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韓国政府「朝日が取り消しても強制連行は事実。慰安婦たちの証言がある。」・福島瑞穂のせりふ指導
↓忘れずに、最初にクリックお願いします。↓






元慰安婦たちの証言があるからだ

韓国政府 「朝日新聞が取り消しても強制連行されたという立場には全く変化はない。元慰安婦たちの証言があるからだ」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140912-00050026-yom-int
韓国政府「日本の右傾化加速を懸念」…朝日謝罪
読売新聞 9月12日(金)9時57分配信

 【ソウル=豊浦潤一】朝日新聞の木村伊量社長が11日、いわゆる従軍慰安婦問題で吉田清治氏の証言記事取り消しを巡り、「訂正が遅きに失した」などと初めて謝罪したことについて、韓国政府関係者は「日本の右傾化が加速するのではないか懸念される」と本紙に語った。

 また「(慰安婦が強制連行されたという)韓国政府の立場には全く変化はない。元慰安婦たちの証言があるからだ」と話した。

 韓国メディアでは、朝日が8月5日、戦時中に韓国・済州島で女性を慰安婦にするため暴力を使って強制連行したとする吉田清治氏の証言を「虚偽」と認めて記事を取り消したことについて、朝日を擁護する主張が強まっている。

 聯合ニュースは8月5日、「(朝日は)慰安婦に関連して日本の責任を否定する側から執拗(しつよう)な攻撃を受けた」と日本の保守派からの批判に焦点をあてた。



>また「(慰安婦が強制連行されたという)韓国政府の立場には全く変化はない。元慰安婦たちの証言があるからだ」と話した。


昨日の当ブログ記事にも詳しい説明を掲載したが、慰安婦だったことについて「意に反して日本によって強制された」と主張する元慰安婦たちの証言は全て嘘っぱちのでっちあげだ。

貴重な動画がある。

元朝日新聞記者の植村隆の義母である梁順任(詐欺で逮捕)が、他の朝鮮人元慰安婦たちに対して、強制連行に関する証言の台詞(せりふ)の指導をしている動画だ!

植村隆の母は、他の元売春婦たちに、「ジープとかヘリコプターと言ったら朝鮮戦争の時の売春婦だったとバレるから、『ジープ』『ヘリコプター』と言ったら駄目だ!」などとNGワードについて厳しく教えている!

朝日新聞の植村隆の義母である梁順任(詐欺で逮捕)による証言の台詞やNGワード指導 ジープとかヘリコプターとは言ったらダメだよ
■ニコニコ動画
朝日新聞 植村隆の義母
http://www.nicovideo.jp/watch/sm24188858

――――――――――
7分25秒~
ジープとかヘリコプターとは言ったらダメだよ!
(朝鮮戦争の時の売春婦だと)ばれるからね
だからジープはダメだよ
ジープはダメ!
ジープはダメ!

あと、熊本とか台湾に連れて行かれたと言ったらだめよ

――――――――――
2014年9月15日に追記
――――――――――
ジープやトラック
毎日読ませていただいています。とても勉強になります。ありがとうございます。一点気づいた点がありますので書かせていただきます。
最初の動画で「ジープやトラックはだめ」とありますが、動画を観たところ、その前に「何と言っているのか分からないので、適当にキャプションします」という趣旨の注意書きがありました。ですので、これは実際に「ジープやトラック」等を韓国語で言っているわけではないようです。
せっかくの記事ですので、正確を期することが大切だと思い、コメントさせていただきます。
2014/09/14(日) 06:05:14 | URL | いつも読ませていただいています #t0gHIlQY [ 編集 ]
――――――――――




朝鮮人の元売春婦たちに、「日本によって意に反して慰安婦を強制された」と偽証するための台詞やNGワードについて指導していたのは、植村隆の母(梁順任)だけではない。

というか、元祖は、当時弁護士だった福島瑞穂と朝日新聞の松井やよりだった!


社民党・福島瑞穂と元朝日編集委員の松井やより、慰安婦の聞き取り調査で、スタッフが慰安婦に台詞を言わせて演出していた!

http://blog.livedoor.jp/aryasarasvati/archives/38968295.html
社民党・福島瑞穂と元朝日編集委員の松井やより、慰安婦の聞き取り調査で、スタッフが慰安婦に台詞を言わせて演出していた!「河野談話」を出世の踏み台にした「福島瑞穂」社民党前党首 売国の履歴書
週刊新潮2014.7.3号(p31~33)
今は知らん顔で頬かむり!?
「河野談話」を出世の踏み台にした
「福島瑞穂」社民党前党首 売国の履歴書


