正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!マスゴミの嘘や洗脳工作を許すな!がんばれ!日本国民党!
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南京大虐殺は虚構・南京戦関連書籍が出版ラッシュ・稲田朋美著『百人斬り裁判から南京へ』をnmwgipさんが紹介・百人斬り裁判て朝日新聞が証拠とした望月五三郎著私家本『私の支那事変』は間違いが200ヵ所


地図


大虐殺は虚構 「再検証」出版ラッシュ

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071208-00000066-san-soci


大虐殺「蒋介石の虚構」 南京陥落70年 「再検証」出版ラッシュ
12月8日8時0分配信 産経新聞

■「80年代以降トウ小平が利用」

 南京攻略戦の関連書籍の出版が相次いでいる。東京日日新聞の“百人斬(ぎ)り”記事によって銃殺刑に処された野田毅少尉が生前につづった『野田日記』が近く刊行されるほか、日中関係史、戦史、死傷者数の検証など多様な観点からの出版ラッシュだ。南京陥落(1937年12月13日)から間もなく70年。「大虐殺」説に基づく米映画が話題になるなど虚構が“事実”として広まるなか、きちんと史実を再検証しようという機運が高まっている。(桑原聡、牛田久美)


 『野田日記』は、直筆の7冊を遺族が保管していたものを展転社が書籍化。公開を前提とせず書き留められていたもので、出来事を活写した1次資料として貴重なものと校了前から予約が相次いでいるという。同社からは11月末に『「百人斬り訴訟」裁判記録集』も刊行された。



 南京事件の犠牲者数を4万人とみる実証史家、秦郁彦氏は『南京事件-「虐殺」の構造』(中公新書)の増補版を出版した。“ニセ写真”の実証で知られる東中野修道氏は、1次資料で行軍を再現した『再現 南京戦』(草思社)を刊行した。

 近現代史研究家の阿羅健一氏による『再検証 南京で本当は何が起こったのか』(徳間書店)は、国民党による「戦時宣伝」から「南京大虐殺」という虚構が生み出され、独り歩きを続けるプロセスの解明を試みていて興味深い。

 「大虐殺など存在しない。蒋介石の宣伝工作によるでっちあげだった」と阿羅氏は指摘する。東京裁判では、欧米の特派員のリポートや宣教師の証言が「大虐殺」の証拠とされた。だが、彼らが国民党に抱き込まれ、反日宣伝工作をしていたことなどが近年の研究で判明している。

 「毛沢東は、国民党の戦時宣伝だったことを知っていたから、1976年に死ぬまで『南京大虐殺』という言葉を口にしなかった。中国がこれを外交カードとして使うようになったのは、トウ小平が実権を握った80年代からです」

 79年3月に発行された中国の中学用の歴史教科書のどこにも「南京大虐殺」の記述はない。教科書に初めて記述が登場するのは81年。「日本軍は南京を占領すると狂ったように大規模な殺戮(さつりく)を展開した。(中略)殺害された者は30万人を下らなかった」という内容だった。


 日本でも、東京裁判終了後、20年あまりの間、「南京大虐殺」が報じられることはなかった。それは、「南京攻略戦の周辺現場にいた人々が新聞社の中核にいたため」だという。「南京大虐殺」が再び注目を集めたのは昭和46(1971)年に本多勝一氏が朝日新聞に連載した「中国の旅」がきっかけだった。

 「本多氏以前にも『南京大虐殺』があったと信じるジャーナリストや学者が中国側に証言や史料を求めていた。こうした日本人の要求で、中国側は外交カードになると考え、『虚構』を『事実』とする準備を進めていった」(阿羅氏)

 南京攻略戦については、「大虐殺」の存在を前提にした米ドキュメンタリー映画「南京」がアカデミー賞の有力候補に挙げられて話題になっている。歴史的事実がどうであるのか、冷静に見極めたい。


■今年刊行された主な南京攻略戦関連書籍

・一ノ瀬俊也『旅順と南京』(文春新書)

・森山 康平『証言・南京事件と三光作戦』(河出文庫)

・阿羅 健一『再検証 南京で本当は何が起こったのか』(徳間書店)

・田中 正明『「南京事件」の総括』(小学館文庫)

・早瀬 利之『南京戦の真実』(光人社NF文庫)

