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正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!マスゴミの嘘や洗脳工作を許すな!がんばれ!日本国民党!
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支那人「日本に戦争で勝ったら日本人をどう処理する?」→「大虐殺」「女は嫁」「収容所」「奴隷」
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中国大手検索サイト百度の掲示板に「日本に戦争で勝ったら日本人をどう処理する?」というスレッドが立てられた。スレ主による仮定の質問に対して、中国人ネットユーザーからさまざまな意見が寄せられた
支那大手検索サイト百度の掲示板に「日本に戦争で勝ったら日本人をどう処理する?」というスレッドが立てられた。スレ主による仮定の質問に対して、支那人ネットユーザーからさまざまな意見が寄せられた
支那大手検索サイト百度の掲示板

http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=0828&f=national_0828_007.shtml
【中国BBS】日本に戦争で勝ったら日本人をどう“処理”する?
2013/08/28(水)、サーチナ

  中国大手検索サイト百度の掲示板に「日本に戦争で勝ったら日本人をどう処理する?」というスレッドが立てられた。スレ主の質問に対して、中国人ネットユーザーからさまざまな意見が寄せられた。

  尖閣諸島の問題によって緊張している日中関係だが、中国のネット上では戦争間近なのではないか、戦争になったら日本と中国のどちらが勝つか、といった議論が頻繁(ひんぱん)になされている。しかし、同掲示板では中国が日本に打ち勝つという前提で「日本人をどう処理するか」という失礼極まりない話題で盛り上がっている。

  寄せられたコメントを見ると、「東京大虐殺です」、「男性はすべて滅ぼし、女性は残して中国男性の結婚問題を解決する」、「全員強制収容所に入れて一生働かせる」、「西部大開発のための奴隷にする」などの意見で、いずれもひどい扱いばかりだ。

  また、「男には石炭を掘りに行ってもらえば良い。そうすればニュースで炭鉱の崩落事故に注目しなくなる。女には共和国のために後世を残すという光栄な仕事についてもらう」という意見も。

  大多数は反日感情むき出しのコメントだったが、なかには「そんなことをしたら、中国は日本と同じ轍を踏むことになる。そうしたら畜生以上に畜生になってしまう」と、まるで日本人のことを“畜生”よばわりするユーザーまで現れた。


  ほかには、「これは戦争が終わってから話すべきことだ。現状は非常に複雑なのだし」と、そもそも戦争になるかどうか、勝つかどうかに疑問を呈するユーザーもおり、なかには冷静な中国人もいるのも確かだ。

  日本では中国と開戦するなどといった議論が交わされることはほぼ皆無だが、中国ではネットユーザーたちが頻繁に議論している。これは中国メディアが「日本の右傾化」を煽り、「日中の開戦も遠くない」と報じていることが影響していると考えられる。



>しかし、同掲示板では中国が日本に打ち勝つという前提で「日本人をどう処理するか」という失礼極まりない話題で盛り上がっている。
>寄せられたコメントを見ると、「東京大虐殺です」、「男性はすべて滅ぼし、女性は残して中国男性の結婚問題を解決する」、「全員強制収容所に入れて一生働かせる」、「西部大開発のための奴隷にする」などの意見で、いずれもひどい扱いばかりだ。



これは、実際にチベットや東トルキスタンなどで同じような惨状になっているから、かなりリアリティーがある。

1949年に支那によって侵略された東トルキスタン(支那は「新疆ウイグル自治区」と改称)では、楼蘭などで支那に46回も核兵器を使用(大気圏核実験)されたため、19万人が急死し、129万人が健康被害者となった。
札幌医科大学教授の高田純氏によれば、 1996年までの約30年間にウイグル自治区のロプノルで46回の核実験が行なわれ、その影響で少なくとも19万人以上が死亡しました
札幌医科大学教授の高田純氏によれば、 1996年までの約30年間にウイグル自治区のロプノルで46回の核実験が行なわれ、その影響で少なくとも19万人以上が死亡しました

札幌医科大学教授の高田純氏によれば、 1996年までの約30年間にウイグル自治区のロプノルで46回の核実験が行なわれ、その影響で少なくとも19万人以上が死亡しました

札幌医科大学教授の高田純氏によれば、 1996年までの約30年間にウイグル自治区のロプノルで46回の核実験が行なわれ、その影響で少なくとも19万人以上が死亡しました

札幌医科大学教授の高田純氏によれば、 1996年までの約30年間にウイグル自治区のロプノルで46回の核実験が行なわれ、その影響で少なくとも19万人以上が死亡しました