元慰安婦の証言は裏付けもなく、聞き取りはセレモニーでしかなかった。先頃公表された「河野談話」の検証報告ではそんな驚きの事実が明らかになったが、その偽りの「儀式」を演出した人こそ、福島瑞穂氏(58)だ。彼女が日韓の間に残した傷はあまりにも深い。

 それにしても、「河野談話」のお陰で日本人はどれほど貶められて来たことだろうか。何しろ、世界中で繰り広げられる反日キャンペーンは、この談話をもってして”日本政府も慰安婦の強制連行を認めているではないか”と正当化されてきたのである。

 そう銘打たれた別行の報告書が公表されたのは6月初日のこと。いわゆる従軍慰安婦の強制性を認めたとされる「河野談話」の作成過程が、政府の検証チームによってようやく明らかにされたのだ。

(略)

 報告書を読んだ拓殖大学の藤岡信勝客員教授が言う。
「報告書のポイントは2つあります。ひとつは慰安婦の強制連行がなかったことがより明白になった点です。すなわち、元慰安婦への聞き取りが単なるセレモニーだったということ。2つ目は強制連行がなかったという認識を、当時の政府が持っていたということです」

 この報告書の公開で事実が白目の下に晒されてはならじと思ったのか、韓国が竹島近海で射撃訓練を行うなどの威嚇に及んだのは御存知のとおり。また、朝日新聞も21日に〈もう談話に疑義をはさむのはやめるべきだ〉と逆ギレ調の社説を掲載、河野洋平元官房長官も同日の講演で「強制性はあった」と主張するなど、報告書の公開で立場が悪くなった面々から一斉に反発が起きたのだ。

 ところが、そんな中で、なぜか黙ったままの当事者がいる。慰安婦問題に火をつけ、「談話」にも深く関わった社民党前党首の福島瑞穂氏である。

日韓で”付け火”

 そもそも慰安婦問題が日韓の外交問題になったのは、91年8月、元慰安婦が”挺身隊の名目で連行され従軍慰安婦にさせられた。と名乗り出たことだった。そして12月、日本政府に対し損害賠償訴訟が起こされるのだが、そこに弁護士として参加したのが政治家になる前の福島氏だった。

 「日本の活動家が慰安婦問題に目をつけ、韓国の慰安婦団体を焚き付けた。人権派の高木健一弁護士らがこれに乗り、福島氏も訴状に名前を連ねたのです」

(政治部記者)この問題は、朝日も同年8月11日付で大々的に報じ、 大騒ぎとなる。後に報道はウソだったことが判明するが、それはしばらく経ってからの話。時の宮澤政権は追い込まれ、翌年1月の訪韓では慮泰愚大統領の前で8回も謝罪させられた。さらに92年7月、加藤紘一官房長官が元慰安婦に向けて、
「改めて衷心よりお詫びと反省の気持ちを申し上げたい」
 と談話を発表する。だが、それでも一向に収まる気配がない。福島氏らが日韓をまたいで”付け火”して回ったからだ。彼女はNHKなどに元慰安婦のインタビューを売り込む一方、韓国でも騒ぎまくった。

 だが、その手法は真実を求めるというよりはプロパガンダそのもの。長年、市民運動や女性の人権擁護に関わってきたフリージャーナリストの舘雅子氏が振り返る。

 「私は92年8月にソウルのYMCA 会館で聞かれた『アジア連帯会議』に出席しましたが、それを仕切っていたのが福島さんと元朝日新聞編集委員の松井やよりさん(故人) でした。当日、私は会場内で迷って、ある小部屋に立ち入ってしまったのです」

そこで舘氏は仰天の光景を目撃する。

「お揃いの白いチマチョゴリを着た女性が4、5人いて、日本人と韓国人のスタッフが”ああ言いなさい!こう言いなさい”と一生懸命、振り付けをしているのです。本番の会議でも彼女たちが登壇し、言われた通りに悲劇的な体験と、日本政府に対する怒りを切々と述べているではないですか

 元慰安婦たちは操られている。
舘氏はそう直感したという。

ところが、台湾人の元慰安婦の番になると”日本の兵隊さんは私たちに優しくしてくれました”などと言い出し、ステージの下に控えていた福島氏や松井氏が大慌て。

それ止めて! 止めて!と遮り、それでも止めないとマイクや照明を切ったりして発言を封じ込むのです。タイの女性も”日本の軍隊ばかり叩くな””イギリス兵はもっと悪いことをした” と反発していましたが、福島さんや松井さんが抑え込んでしまいました」(同)


 ハプニング続出出にもかかわらず、会議は日本政府に強制連行の認定と謝罪と補償を求める決議を採択して終わる。そして、具体的なアクションも決められた。

「日本政府への働きかけは2班に分けられ、私たち外部の団体は内閣外政審議室(当時)に対して行い、福島さんや松井さんたちは”河野(洋平)さんのところに持ってゆく!”とはっきり言っていました」(同)

