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朝日新聞の凋落・最近日本で民度が低くなった事例は、震災後緊急停車新幹線で「降ろせ」と恫喝した朝日新聞御一行・『朝鮮高校の青春 ボクたちが暴力的だったわけ』金漢一(朝日記者)・「尖閣を護れ!国民大集会」殿岡昭郎基調講演
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朝日新聞



http://mytown.asahi.com/saitama/news.php?k_id=11000371105140001
竹岡圭の「今日もクルマ日和」
ソウルと上海
2011年05月14日、朝日新聞

ソウルモーターショーの様子。ものすごい人でした
ソウルモーターショーの様子。ものすごい人でした

◇ショーも街も様変わり

 ソウル&上海と、立て続けにアジアのモーターショーへ行ってきました。

   ○    ○

 ソウルモーターショーは初めてだったのですが、100万人の来場者を目指すという言葉通りの大盛況。日本には導入されていない現代や起亜のデザインがかなり洗練されていたのと、あのGM(ゼネラル・モーターズ)が驚異の販売力を誇っていることにビックリしました。

 上海は2007年を皮切りに3度目になりますが、初めて訪れた時は中国系メーカーの「モノマネカー」のオンパレードだったというのに、たったの4年で海外勢が世界初お披露目モデルを出展する場に様変わり。パビリオンも増築されて、世界有数と言っていいほどの一大モーターショーになっていたんです。

 上海では元々、VW(フォルクスワーゲン)やGMが強いのですが、こちらも相変わらずの勢い。GMのV字回復の理由は韓国と中国にあったというのを、実感することになりました。

   ○    ○

 街の様子もビックリで、ソウルは08年に訪れた時と比べてとてもキレイになり、運転マナーもかなり向上。右折の方法など交通ルールの違いはともかくとして、日本にいる時とさほど変わらず、スムーズに運転できました。

 上海では運転するチャンスはありませんでしたが、クラクションの鳴る回数は激減していたし、電車ではきちんと整列乗車しているしで、その変化の度合いに驚くばかり。最近日本では、民度が低くなったなぁと感じるシーンも多いので、いろんな意味で日本は頑張らなきゃいけない!と強く感じる旅となりました。



>街の様子もビックリで、ソウルは08年に訪れた時と比べてとてもキレイになり、運転マナーもかなり向上。



たったの3年で、「運転マナーもかなり向上」って、笑わせんな!





>上海では運転するチャンスはありませんでしたが、クラクションの鳴る回数は激減していたし、電車ではきちんと整列乗車しているしで、その変化の度合いに驚くばかり。最近日本では、民度が低くなったなぁと感じるシーンも多いので、いろんな意味で日本は頑張らなきゃいけない!と強く感じる旅となりました。


はい、はい。

韓国人と支那人の民度は急上昇していて、日本人の民度は低くなっていると。

こういうことを書かないと朝日新聞には掲載してもらえないのだろうが、そこまでして仕事がほしいのかな


竹岡圭って女性モータージャーナリストらしいが、文章も中学校1年生の作文程度だし、もう終わっているな。

何ら例も根拠も示さずに、「最近日本では、民度が低くなったなぁと感じるシーンも多い」と書くのは無責任だ。

私が最近、民度の低さで印象に残った話題の一つに、震災後に緊急停車した新幹線で「降ろせ」と恫喝した朝日新聞御一行の話がある。


http://www.news-postseven.com/archives/20110426_18511.html
震災後緊急停車新幹線で「降ろせ」と恫喝した朝日新聞御一行
2011.04.26 16:00

 醜態を晒したのがこれまで舌鋒鋭く不正を糺してきた大新聞社の社員、それも3月11日だったというから、余計にばつが悪い。
 
 朝日新聞関係者が苦虫を噛み潰したような顔でいう。

「先日、お客様オフィスに読者の方から朝日社員に関する抗議が寄せられたんです。その方がいうには震災当日、地震で緊急停車、カンヅメ状態にあった新幹線でうちの社員と見られる5、6名が酒盛りしていた。挙げ句の果てに『早く降ろせ』って車掌に恫喝したと」

