FC2ブログ
正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!マスゴミの嘘や洗脳工作を許すな!がんばれ!日本国民党!
201201<<1234567891011121314151617181920212223242526272829>>201203
皇紀2672年、紀元節(建国記念の日)を祝う!・政府が日本の建国をお祝いしない状態はいつまで続くのか?紀元節奉祝式典の案内・もっと学校で日本の建国を教えよう
↓忘れずに、最初にクリックお願いします。↓

人気ブログランキングへ




「神武天皇」月岡芳年「大日本名将鑑」より
「神武天皇」
月岡芳年「大日本名将鑑」より



本日2月11日は、2672年目の「紀元節」だ。

昨年の「建国記念の日」(紀元節)を前に、西岡武夫参院議長は「政府主催の祝賀式典を行うべきだ」とする書簡を菅直人首相あてに提出した

西岡の剣が閃く!菅を斬る!
西岡の剣が閃く!菅を斬る!


しかし、北朝鮮のテロ関連団体に巨額の献金をしていた菅直人がそのような提言を受け入れるわけもなく、西岡武夫参院議長は昨年11月5日に他界した。

当然日本も建国を祝う日に政府主催の式典を行うべきだ。

政令で定められた「建国記念の日」は、正式には「紀元節」と言う。

「日本書紀」によれば紀元前660年(西暦)に、初代神武天皇が橿原宮で即位した。

この「神武天皇の御即位」の日をもってわが国の国づくりが始まった「紀元」と定められ、この建国の物語はその後も日本の歴史の中で連綿と生き続けた。

世界を見渡せば、殆どの国々が王朝を次々と交代させたり断絶させたりした中にあって、日本が奇跡の継承を護り通すことが出来たのは、私たちの祖先が建国の物語と万世一系の天皇陛下を戴くことに畏敬の念と誇りを持ち続けたからに他ならない


明治5年に政府が、文部省天文局が現行暦の2月11日とあたると算出し、宮中でも祭祀が執り行われた。

また、明治22年には、この2月11日に大日本帝国憲法が発布されたため、憲法を記念する日にもなった。

紀元節は、国民にも普及し、全国の小学校や神社で儀式が執り行われ、青年団などによる式典が開かれるようになったという。


戦後昭和22年(1947年)、日本政府は、占領憲法下で改めて「建国の日」を祝日法に盛り込もうとしたが、GHQによって削除された

その後、アンケート調査により、全国民の80%以上が「紀元節」の復活を望んでいることが判明した

この復活を願う国民によって「建国記念の日」が正式に実施されたのは、昭和42年(1967年)のことだった

その後、民間団体を中心に奉祝行事が行われたが、昭和53年(1978年)からは「奉祝運営委員会」が組織されて政府後援の式典が開催され、昭和60年(1985年)からは新たに結成された「建国記念の日を祝う会」により首相参列のもと式典が開催されるようになった。

しかし、「建国記念の日を祝う会」は、昭和61年3月に財団法人「国民の祝日を祝う会」へと財団化し、式典の趣旨から神武天皇建国の意義を除き、政府主催化も求めないと表明した。


平成15年2月11日、小泉総理は、東京・霞ヶ関の虎ノ門ホールで開催された「建国記念の日を祝う国民式典」(主催:財団法人国民の祝日を祝う会)に出席した
平成15年2月11日、小泉総理は、東京・霞ヶ関の虎ノ門ホールで開催された「建国記念の日を祝う国民式典」(主催:財団法人国民の祝日を祝う会)に出席した。
しかし、小泉総理は、翌年平成16年の式典を「所用」を理由に欠席した。



やがて「国民の祝日を祝う会」の政府後援による式典には首相の参列がなくなり、ついに平成17年、いわゆる「政府式典」は中止となった。

その後は政府自らが「建国記念の日」を祝うことをやめており、諸外国が国家を挙げて大々的に建国を祝うイベントを開催していることと比べると、非常に残念な状態が続いている

現在は、「日本の建国を祝う会」主催の「奉祝中央式典」(明治神宮会館)と「紀元節奉祝式典実行委員会」主催の「紀元節奉祝式典」(日本青年館)が主な式典となっている。


【東京都渋谷区】 建国記念の日 奉祝中央式典
日時平成24年2月11日(土・祝)
  10時00分~12時00分 奉祝パレード(原宿表参道~明治神宮大前)
  13時00分~15時00分 奉祝中央式典行事
場所明治神宮会館(明治神宮内)
http://www.meijijingu.or.jp/
内容
《第一部》 奉祝中央式典
《第二部》 『古事記』 撰上1300年記念 奉祝神楽「高千穂の夜神楽」(宮崎県高千穂町)  ※ 有料(大人1000円)
主催
日本の建国を祝う会
事務局(神社本庁 内)  TEL 03-3379-8019
http://kenkoku.web.fc2.com/index.htm
建国記念の日 奉祝記念行事


