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正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!マスゴミの嘘や洗脳工作を許すな!がんばれ!日本国民党!
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日韓併合100周年記念事業 国民大集会 in 日比谷公会堂・韓国の歴史偽造に言いなりになって日本国民や日本の先祖を貶める政治家やマスコミなどに改めて怒り・西大門刑務所歴史館・「日韓併合100周年に関する声明」
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日韓併合100周年記念事業 国民大集会 in 日比谷公会堂
日韓併合100周年記念事業 国民大集会 in 日比谷公会堂
基調講演 『 日韓併合までの歩み 』 桜井誠 (在特会会長



在特会(在日特権を許さない市民の会)主催の【日韓併合100周年記念事業 国民大集会 in 日比谷公会堂】に行って来た。

日韓併合100周年記念事業 国民大集会 in 日比谷公会堂
~ 朝鮮半島を救った日韓併合の真実 ~

【日時】
2010年8月22日(日)
開会 15:30

【場所】
日比谷公会堂

【プログラム】

第一部
基調講演 『 日韓併合までの歩み 』 桜井誠 (在特会会長)
特別講演 『 韓国反日妄想記念館を嗤う 』 村田春樹 (外国人参政権に反対する会・東京 代表)

第二部
在特会 企画・制作 アニメーション作品
『日韓併合 百年目の真実 ~売国奴李完用が救った大韓帝国~』 
制作者トーク&上映会

第三部 ※登壇者一部変更(8月12日)
公開討論会  テーマ 『日韓併合100年と混迷の北東アジア情勢』
西村幸祐(評論家・ジャーナリスト)
田中秀雄(日本近現代史研究家)
平田文昭(アジア太平洋人権協議会代表)

日韓併合100年に関する集会声明文採択

閉会の挨拶 八木康洋 (在特会副会長)



私は、開会時刻の15:30より15分くらい遅れて到着した。

すると、既に日比谷公会堂の1階席は満席となっており、私は2階席に上ることとなった。

桜井誠在特会会長による基調講演『日韓併合までの歩み』の真っ最中だった。

私は途中から聴いたのだが、なかなかおもしろかった。


次は、村田春樹(維新政党・新風 国民運動委員)による特別講演 『 韓国反日妄想記念館を嗤う 』だった。

村田春樹・新風国民運動委員は、今年3月に韓国に行って「西大門刑務所歴史館」を見学したので、それに関する講演だった。


日韓併合100周年記念事業 国民大集会 in 日比谷公会堂
画像:韓国の西大門刑務所歴史館

「西大門刑務所歴史館」は、いわゆる「日帝」が朝鮮人に対して行ったとする拷問や刑に関する展示を行っている反日歴史館だ。

村田さんが今年3月に見学した際に撮った写真のスライドを見せながらの講演で、とても面白かった。

村田さんの講演は、いつも非常に面白く、笑いに包まれながら勉強になる。


日韓併合100周年記念事業 国民大集会 in 日比谷公会堂
画像:韓国の西大門刑務所歴史館にある蝋人形


李氏朝鮮時代に行われていた残酷な拷問などについては、朝鮮を訪れた外国人が様々な記録を残している。

次にその一例を紹介する。


取り調べ、監獄について

「ある日1人の若い常民が、両班の子弟と喧嘩している内に、誤って斧で脇腹を一撃して殺してしまった。殺人犯である常民は、即座に捕らえられ守令の前に連行された。証人の中には被害者の父親もいた。一言二言三言訊問した後、守令は斧を持ってこさせてその父親に手渡し、縛られたまま地面に倒れている殺害者を指さしながら、『こやつが、どのようにお前の息子を打ち殺したか、見せてみよ』と言った。
守令はその父親に犯人をその場で殺害させ、煩わしいこの事件から早く逃れてしまいたかったのだ。」

