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百済は日本に文化を教えた←大ウソ!日本の文化が遥かに上で百済は日本の属領だった・藤岡信勝「日本がハングルを学校で教えた」記事が韓国内で波紋・韓国「百済時代は朝鮮が日本に文化を教えた」・日韓併合100周年記念事業 国民大集会 in 日比谷公会堂
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日韓併合時代の朝鮮語の授業
日韓併合時代の授業

「日本がハングルを学校で教えた」に、反省のない日本人の姿-韓国メデイア

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100820-00000029-scn-kr

「日本がハングルを学校で教えた」に、反省のない日本人の姿-韓国メデイア
8月20日11時48分配信 サーチナ

 拓殖大学客員教授・藤岡信勝氏は18日、産経新聞のオンライン版で「日本がハングルを学校で教えた」と題する寄稿で、「朝鮮総督府は小学校段階からハングルを教える教科書を用意し、日本が建てた5200校の小学校で教えた。日本は朝鮮人から言葉を奪うどころか、朝鮮人が母国語の読み書きができるように文字を整備した」と述べた。この記事が、韓国内で波紋を広げている。

 韓国のメディアは、「日本の大学教授が妄言」と題して、この記事の内容を取り上げ、藤岡教授の文章は反省がない日本人の姿を代弁していると報じている。また、菅直人首相が日韓併合100年を迎え、10日に発表した談話についても藤岡教授は「わが国の先人の苦闘の歴史を冒涜(ぼうとく)するものである」と批判したと伝えている。

 また、同メディアでは、日本のネットユーザーたちが「インターネットにこんな記事が出てくることは、本当に感謝している」「正論が充実し、素晴らしいことである」「歴史認識が不足している菅直人政権に事実を言ってくれるだろう」「これこそが取り扱われてない真実」と反応したと伝えている。

 一方、韓国のポータルサイト「Ruliweb.com」の掲示板上でもこの話題が取り上げられており、韓国のネットユーザーからは「百済時代は朝鮮が日本に文化を教えた」「日本人は韓国語の母音すら発音できないはず」「それなりに新鮮な解釈」といった声が見られた。



>拓殖大学客員教授・藤岡信勝氏は18日、産経新聞のオンライン版で「日本がハングルを学校で教えた」と題する寄稿で、「朝鮮総督府は小学校段階からハングルを教える教科書を用意し、日本が建てた5200校の小学校で教えた。日本は朝鮮人から言葉を奪うどころか、朝鮮人が母国語の読み書きができるように文字を整備した」と述べた。


藤岡信勝氏の寄稿は、産経新聞のオンライン版だけではなく、朝刊の【正論】欄に掲載されていたが、このブログでも何度も取り上げてきた歴史の事実を良く説明していた。

8月4日、仙谷由人は「植民地支配の過酷さは、言葉を奪い、文化を奪い、韓国の方々に言わせれば土地を奪うという実態もあった」と発言した。
仙谷由人

8月14日放送のNHK「日本の、これから~日韓のこれから~」で岡本行夫は、「朝鮮民族の名前を捨てさせ、言葉を放棄させ、そして文化も捨てさせ、そして日本人にしようとした。民族としてのアイデンティティ、その自立性の抹殺に近いことをやったわけで、それを我々はどんな時でも忘れちゃいけないと思う。」と発言した。

岡本行夫 NHK日本の、これから 日韓のこれから
■動画
日本のこれから  ~岡本行夫の妄言

http://www.youtube.com/watch?v=RFnW6rfhT9s

仙谷由人と岡本行夫の2人は、嘘吐き朝鮮人の嘘や妄言を鵜呑みにし、自分の頭で考えたり自分で調べたり確認したりすることの出来ない真正の馬鹿だ。

藤岡信勝氏が述べたとおり、「日本は、朝鮮人が朝鮮語の読み書きが出来るように尽力した」が真実だ。

日本人(福沢諭吉)が初めて漢字ハングル混合文を考案してハングル活字を作り、日本人(井上角五郎ら)が1886年に初めて漢字ハングル混じりの新聞『漢城週報』を発行した。