画像は、皇紀2670年2月11日に明治神宮会館で開催された「建国記念の日 奉祝中央式典」における渡部昇一先生の記念講演
画像は、皇紀2670年(平成22年)2月11日に明治神宮会館で開催された「建国記念の日 奉祝中央式典」における渡部昇一先生の記念講演



【東京都新宿区】 皇紀2672年 第28回 紀元節奉祝式典
日時 平成24年2月11日(土・祝)
    午後4時開会(3時半開場)・・・6時終了予定
場所 日本青年館・地下中ホール(電話03-3401-0101)
    「千駄ヶ谷」「信濃町」「外苑前」「国立競技場」下車
会費 1000円(学生無料)
次第 紀元節祭
   記念講演 小田村四郎先生(元拓殖大学総長、前日本の建国を祝う会会長)
「紀元節に想ふ」
*式典にふさわしい服装でご来場下さい。
主催
紀元節奉祝式典実行委員会 (展転社 内)
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/2024/
紀元節奉祝式典


画像は、皇紀2669年2月11日に日本青年館で行われた「紀元節奉祝式典」での田母神俊雄前航空幕僚長の記念講演(核武装など)
画像は、皇紀2669年(平成21年)2月11日に日本青年館で行われた「紀元節奉祝式典」での田母神俊雄前航空幕僚長の記念講演(核武装など)

以上は、東京で開催される主な式典の案内であり、その他、各地で式典やイベント有り。
(参考)
チャンネル桜イベント情報
http://www.ch-sakura.jp/events.html




残念な状態が続いているのは、式典だけではない。

戦後は学校でも、どのように『日本』が建国されたのかを殆ど教えていない。

ところが、1978年に発行されたアメリカの社会科教科書『アジア・アフリカ世界 - その文化的理解(The Afro-Asian World - A CULTURAL UNDERSTANDING)』(中等教育用)には、どのように『日本』が創られたのかを説明した記述があるという。

以下が、その米国の教科書にある「日本の建国」の概要だ。

―――――
※神々の国 Land of the Gods

 日本の子供たちは、学校で次のように学んでいる。
 イザナギという権威ある神が、その妻イザナミと共に「天の浮橋(Floating Bridge of Heaven)」の上に立った。イザナギは、眼下に横たわる海面を見降した。やがて彼は暗い海の中に、宝石を散りばめた槍をおろした。その槍をひき戻すと、槍の先から汐のしずくが落ちた。しずくが落ちると、次々に固まって、島となった。このようにして日本誕生の伝説が生まれた。

 またこの伝説によると、イザナギは多くの神々を生んだ。その中の一人に太陽の女神があった。女神は孫のニニギノミコトを地上に降りたたせ新しい国土を統治することを命じた。
 ニニギノミコトは大きな勾玉と、神聖な剣と、青銅の鏡の三つを持って、九州に来た。これらはすべて、彼の祖母から贈られたものであった。これら三つの品物は、今日もなお、天皇の地位の象徴となっている。
 ニニギノミコトにはジンムという孫があって、この孫が日本の初代の統治者となった。それは、キリスト紀元前660年の2月11日のことであった。

 何百年もの間、日本人はこの神話を語りついできた。この神話は、日本人もその統治者も、国土も、神々の御心によって作られたということの証明に使われた。現在のヒロヒト天皇は、ジンム天皇の直系(Direct Line)で、第124代に当たるといわれる。かくして日本の王朝は、世界で最も古い王朝(dynasty)ということになる。

参考「世界に生きる日本の心」名越 二荒之助
―――――

天瓊を以て滄海を探るの図
天瓊を以て滄海を探るの図(小林永濯・画)
右がイザナギ、左がイザナミ




「祝!紀元節!」

と思う人は、↓クリックお願いします。↓

人気ブログランキングへ



  ∧_∧
 ( ・∀・) よろしく
 ( ∪ ∪
 と__)__)

テーマ:日本文化 - ジャンル:学問・文化・芸術

copyright © 2018 Powered By FC2ブログ allrights reserved.