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沖縄教科書抗議集会の参加者は「4万人強」だった・警察が主催者発表にモノ言えず「11万人」独り歩き・検定意見は軍関与を否定せず軍命令を否定しただけ・軍命令説は証拠力のない金城重明などの証言だけで破綻


9月27日付の地元紙のバス無料乗車券付き広告


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071007-00000047-san-soci


沖縄教科書抗議集会 参加者は「4万人強」 「11万人」独り歩き
10月7日8時1分配信 産経新聞

 ■主催者発表にモノ言えず

 先月29日に沖縄県宜野湾市で開かれた「教科書検定意見撤回を求める県民大会」の参加者数が主催者発表の11万人を大きく下回っていたことが明らかになった。県警幹部は産経新聞の取材に「実際は4万人強だった」(幹部)と語ったほか、別の関係者も4万2000~4万3000人と証言している。集会は、県議会各派や市長会などが実行委員会となり、沖縄戦で日本軍が直接、住民に集団自決を強制したとする記述が削除・修正された高校教科書検定の撤回を求めたもの。渡海紀三朗文部科学相は参加者数を主な理由に対応策を検討、国会でも誇張された11万人という数字をもとに論争が進んでいる。

(以下略)
―――――






主催者は参加人数を何倍にも捏造するのだから、歴史事実も平気で捏造する。



検定意見は、軍の関与を否定したのではなく、軍の自決命令を否定しただけだ。

赤松守備隊長は自決を制止したのだから、私に言わせれば、検定意見はまだまだ不必要に軍を悪者にしている。


沖縄集団自決の軍命令説は、極一部の者が証拠力・証明力のない証言をしているだけ。

「沖縄集団自決冤罪訴訟」で被告側が最も頼りにしている金城重明の証言も、食い違いや矛盾や疑問だらけで、信憑性は否定されている。

軍命令説は破綻している。


「沖縄集団自決冤罪訴訟を支援する会」のHPの説明が非常に分かり易い。

軍命令があったとする証言は笑ってしまうほどいい加減で、こんな嘘を教科書に記述することは絶対に許されない。


(HPより抜粋)


――――――
沖縄集団自決冤罪訴訟第2回証人尋問

9月10日 金城重明証人尋問速報


《証言不適格の証人》

本日の証人尋問で明かになったことは、被告側の証人として法廷に立った金城重明が、そもそも渡嘉敷の集団自決が赤松隊長の命令によるものであることを証言するに相応しい証人ではなかったということ、すなわち証言適格のない証人であったということである。

金城重明は、法廷でも集団自決が軍命令によるものであることを主張し、その根拠として、
(1)昭和20年3月20日に役場に17歳以下の少年が集められ兵器軍曹から手榴弾を渡され、その際に「米軍の上陸は必至である。1発は敵兵に投げ、1発は捕虜にならぬよう自決用に使え」と命じられたこと、
(2)軍から自決命令が伝えられたらしいという噂があったこと、
(3)村長が天皇陛下万歳を三唱したのは自決命令にほかならないこと、
(4)最も危険な場所である軍の西山陣地の近くに村民を集合させたのは、自決を命じるのと同じだ、
といったことを挙げた。

なにか新しいことを証言するかも知れないと身構えていた弁護団にとっては、金城重明の証言が、これまでいろんなところで語ってきたことを整理しただけのものだったことに対して、なにやら肩すかしをくらったような感じがした。
軍命令が出たらしいという噂があったことを語るだけで隊長命令の存在を証言することができなかった金城重明は、しかし、反対尋問によって、彼が軍命の根拠としていた上記(1)~(4)に対し、重大な疑念を抱かせる結果になった。


《誰も貰わなかった手榴弾~20日交付説の虚妄》

まず、(1)の3月20日手榴弾配布の命令説であるが、なによりも、当時16歳であった金城重明自身が、そうした命令を受けていないことを明確に語ったことは重大である。
金城重明は、20日に役場に集められたこともなく、兵器軍曹から手榴弾を交付されることもなかった。
もちろん「1発は自決のために使え」という命令も受けてなかったのである。
金城重明の言い訳は、兵器軍曹から手榴弾を配られたのは渡嘉敷部落だけであり、阿波連部落には、手榴弾の配布はなかったということであった。それが軍の命令なのであれば、阿波連に伝えられないということがありえようか。