・稲田 朋美『百人斬り裁判から南京へ』(文春新書)

・冨澤 繁信『「南京事件」発展史』(展転社)

・東中野修道『南京「百人斬り競争」の真実』(ワック)

=敬称略
―――――



●関連記事

南京虐殺は嘘80・いつ誰が創作したのか?
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12408845.html





>南京事件の犠牲者数を4万人とみる実証史家、秦郁彦氏は『南京事件-「虐殺」の構造』(中公新書)の増補版を出版した。



秦郁彦は慰安婦問題や沖縄集団自決問題では実に良い仕事をして正論を述べているのに、南京問題ではアホ丸出しだ。

秦郁彦が南京事件(犠牲者数4万人)の根拠としているものは、支那共産党の機関誌や、嘘吐き宣伝工作員のベイツや、ラーベのヒトラー宛上申書や、ティンパーリの『WHAT WAR MEANS』(戦争とは何か)などというから呆れる!



●関連記事

秦郁彦の功罪【◎慰安婦、●南京、●富田メモ】
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/13309429.html






上述の産経記事では、「今年刊行された主な南京攻略戦関連書籍」が紹介されているが、このうち『百人斬り裁判から南京へ』稲田朋美著をnmwgipさんがYahoo!掲示板で分かり易く紹介していた。



――――――
Yahoo!掲示板


投稿者 :
nmwgip


海外ニュース > 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

2007/ 9/24 2:02 [ No.21071




稲田朋美著『百人斬り裁判から南京へ』


 百人斬り裁判に於て朝日新聞が証拠として持ち出した望月五三郎著私家本『私の支那事変』について、稲田朋美著『百人斬り裁判から南京へ』より引用。

『 この本の間違いの多さは二〇〇ヶ所におよぶ大変なもので、この本の間違いを指摘するために阿羅健一氏が意見書を書いた。

 阿羅さんは「はじめてこの本を手にしたとき、あまりにも多い間違いに、本当の体験記なのか、と思いました。頁をめくるたび明白な誤謬が目に飛び込んできます。些細な間違いではなく、致命的な間違いです。ざっと数えただけでも、二百はあります」と意見書の冒頭に書いた。
 まず、本当に軍隊経験のあるものが書いたのかと驚くような間違いがいくつもある。例えば、望月氏の部隊は大連を発って、上海方面に向かうのだが、そのときの様子を「潜水艦の水先案内で軍用船は静かに岸壁をはなれていった」と書いている。
 潜水艦が水先案内することはないし、大連は潜水艦が護衛するほど危険な場所ではない。
 そして、上海付近の揚子江岸に上陸し、戦闘を重ね、いよいよ南京城の中山門から突入する。そのときの場面描写は、
「重機関銃、軽機関銃の猛射で城壁は破壊されていく」
「周囲に掘りめぐらされた、戦車壕を工兵隊がうめている。戦車壕がうまった。戦車が城門めがけて激突破した、城門がギイイと音をたててくずれた」
 戦車が城門めがけて激突というのだから驚きである。もし本当に激突などすれば、戦車が壊れる。城門の内側には土嚢が積まれ、びくともしないはずだ。
 創作としかかんがえられない。実際には中山門は、くずれた城壁を登って歩兵が内側に入り、その土嚢を取り除いて、ようやく夕方、戦車が入れるようになったのである。
 さらに「敵前立哨中の居眠りは銃殺」ともある。銃殺? こんな厳しい軍隊があったら、緊張で戦う前に兵士は倒れてしまうだろう。

 南京攻防戦もいたるところに基本的な誤りがいくつも記載されている。南京への進路を大雑把にいえば、常州という町から丹陽をとおり、南京へ至る。ところが望月氏は、「常州へと進撃する行軍中の丹陽付近で大休止」と書く。基本中の基本の地理すら間違っているということだ。
 しかもここで「百人斬り」について記載されているのだが、日付が一一月二七日、二八日となっており、丹陽が占領されたのが一二月二日だからまったく日付も間違いだらけということになる。・・・・』