漢字ハングル混じりの新聞
画像は日韓併合時代の漢字ハングル混じりの新聞


併合した当時は、朝鮮人が作った辞書も全くなかった。

19世紀末に仏と露と英によって粗末な朝鮮語辞典が作られたようだが、本格的な『朝鮮語辞典』は1920年に日本人(朝鮮総督府)によって完成された。


日本の国立国会図書館にある「朝鮮語辞典」:朝鮮総督府編(大正九年〔1920〕3月30日発行)の初版
日本の国立国会図書館にある「朝鮮語辞典」:朝鮮総督府編(大正九年〔1920〕3月30日発行)の初版
画像は日本の国立国会図書館にある「朝鮮語辞典」:朝鮮総督府編(大正九年〔1920〕3月30日発行)の初版


ちなみに朝鮮人が自ら初めて作った朝鮮語辞典は1939年だったようだ。


朝鮮の学校では、1930年代にも、日本人が作った国語辞典『朝鮮語辞典』で朝鮮語の勉強が続けられていた。


日韓併合時代の朝鮮語の教科書「普通学校朝鮮語読本」
日韓併合時代の朝鮮語の教科書「普通学校朝鮮語読本」
日韓併合時代の朝鮮語の教科書「普通学校朝鮮語読本」
画像は日韓併合時代の朝鮮語の教科書「普通学校朝鮮語読本」


日韓併合時代の朝鮮語の教科書、ハングルを教えていた証拠
日韓併合時代の朝鮮語の教科書、ハングルを教えていた証拠
日韓併合時代の朝鮮語の教科書、ハングルを教えていた証拠
画像は日韓併合時代の朝鮮語の教科書「高等朝鮮語及漢文読本」


以上のように、日本は朝鮮の言葉を奪ったどころか、朝鮮に朝鮮語を与えて普及させたのだ。





>「百済時代は朝鮮が日本に文化を教えた」


「百済時代に朝鮮から日本に教えた文化」とは何のことか明確ではないが、実際には百済時代も文化は日本の方が遥かに発展しており、朝鮮半島は日本の文化の強い影響を受けていた。

おそらく連中が言う「百済時代に朝鮮から日本に教えた文化」というのは仏教のことを言っているのだと思われる。

しかし、仏教は百済の文化でも朝鮮の文化でもなく、インドで生まれた文化であり、百済には支那(東晋)経由で伝わっていたに過ぎない。

仏教の伝来

日本へは6世紀に、百済の聖明王から欽明天皇に仏教が伝来したとされている。

しかし、6世紀の百済は日本(倭国)の勢力圏(属領)だったので、百済王は天皇の手下に過ぎなかったのだから、「百済時代は朝鮮が日本に文化を教えた」という言い方も正しくない。

実態を正確に表現すれば、「日本の支配下にあった百済の聖明王は、インド発祥で支那(東晋)経由で百済にも伝わっていた仏教について、欽明天皇にお伝え申し上げた(報告した)。」ということになる

しかも、その後朝鮮半島では、新羅が支那(唐)に百済を滅ぼしてもらい、李氏朝鮮時代になると、仏教も滅ぼそうとして弾圧しまくった。


仏教弾圧によって打ち首になった仏像と打ち首になった仏像
李氏朝鮮時代の仏教弾圧
1番目と2番目の写真は仏教弾圧によって荒れ果てた仏国寺と石窟庵
3番目と4番目の写真は仏教弾圧によって打ち首になった仏像



「百済時代は朝鮮が日本に文化を教えた」という主張は、史実(実態)から余りにもかけ離れている上に、今の韓国人が誇りとする李氏朝鮮の悪行を無視した恥知らずな表現だ。





●参考資料

『百済本紀』
397 倭国と国交を結び王子の腆支を人質とする
399 高句麗攻撃のための徴発により人々が新羅に逃げる
402 倭国に使者を送り大珠を求む(大珠の意不明)
403 倭国の使者を特に手厚くねぎらう
405 腆支王即位テンシ(直支、映、枕流王の子)人質となっていたとき枕流王が死去、弟を殺した末弟が王となったために乞うて倭国の護衛により海中の島にて待機してのち王となる
406 晋に朝貢
409 倭国の使者が夜明珠を送る 厚く礼遇する(夜明珠の意不明)