さて、それでは、渡嘉敷部落で手榴弾をもらったものがいるのかと聞けば、なんと、もらったものは誰も知らないというのである。
与那嶺次郎、小嶺勇夫、安里広信ら渡嘉敷部落の同級生も、同級生で役場の職員だった吉川勇助も3月20日に手榴弾をもらっていない。
当時14歳だった知人の金城武則も。
では、金城重明はいつ誰から20日の手榴弾配布という話を聞いたのだろうか。
その答えは、家永訴訟の証人尋問の少し前に、安仁屋教授から富山新証言を教えてもらい、富山新順に連絡をとって会って聞いたというものだった。
曽野綾子は、家永訴訟で、その徹底的調査にもかかわらず20日の手榴弾交付の話は、誰からも聞いたことがないと証言し、その話に根本的疑問を呈していたが、その証言が裏付けられた形である。
他方、金城重明が、なぜ富山新順の話を真実だと信じたのかは、全く不明のままだ。  


《自決命令って単なる噂?》

(2)の隊長命令伝達に関する証言は、本来、隊長命令の有無が争点になっている本件訴訟でもっとも重要なもののはずだった。
しかし、金城重明が証言したのは、「命令がでたらしいという噂」に過ぎなかった。
金城重明の近著『集団自決を心に刻んで』(平成7年)でも、「事実関係には争いがある」との注が入っているのだから、「噂」しか証言できないのはしかたがないとはいえ、被告側の証人としてはいかにもパンチがないのである。
しかも、その「噂」を話していた村民は誰かと尋ねてもはっきりとした答えはなかった。
後知恵で命令を語っているといわれてもしかたがないであろう。

そのあたりの弱点は、金城重明も認識しているようで、それが次の「万歳三唱命令説」につながったと思われる。


《万歳三唱命令説のこじつけ》

(3)金城重明がその体験から証言できるのは、集団自決前に古波蔵村長が音頭をとった「天皇陛下万歳」の三唱だった。
彼は、軍からの自決命令そのものだと強弁した。
最近の新聞でも、そんなことを語っているらしい。
しかし、音頭をとった村長や幹部達は自決せずに生きていたのであり、ちょっと頭を冷やして考えれば、それが軍からの自決命令だという理屈に大きな飛躍があることは誰でもわかる。
しかもだ。
金城重明は、昭和46年に書いた『潮』の「体験手記」でも、『ある神話の背景』に引用された「手紙」でも万歳三唱のことは全く出て来ない。
軍命令の有無が争点になっていた家永訴訟において提出された「意見書」や証言においても、万歳三唱には一切触れられていないのだ。
村長の万歳三唱が自決命令だと感じ、「その光景が脳裏に焼きついている」というのが真実ならば、家永訴訟においてさえ、そのことを証言していないというのはおかしいではないかという真っ当な疑問に対し、金城重明から納得できる説明はなかった。
ちなみに、村長の万歳三唱を軍からの自決命令だと感じたと話している村民がいるかと尋ねたが、記録されたものはなにもないという答えだった。
万歳三唱命令説の証言は、最近になって金城重明が唱えた独自の見解、即ち、こじつけに過ぎないのである。   


《西山集合命令説の自家撞着》

(4)の西山陣地集合命令説は、もともと集合の「指示」を「命令」と曲解するだけでなく、軍の陣地の側は最も危険な場所だったという後知恵を当時の村民に認識にすり替えるトリックを必要とするこじつけにすぎない。
金城重明は、しかし、最も危険な場所に住民を集めるということが軍が自決を強要したことの証拠であるかのように断言してみせた。
裁判所へ来てする話ではないだろうとは思ったが、本当に証言したのだからしかたがない。