 宮澤改造内閣の立役者として、河野氏が内閣官房長官に就任したのはこの年の12月。そして、翌年7月、政府による元慰安婦の聞き取り調査が開始される。その内容は、昨年同月、産経新聞のスクープで極めて杜撰なものであったことが明らかになっているが、

「聞き取り調査は、ソウル市龍山区にある太平洋戦争犠牲者遺族会の事務所で7月初日から初日まで行なわれました。日本からは内閣外政審議室の審議官らが4人、外務省から1人、そして民聞からも全国人権擁護委員連合会の弁護士と元慰安婦の国家補償を求める訴訟原告団の弁護士も同席したのです」(元ソウル特派員)

 その、同席した原告団弁護士がこれまた福島氏だった。

(略)

今回の報告書にはこう書かれている。

〈河野談話との関係については、聞き取り調査が行われる前から追加調査結果もほぼまとまっており、聞き取り調査終了前に既に談話の原案が作成されていた〉

 93年8月4目、談話が発表されると前出の舘氏は、それを見て驚き、そして合点がいったという。

「私たちが連帯会議の決議を外政審議室に持ち込んだときは、慰安婦の話は全く信憑性がなく身元も不明と門前払いでしたが、『河野談話』には決議そっくりの内容が盛り込まれていたのです。福島・松井チームは官邸に働きかけて主要部分を談話に入れることに成功していたんだ、と改めて感心したものです」

 福島氏は、知名度を買われ、98年の参院選で国政に進出。あれよあれよという聞に、社民党党首にまで上り詰めたのは御存知のとおり。
(以下略)


http://blogos.com/article/45082/
2012年08月17日、池田信夫
慰安婦問題の「主犯」は福島瑞穂弁護士

(一部抜粋)

吉田の話に目をつけて日本政府を相手に訴訟を起こそうとしたのが、福島瑞穂氏や高木健一氏などの弁護士で、彼らは韓国に渡って原告になる元慰安婦を募集した。そこで見つけたのが金学順で、彼女はNHKにも出演して「親に売られてキーセンになり、義父に連れられて日本軍の慰安所に行った」と証言した。この話をNHKに売り込んできたのが福島氏で、彼女はスタジオに立ち会って金にせりふを教えていた。目的は、軍票(敗戦で無効になった)で支払われた給与の賠償だった。

しかし朝日新聞の植村記者がこれを(吉田のストーリーにそって)「女子挺身隊として強制連行された」と誤って報じたため、福島氏らは訴状を「軍に連行された」と書き換えた(だから彼女は「強制連行」が嘘であることを知っているはずだ)。その原告団長は植村記者の義母だったが、のちに裁判費用を詐取したとして逮捕され、行方をくらました。



1991年12月6日にアジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件として、35人が慰安婦に対する賠償を求めて日本政府を告訴
原告団長は粱順任(ヤン・スニム)、原告代理人は、福島瑞穂、高木健一、林和男など(関連記事

ワールドウォッチング(従軍慰安婦) 福島瑞穂弁護士
■動画
ワールドウォッチング(従軍慰安婦) 福島瑞穂弁護士
https://www.youtube.com/watch?v=oTqFF0GJKQ8




おそらく、植村隆の母(梁順任)に、「ジープとかヘリコプターと言ったら朝鮮戦争の時の売春婦だったとバレるから、『ジープ』『ヘリコプター』と言ったら駄目だ!」などと教えたのも、福島瑞穂や朝日新聞の松井やよりたちだったのだろう。

このように、福島瑞穂、朝日新聞の松井やより、朝日新聞の植村隆の義母の梁順任などが、NGワードなどを教えてやらなければ、「日本によって意に反して慰安婦を強制された」と主張する元売春婦たちは、もっともっと滅茶苦茶なことを証言していたはずだ。

(典型事例)

http://blogs.yahoo.co.jp/ishikawaryou1/9410462.html
韓国「ニセ」慰安婦 50代の慰安婦も来日! 旧日本軍のへリコプター部隊にジープで拉致された??←第二次大戦中に日本軍はゼロ戦部隊だ!ジープはアメリカ軍!
金福童(キム・ボットン)
故郷の『朝鮮の村にジープに乗った日本軍』がやってきて誘拐され、
『日本軍のヘリコプター部隊』の基地に連れていかれ、
『クリスマス休暇中の日本兵』にコキ使われるなど
『昭和23年まで』解放されませんでした。

日本兵には毎日のように『ブーツで』けられるなど、イジメられましたが、
日本兵たちは全員『8発も連射できるライフル』を持っているので、
逃げたくても、とても逃げきれないと思いました。