「大きな邑には、捕卒から報酬を受けている盗賊の頭目が数人いつもおり、人々が彼らの行為に耐えられなくなった時か、守令がいつになく強い脅しをかけた時に、法廷に突き出されてくる。
彼らを逮捕する時にも、比較的軽い犯罪については合意が出来ていて、それから捕卒が告発し、被告が是認する。重大な問題に関しては、すべて堅く沈黙が守られ、真犯人が自分の犯罪に対してそれ相応の懲罰を受けるようなことは稀である。
のみならず政府は必要なときに備えて大胆で図太い補助者を自らの手元に確保しておくため、世間に名の知れた数多くの泥棒を自由にさせておく。」

「許されている拷問が、未だ数多く残っている。次に主要なものを挙げてみよう。(詳細省略)
1.棍杖(長さ1.6-2メートル、幅20センチ、太さ4.5センチ位の棍杖で殴る)
2.平棒、笞、棒杖
3.骨の脱臼と屈折(3種類ある。その内の1例は、両膝と両足の親指を縛り、その間に2本の棒を入れ、反対方向に引っ張る)
4.吊り拷問
5.鋸拷問或いは足の鋸引き
6.3稜杖(木製の斧若しくは鉞で肉片を切開する拷問」

シャルル・ダレ


(李氏朝鮮の残酷な死刑や拷問に対して)

「こんな状況がまだこの地球の片隅に残されていることは、人間存在そのものへの挑戦である。とりわけ、私たちキリスト教徒がいっそう恥じるべきは、異教徒の日本人が朝鮮を手中にすれば真っ先にこのような拷問を廃止するだろうということだ」

「悲劇の朝鮮」スウェーデン人 アーソン・グレブスト



日本は、大韓帝国を併合する前の保護国としていた時代に、それまで朝鮮にあった残酷な拷問や刑罰などを廃止させた。

しかし、今の韓国では、日本の保護国になる前や戦後(日韓併合がなくなった後)に朝鮮で行われていた残酷な拷問や刑罰などを「日帝の仕業」として宣伝している。

少し調べればすぐに正反対の大嘘と判ることだが、韓国によって大規模な反日記念館が建造され、そこで歴史を偽造され、そこに訪れる韓国人や外国人たちが騙されている。

この捏造「お化け屋敷」(西大門刑務所歴史館)を訪れて見学する外国人は、日本人がとても多い。

私は、2009年6月21日(日曜深夜)にTBSの「報道の魂」という番組で、韓国に修学旅行に行った立命館高校の生徒達がこの「西大門刑務所歴史館」を見学した様子を見たことがある。


TBS

日曜深夜のTBSの「報道の魂」、韓国に修学旅行に行った立命館高校の生徒達が「西大門刑務所歴史館」を見学
TBSの「報道の魂」、韓国に修学旅行に行った立命館高校の生徒達が「西大門刑務所歴史館」を見学


「西大門刑務所歴史館」では、拷問室や死刑場などと称される所で人形や悲鳴などを使って、日本の朝鮮人弾圧を宣伝している。

この刑務所は、もともと1908年に日本が「京城監獄」としてつくったものだが、歴史の真実は以下のとおり。
―――――――
李氏朝鮮時代の拷問が酷かったことは世界的に知られていたが、1905年に日本の保護国となり、統監統治が始まると、日本と同様にすぐに拷問は廃止された。

朝鮮での拷問禁止は島村忠次郎(1907年、水原の京畿道地方裁判所の「法務補佐官」)が在職中に伊藤博文統監に申し入れて法令となった。

1908年の法令改正によって拷問した取調官は3年以下の懲役と定められた。

これにより、長年続いていた朝鮮での残虐な拷問は廃止となった。

更に、日韓併合前は「1坪に15~16人」詰め込んでいた監獄が、1910年の後半には「1坪当りの収監者数を5人以内」にし、1922年頃には「約2.9人」まで大改善された。

これによって囚人はいつでも横になって寝る事が可能になった。
―――――――


このような歴史事実を無視して、現在韓国は、「西大門刑務所歴史館」や「大韓民国独立記念館」で、日本による朝鮮人弾圧を偽造して大々的に宣伝している。

韓国の歴史偽造も許せないが、立命館高校のように日本の教職員が高校生を反日捏造記念館に連れて行ったり、TBSのようなマスコミが韓国のの大嘘を事実として公共の電波を使って放送したりすることはもっと問題だ。


TBS
立命館高校とTBSは恥を知れ!




