正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!マスゴミの嘘や洗脳工作を許すな!がんばれ!日本国民党!
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南京事件がセンター試験に出題されていた・日本史A 問5(日本史B 第6問)・日本軍が中国の都市南京を占領するに際して、捕虜や非戦闘員を殺害する事件が起きた・ハァ?中国東北部?張作霖爆殺?ふざけんな!


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最近、のんさんと、
「あっぱれニッポン資料館・堂々たる日本を取り戻そう!」
http://blogs.yahoo.co.jp/oyasai_pakupaku

のブログ主さんらが、当ブログのコメント欄で教えてくれた。

大学入試のセンター試験の日本史に酷い問題があった。



センター試験 2009年
日本史A 問5(日本史B 第6問)
http://www.toshin.com/center/nihonshi-a_mondai_5.html
―――――
問5.1920年代から30年代にかけて日本軍の国外活動に関して述べた次の文?~?について、古いものから年代順に配列したものを、下の?~?のうちから一つ選べ。

? 日本軍が中国の都市南京を占領するに際して、捕虜や非戦闘員を殺害する事件が起きた。
? 中国東北部での日本軍の活動に対して、国際連盟からリットン調査団が派遣された。
? 関東軍参謀河本大作らが、中国軍閥の一人である張作霖を、奉天郊外において爆殺した。

??-?-?  ??-?-?  ??-?-?
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―――――






これは酷い!

?は事実自体が存在しないため、年代順に並べるも何もあったもんじゃない。

日本軍が南京を占領したのは1937年12月だが、占領するに際して、捕虜や非戦闘員を殺害した事件は確認されていない。

まず、非戦闘員を殺害した事件は全くない。

詳細は、「南京虐殺は嘘(0人)」シリーズ(84連載)で述べているが、

南京虐殺は嘘(0人)
目次1 (1~40)
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/27009515.html
目次2 (41~84)
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/27009833.html


簡単にまとめると次のとおり。


日本軍による南京市民虐殺は、1人も判明していない以上、「0人説」以外に正当性はない。

まず、日本軍占領後に南京の人口が増えたのだから、大虐殺がなかったことは明らか。

次に、15人の安全区国際委員会メンバーや100人を超す日本人報道関係者などは、南京に長期間滞在したにもかかわらず、誰も1度も日本軍による南京市民虐殺を目撃しなかった。

更に、現地(南京)に居た日本軍(憲兵隊など)に通報された日本軍による強姦事件は約10件で、掠奪事件も似たようなものだったが、虐殺事件については0件だった。

虐殺事件の目撃が0件で、現地の憲兵隊などへの通報も憲兵隊などによる発見もなく、犯人や被害者が特定されるような殺人事件はゼロだった。

戦後しばらく経ってから自白した元日本兵が何人か居たが、これまで本名で証言をした人は例外なくすべて嘘であったことが確認されている。

よって、日本軍による南京市民虐殺事件は0件だ。


一方、捕虜の殺害事件もあったかどうかは定かでない。

捕虜の殺害事件もなかったかもしれないし、仮にあったとしても可能性があるのは最大で800人というのが、元日本軍兵士の親睦団体「偕行」の結論だ。

「偕行」
敵兵の不法殺害は0人~800人、市民虐殺は0人
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/10828855.html




反日左翼が最も強く主張する「幕府山事件」も、解放目的の連行・自衛発砲であり、決して「虐殺」や「殺害事件」などではない。
幕府山事件
宣誓に依らざる捕虜解放に関する誤解
http://1st.geocities.jp/nmwgip/nanking/Bakufu.html




ちなみに、国際法上、「便衣兵」や「敗残兵」や「投降兵」のことを、「捕虜」とは言わない。

便衣兵の処断は当たり前2
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12257289.html

オッペンハイムら多数の戦時国際法家は投降の拒否を認める
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/27714446.html

(一部抜粋)


日本軍が処刑した支那軍将兵は「捕虜」ではなく、「投降兵」や「敗残兵」や「便衣兵」などである。

「捕虜」というのは、相手の軍が投降を認め、収容所などに収容して初めて「捕虜」となるのだ。
1937年12月に日本軍が処分した支那軍将兵は、「捕虜」ではなかった。
戦闘中に投降してきた支那軍将兵を捕虜として保護するかどうかは、主権者である日本軍が判断する。



ちなみに、支那軍は、支那事変のあった8年間で、投降したり負傷したりして捕まえた日本兵を捕虜として保護したことは全くなかった。
「反戦兵士」にする極めて少数の日本兵を除き1人残らず惨殺した。
まさに「皆殺し」だった。

一方、日本軍は、南京だけでも1万人以上の支那兵を捕虜として保護した。



―――――
ハーグ陸戦法規第二十三条は、「兵器を捨て又は自衛の手段尽きて降を乞える敵を殺傷すること」を禁止している。

しかしながら、戦闘の進行中で敵軍の一部が投降せんとする場合に、味方軍がこれを受諾し投降兵を収容して後方に送致する為には味方軍の進撃を中止する必要を生じその事が味方軍の勝利を危うくする惧れのある場合には、味方軍の安全と勝利を確保する為に敵軍の降伏信号を黙殺して攻撃を継続する事が軍事上必要となる。

故に、戦時法規は一定の条件下において投降の拒否を認めるのである。
この見解はオッペンハイムを始め多数の戦時国際法家に支持されている。



「投降兵の助命は、次の場合に拒否しても差し支えない。

第一は、白旗を掲げた後なお射撃を継続する軍隊の将兵に対して、

第二は、敵の戦争法規違反に対する報復として、

第三は、緊急必要の場合において、すなわち捕虜を収容すれば、彼らのために軍の行動の自由が害せられて、軍自身の安全が危うくされる場合においてである。」
(オッペンハイム)
―――――






以上のように、センター試験の問題にある「捕虜や非戦闘員を殺害する事件」という事実は存在しない。



ついでに言うと、?の
「中国東北部」という言い方もおかしいと思う。

歴史的に、満州が支那の一部になったことは戦後になるまで一度も無かった。


辛亥革命当時、胡漢民は、「支那と満州は別物」と強く主張。

孫文も、
「支那革命は万里の長城以北には関係せぬ」と述べていた。

孫文以下の指導者も、
「中国にとっては満州は外国であり、革命成功の後は、満州問題は日本に一任する」と公言していた。

満州と支那は別物
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/35875863.html



満州事変当時も、満州を「中国東北部」などと言ったことは皆無に等しい。

「中国東北部」という呼称は戦後支那のプロパガンダだ。



?の張作霖爆殺についても、「関東軍参謀河本大作らが…」と犯人を決め付けており、試験問題として不適切だ。

今日、張作霖爆殺の首謀者はソ連で、河本らはソ連特務機関GRUの工作員となって、ソ連のために張作霖爆殺を実行したという説が最有力といえよう。

張作霖爆殺
河本大佐らソ連特務機関GRUの工作員が…
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/37494995.html






私は、この問題について、近日中に大学入試センターに電凸する予定だ。
大学入試センター
http://www.dnc.ac.jp/contact/toiawase.htm


詳細についてはFAXを送るように指示されそうなので、FAXも送りたい。

大学入試センターからFAXの返事が来るのかどうか分からないが、後日また報告したい。








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