『ペニシリンを数週間ごとに』注射されて痛い注射を繰り返しうたれました。





「河野談話」「クマラスワミ報告書」も、嘘吐き朝鮮人婆どもの出鱈目証言だけが唯一の根拠となっている。

(参考)

▼▼▼▼嘘吐き朝鮮人婆ども▼▼▼▼

▼金学順▼
金学順「私が生き証人だ」慰安婦
「私が生き証人」と豪語する金学順

▼1991年8月11日【朝日新聞】植村隆が『「女子挺身隊」の名で日本軍に強制連行された朝鮮人従軍慰安婦が生存している』とスクープ記事▼

朝日新聞・植村隆記事
1991年8月11日【朝日新聞】
日中戦争や第二次大戦の際、「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり
女性は「思い出すと今でも身の毛がよだつ」と語っている。…
女性の話によると、中国東北部で生まれ、十七歳の時、だまされて慰安婦にされた。ニ、三百人の部隊がいる中国南部の慰安所に連れて行かれた。…


↓ ↓3日後↓ ↓

1991年8月14日、金学順が韓国で実名・顔出し会見
91年8月14日の実名・顔出し会見

1991年8月15日「ハンギョレ新聞」
(一部抜粋)

生活が苦しくなった母親によって14歳の時に平壌のあるキーセン検番(日本でいう置屋)に売られていった。三年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、検番の義父に連れていかれた所が、華北の日本軍300名余りがいる部隊の前だった



1991年12月に補償を請求して提訴。裁判所に提出した略歴。
――――――――――
1924年:吉林省(満州)に生まれる。
1926年(2歳):母と共に平壌(現在の北朝鮮)へ移住 。
1939年(15歳):40円で妓生を養成する学校の養女に、そこから妓生巻番(妓生養成学校)に通う
1941年(17歳):卒業するが年齢が足りず妓生になれず、養父に中国ならお金が稼げるだろうと、養父に連れられ平壌から中国へ汽車で行く。
北京に到着町中で日本軍将校に呼び止められ「朝鮮人だろ、スパイではないか?」と姉さんとトラックに乗せられる。夜中ついた空き家で将校に犯される。翌日、お姉さん共々慰安所に。
――――――――――

東京会見で号泣演技の金学順91年12月
1991年12月、東京会見で号泣演技する金学順
朝日新聞の植村隆は吉田清治のストーリーにそって「女子挺身隊として強制連行された」と明らかに事実と異なる記事を書いたが、福島瑞穂らは訴状に「養父に連れられ北京に到着後、日本軍に呼び止められトラックに乗せられ連れて行かれた」とストーリーを修正した。
朝日新聞の植村隆は吉田清治のストーリーにそって「女子挺身隊として強制連行された」と明らかに事実と異なる記事を書いたが、福島瑞穂らは訴状に「養父に連れられ北京に到着後、日本軍に呼び止められトラックに乗せられ連れて行かれた」とストーリーを修正した


http://houdoumimamoru.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/post-73c6.html
「証言 強制連行された朝鮮人慰安婦たち」は捏造だった。週刊文春2014,4,10より
(一部抜粋)
これらの証言の信ぴょう性を安教授に問うた。

安乗直氏(ソウル大学名誉教授)
「ありえないことを喋っている、、、、(苦笑)。最初に聞き取り調査をした際、日本軍を悪く言う慰安婦は、実は一人としていませんでした。むしろ日本への憧れの気持ちを感じた」

大高未貴(ジャーナリスト)
最初に従軍慰安婦だと名乗りをあげた金学順さんの証言も肝心の部分でたびたび変遷しています。彼女達の証言は、一体どこまで信ぴょう性があるのですか。

安教授
(中略)
「(慰安婦たちは)挺対協と一緒になってワーワーやっているうちに精神的に汚れてしまったんでしょう。以降、どんどん好きな事ばかりしゃべるようになってしまった。その結果、何が何だか解らなくなってー」






▼黄錦周▼(1993年「河野談話」の前に聞き取り調査した16人の一人)
自称性奴隷の黄錦周

自称性奴隷の黄錦周「私は日本人野郎を引き裂いて食べて死ぬつもりだ」

1992年4月『元兵士たちの証言 従軍慰安婦』西野留美子著
17歳の時、工場で働けるといわれ満州の吉林へ。
其処が慰安所だった。淋病、梅毒にかかっても慰安所で働かされた。


1992年7月『従軍慰安婦と戦後補償』高木健一著
生活は貧しく、12歳のときに100円で売られた。ソウルの金持ちの家で小間使い。 1938年に威鏡南道ハムン郡で女中をしていた時に、その家の娘の身代わりとなって満州に連行され従軍慰安婦となった。
吉林省、樺太、また吉林省と移動してそこで終戦。