次は、【在特会企画・制作 アニメーション作品『日韓併合 百年目の真実 ~売国奴李完用が救った大韓帝国~』制作者トーク&上映会】の予定だったが、先日の京都府警による在特会メンバー逮捕の際に行われた家宅捜索でアニメーションのデータも押収されたらしく、上映会は出来なかった。

したがって、制作者のトークだけとなったが、出来るだけ早くアニメーションも完成させるべく全力を尽くしているとのことだった。


2010.8.22日韓併合100周年記念事業 国民大集会 in 日比谷公会堂
画像:在特会企画・制作 アニメーション作品『日韓併合 百年目の真実 ~売国奴李完用が救った大韓帝国~』制作者トーク




次に、西村幸祐(評論家・ジャーナリスト)、田中秀雄(日本近現代史研究家)、平田文昭(アジア太平洋人権協議会代表)各氏による公開討論会が行われた。

テーマは『日韓併合100年と混迷の北東アジア情勢』であり、3人の専門家による公開討論会は大変勉強になったし、正論も多く、その都度会場から賛同の掛け声がかかった。

討論会の結論は、「日本が強くなること」だった。


2010.8.22日韓併合100周年記念事業 国民大集会 in 日比谷公会堂
画像:西村幸祐氏、平田文昭氏、田中秀雄氏による公開討論会




最後に、八木康洋在特会副会長によって、閉会の挨拶の直前に、「日韓併合100年に関する集会声明文採択」が行われた。

参加者全員に「日韓併合100周年に関する声明」が印刷された紙が渡されていたので、私も文章を読みながら八木さんの朗読を聴いていた。

すると、「日韓併合100周年に関する声明」の真ん中辺りで、私が7年以上前に考え、このブログで繰り返し掲載してきた文章が使用されていたので驚いた!!

その文章とは、次の部分だ。


日韓併合100周年に関する声明

(一部抜粋)

本年8月10日に我が国政府より日韓併合100年に関する談話、所謂菅談話が全閣僚の署名の下に閣議決定され、発表された。その談話の中に反省だとかおわびだとかの文言が出てくるが、私達はいったい何を反省し、何を詫びるべきなのか。階級による身分差別を撤廃し、両班による搾取、虐待から農民を救い、移住の自由を認めさせ、残酷な拷問や刑罰や一族の罪人連座法などを廃止し、女性再婚の自由を保障し、法治国家の基礎をつくり、学校教育制度を導入し、読み書きを教え、ハングル文字を復活、普及させ、台湾では数パーセントにしか許可しなかった改姓名を85パーセントの朝鮮人に許可し、鉄道網、道路網を整備し、港の開設工事をし、水力発電所を建設し、重化学工業を興し、緑化政策によって山野を甦らせ、不毛の地を開拓し、河川事業で洪水を減少させ、水田を倍増させ、世界中から世界一不潔と言われた各地を清潔にし、近代医療制度を導入し、平均寿命を24歳から45歳に伸ばし、人口を2倍にし、内地への渡航規制を犯して来る密航者にも寛容に対処した事を反省し、謝罪せよとでも言うのか。所謂日帝支配35年なら在日特権65年ではないか。私達は寧ろこの在日特権65年を振り返り、反省すべきではないのか。



上の文章の赤字の部分は、私が7年以上前にまとめてYahoo!掲示板のいろんなトピックで繰り返し投稿し、最近もこのブログで何度も掲載してきた文章だ。

私が「日韓併合100周年に関する声明」の朗読を聴いていて「あれっ?どっかで聴いたことある文言だぞ…」と思って手許の文章を良く読むと、そうだった。

私は驚くと同時に、とても嬉しかった。

私が常々述べているとおり、このブログの内容は、転載も引用も抜粋もコピペも全て自由だ。

少しでも多くの人に歴史の真実や核武装の必要性などを知ってもらいたいから、このブログをやっているのだ。

2ちゃんねるやYahoo!などの掲示板、あるいは他の方のブログなどで、自分が書いたことがコピペや引用や転載されているのを見ると嬉しい。

ましてや、【日韓併合100周年記念事業 国民大集会 in 日比谷公会堂】の「日韓併合100周年に関する声明」の中に引用されたのだから大感激だ!