政治的に大和朝廷(倭国)の勢力圏におかれていた朝鮮半島は、文化的にも日本の強い影響を受けた。

新羅・百済はみな倭を以て大国にして珍物多しとなし、並びに之を敬仰し、恒に使ひを通はして往来せしむ。

(新羅、百濟、皆以倭爲大國、多珍物、並敬仰之、恒通使往來。)

『隋書 列傳第四十六 東夷 倭國』





日本の前方後円墳が3~5世紀に作られたのに対し韓国の前方後円墳は5~6世紀に作られた。

さらに韓国の前方後円墳の出土物に日本の埴輪に酷似した土器類が発見された。


「仁徳天皇陵」(全長486m)
画像は「仁徳天皇陵」(全長486m)
5世紀


仁徳天皇陵は、三段で構成された墳丘と三重の濠が巡らされている日本最大の前方後円墳で、エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵と並び、世界三大古墳の一つといわれている。

その遺物は長持形石棺から、刀剣・甲冑・ガラス製の壺と皿、葺石や埴輪などがあり、埴輪には人物(女子頭部)や水鳥、馬形、家形などが出土している。東側の造出しから須恵器の甕が出土した。

ボストン美術館には本古墳出土と伝えられる細線式獣帯鏡や単鳳環頭太刀などが所蔵されている。

全長約486m、後円部径約249m、高さ約35m、前方部幅約305m、高さ約33m 

Spec Sheet  全長(Length) 全幅(Width) 全高(Height)
仁徳天皇陵  486m 300m 35m
ギザのピラミッド 229m 229m 147m
秦の始皇帝陵 245m 340m 53m



韓国の月桂洞1号墳 全長46.5mの前方後円墳
画像は「月桂洞古墳」(全長46.5m)
5世紀後半から6世紀中葉に作られた韓国の代表的な前方後円墳






4世紀頃(391年、倭が、海を越えて襲来し、百済や新羅を破って服属させてしまった「広開土王碑」)から7世紀(白村江の戦い)まで、朝鮮半島は九州などと同様に日本(倭国)の一部だった。

百済の「武寧王」も、その父の「東城王」も、朝鮮半島で生まれたのではなく、日本(九州)で生まれて日本から朝鮮半島に渡って行った人物だ。


ちなみに、日本から朝鮮半島に渡って行った「武寧王」の子「純陀太子」は、日本に人質として来て、その子孫はそのまま日本に住み着いた。


百済の文斤王がなくなり、天皇は昆支王の五人の子の中で、二番目の末多王が、幼くとも聡明なので、内裏へ呼んだ。親しく頭を撫でねんごろに戒めて、その国の王とし、武器を与え、筑紫国の兵五百人を遣わして国に送り届けた。これが東城王である。…
『日本書紀』雄略紀


(廿三年夏四月、百済文斤王薨。天王、以昆支王五子中、第二末多王、幼年聡明、勅喚内裏。親撫頭面、誡勅慇懃、使王其国。仍賜兵器、并遣筑紫国軍士五百人、衛送於国。是為東城王。…)


こうして479年、東城王(末多王)が百済王に即位したが、この即位も日本(天皇)によって決められたことが判る。

『日本書紀』武烈四年条(502年)には、この東城王(末多王)の暴虐が記され、武寧王即位が記されている。


「是歳、百済の末多王、無道して、百姓に暴虐す。国人、遂に除てて、嶋王を立つ。是を武寧王とす。」


こうして、百済王に「武寧王」が即位したのだが、「武寧王」も九州(佐賀県)生れの日本人(倭人)だった。

663年、日本(倭国)は、「白村江の戦い」で、唐・新羅の連合軍に敗れ、朝鮮半島に有していた勢力圏を失ってしまった。

百済王族は日本列島に亡命し、それ以降は大和朝廷の単純な手下となった。

桓武天皇の在位期間(781~806年)、桓武天皇の命令を受けた百済王の子孫たちは、東北地方(陸奥)の征服を何度も試みたが、大惨敗を繰り返した。

つまり、百済王は、天皇によって決められ、日本(九州など)生れの「東城王(末多王)」や「武寧王」などが日本(九州など)から朝鮮半島に渡って行って即位していたように、百済というのは昔から日本(倭国)の一地方だった。