札幌医科大学教授の高田純氏によれば、 1996年までの約30年間にウイグル自治区のロプノルで46回の核実験が行なわれ、その影響で少なくとも19万人以上が死亡しました

札幌医科大学教授の高田純氏によれば、 1996年までの約30年間にウイグル自治区のロプノルで46回の核実験が行なわれ、その影響で少なくとも19万人以上が死亡しました

札幌医科大学教授の高田純氏によれば、 1996年までの約30年間にウイグル自治区のロプノルで46回の核実験が行なわれ、その影響で少なくとも19万人以上が死亡しました
画像:ブログ「論破小僧」より

高田純著「核の砂漠とシルクロード観光のリスク」


人類の歴史における核兵器使用には、アメリカによる日本への2回の他、支那による東トルキスタンへの46回も含めるべきだ。


1951年から始まった支那によるチベット侵略の結果、犠牲になったチベット人は120万人にものぼる。

死んだ120万人の大半のチベット人は武器を手にとって戦って死んだのではなく、支那人たちに虐殺されたり処刑されたりして死んだのだ。
1959年、支那軍に連行されるチベットの人々 

さらに、支那は、チベット人をこの世から抹殺しようとし、チベット人男性に断種治療を行い、女性にも不妊や堕胎のための治療(手術)を行ったり、漢民族の子孫にするため強姦したりした。



最近も「支那領となったチベットや東トルキスタンでは、チベット族やウイグル族が3人集まると即懲罰の対象になる弾圧を受けている」と櫻井よしこさんが報告している

http://www.news-postseven.com/archives/20130528_188586.html
中国のチベット族やウイグル族 3人集まると即懲罰の対象に
2013.05.28

 中国には50を超える少数民族が居住する。中国共産党政府の凄まじい民族弾圧に屈することなく、抗議行動はますます激しくなっている。ジャーナリストの櫻井よしこ氏が、中国共産党の少数民族弾圧を受けるウイグルなどの状況についてリポートする。

 * * *
 ウイグルでは毎年、14歳から25歳前後のウイグル人女性数万人が、故郷から遠く離れた大都市に連れて行かれます。彼女たちは寮生活をしながら不当に安い賃金で働かされます。その上、ウイグル語を禁じられ、生活習慣も変えられて、挙げ句の果てに漢民族の男と無理やり結婚させられるのです。ウイグル人男性は結婚相手を奪われることになります。ウイグルの血を先細りさせ、やがて途絶えさせるのが共産党の狙いだと見ていいでしょう。  

 チベットやウイグルでは、3人を超える集まりは、それがどれほど他愛のない平和的な集まりであっても罰せられます。学校の教室にはカメラが設置され、教師が民族の言語や文化について子供たちに教えないよう監視されています。新疆ウイグル自治区では街中の至るところに6万台もの監視カメラが設置されています。


 さらにウイグルの人たちは核実験でも苦しめられてきました。2008年に『中国の核実験』(医療科学社)を出版した札幌医科大学教授の高田純氏によれば、1996年までの約30年間にウイグル自治区のロプノルで46回の核実験が行なわれ、その影響で少なくとも19万人以上が死亡しました。

 内モンゴルにも1980年代から漢民族が大量に入植し、少数民族の消滅が図られてきました。
最近では炭鉱開発により、石炭を運ぶトラックが大量に走り回り、汚水が垂れ流されて環境破壊が深刻化しています。

※SAPIO2013年6月号








「東京大虐殺」するとの意見もあるが、これも実際にあるだろう。

支那では、戦争をして敵地を占領する際には、必ずと言って良いほど相手民衆を大虐殺してきた。


東トルキスタン(ウイグル)でも、チベットでも、台湾でも、支那人が侵略する際には、必ずと言って良いほど、大虐殺をしている。

中国では長年にわたり、王朝が変わるたびに、北京、西安、開封、揚州と大虐殺を繰返してきました。南京では、東晋の時代に王敦という武将が行っている。それ以降も大虐殺を繰り返し、近代最大のものは、曾国藩の弟で、曾国茎という武将によるものです。3ヶ月くらい略奪したり、火をつけたりしている。非常に詳しい記録が残っているのですが、それが「南京大虐殺」における今の政府の発表とそっくりなのです。つまり、中国の伝統に則っている。
中国の戦争には古来、「屠城」という伝統があります。普通軍隊は給料を払わないから、虐殺と略奪によってまかなうやり方が伝統としてある。だから、以前大学で教鞭を執っていた南京出身の学者に聞いたら、「日本軍の大虐殺なんて嘘ですよ」とはっきりいっていました。