今後も、良い情報提供が出来たり良い文章が書けたりしたら、皆さんに広めて頂きたい。


2010年8月22日が日韓併合100周年ということで、今後は徐々に日韓併合の話題が減ることが予想されるため、最後に「真実のまとめ」を再掲載しよう。



【真実】


●日韓併合前(1905年に日本の保護国になる前)

併合前の朝鮮は地獄だった日韓併合前の朝鮮人の豚犬的生活
併合前のソウル


併合前の朝鮮は地獄だったといってよい。
玄永燮


「最近朝鮮事情」明治39年(1906年) 清水書店より
(本書は衆議院議員で中国新聞社主筆でもあった荒川五郎の朝鮮視察記)

朝鮮人の不潔ときたら随分ヒドイ
てんで清潔とか衛生とかいう考えはないから、いかに不潔な家でも、いかに不潔な所でも一向平気で、濁った水でも構わないどころか、小便や大便の汁が混じって居っても、さらに頓着せずにこれを飲む
実に味噌も糞も朝鮮人には一所である。
といえば朝鮮に行かない人には、極端の言いようのように思われるかも知れないが、事実その通りで、一例をあぐれば、家を造るに、壁土の中に馬糞などを混ぜて喜んでこれを塗る
その訳は馬糞を混ぜると壁が堅くなって泥が落ちにくいというている。
さらに驚くべく信じ難い程であるのは、朝鮮人は小便で顔を洗い、気目がよくなるというて居る
また小便は腎虚や肺結核や解熱等に有効じゃというてこれを用い、また強壮剤じゃというて無病の者でも飲んでいる
いよいよ病気が重くて生きられまいという時は、大便を食べさすということも聞いている
なんと驚かしいことではないか。
塵や芥(ごみ)がばらけておろうが、物が腐って臭かろうが、食物に蝿などがたかって汚しても、更になんとも思わないで、年中風呂に入るの、湯をつかうのということは無い。


両班たちが国を潰した。
賎民は両班たちに鞭打たれて、殺される。
殺されても、殴られても、不平は言えない。
少しでも値打ちがあるものを持っていれば、両班が奪っていく。
妻が美しくて両班に奪われても、文句をいうのは禁物だ。
両班の前では、全く無力な賎民は、自分の財産、妻だけでなく、生命すらその気ままに委ねられている。
口一つ間違えればぶったたかれるか、遠い島へ流される。
両班の刃にかけられて、生命すら保つことができない。
『血の涙』李人稙(1862-1916)


朝鮮の両斑は、いたるところで、まるで支配者か暴君のごとくふるまっている。
大両斑は、金がなくなると、使者を送って商人や農民を捕らえさせる。
その者が手際よく、金を出せば釈放されるが、出さない場合は、両斑の家に連行されて投獄され、食物も与えられず、両斑が要求する額を払うまでムチ打たれる。
両斑の中で最も正直な人たちも多かれ少なかれ自発的な借用の形で自分の窃盗行為を偽装するが、それに欺かれる者はだれもいない。
なぜなら両斑たちが借用したものを返済したためしが、いまだかってないからである。
彼らが農民から田畑や家を買うときは、ほとんどの場合、支払いなしですませてしまう。
しかも、この強盗行為を阻止できる守令は一人もいない。
『朝鮮事情』マリ・ニコル・アントン・ダブリィ主教


李氏朝鮮の残酷な死刑や拷問に対して、
「こんな状況がまだこの地球の片隅に残されていることは、人間存在そのものへの挑戦である。とりわけ、私たちキリスト教徒がいっそう恥じるべきは、異教徒の日本人が朝鮮を手中にすれば真っ先にこのような拷問を廃止するだろうということだ
『悲劇の朝鮮』スウェーデン人 アーソン・グレブスト



(上)日本統治前、(下)日本統治中
(上)日本統治前、(下)日本統治中(ソウル 南大門)


●日本の統監統治時代(保護国時代:1905年~1910年)