 まさか――当初は一蹴した会社側も、当日の勤務状況を確認するや唖然とした。

「読者が指摘する、“東北新幹線はやて”のグリーン車には同社販売局社員たちが複数乗っていた。浅虫温泉(青森)への慰安旅行中だったというのです」(同)

 以下は読者の抗議や、JR関係者への取材をもとに再現した“事件”の様子だ。

 正午頃。東京を発車した「はやて」グリーン車の後部にひときわ賑やかな一団が陣取る。団体はすぐに酒瓶を開け、騒ぎ始めた。

「朝日も読売のやり方を真似てみるか」「それ、押し紙やるってことかい(笑い)」と言葉の端々に業界人であることを臭わせていた。

 14時46分。地震で新幹線が八戸(青森県)手前のトンネル内で緊急停車する。停電で車内は暗闇に包まれた。車掌は客席を巡回しながら「大丈夫ですか」と、冷静な対応を呼びかける。

 しかし、団体内で「部長」と呼ばれていた中年の男(新聞販売所経営者団体の幹部)が喚きはじめた。
「はやく外に避難させろ」

 車掌は「今は車両内にいるのが一番安全です」と宥めたが部長は相手にしない。
「2時間半もあればトンネルから歩いて出られるぞ」

 部長が毒突くたび車掌の声が滞り、乗客は不安を募らせる。さらに暴言は続く。
「とにかく降ろせ。俺のいうことを聞けないならうちの社長、アキヤマコウタロウの名前で抗議するぞ」

 秋山耿太郎といえば、朝日新聞社の社長だ。この時点で、団体が朝日新聞社員ということが周囲にはっきり露見した。だが、他の人間も部長の暴言を諫めようという素振りを見せない。

 ちょうどJR女子職員が、「子供さんはいらっしゃいませんか」と、客室を歩いていた。すると、団体の一人が頓狂な声を上げる。
「子供ならここにいるよ」
 
 振り向いた彼女に団体はどっと笑った。20時頃。車掌がアナウンスした「朝までこの場所で待機」という処置に対して、またも部長が憤った。今度は車掌室に出向いての激昂。
「なぜ明日まで待つんだ。何なら俺が先導するぞ」

 22時頃。車両からの脱出に観念した団体は再度アルコールを飲みだす。今度は女子社員の名前を出して「あの子は胸が大きい」「俺に気があるんじゃないか」

 乗客が寝入る23時過ぎまで酔狂は続いたという。翌日8時頃。JR職員の手引きで、乗客は線路を歩き、トンネル外に脱出した。団体は緊急バスで八戸駅に。そして前夜の傍若無人ぶりを詫びることなく、タクシーで浅虫温泉方面に消えていった。

「調査の結果、部長と称する人間は新聞販売所経営者団体の幹部で他はやはり販売局の社員だったようです。うちは事実確認をした上で、抗議をお寄せになった読者に非礼をお詫びしました。でも、その方からは『俺に詫びてどうする。緊急時なのに冷静に対処してくれたJRの職員に謝罪しろ』と返されたと。当然でしょう」(朝日新聞関係者)

 この騒動について朝日新聞広報部に問い合わせると、「当該社員を厳重に注意しました。新聞販売所経営者団体幹部らに対しても注意を促し、JR東日本に謝罪しました。なお、弊社社員が“社長名を用いて車掌を恫喝した”という事実はありません」との回答が寄せられた。

