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来日中のテキサス親父に会って来た!・東京や大阪で講演するほか、広島の原爆記念館や東京の靖国神社を訪れる・ガエモンのコメント「百人斬りは真実だよ。…それから、中国人人体実験も事実だよ。」に反論・朝日新聞と本多勝一は悪質
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2011.5.15テキサス親父来日
2011年5月15日、テキサス親父 来日講演in東京(講演)


http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110515-OYT1T00065.htm

動画サイトで話題の米国人、太地の捕鯨に理解
2011年5月15日07時58分 読売新聞
「太地は絵画的で美しい平和な町」と語るマラーノさん(太地町で)
「太地は絵画的で美しい平和な町」と語るマラーノさん(太地町で)

 インターネットの動画投稿サイト「ユーチューブ」で反捕鯨団体シーシェパード(SS)を批判、〈テキサス親父(おやじ)〉として知られる米国人トニー・マラーノさん(62)が、和歌山県太地町を訪れ、三軒一高町長と面談し、捕鯨に理解を示した。

 役場を訪れたマラーノさんは、三軒町長から捕鯨とともに歩んできた町の歴史を聞き、「町民が生活を守るためにクジラを捕ることに問題はない」と述べた。昼食に初めてクジラ料理を食べたといい、「とてもおいしかった。牛を食べるのも、クジラを食べるのも全く同じ」と話した。

 東日本大震災については「日本には略奪という文字はなかった。他国では考えられないことだ」と日本人の行動を称賛した。

 マラーノさんは大手電話会社を退職後、様々な問題についてユーチューブで意見を発信している。「海に囲まれた日本がなぜ捕鯨をしてはいけないのか」と疑問に思ったのが、SS批判のきっかけという。

 日本でも著書があり、ファンも多く、三軒町長は「町にとってありがたい応援団。これからも太地の情報を発信してもらいたい」と話していた。

 20日まで日本に滞在、東京や大阪で講演するほか、広島の原爆記念館や東京の靖国神社を訪れる。


―――――――
<テキサス親父 来日講演in東京>
※日時:平成23年5月15日(日)
     17:40 開場
     18:00 開演(テキサス親父 氏の講演)
     18:30 パネルディスカッション
     19:10 ファンの集い(軽食)
     20:10 閉会
※会場:文京区民センター 3−A会議室 (東京都文京区本郷4−15−14)
     http://www.city.bunkyo.lg.jp/gmap/detail.php?id=1754
※会費:4,000円(事前に予約された方は1,000割引で3,000円 )
―――――――



私は事前に予約しておき、既に3,000円も支払っていたので、勿論参加した。

2011.5.15テキサス親父来日
2011年5月15日、テキサス親父 来日講演in東京(講演)


テキサス親父については既に殆どの方がご存じだと思う。

私もこのブログで何度か紹介しているが、念のため代表的な動画を次に掲載しよう。


■動画
テキサス親父、シーシェパードに宣戦布告!
http://www.youtube.com/watch?v=ETaHPEjSYQA

■動画
【テキサス親父】 トヨタ問題に怒る Toyota Recall - Government Motors exploits
http://www.youtube.com/watch?v=oSCcC42G9DA



とても楽しい「ファンの集い」だった。

ただ、テキサス親父の講演の時間が短かかったし、質疑応答の時間もなかった。

もし、次回があるなら、軽食など要らないので、テキサス親父の講演と質疑応答をもっと充実させてほしい。


2011.5.15テキサス親父来日
最後はファン一人一人と握手したりサインに応じたり記念撮影に応じたりしていた。







さて、家に帰って、朝日新聞の衰退や「尖閣を護れ!国民大集会」などについて書いた昨日のブログ記事のコメントを見た。

次のようなアホ丸出しのコメントがあった。


―――――――
日本人はユダヤ人大虐殺の間接的協力者でもある
百人斬りは真実だよ。

実際に斬った体験談があるのだよ。

それから、中国人人体実験も事実だよ。
2011/05/15(日) 21:13:06 | URL | ガエモン #- [ 編集 ]
―――――――



こんな馬鹿のコメントはいちいち相手にしなくても良いのだが、せっかくなので出来るだけ分かり易く、「百人斬り」と「支那人人体実験」の虚構について説明しておく。


まず、「百人斬り」について。

もともと「百人斬り」というのは、1937年の東京日日新聞(毎日新聞)の最初の記事においては、「野田少尉は無錫を距る八キロの無名部落で敵トーチカに突進し四名の敵を斬つて先陣の名乗りをあげこれを聞いた向井少尉は奮然起つてその夜横林鎮の敵陣に部下とともに躍り込み五十五名を斬り伏せた」と記述されていたように、「敵兵を斬った」という内容の武勇談(宣伝報道)だった。