●参考記事

http://sankei.jp.msn.com/life/education/100818/edc1008180303000-n1.htm
藤岡信勝
【正論】拓殖大学客員教授・藤岡信勝 日本がハングルを学校で教えた 
2010.8.18

 日本の歴史教育では、小学生段階から日清戦争を扱い、日本はこの戦争に勝って清から賠償金を取り、台湾を日本の領土にしたことを教えているが、日本が日清戦争をたたかった真の目的を教えていない。

 戦争に勝った国は、講和条約の最初の条文にその国が最も欲することを書き込む。日清戦争の戦勝国である日本が日清講和条約(下関条約)の第一条に書き込んだのは、領土でも賠償金でもなく、「清国ハ朝鮮国ノ完全無欠ナル独立自主ノ国タルコトヲ確認ス」という文言だった。日本が最も求めていたのは、朝鮮国の清国からの独立だったのである。なぜか。

 ◆半島に自主独立国家を期待

 欧米列強の脅威にさらされていた明治の日本は、自国の安全を確保するため、朝鮮半島に自主独立の近代化された国家が成立することを強くねがった。福沢諭吉は次のように論じた。

 「いま西洋が東洋に迫るそのありさまは、火事が燃え広がるのと同じである。この火事から日本という家を守るには、日本の家だけを石造りにすればすむというものではない。近隣に粗末な木造家屋があれば、類焼はまぬかれないからである」

 日本、朝鮮、清国という、お互いに隣り合う家屋の安全のためには、隣の家の主人を半ば強制してでもわが家に等しい石造りの家をつくらせることが必要である、というのが福沢の考えであり、明治政府の考えでもあった。近代日本の置かれた立場を理解させない歴史教育は教育の名に値しない。

 ◆朝鮮語を「奪った」との謬論

 李朝時代の朝鮮が「粗末な木造家屋」であったことは、朝鮮の外交顧問であったアメリカ人のスティーブンスさえ、日露戦争のあとで、次のように述べていたことからわかる。

 「朝鮮の王室と政府は、腐敗堕落しきっており、頑迷な朋党は、人民の財産を略奪している。そのうえ、人民はあまりに愚昧(ぐまい)である。これでは国家独立の資格はなく、進んだ文明と経済力を持つ日本に統治させなければ、ロシアの植民地にされるであろう」

 朝鮮の近代化は、日韓併合後の日本統治によって初めて実現した。日韓併合100周年に当たっての菅直人首相の謝罪談話を推進した仙谷由人官房長官は8月4日、日本の「植民地支配の過酷さは、言葉を奪い、文化を奪い、韓国の方々に言わせれば土地を奪うという実態もあった」と発言した。あまりの無知に開いた口がふさがらない。ここでは、日本が朝鮮人から「言葉を奪った」という官房長官の妄想についてだけとりあげる。

 日本統治時代、朝鮮半島に在住した日本人は、人口の2%に過ぎない。2%の人間がどうして他の98%の人間から、土着の言葉を「奪う」ことができるのか。

 仙谷氏は、日本統治下の学校で日本語が教えられたことを、誤って朝鮮語を「奪った」と一知半解で述べたのかもしれない。それなら、この謬論(びょうろん)を粉砕する決定的な事実を対置しよう。

 韓国人が使っている文字、ハングルを学校教育に導入して教えたのは、ほかならぬ日本の朝鮮総督府なのである。

 李朝時代の朝鮮では、王宮に仕える一握りの官僚や知識人が漢文で読み書きをし、他の民衆はそれができないままに放置されていた。ハングルは15世紀に発明されていたが、文字を独占していた特権階層の人々の反対で使われていなかった。それを再発見し、日本の漢字仮名まじり文に倣って、「漢字ハングル混合文」を考案したのは福沢諭吉だった。