黄文雄拓植大学客員教授 諸君8月号平成16年



念のため、改めて述べておくが、いわゆる「南京大虐殺」は、嘘っぱちのでっち上げだ。

南京における日本軍による虐殺犠牲者はゼロ(0人)だ。

最近、ネット上で、南京戦に参戦した日本兵の証言が紹介されていたので紹介する。

――――――――――
http://www.hoshusokuhou.com/archives/31096534.html
南京の話題がある様なので、私の伝聞。

もう大分前、趣味で史跡を探索中と仰るお爺さんと調布の多摩川沿いで
話をする機会があった。調布飛行場の話から戦時中の話になり、
この方が南京郊外の航空隊に整備兵として勤務されていたと知る。

私はかねて疑念の南京虐殺の話をふってみたところ、お爺さんキョトンとして、
「どこの話?南京じゃないでしょ」と仰られた。

そして「あんたがた若い人達はモウバイ(と聞き取れた)って知らないだろうなぁ」
と言うので、「なんですか?」と私。

「客の選り好みをしないように目を潰された売春婦だよ。」

「南京には歳とって商売できなくなったモウバイがいっぱい居てね、
それが道端で乞食をしてるんだ」

「日本の軍隊が入城してね、司令官がこれはいかんと施設を作り彼女達を
収容して面倒をみたの。そして、そのような売春婦の禁止令を出したんだよ。
大陸の習慣だったんだろうが哀れでね。」

世に流布される南京虐殺とは真逆な話を時にニコニコとして淡々と話される。
日本人の感性から妙にすんなりと納得してしまう話だった。
むしろこれが南京の普通の話なんだと無理なく聞けた。

「あと衛生班を作ってね、不衛生で病気の人達なんかの簡単な治療もして
皆から喜ばれたし、いろんな改革もしたんだよ」

整備兵という環境がそうなのか、およそ悲惨な話など出てこない。
若かった爺さんが外出で訪れた南京市内の話は妙に開放感ある明るい思い出話だった。


「あんな事してたらね、日本は戦争には勝てっこないよ」とお爺さん。

「えっ?」「日本軍はね、市街地の軍事拠点を爆撃する場合、
前もって飛行機からビラを撒くんだ」

「何日に爆撃するから一般人は避難しろってビラをね」
「あんた一般人て言たってね、兵隊も逃げるよ。だからぜんぜん効果ないんだなハハハ。」

後に知った事だが戦争協定を真面目に守ろうとした日本人らしい実話だったのだなと思い返す。

「航空隊が出撃するよね、すると必ず未帰還機が出るの」
「その日の夕飯は出撃前の全員分の食事を出すのが慣わしでね。
未帰還の搭乗員の分だけ席が空いて余るの」

「それをね基地の近所の民家の人たちに配るんだけど皆よろこんでね」
「戦争が終わって引き上げる時ね、皆がまた来てねと言って手を振って別れてきたんだよ」

また来てね・・・か。
そんな交流が普通の日本人の感覚だろうなと、すんなりと得心した話だった。

当時も今も日本人の感覚はそうは変わらない。
我々の感性を超えた非道で残虐な話は疑ってかかった方が良い。

あのお爺さんは今もご存命だろうか。
縁者に本当の現実だった事を語り伝えていて呉てるだろうか。

この話を心ある人に伝えたくて、誰かと共有したくて書き込みました。

――――――――――


(参考)
【動画】南京日本兵の証言
■動画
南京日本兵の証言 パート1
http://www.youtube.com/watch?v=tQ-ekDm2FyI
南京日本兵の証言 パート2
http://www.youtube.com/watch?v=_tJxDRV2s34



元日本軍将兵の証言だけではなく、阿羅健一氏は、『「南京事件」日本人48人の証言』(2002年)に元従軍記者の証言などを記録している。
2012.3.6つくる会「河村発言」支持「南京虐殺」の虚構を撃つ緊急国民集会
阿羅健一氏

『「南京事件」日本人48人の証言』から、少し引用しよう。

東京朝日新聞・橋本登美三郎上海支局長の証言

「南京での事件ねえ。
私は全然聞いてない。
もしあれば、記者の間で話に出てるはずだ

記者は少しでも話題になりそうな事は話をするし、それが仕事だからね。
噂としても聞いた事もない。
朝日新聞は現地で座談会もやっているが、あったのなら、露骨ではないにしても抵抗があったとかそんな話が出るはずだが。
南京事件はなかったんだろう。」