1937年(昭和12年)11月30日朝刊

百人斬り競争!両少尉、早くも八十人

[常州にて廿九日浅海、光本、安田特派員発]
常熟、無錫間の四十キロを六日間で踏破した○○部隊の快速はこれと同一の距離の無錫、常州間をたつた三日間で突破した、まさに神速、快進撃、その第一線に立つ片桐部隊に「百人斬り競争」を企てた二名の青年将校がある。
無錫出発後早くも一人は五十六人斬り、一人は廿五人斬りを果たしたといふ、一人は富山部隊向井敏明少尉(二六)=山口県玖珂郡神代村出身=一人は同じ部隊野田毅少尉(二五)=鹿児島県肝属郡田代村出身=銃剣道三段の向井少尉が腰の一刀「関の孫六」を撫でれば野田少尉は無銘ながら先祖伝来の宝刀を語る。
無錫進発後向井少尉は鉄道路線廿六、七キロの線を大移動しつつ前進、野田少尉は鉄道線路に沿うて前進することになり一旦二人は別れ、出発の翌朝野田少尉は無錫を距る八キロの無名部落で敵トーチカに突進し四名の敵を斬つて先陣の名乗りをあげこれを聞いた向井少尉は奮然起つてその夜横林鎮の敵陣に部下とともに躍り込み五十五名を斬り伏せた。
その後野田少尉は横林鎮で九名、威関鎮で六名、廿九日常州駅で六名、合計廿五名を斬り、向井少尉はその後常州駅付近で四名斬り、記者等が駅に行つた時この二人が駅頭で会見してゐる光景にぶつかつた。

向井少尉
この分だと南京どころか丹陽で俺の方が百人くらゐ斬ることになるだらう、野田の敗けだ、俺の刀は五十六人斬つて歯こぼれがたつた一つしかないぞ

野田少尉
僕等は二人共逃げるのは斬らないことにしてゐます、僕は○官をやつてゐるので成績があがらないが丹陽までには大記録にしてみせるぞ



>野田少尉は無錫を距る八キロの無名部落で敵トーチカに突進し四名の敵を斬つて先陣の名乗りをあげこれを聞いた向井少尉は奮然起つてその夜横林鎮の敵陣に部下とともに躍り込み五十五名を斬り伏せた。


記事内容が事実か作り話かの問題は置いておき、この東京日日新聞(毎日新聞)の記事は敵陣地に突撃して敵兵を斬ったという「武勇伝」が報道されていた。

そして、この話は実際には宣伝のための作り話だった。

百歩譲って、仮に宣伝のための「作り話」ではなく事実報道だったとしても、敵陣で敵兵を斬ったことを犯罪にしたのだから、実におかしなことだった。

したがって、支那は戦後の「南京軍事法廷」で敵兵(支那兵)を斬った日本軍将校を死刑にしたのだから、むしろ悪いのは支那の方だった。

朝日新聞記者だった本多勝一も「これではツマラナイ」、「このままではマズイ」と思ったのだろう。

本多勝一は勝手に、「降伏を呼びかけられて塹壕から出てきた無抵抗の蒋介石軍兵士らを並ばせておいて、かたはしから斬った」などと出鱈目を書き始めた。

つまり、敵陣で敵兵を斬ったという東京日日新聞(毎日新聞)の当時の「武勇談」(作り話)は、20年以上経っていつのまにか朝日新聞の本多勝一によって無抵抗の捕虜の「据えもの斬り」競争に摩り替えられたのだった。