 城門に激突して破壊突破する武器は「撞車」と言います。中世以前の武器ですが、望月五三郎という人は戦車と撞車の区別もつかないようですねw
 何より致命的なのは、常州→丹陽→南京の道程を丹陽→常州→南京と間違えていることでしょう。
地図はこの通り。
http://1st.geocities.jp/nmwgip/nanking/map01.jpg

 望月五三郎私家本がどの程度の代物かこれだけでも分かろうというものです。
 前々から嘘くさいとは思っていましたが、これ程酷いとは・・・・
 こんないい加減な代物が証拠として採用されたなど、怒りすら感じます。

 この本には他にも、裁判所が証人申請を却下した、「百人斬り」が虚構であることを示す証言が収録されています。
 百人斬り訴訟を支援する会が出版を予定している、より詳細な訴訟記録が楽しみです。

 最後に、望月五三郎私家本についてもう一箇所引用。

『・・・・この本の著者である望月氏はすでになくなっていた。裁判の支援者がその親族を探し当ててくれた。私は思い切って電話をした。その人はいった。「だれもあんな人のいうことを信用していませんよ。親戚にも迷惑ばかりかけていました。そういう本を書いて関係者の方々に送ったということですが、だれも相手にしていないと思います」と。・・・・』
―――――






「南京大虐殺」について詳しいnmwgipさんのHP

今尚進行するWar Guilt Information Program(戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画)に対抗する為の資料収集を目的とするサイト
http://1st.geocities.jp/nmwgip/


ただし、↑こちらは中・上級者向け


初心者から上級者まで幅広く参考になるのは↓こちら


南京虐殺は嘘(0人) 目次?
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/27009515.html
南京虐殺は嘘(0人) 目次?
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/27009833.html







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12月7日(8日)は真珠湾攻撃の日・真珠湾で追悼式典・ルーズベルト「私は決して宣戦はしない。私は戦争を造るのだ。」→大日本帝国に戦争以外の選択肢残されず・12月8日を記憶せよ!・我らが祖先の偉大な功績
12月7日午前(日本時間8日未明)真珠湾で追悼式典



真珠湾で戦没者の追悼式典=日本軍の攻撃から66年-米ハワイ
12月8日9時1分配信 時事通信

 【ロサンゼルス7日時事】旧日本軍による1941年の真珠湾攻撃から66年を迎えた7日午前(日本時間8日未明)、米ハワイの真珠湾で攻撃の犠牲になった米軍兵士らの追悼式典が開かれた。
 米メディアや真珠湾記念館によると、式典には攻撃を生き延びた退役軍人約50人のほか、家族、友人ら関係者約2000人も出席した。




12月8日を記憶せよ!

「私は決して宣戦はしない。私は戦争を造るのだ。」カーチス・B・ドール著『操られたルーズベルト』
大日本帝国には戦争以外の選択肢が残されていなかった。
祖国を守るために
記憶せよ、一二月八日
この日世界の歴史あらたまる









(一部抜粋)

H・G・ウェルズ(イギリス、歴史学者)
「この大戦は植民地主義に終止符を打ち、白人と有色人種との平等をもたらし、世界連邦の礎石をおいた。」



アーノルド・J・トインビー(イギリス、歴史学者)
  第二次大戦において、日本人は日本のためというよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために、偉大なる歴史を残したと言わねばならない。



ククリックド・プラモード (タイ国元首相 )
「日本のおかげでアジアの諸国はすべて独立した。・・・」



バ・モウ (ビルマ元首相 独立宣言より)
「・・・ビルマ人はアジアを結合せしめアジアを救う指導者を待望しつつありしが遂にこれを大日本帝国に発見せり。・・・ビルマ人はこのビルマに対する最大の貢献に対する日本への感謝を永久に記録せんことを希望するものなり・・・」



ハミルトン・フィッシュ(政治家「悲劇的欺瞞」(TragicDeception1983))
 ルーズベルト大統領は、その絶大な権力を使って遂に米国を日本との戦争に巻き込むことに成功した。そのことは、米国を欧州における戦争に参戦させるという彼の最終的な目的を達成させた。



ジョイス・C・レブラ女史(アメリカ、コロラド大学歴史学部教授)
大東亜戦争下、アジア諸国に進駐して行った日本軍政の最大の特徴の一つは、各国の青年を教育し、組織し、独立精神を振起した点にある。その遺産は戦後も様々な形で生き続けている。





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