 ◆先人の苦闘の歴史冒涜するな

 朝鮮総督府は小学校段階からハングルを教える教科書を用意し、日本が建てた5200校の小学校で教えた。日本は朝鮮人から言葉を奪うどころか、朝鮮人が母国語の読み書きができるように文字を整備したのである。

 併合当時、韓国の平均寿命は24歳だったが、日本統治の間に2倍以上に延び、人口の絶対数も倍増した。反当たりの米の収穫量が3倍になり、餓死が根絶された。はげ山に6億本の樹木が栽培され、100キロだった鉄道が6000キロに延びた。北朝鮮が自慢げに国章に描いている水豊ダムは、日本が昭和19年に完成させた、当時世界最大級の水力発電所だった。

 これらのめざましい発展は、統治期間に政府を通じて日本国民が負担した、現在価値に換算して60兆円を超える膨大な資金投下によってもたらされた。本国から多額の資金を持ち出して近代化に努めたこのような植民地政策は世界に例がない。日本の朝鮮統治はアジアの近代化に貢献した誇るべき業績なのである。

 日韓併合100年の首相謝罪談話は、このような歴史的事実を無視した虚偽と妄想の上に成り立っている。それは、わが国の先人の苦闘の歴史を冒涜(ぼうとく)するものであると同時に、日本統治下で近代化に努力した朝鮮の人々の奮闘をも侮辱するものであることを忘れてはならない。(ふじおか のぶかつ)





●お知らせ

http://www.zaitokukai.info/modules/piCal/index.php?cid=0&smode=Weekly&action=View&event_id=0000000337&caldate=2010-8-22
日韓併合100周年記念事業 国民大集会 in 日比谷公会堂
~ 朝鮮半島を救った日韓併合の真実 ~

日韓併合から100年を迎える今年8月22日(日)、在特会主催で国民大集会を開催します。併合を推進した大韓帝国李完用総理の真意に迫る3Gアニメーション作品 『日韓併合 百年目の真実 ~売国奴李完用が救った大韓帝国~』 (企画・制作/在日特権を許さない市民の会) 上映のほか講演やパネルディスカッションを交え、100年前の日韓併合とは何であったのかを徹底検証します。8月22日は日比谷公会堂にご参集いただけますようお願いいたします。当日の詳細は順次お知らせします。

【日時】
2010年8月22日(日)
開場 15:00 開会 15:30
終了20:00

【場所】
日比谷公会堂 (http://hibiya-kokaido.com/
東京都千代田区日比谷公園1‐3
℡ 03(3591)6388 / FAX 03(3591)6389

【アクセス】
日比谷公会堂アクセス案内
http://hibiya-kokaido.com/new%20access.html 

【プログラム】

第一部
基調講演 『 日韓併合までの歩み 』 桜井誠 (在特会会長)
特別講演 『 韓国反日妄想記念館を嗤う 』 村田春樹 (外国人参政権に反対する会・東京 代表)

第二部
在特会 企画・制作 アニメーション作品
『日韓併合 百年目の真実 ~売国奴李完用が救った大韓帝国~』 
制作者トーク&上映会

第三部 ※登壇者一部変更(8月12日)
公開討論会  テーマ 『日韓併合100年と混迷の北東アジア情勢』
西村幸祐(評論家・ジャーナリスト)
田中秀雄(日本近現代史研究家)
平田文昭(アジア太平洋人権協議会代表)

日韓併合100年に関する集会声明文採択

閉会の挨拶 八木康洋 (在特会副会長)

【参加費】
1,000円
会員・非会員を問わずどなたでも参加出来ます。
在特会特別会員は無料
※ 入場時に特別会員のピンバッジをご提示ください。

【問い合わせ先】
在特会日韓併合100年国民大集会係
zaitokukai100@gmail.com

 



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