ところが、東京日日新聞の後身である毎日新聞社は、平成元年(1989年)に自社発行した『昭和史全記録』という本のなかで、次のとおり「百人斬りは事実無根だった」(P178)と記述している。

この記事は当時、前線勇士の武勇伝として華々しく報道され、戦後は南京大虐殺を象徴するものとして非難された。
ところがこの記事の百人斬りは事実無根だった。
向井少尉はこのとき手足に重傷を負っていた。
東日記者に会ったのは南京の手前で、冗談に「花嫁を世話してくれ」と言うと「天晴れ勇士として報道されれば花嫁候補はいくらでも集まる」とこの記事になったという。
向井は47(昭和22)年4月、東京軍事法廷に召喚されたが、新聞記事は事実ではないと釈放。2カ月後、再召喚され中国軍事法廷に立たされ「百入斬りの獣行により日本女性の欲心を買わんとしたことは現代人類史上聞いたことがない」と死刑の判決。ふたりは、48(昭和23)年1月28日、南京雨花台刑場で銃殺された。
『昭和史全記録』 毎日新聞社



当たり前のことだが、1937年に東京日日新聞(毎日新聞)の記事は宣伝のために創った事実無根の「作り話」だったことを毎日新聞が自ら認めたのだった。

後年には、佐藤振寿カメラマン(東京日々新聞)も、「百人斬りなんてできないのは明らかです」と証言している。


百人斬り競争をした日本軍将校(1937年12月13日東京日日新聞,現在の毎日新聞):二人の少尉がどちらが先に日本刀で敵を100人斬れるか競争をしたことを伝える新聞報道。
百人斬り競争をした日本軍将校(1937年12月13日東京日日新聞,現在の毎日新聞):二人の少尉がどちらが先に日本刀で敵を100人斬れるか競争をしたことを伝える新聞報道。


朝日新聞の本多勝一という奴が如何に性質の悪い奴か良く分かる。

 「事の真相はわからないが、かつて日本人を沸かせたに違いない「武勇談」は、いつのまにか「人斬り競争」の話となって、姿をかえて再びこの世に現れたのである。
 やや皮肉めいていえば、昭和十二年に「毎日新聞」に書かれたまやかしめいた「ネタ」が、三十四年の年月と日本、中国、日本という距離を往復して「朝日新聞」に残虐の神話として登場したのである。いわば、この「百人斬り」の話によって、ある「事実」が、地域を越え、年月を経ることによって、どのように変貌してゆくかという一つのケースを、われわれは眼前に見せつけられたわけである。
鈴木明著『「南京大虐殺」のまぼろし』P16(2006年)



「戦闘中の百人斬り」を「捕虜の据えもの斬り」に変えた本多勝一氏
 「本多氏は『中国の日本軍』において「百人斬り競争」の記事を載せ、そして次のように解説する。‥(中略)‥。
 まず両少尉の「百人斬り競争」の記事が出てくる。それに続いて、両少尉は《降伏を呼びかけられて塹壕から出てきた無抵抗の蒋介石軍兵士らを並ばせておいて、かたはしから斬ったという》と解説される。
 それからさらに写真が出てきて、《将校らは日本刀を持っているので、首を切り落とすことがもっとも普通に行なわれた》といった説明が続く。両少尉だけではなく、そこから日本軍全体にまで拡大して首切りは《もっとも普通に行なわれた》と言い、首を斬ったあとは《記念写真》が撮られ、切り落とされた首は見せしめのため《並べてぶら下げ》られたと解説した。
 このように一連の写真を並べて示されると、志々目彰氏の発言を根拠にした本多氏の「据えもの斬り」競争が、あたかも事実であったかのような感にとらわれてこよう。南京裁判と同じく「初めから結論ありき」であって、「据えもの斬り」という新解釈を付加するために、あたかも写真が使われているかのようであった。」
東中野修道著『南京「百人斬り競争」の真実』P139-141(2007年)