1993年7月『写真記録 破られた沈黙 アジアの「従軍慰安婦」たち』伊藤孝司著
1922年生まれ。12歳の時売られ1942年工場供出の員数割り当てがきてソウルの金持ちの家で女中をしていた家の娘の身代わり。
行った先が慰安所だった。


1993年7月「河野談話」に向けたヒアリング(聞き取り調査)
1927年12月1日生まれ。15歳で養女に行き、(1947年頃)19歳のとき、養い親に白い令状がきて義姉の代わりに行った。「吉林駅」からトラックでひどく寒い場所に連れて行かれ、軍人たちの相手をさせられた。4年目の(1951年か)8月に解放された。


1993年10月『証言 強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち』韓国挺身隊問題対策協議会・挺身隊研究会編集
1922年8月15日生まれ。1941年村の班長(日本人)が「日本の軍需工場に三年の契約で仕事をしに行けばお金が儲かる、一家で少なくとも一人は行かなくてはならない」と、暗に脅迫しました。行った先が吉林駅。

1995年7月24日 【朝日新聞】元従軍慰安婦 黄錦周の世界1
日本人の班長が「三年契約で軍需工場で働く」件で会う度に「どうするの?」と聞くので「私が行きます」

1995年7月25日 【朝日新聞】元従軍慰安婦 黄錦周の世界2
「多い日で15人ぐらい、クリスマスには20人近かった」
(日本にクリスマスの習慣が入ったのは戦後)

1996年1月4日、国連・経済社会理事会クマラスワミ報告
17歳のとき、日本人の村の指導者の妻が、未婚の朝鮮人少女全員に、日本軍の工場に働きに 行くように命じました。そのとき私は労働者として徴用されたのだと思いました。

1997年夏 本人発言「日韓社会科教育交流団」韓国を訪問
満18歳になったある日、男がやって来て、村から娘を提供するように言いました。

1997年12月5日、本人発言『元日本軍「慰安婦」の証言を聞く集会』福岡
村の班長(日本人)に「日本の軍需工場に行けば、お金がもうかる。一家に一人は行かなくては」と脅かされ、奉公先の娘たちにかわって、1941年、20歳で韓国を離れましたが 、到着した場所は、慰安所でした。

2001年5月17日 【TBS】「ここが変だよ日本人」 本人発言
「私は19歳で学校を卒業する25日前に日本軍に引っ張りだされ仕方なく慰安所に行ったんだ!」

2001年7月17日 『黄錦周さんの証言を聞く会』東京大学にて本人発言
「14歳のとき、いわゆる「少女出」で満州に連行され、皇軍兵士のセックスの道具にされた。つらい体験だった。」

2006年11月28日 「中央日報」元慰安婦ファンさん、4000万ウォンを奨学金に寄託
1924年生まれ。17歳の時日本軍に連行され興南のガラス工場で働き、20歳の時に間島に連れて行かれて慰安婦になった





▼金君子▼(2007年米下院公聴会での証言者)
金君子

2005/06/23, 北海道新聞
●ある日、養父から「お使いに行っておくれ」と言われて、汽車に乗せられた。

平成17年11月「東京の高校生 平和のつどい」
●【1942年3月】、養父に「お金を稼げるところがあるから」と言われて、朝鮮人の軍人に連れて行かれました。

2006/02/26, 朝日新聞
●17歳の時、家に朝鮮人2人が来た。「工場で働かせてあげる」。列車で連行されたのが旧ソ連国境近くの中国・琿春。
2006年-(79歳-17歳)=【1944年】



▼李容洙▼(2007年米下院公聴会での証言者)
嘘吐き朝鮮人売春婦の李容洙

李容洙の証言には一貫性がなく、話す度に連行された時の年齢や状況などが食い違っている。

また、売春婦をしていた期間についても、1945年に戦争が終わったにもかかわらず、「1944年から1947年までの3年間、日本軍の慰安婦を強制された」と嘘丸出しの証言をしていた。


1992/08/23, 朝日新聞
1992年に採録された韓国挺身隊問題協議会の証言記録
●1944年、満16歳の秋、友人に誘われて、日本人の男の人のところへ行き、即座について行った(他の4人の韓国人女性とともに台湾へ連れて行かれた)。

1995/11/27, 中日新聞
1996/07/17, 朝日新聞
●14歳の時、中国の大連から台湾に軍隊と一緒に軍用船で強制連行され、17歳まで兵士の相手をさせられた。