※週刊ポスト2011年5月6日・13日号
週刊ポスト2011年5月6日・13日号 震災後緊急停車新幹線で「降ろせ」と恫喝した朝日新聞御一行



民度が低いとは、この朝日新聞御一行のようなことを言う。

竹岡圭も、この朝日新聞御一行のことを指して、「最近日本では、民度が低くなったなぁと感じるシーンも多い」と書いたのなら、分からないでもないが…

テレビ局や新聞社の連中は、「自分たちは特別な人間であり、何をやっても許される」と勘違いしているところがある。

過去の犯罪や悪事を告白する際にも普通の人間なら反省しながら述べるものだが、朝日の社員の場合には得意気に書くから狂っている。


■東北の朝鮮高校時代の連続強盗を得意げに自叙伝に書いちゃった在日朝日社員
――――――――――
日曜日は仙台の繁華街で日本人狩り

2~3人で仙台市内に繰り出し、2年生はお目付役として1年生にアイツをやれとか目配せしたり ・・・
日曜日に1年生が寮内にいたら先輩になぜ街に出て日本人を狩らないのか聞かれる。
端から見てても気の毒なほど日本人をボコボコにしてるヤツもいるしまわしケリ一発で決めるヤツもいる。
相手が前かがみに倒れると、殺してしまったかと、さすがにビビるそうだ。

先輩から命令されてやっていることが多いので、2~3人とカツアゲしても 、目標額に達しないと焦ってくる。
なかには給料袋のまま、数十万円もカツアゲしてくる勇者もいる。
「おまえそれはひどいんじゃないか?」
「チョッパリにはなにしてもかまわねえ」
警察に捕まった朝高生も、呼び出された先生も、我々朝鮮人を強制連行した日本政府が悪いんだと、話を政治問題に振り向けると、バカな仙台の警察官達は、黙りこくってしまい、お目こぼしされる。

『朝鮮高校の青春 ボクたちが暴力的だったわけ』金漢一著

『朝鮮高校の青春 ボクたちが暴力的だったわけ』金漢一著 恥知らずの著者はモロ朝鮮顔の朝日新聞の記者
『朝鮮高校の青春 ボクたちが暴力的だったわけ』の著者である金漢一(恥知らずの著者はモロ朝鮮顔の朝日の記者)

金漢一
1964年、福島県出身の在日2世。両親は慶尚道出身。
小中高の12年間を福島県郡山市と宮城県仙台市の朝鮮学校寮生として過ごす。
1987年、英文朝日入社。
2002年、日韓ワールドカップの取材をきっかけに、国籍を「朝鮮」から「韓国」に変更。
現在、英字紙「ヘラルド朝日」のスタッフライター
――――――――――








2011年5月14日「尖閣を護れ!国民大集会」殿岡昭郎基調講演

5月14日、池袋で「尖閣を護れ!国民大集会」が開催された。

基調講演を行った殿岡昭郎氏は、朝日新聞記者の本多勝一と裁判闘争をして勝利した人だ。

――――――――
ベトナム戦争終結後、ベトナムの永厳寺で、共産主義政権に抗議するため12人の僧侶が集団自殺をした。

本多勝一はこの事件を、「サイゴン当局の捜査によれば、色気違い坊主による単なる無理心中事件」と自著に発表した。

これを受けて殿岡昭郎氏は、「諸君!」(1981年5月号)において、「本多氏はハノイのスピーカー役を果たしている」と批判する。

この批判に対し本多は、当時殿岡氏が助教授を務めていた東京学芸大学に、殿岡の罷免を求める公開質問状を送付した。

その後本多は、「諸君」の発行元である文藝春秋と殿岡を相手取って、東京地方裁判所に損害賠償請求の訴えを起こす。

本多は、ハノイ当局の発表を伝えただけなのに、それをあたかも自分の意見であるかのように書かれたことが名誉毀損に当たる、と主張したが、1992年2月25日、東京地方裁判所において「本多氏の取材内容の信憑性を疑ったことは相当の根拠があった」としたうえで、本多の請求を棄却する判決が下った。
――――――――

朝日新聞の本多勝一
朝日新聞の本多勝一



基調講演で殿岡昭郎氏は、最近の朝日新聞の凋落ぶりを幾つか指摘した。

朝日新聞の凋落を示す一つとして、4月7日23時32分ごろ発生し、宮城県北部で震度6強を記録した余震(死者4人)の報道について取り上げていた。

―――――――――
4月7日23時32分
震央:宮城県沖
規模:マグニチュード(M)7.1

震度6強(宮城県栗原市、仙台市宮城野区)
震度6弱(岩手県大船渡市、釜石市、一関市、奥州市など、宮城県名取市、仙台市青葉区、仙台市若林区、東松島市など)
……
震度3(東京都23区など)
……
―――――――――