そして、向井少尉と野田少尉の遺族が朝日、毎日両新聞社とジャーナリストの本多勝一らを相手に、損害賠償や謝罪広告を求め訴訟を起こした。

遺族側の弁護士は、今や自民党のエースとなっている稲田朋美だった。

ただし、私は、遺族側(稲田朋美弁護士)が朝日新聞と本多勝一と毎日新聞を相手に訴訟を起こしたのは作戦ミスだったと思う。

上述のとおり、東京日日新聞(毎日新聞)は当時、向井少尉と野田少尉が承知の上で武勇談(宣伝報道)を記事にして、毎日新聞は1989年に「百人斬りは事実無根だった」と認めていた。

悪質なのは、1937年の向井少尉と野田少尉の「武勇談」(作り話)を報じた東京日日新聞の記事を、20年以上経っていつのまにか無抵抗の捕虜の「据えもの斬り」競争に摩り替えられた本多勝一と朝日新聞なのだ。

遺族側(稲田朋美弁護士)は、毎日新聞を味方に付けて、本多勝一と朝日新聞だけを相手に訴訟したら、まず間違いなく勝てたはずだ。


以上が、いわゆる「百人斬り競争」の真相と「百人斬り」訴訟の概要だ。


ガエモンは、コメントで「実際に斬った体験談があるのだよ。」と述べており、何を指しているのか明確ではないが、もしかすると、野田少尉が日本の小学校で武勇伝を話したことを言っているのかもしれない。

それについては、Yahoo!掲示板に良い投稿があるので紹介する。


トピック名:南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
――――――――――
Re: 偽証だろ 2007/ 2/26 0:29 [ No.16653 /

投稿者 :
nmwgip

> あんたは、百人斬りのマヌケ少尉が日本の小学校で自分の武勇伝を、子供達の前で、聞かせた事実は、当然知ってるよな。
> このマヌケ少尉は子供達にデタラメのホラ話をしたのか、それとも本当の事を、しゃべったのか、どっちだと思う?

 「子供達の前で、聞かせた事実」が偽証だと思うがね。
 以下に挙げたのは裁判の中で、志々目証言に関連して、同じ時に野田少尉の話を聞いたという人達の証言だ。残念ながら、本多シンパのウェブサイトからの転写なので信憑性はいまいちなのだが。(何故なら、裁判例として公開されていない判決文は当事者以外閲覧はできても複写はできないはずだから。これだけ長文の判決を全て手書きで写したとは考え難い)

『「之だけはと思い,野田少尉の事だけは,私の私見ですが伝へておこうと思って次に書いておきます。野田少尉は,戦争の犠牲者と云うより,マスコミの犠牲者と云った方が正しい様な気がします。野田少尉の話は,附属の裁縫室でありました。私たちの組だけでした。上海上陸から南京攻略迄の話,色々の苦労話が主だったのですが,捕虜を切った話もありました。彼が出鱈目に捕虜を切ったわけではないのです。多数の捕虜の中には逃亡を企てる奴等は必ずいる。他の捕虜の見せしめの為には處罰しなければならない。その様な連中を切ったのです。それも百人もと云う多人数ではないと思います。彼が日本刀を抜いて見せた時,歯こぼれが沢山していて,何とかいう名刀も,こんなに歯こぼれがしては使いものにならない。日本刀は,実際の所,実戦では役にたゝない。支那兵は厚い綿入を着ているので,切りつけてもはねかえされてしまう。捕虜を何人か切ったけど,骨迄切り落す事は非常にむつかしい。骨にあたると,此の様に歯がかげてしまう。実際問題として,日本刀は役にたゝない。」』
『志々目彰と同じ小学校で野田少尉の話を聞いたことがあるとした上,百人斬ったという話や捕虜を斬ったという話を聞いていないこと,志々目彰が聞いたとされる話を聞いていないことなどを述べている』
『鹿児島一中において野田少尉の話を聞いたことがあること,その話が,「百人斬りの英雄ということで有名になったが,自分は決してそういうものではない。迷惑で心外である。百人斬りなんて無茶なことができるわけはない。白兵戦なんていうのはめったにおこるものではない。」という内容であったことを覚えている』
『田代小学校4年生のころ,野田少尉の話を聞いたことがあること,その際,印象に残っているのは,延々と続く高梁畑を進軍中に,敵弾を浴び,高梁の穂が銃弾で折れてぶら下がっている中での進軍であったとの話であり,敵と渡り合って切り結んだというような話は全然出てこなかった』