1996/08/10, 中国新聞
●15歳の時に川で水遊びしていてら致され、途中さまざまなごう問を受けながら中国・大連を経て軍用船で台湾へ。

2002年6月26日(水)「しんぶん赤旗」
●14歳で銃剣をつき付けられて連れてこられた。

2004年12月4日全国同時証言集会・京都
2004/12/05, 朝日新聞
●1944年、16歳の時に韓国・大邱から「軍服みたいな服を着た男」に連行され、台湾へ。…
日本軍「慰安婦」としての生活を3年間強制された。

↑1945年に戦争が終わったのだから、1947年まで日本軍「慰安婦」を強制されたなんて絶対に有り得ない。

●2007年の証言
「1944年15歳の時に連行され1945年に解放とされた」と修正申告。

2004年の証言と2007年の証言が違うのではという指摘に対し、李自身は「私はどちらもそういう風に喋っていない、私が喋ったことが毎回違うと言う人がいるそうだが、集会で話すための持ち時間も違うし、なんにせよ私の体験全部は話せない。その時の選択で喋り方が変わった事をどうして嘘をついたというのか?」と意味不明な反論。





▼吉元玉▼
日テレ ミヤネ屋【大阪】橋下氏と元慰安婦金福童(キム・ボクトン)と吉元玉(キル・ウォンオク)面会ドタキャン 「なぜ…」準備奔走の市職員がっくり
元売春婦の嘘吐き朝鮮人、吉元玉(キル・ウォンオク)(84)

嘘1
吉元玉は、1928年生まれで「1940年に11歳から慰安婦を始めた」と言っている。
しかし、慰安婦は17歳とか18歳以上しか募集されておらず、11歳(数えの13歳)の慰安婦が発覚すれば関係者は厳しく処罰されたので有り得ない。

なお、慰安婦は17歳~18歳以上しか募集されていなかった。

嘘2
吉元玉は、「(1945年)終戦後に解放されたが、南北分断で北朝鮮になった故郷には戻れないまま、韓国で暮らしている。」と証言している。
しかし、南北が分断されたのは1945年でも、1950年~1953年の朝鮮戦争までは、南北の往来ができていただから、「北の故郷に戻れなかった」というのは嘘。

自由な38度線 解放直後、米・ソ両国軍が進駐したとき、38度線は厳しい境界線ではなかった。 1947年10月、38度線を越えて韓国に来る北朝鮮の一家族。
画像は、1947年10月、38度線を越えて南朝鮮に来る北朝鮮の一家族。




▼金福童▼
元売春婦の嘘吐き朝鮮人、金福童(キム・ボクトン)(87)
強制連行「私が証拠」by金福童

嘘1
金福童は、「14歳のころ、旧日本軍に『軍服を作るために日本へ行く』と日本統治下の韓国から連行された。アジア各地の前線を転々とし、8年間、慰安婦を強いられた。」と証言している。
しかし、慰安婦は17歳とか18歳以上しか募集されておらず、14歳の慰安婦が発覚すれば関係者は厳しく処罰されたので有り得ない。


嘘2
金福童は「14歳のころから8年間慰安婦を強いられた」すなわち1939年から1947年まで慰安婦を強いられた証言している。
しかし、大東亜戦争は1945年に終わっており、1947年まで慰安婦を強いられたなどということは絶対に有り得ない。

嘘3
金福童は、2013年9月18日、フランスで朝鮮戦争当時 日本軍に無惨に踏みにじられて悔しい思いをさせられた。日本が誤りを悔いて慰安婦被害者の問題を解決できるように助けて!」と絶叫した。
しかし、朝鮮戦争当時、日本軍は存在しなかった。

金福童キム・ボクトン(88)「朝鮮戦争当時 日本軍に無惨に踏みにじられて悔しい思いをさせられた。日本が誤りを悔いて慰安婦被害者の問題を解決できるように助けて」2013年9月18日フランスで響いた絶叫
2013年9月18日フランスで「朝鮮戦争当時 日本軍に無惨に踏みにじられた」などと真っ赤な嘘を絶叫した金福童(キム・ボクトン)(88)




▼文玉珠▼
文玉珠

文玉珠は、もともとは、ビルマで慰安婦をやって荒稼ぎした大金を野戦郵便局に「文原吉子」名義で貯金していたが、1965年の日韓基本条約締結後も韓国政府からその貯金を補償されなかったため、平成4年(1992年)日本政府を逆恨みして日本で訴訟を起こした。

文玉珠は、慰安婦として荒稼ぎして貯めた大金の支払いを請求していたが、朝鮮人慰安婦が莫大なカネを荒稼ぎして貯金していた事実は、反日勢力にとって都合の悪い事実だった。