読売新聞や産経新聞などの全国紙は、当然この震度6強の余震について、翌4月8日の朝刊において1面などで詳しく報じていた。

ところが、朝日新聞は、この震度6強の余震について、翌4月8日の朝刊で何ら報道することが出来なかったそうだ。


ところが、朝日新聞は、この震度6強の余震について、翌4月8日の朝刊で何ら報道することが出来なかったそうだ。
画像は2011年4月8日河北新報朝刊


ウサマ・ビンラーディン殺害についても、読売新聞と朝日新聞とでは速報性や詳細さなどにおいて大きな差があったという。

朝日新聞には過去の遺産があるため、毎日新聞のように今日明日倒産する危機に陥っているわけではないが、大きく衰退していることは明らかなようだ。


朝日新聞





さて、「尖閣を護れ!国民大集会」の殿岡昭郎氏の基調講演では、朝日新聞のことの他、本題の尖閣諸島に関しては、日本青年社が昭和53年に尖閣諸島魚釣島に建設した灯台のことなどについてスクリーンなどを使って説明して頂いた。
■動画
5.14尖閣を護れ!国民大集会②平成22年5月14日(土) 於池袋 豊島公会堂
http://www.youtube.com/watch?v=ir8lYQON320




殿岡昭郎氏の基調講演の後、シナに領土を奪われた少数民族によるシンポジウム(司会 殿岡昭郎)が行われた。
2011年5月14日「尖閣を護れ!国民大集会」シンポジウム


さらに、仲村覚氏による「沖縄からの訴え 映像説明」、「維新政党・新風」婦人部長である荒木紫帆による「決議文朗読」、「維新政党・新風」本部代表の鈴木信行による「閉会と総括」と盛況が続いた。

左から司会の村田春樹氏、基調講演の殿岡昭郎氏、維新政党新風の鈴木信行代表
左から司会の村田春樹、基調講演の殿岡昭郎氏、維新政党新風の鈴木信行代表(画像花うさぎの「世界は腹黒い」

決議文

本日、我々はここ東京豊島公会堂において、我が国固有の領土である尖閣諸島をシナの侵略から護りぬく決意を確認した。
(略)
明日は沖縄が日本国に返還されてから39周年の記念日である。我々は、シナの軍拡と覇権主義の脅威への対抗軸として、沖縄の米軍基地や日米安保条約が現時点では必要なことを認める。しかし同時に、我々は憲法を改正し我が国がかつてのように単独でも国体を護持できる軍事力を確立することを再確認する。
「沖縄県民かく戦へり」大東亜戦争末期、沖縄県民は日本軍と共に最後まで英雄的に奮戦した。
(略)
天皇陛下におかれては来年の復帰40年を記念して沖縄に行幸されるご予定であらせられる。
(略)
極めて少数ではあるが我々と呼応して尖閣を、沖縄を、祖国を護ろうと日の丸を掲げて果敢に戦い、天皇陛下の行幸を歓迎しようとする沖縄の愛国勢力を断固支持支援するものである。
(略)
我々は震災からの復興は、国防体制の充実と日本国民の国家意識の覚醒を伴わなければならないと信じる。我々は以下の三点をこの国難のときにこそ要請し、参加者一同の意思として決議するものである。

一、北京政府は侵略し今もなお虐殺を続けているチベット、東トルキスタン、モンゴルなど諸民族の民族自決権を認め、その固有の領土から撤退せよ。
一、日本国政府は来月十七日に予想されるシナの漁民または民間人を装う武装民兵の尖閣上陸を、自衛隊をもって断固粉砕撃滅し島と灯台を死守せよ。
一、日本国政府は来年五月一五日沖縄祖国復帰四〇周年記念日を特別に祝日とし、君民ともに盛大に祝賀行事を挙行せよ。

平成二三年五月十四日
尖閣を護れ!国民大集会参加者一同





「祝!朝日新聞の衰退!」
「尖閣諸島を護れ!」


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