 志々目証言は野田少尉が

「・・・・占領した敵の塹壕にむかって『ニーライライ』とよびかけるとシナ兵はバカだから,ぞろぞろと出てこちらへやってくる。それを並ばせておいて片つばしから斬る・・・・」

という講演をした、というものだが、これと似た話は太田供述書の虚偽を曝いた梶谷日記の中にも出てくる。但し、その内容は全く逆だが。
 以下、『南京裁判資料集Ⅱ』に収録された『梶谷健郎日記』12月9日分より引用。

『・・・・正午ころ東□村附近にて道を尋ねんとせしが、皆逃走して誰も居らず。折から水田中、膝まで没して逃走中の支那女を発見。トンヤンピン□□□□ニーライライと呼べど振り反りつつも尚逃走せるにより、距離三百メートルにして一発射てばヨロヨロと水中に倒れ、再び起たず遂に死せり。・・・・』

 ニーライライ、と呼びかけられたところまでは同じだが、さて、どちらが人間として正常な反応か、考えるまでもないと思うがねぇ。

これは メッセージ 16639 fukagawatohei さんに対する返信です
――――――――――




それと、ガエモンはコメントの中で「それから、中国人人体実験も事実だよ。」と述べているが、これも事実無根の作り話だ。

人体実験というのは、最初は1949年のハバロフスク軍事法廷で出て来た作り話だった。

GHQの占領下で、米国は石井四郎ら731部隊関係者を調査した。
それらのレポートの中で、「人体実験の証拠」となる可能性が残るモノは、「人間に感染する細菌の量を人間で実験した」というヒル・レポートのみで、その「唯一の物的証拠」は、石川太刀雄丸が敗戦前の1943年に日本に持ち帰った病理標本だけだが、その病理標本も証拠にならないと判明した。

つまり、731部隊が人体実験をしたというマトモな資料は何一つない。
南京大虐殺をでっち上げた東京裁判でも審理すらされなかった。
ハバロフスク裁判では審理されたが、ソ連に抑留・拘禁された日本兵の証言は、「人を凍結して復活させる実験とか、心臓を交換する実験」など、誰も信じない荒唐無稽な内容であり、反日左翼学者でさえ呆れて相手にしなかった。

ところが、1980年代になると中帰連(支那共産党によって洗脳された精神障害者の団体)の湯浅謙や推理小説作家の森村誠一らが、それをネタ元にして様々な作り話を考え、まるで史実であったかのように宣伝した。

その後、大学教授(経済学部)の松村高夫が古本屋で見つけた自然感染とか動物実験とか死体解剖とかの医学書を「731部隊の生体実験の資料」として資料集に所収したりしたが、全部嘘っぱちだ。


●関連記事

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731部隊の人体実験・細菌戦は嘘(全て作り話)2
・松村高夫の『破傷風毒素並びに芽胞接種時に於ける筋「クロナキシー」に就て』の怪
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731部隊の人体実験・細菌戦は嘘(全て作り話)3
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731部隊の人体実験・細菌戦は嘘(全て作り話)4
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・フェル・レポートの怪・中川八洋筑波大学教授・『悪魔の飽食』は旧ソ連のプロパガンダだった
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731部隊の人体実験・細菌戦は嘘(全て作り話)11・最終回
・米国立公文書館が731部隊(関東軍防疫給水部)に関する米情報機関の機密文書10万頁分を公開→■まとめ
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/13576514.html






テキサス親父も、以前、動画で、日教組に歪められた日本の教育について批判していた。

■動画
【日本再生】 テキサス親父 日教組に歪められた日本の教育について
http://www.youtube.com/watch?v=Gj3E4SdMxng



5月15日の東京講演によれば、今回、テキサス親父は広島などを訪問して、歴史についても更に進化している模様だ。

5月16日、テキサス親父は、靖国神社を参拝する予定だという。

テキサス親父が遊就館も見学するかどうか確認しなかったが、遊就館も見学すれば更に歴史の真実を知ることになるだろう。




「歓迎!テキサス親父!」
「百人斬りは虚構だ!」


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