したがって、文玉珠は、あれこれと様々な嘘を吐かなければならなかった。

文玉珠は、平成4年(1992年)に日本の郵便局を訪れ、2万6145円の貯金の返還を要求した。

調べたら「軍事郵便貯金原簿」というのが熊本貯金事務センターに残っていた。←事実


贅沢品を消費しながら、2~3年間で2万6145円軍事郵便貯金し、5千円を大邱の家族に送金していた(文玉珠『ビルマ戦線 楯師団の「慰安婦」だった私』(梨の木舎1996年)。←事実

今なら1億円近いの大金だ!←事実

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog106.html
■1.米軍がレポートする慰安婦の実態■

…彼女たちの暮らしぶりは、贅沢であった。

慰安婦は接客を断る権利を認められ、負債の弁済を終えた何人かの慰安婦は朝鮮に帰ることを許された。

また、ビルマのラングーンで慰安婦をしていた文玉珠さんの手記では、その生活ぶりを次のように語っており、米軍のレポートを裏付けている。

支那マーケットにいって買物した。ワ二皮のハンドバッグと靴を買い母のためにもなにか買った。将校さんに連れられてジープに乗って、ぺグーの涅槃像をみに行った。

ちなみに文玉珠さんは、平成4年に日本の郵便局を訪れ、当時貯めた2万 6145円の貯金返還の訴訟を起こして敗れている。千円もあれば故郷に家が一軒買えると体験記で述べているが、現在の貨幣価値なら、4~5千万円程度の金額を、3年足らずで貯めたことになる。
彼女たちは実に明るく楽しそうだった


◆比較

※当時の貨幣価値
・総理大臣月給 800円(東条英機)  ・陸軍大将月給 550円  ・一般日本兵月給 15~25円

━━━━━━絶対に越えられない壁━━━━━━

・文玉珠
・慰安婦の月収 1000円~2000円(アメリカ軍の調書)
・元慰安婦、文玉珠の2年3ヶ月の郵便貯金 26145円…
現地で贅沢品を消費しながら大邱の家族に5,000円を送金し、26,145円(現在の貨幣価値で約6,000万円)を約2年で貯金した売春婦




1992年5月12日付毎日新聞記事によると、文玉珠は1942年、18歳の時に釜山から100人~150人の若い女性と共にビルマのヤンゴン(ラングーン)に連れていかれたそうだ。

1992年5月12日付毎日新聞
(一部抜粋)
文さんの話では、1942年、18歳の時に釜山から百―百五十人の若い女性と共にヤンゴン(ラングーン)に連れていかれ、日本軍人の相手をさせられた。歌が上手だったことから宴会にも呼ばれ、もらったチップを野戦郵便局に「文原吉子」名義で貯金していた。


歌が上手だったことから宴会にも呼ばれたそうだ♪
「博多夜船」♪や「博多節」♪などを18歳の時に覚えたそうだ。←事実


以上のとおり、1992年当初、文玉珠は、荒稼ぎして贅沢しながら貯めた大金の支払いを請求していたのだが、慰安婦が大金を荒稼ぎしていたことは、反日勢力にとって不都合な事実だった。

したがって、文玉珠は、徐々にあれこれと様々な嘘を吐くようになっていった。


1992年の証言
1942年、18歳の時に釜山から100人~150人の若い女性と共にビルマのヤンゴン(ラングーン)に連れていかれた。

↓ ↓ ↓
1996年5月法廷での証言
十六歳の時、日本人の憲兵らに呼び止められ、大邱市から満州国などに強制連行されて慰安所で働かされた。


文玉珠については、「証言集の本」と「手記の本」が出ているが、様々な食い違いを露呈している。

■慰安婦になるまでの経歴

「証言集の本」
私立の夜間学校に3年通う
10歳から15歳 お手伝い
15歳から17又は18歳まで 靴下工場勤務
17又は18歳 ビルマに行き慰安婦にされる

「手記の本」
12歳頃 九州で働く
半年で韓国に帰国し キーセン見習い
16歳 満州国へ拉致される
17歳 帰国してキーセンになる
仲間とビルマに渡り慰安婦となる

■慰安婦となったときの感想

「証言集の本」
びっくりして 昼も夜も泣き通しだった


「手記の本」
薄々察していたので 驚かなかった


贅沢品を消費しながら、2~3年間で2万6145円軍事郵便貯金し、5千円を大邱の家族に送金していた(文玉珠『ビルマ戦線 楯師団の「慰安婦」だった私』






「河野談話」「クマラスワミ報告書」も、嘘吐き朝鮮人婆どもの出鱈目証言だけを唯一の根拠としているが、例えば日本政府が「河野談話」に向けて1993年に行った元慰安婦16人に対する聞き取り調査についても、全ての慰安婦の証言内容は嘘出鱈目ばかりだった。
慰安婦に対する聞き取り調査の主な内容(敬称略)
慰安婦に対する聞き取り調査の主な内容(敬称略)




