても貶めたい朝日新聞は、1991年8月、1人の朝鮮人慰安婦の取材をすることに成功する。

それは15歳の時にキーセンに売られ、またその後も売られていく金学順さんという薄幸な女性だ。初めて証言する従軍慰安婦として、朝日新聞は彼女を大きく取り上げつづけた。

彼女は、朝日新聞によって、「女子挺身隊の名で戦場に連行された朝鮮人慰安婦」に仕立て上げられた。強制連行の被害者、すなわち、のちに「性奴隷(sex slaves)」と称される従軍慰安婦の典型例として、朝日は彼女を「利用していく」のである。

しかし、実際の彼女は、不幸にも身内によって、身を売られた女性だった。しかし、それでは「日本」を糾弾することができない朝日新聞は、彼女を強制連行された存在としてデッチ上げていくのである。

だが彼女は、自分が「売られていった過去」を隠していない。朝日の報道後、名乗り出た彼女は、記者会見でも、自分が40円で売られたことを堂々と語っている。そしてその後、日本政府に損害賠償請求をした訴状の中にも、はっきりとそのことを記述している。

しかし、朝日新聞は、それでも彼女を「強制連行の被害者」としたのである。1992年1月11日付朝刊で、朝日は従軍慰安婦のことを「主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した。その人数は8万とも20万ともいわれる」と書いている。“強制連行”という謂われなき濡れ衣を日本人にかぶせつづけたのである。


その結果、日本はどうなったのか。そして日韓関係はどうなったのか。国連の人権委員会によって、慰安婦への謝罪と賠償を勧告され、世界のあちこちに従軍慰安婦像が建ち、日本人が「性奴隷を弄んだ民族」として非難を浴び、そして決定的に日韓関係は破壊されてしまったのである。

朝日新聞が、さる8月5日、6日に検証記事によって撤回したのは、「済州島で慰安婦狩りをした」という自称・元山口県労務報国会下関支部動員部長の吉田清治氏に関わる記事だけだった。

しかし、朝日新聞の罪は、吉田清治証言を報道したことよりも、前述の通り、日本軍、もしくは日本の官憲による「強制連行」をつくり上げ、拡大し、そして世界に広めていったことにある。

朝日の報道によって、日本人が被った「不利益」と、失われた「名誉と信用」は、到底、損害額としてはじき出せるようなレベルではない。すなわち、それは、戦後、ひたすら日本と日本人を貶めることに血道を上げてきた朝日新聞の“不断の努力”が実をむすんだ結果なのである。


果たして、朝日新聞の本当の姿が、今後、どれだけ国民の前に明らかになるだろうか。私はそこに注目している。そして、その解明が成された時、私は朝日新聞が「終焉を迎える」と思っている。

中国や韓国の報道機関ならいざ知らず、繰り返されてきた朝日新聞による「日本人を貶める」報道。それが今後、一生懸命、働き、真面目にこつこつ努力してきた大多数の日本人に、受け入れられるはずがない。

私は、「吉田調書」報道の謝罪会見を開いた「2014年9月11日」は、日本のジャーナリズムのターニング・ポイントであり、同時に朝日新聞にとっては、生き残りさえ難しい「致命傷」を負った日だったと思う。



【告知】

http://calendar.zaitokukai.info/skantou/scheduler.cgi?mode=view&no=548
朝日新聞不買デモIN鶯谷
今回実施するのは朝日新聞不買運動のデモです

【日時】
2014年9月20日(土曜日) 
15:30集合16時00分出発

【集合場所】
 鶯谷公園

JR鶯谷を降りて南口改札を出て左折します
降りてまた左折します。
途中、橋から公園が見えます。


■『脱法移民』に日本が壊される
維新政党・新風広島県本部時局講演会

講師:鈴木信行(維新政党・新風 党代表)

日時:平成26年9月21日(日)18:00開始
場所:広島市東区民文化センター(区役所前・広島市東区東蟹屋町10-31)
http://www.cf.city.hiroshima.jp/higashi-cs/
【参加費】 無料
【主 催】 維新政党・新風 広島県本部
【問合先】 新風広島県本部事務局(082-556-7810)




【反日・捏造】朝日新聞を許さない奥様★2
皆で情報を共有しよう!
【反日・捏造】朝日新聞を許さない奥様★3
http://hello.2ch.net/test/read.cgi/ms/1409557919/


朝日新聞糾弾チラシ
朝日新聞糾弾チラシ(チラシに関する詳細記事
PDFファイルはここをクリック



『韓国の大量虐殺事件を告発する―ベトナム戦争「参戦韓国軍」の真実』北岡俊明著, 北岡正敏著(2014/06)
『マスコミ堕落論-反日マスコミが常識知らずで図々しく、愚行を繰り返すのはなぜか』西村幸祐著(2014/7/15)
『すべては朝日新聞から始まった「慰安婦問題」』 山際澄夫著(2014/1/15)



「祝!清田治史退職!次は植村隆だ!」

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