李氏朝鮮時代の拷問は酷かったが、1905年に日本の保護国となり、統監統治が始まると朝鮮においても日本と同じようにすぐに拷問は廃止された。

朝鮮での拷問禁止は島村忠次郎(1907年、水原の京畿道地方裁判所の「法務補佐官」)が在職中に伊藤博文統監に申し入れて法令となった。
1908年の法令改正によって拷問した取調官は3年以下の懲役と定められた。
これにより、長年続いていた朝鮮での残虐な拷問は廃止となった。


韓国は日本の保護によって新生命、新光明に浴している。
高い政治道徳を重んずる進歩的であり、円満である伊藤総監によって、韓国人は暗黒時代から光明世界に導かれ、未開時代から文明時代に進むべく手をとられて進みつつあり、旧来の久しい悪政から免れ、彼らの生命財産は確実に保護されつつあって、あらゆる面において、三年間に二倍の進歩を遂げた。

宣教師 ラッド博士





●日本統治時代(日韓併合時代:1910年~1945年)

階級による身分差別を撤廃し、両班による搾取・虐待から農民を救い、移住の自由を認めさせ、残酷な拷問や刑罰や一族の罪人連座法などを廃止し、女性再婚の自由を保障し、人権尊重などの法治国家の基礎をつくり、学校教育制度を導入し、読み書きを教え、ハングル文字を復活・普及させ、台湾では運動が起きても1~2%にしか許可しなかった改姓名だが、85%の朝鮮人には創氏改名を許可し、鉄道網、道路網を整備し、港の開設工事をし、水力発電所を建設し、重化学工業を興し、緑化政策によって山野を甦らせ、不毛の地を開拓し、河川大事業で洪水を減少させ、水田を倍増させ、世界中から世界一不潔と言われた町々を清潔にし、近代医療制度を導入し、平均寿命を24歳から45歳にのばし、人口を2倍にし、内地(日本)への渡航規制を犯して来る密航者にも寛容に対処した。

併合後のソウル
併合後のソウル




●戦後~現在(1945年~)

【戦後韓国の虐殺事件】(合計30万人~100万人

■ハンセン病院虐殺事件 1945年8月21日

■済州島事件(済州島4.3事件)1948年4月
政府関係者が口にしているのは死者六万人~七万人。
反体制の人々は死者十万人以上を主張していた。
アメリカ人学者ジョン・メリルは「正確な事は解らないが、死者は3万人あまり」と記している。

■麗水・順天反乱事件 1948年10月

■国民保導連盟事件 1950年夏
韓国各地で、無抵抗で非武装の国民、合計30万人が虐殺。
殺されたのは国民保導連盟の人達。
国民補導連盟とは、今まで厳罰一辺倒だった共産分子への対応を改め、自首期間中に、共産党の甘い言葉に騙された人は、自首して国民保導連盟に所属すれば、罪は問われない、としたもの。
しかし、人民解放戦争(朝鮮戦争)勃発と共に、韓国人によって全て虐殺された。

■大田刑務所虐殺事件 1950年7月始め

■国民防衛軍事件 1950年冬
死者 数十万人。(詳細は、東亜日報にて連載された。)
通称「死の行進」「死の南下」数十万人が死んだと言われている。



近年の北朝鮮

【凍土の狂気が続く金正日強制収容所】
「ネズミを焼いて食べ、シラミのわいた毛布で寝る、死ぬよりつらい」 
<木から線路に落ちた栗を拾おうとトロッコを止めた運転手(収容者)を、警備員が射殺した。撃たれた運転手は死んでもまだ栗をしっかり握りしめていました。ある時、男の収容者が空腹に耐えかね、雄牛のテール(尻尾)でつくった鞭を口に入れたら、たまたま警備員に見つかった。彼は叩かれたうえに、便所の腸内寄生虫を食べさせられ、2日後に息を引き取った。悲惨な話は山ほどあります。牛の糞の中に潰れていない豆があると、みんな我先に奪い合います。死人が出ると着ていた服を取り合い、生きている者が着る。人間の住むところではなかった>
(脱北者)






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