同盟通信・前田雄二記者の証言

「虐殺とは戦争に関係ない住民や婦女子をむげに殺害することだろう。
ところが殺されなければならない住民婦女子は(難民区)内にあって、日本の警備司令部によって保護されていた。
私の所属していた同盟通信の旧支局はその中にあった。
入城四日目には私たちは全員この支局に居を移し、ここに寝泊まりして取材活動をしていた。
つまり難民区内が私たちの生活圏内で、すでに商店が店を開き、露天商や大道芸人まで出て、日常生活が回復していた。
この地区の情報はちくいち私たちの耳目に入っていたのだ。
こういう中で、万はおろか、千、百、あるいは十をもって数えるほどの虐殺など行われようはずがない。
もしあれば、私たちが見逃すはずがない


東京日々新聞カメラマン 金沢善雄氏の証言

「戦後、この時、何万人かの虐殺があったといわれていますが、不思議でしようがないのです。私は南京をやたら歩いていますが、虐殺を見たこともなければ聞いたこともありません」
ここ(南京)には1ヶ月ほどいましたが、戦後言われているような事は何も見ていなければ、聞いてもいません。ですから虐殺があったと言われていますが、あり得ないことです。松井大将が絞首刑になったのも不思議でしょうがないのです」


報知新聞従軍記者 田口利介氏の証言

―― 南京で虐殺があったといわれますが?

「当時聞いたこともなかったし、話題になったこともありません」


読売新聞技師 樋口哲雄氏の証言

「自転車を持っていたので、毎日あっちこっちに行きました」

―― その頃、日本軍による虐殺があったと言われていますが?

「どこで何があったのか知りません」

―― 見たり聞いたりしませんか?

全然解りません。だいいちそういう形跡を見たことがありません。あったとよく言われますが、どこでどんなものがあったのか。中山陵など荒らされていないし、きれいでした。
やらなきゃこっちがやられるからやったのを虐殺といっているのだと思います」


大阪毎日新聞 五島広作記者の証言

―― 第六師団は北支で感謝状をもらってないから、中支で残虐行為をやったと言う人もいますが……。

はじめて聞いた話です。第六師団でそんなことはありませんでした
先ほどの話同様、谷中将が処刑されてからの作り話でしょう。
戦後、中国の言い分に合わせた話がよく作られています

―― 南京陥落後の第六師団の行動はどうでした?

十三日、十四日は城内掃蕩で、残虐行為などありません

(中略)

―― 五島さんはいつまで南京にいましたか。

「翌年の一月十日頃までいました。
この間、南京のあちこちに行きましたが、虐殺といわれることは見ていません。
また、強姦もあったといわれますが、すでに慰安所ができてましたから、戦後いわれていることは嘘です。(後略)」


東京日日新聞 佐藤振寿カメラマンの証言

―― 虐殺があったといわれてますが……。

「見てません。虐殺があったといわれてますが、十六、七日頃になると、小さい通りだけでなく、大通りにも店が出てました。
また、多くの中国人が日の丸の腕章をつけて日本兵のところに集まってましたから、とても残虐行為があったとは信じられません。

―― 南京事件を聞いたのはいつですか

「戦後です。アメリカ軍が来てからですから、昭和二十一年か二十二年頃だったと思いますが、NHKに『真相箱』という番組があって、ここで南京虐殺があったと聞いたのがはじめてだったと思います。
たまたま聞いてましてね。
テーマ音楽にチャイコフスキーの交響曲が流れた後、機関銃の音キャーと叫ぶ市民の声があって、ナレーターが、南京で虐殺がありました、というのですよ。
これを聞いてびっくりしましてね。嘘つけ、とまわりの人にいった記憶があります
 十年ほど前にも朝日新聞が『中国の旅』という連載で、南京では虐殺があったといって中国人の話を掲載しましたが、その頃、日本には南京を見た人が何人もいる訳です。
何故日本人に聞かないで、あの様な都合よく嘘を載せるのかと思いました。
当時南京にいた人は誰もあの話を信じてないでしょう。
(略)」








支那人に大虐殺されないために、日本はどうするべきか?

支那と戦争して負けないために、日本はどうするべきか?

支那と戦争しないために、日本はどうするべきか?

私は、日本の核武装こそ、支那との戦争を抑止する最善策だと信じて疑わない!



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テーマ:軍事・安全保障・国防・戦争 - ジャンル:政治・経済

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