平成5年(1993年)の日本側の聞き取り調査に先立ち、平成4年(1992年)に聞き取り調査を行った安秉直ソウル大教授は、現在でも次のとおり堂々と真実を証言している。

「元慰安婦の聞き取りも含め詳しく調査したが、日本軍が女性を強制動員して慰安婦にした客観的資料はない。証拠といえる証言もなかった。」

「慰安婦動員が強制的ではないのは歴史的事実」

「彼女らはお金目的の売春婦」
韓国・安秉直ソウル大教授が神発言 「慰安婦連行が強制的でないのは歴史的事実」
韓国・安秉直ソウル大教授が神発言 「慰安婦連行が強制的でないのは歴史的事実」
■動画
韓国・安秉直ソウル大教授が神発言 「慰安婦連行が強制的でないのは歴史的事実」
http://www.youtube.com/watch?v=OYtvpspoevc


(参考記事)
安秉直・ソウル大学名誉教授 「元慰安婦の聞き取りも含め詳しく調査したが、日本軍が女性を強制動員して慰安婦にした客観的資料はない」

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131017/plc13101712140014-n1.htm
元慰安婦報告書-論理的ではない河野氏の言葉
2013.10.17、産経新聞

(一部抜粋)

 慰安婦募集の強制性を認めた「河野談話」は、やはり国民を欺いた政治的妥協の産物だった。

 河野談話の根拠の決め手となったのが、韓国・ソウルで行った元慰安婦16人への聞き取り調査である。それが、産経新聞が入手した調査報告書で驚くほどお粗末な内容であることが明らかになったのだから、談話を一方的に押し付けられている国民はいい迷惑だ。

■秘匿の意味は薄く
…日本での慰安婦賠償訴訟の原告が5人いる。日本の新聞のインタビューを受けて連載記事で取り上げられた人も、安秉直(アン・ビョンジク)ソウル大教授(当時)ら韓国側が行った聞き取り調査に応じ、元慰安婦の「証言集」に収録されている人もいた。


 つまり、日本政府が内容を秘匿することにあまり意味はないのである。

■事実関係置き去り
…実際の調査は1人当たりわずか約3時間程度で、それも通訳を介してのやりとりである。安氏ら韓国側の調査のように、5、6回面会してじっくり話を聞いたわけではない。


■韓国側調査の方が
 一方、福井県立大の島田洋一教授が19年3月にソウルで安氏と会った際、安氏はこう語ったという。

 「私も元慰安婦の聞き取りも含め詳しく調査したことがあるが、調べた限り、日本軍が女性を強制動員して慰安婦にした客観的資料はない。研究者として証拠といえる証言もなかった」


 河野氏より韓国の学者の方がよほど事実に対して謙虚であり、良心的だと感じる。


http://getnews.jp/archives/499577
ソウル大学教授が告発「従軍慰安婦連行が強制的でないのは歴史的事実 お金のため」
2014.01.22、ガジェット通信
ソウル大学・安秉直教授が告発「従軍慰安婦連行が強制的でないのは歴史的事実、彼女らはお金目的の売春婦」

ソウル大学の安秉直(アン・ビョンジク)教授が従軍慰安婦について告発している。彼は「慰安婦動員が強制的ではないのは歴史的事実です」とコメント。慰安婦を集め業者が商売をしたかっただけだと語り、それは従軍慰安婦ではなく単に売春婦だったという。「それは何が目的か」と聞かれたら「お金のためでしょう」と語る。

安秉直教授の告発は今回が初めてではなく、過去にも行われている。
(以下略)



「河野談話」「クマラスワミ報告書」も、これら嘘吐き朝鮮人婆どもの出鱈目証言だけが唯一の根拠となっている。
●詳細記事
元慰安婦証言は検証せず=菅官房長官・安秉直教授「詳しく聞き取りしたが強制ない!金目的の売春婦
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-5386.html
日本「河野談話検証を20日発表」・韓国「もう外交しないつもりか」・過程ではなく内容を検証しろ
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-5485.html




『韓国の大量虐殺事件を告発する―ベトナム戦争「参戦韓国軍」の真実』北岡俊明著, 北岡正敏著(2014/06)
『マスコミ堕落論-反日マスコミが常識知らずで図々しく、愚行を繰り返すのはなぜか』西村幸祐著(2014/7/15)
『すべては朝日新聞から始まった「慰安婦問題」』 山際澄夫著(2014/1/15)



「慰安婦たちの証言は、日本による強制性の証拠にはならない!」

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テーマ:従軍慰安婦性奴隷制問題 - ジャンル:政治・経済

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