それなら当時どこなら安全だったのかという問いを投げかけたが、はっきりした答が返ってくるはずもない。
なんと金城重明は『潮』の体験記のなかで、西山陣地近くに移動した村民の心情として軍の側なら安全だし、保護してもらえるかもしれないという期待があったと書いていたのだ。
これを突っ込むと、米軍が上陸する前の認識で、上陸後は、米軍の側が安全だという認識に変わったという。
もう、むちゃくちゃである。
金城重明は、家族や村民を殺した後、米軍に惨殺される覚悟で斬り込みに行ったと証言していたはずだった。
鬼畜米英に対する恐怖は、西山に集合したときにもあったのである。
米軍から軍民を区別しない空襲と艦砲射撃を受けているのだから当然だろう。
むしろ、金城重明の証言は、そんな露骨なこじつけをしてまで、赤松隊長に集団自決の責任を押し付けようとする暗い執念のようなものが印象づけられる結果に終わった。


《なんともいい加減な話》

金城重明は、最近の沖縄タイムスのインタビューで集団自決後、赤松隊長から「軍は最後まで生き残って戦況を報告しなければならない。
住民はそうではない」と直接聞いたとの新証言をしていた。弁護団としては、今回の証言で、この新証言が飛び出るのではないかと身構えていた。もし証言があれば、なぜ今まで、そんな大事な事実を沈黙してきたのかと突っ込むつもりでいた。ところが、主尋問は、この新証言にかすりもせずに終わってしまったのだ。
反対尋問の最後で、このことについても尋ねてみたのだが、「住民はそうではない」の部分は、事実と違うので、削ってください、とのことだった。
金城重明が、インタビューアーの期待に答えようとしてつい口が滑ってしまったのか、インタビューアーの間違いかは、はっきりしないままだったが、なんともいい加減な話である。
記者にも金城重明にも、人間の罪と名誉がかかった問題だという意識がまったくないのだろう。

そうして本日の証人尋問は終わった。


《明かになったのは・・・》

家族だけでなく複数の村民にも手をかけることになった金城重明の過酷な運命に深く同情する。
確かにそれは戦争という異常事態、沖縄戦という不条理がなせるわざだった。誰も彼を裁くことはできない。
しかし、確かな根拠もない理屈をかざして、隊長の自決命令があったと証言して、赤松嘉次に罪を押し付けるというのは別のことである。
そもそも金城重明は、集団自決とは何かを語るべき証人であり、隊長命令や軍命令の有無を語るべき証人ではなかったのだ。
この日、明かになったのはそのことだった。

以上  
――――――





金城重明証人は、村長が集団自決の前に「天皇陛下万歳」三唱の音頭をとったから軍命令があったと言う。

なぜ村長の万歳三唱の音頭が自決の軍命令の根拠なのか??

しかも、村長も金城重明も自決しなかった。






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安倍前首相夫人の昭恵さんのブログ「安倍昭恵のスマイルトーク」が約1カ月ぶりに更新・支那の工作員(スパイ)京劇俳優の呉汝俊に入れ揚げた困った首相夫人・京劇、北京ダック、韓流スター、朝鮮語が大好き


安倍首相夫人、「韓流大好き、韓国も大好きです」 2006.10.06

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071006-00000928-san-pol


安倍前首相夫人、昭恵さんのブログが更新
10月6日18時54分配信 産経新聞

 安倍晋三前首相夫人、昭恵さんのブログ「安倍昭恵のスマイルトーク」が5日、約1カ月ぶりに更新された。同ブログが更新されるのは、先月25日に安倍前首相が辞職してから初めて。

 ブログによれば、昭恵さんはこの日、首相公邸からの引越し作業を終えた様子。「皆様にご迷惑をおかけしたことは大変申し訳なく思っておりますが、体調が悪い中、主人は最後まで必死で頑張っておりました。本当に日本の国を愛し、この国の将来のために力を尽くしてきたことだけはご理解を頂けましたら幸いです(中略)この1年お世話になりました皆様に心より御礼申し上げます」と、感謝の意を述べた。

 同ブログは昨年12月に開設。現役首相夫人が生の声を発信するということで注目を集めたが、アグネス・チャンさんとのクリスマスパーティーの様子など私生活を紹介する内容に、ネット上では「勝ち組セレブブルジョア日記丸出し」などと、庶民感覚とのずれを批判する声もあった。
――――――





昭恵は共産支那の工作員(スパイ)といわれる京劇俳優の呉汝俊(ウー・ルーチン)に入れ揚げており、呉汝俊は家族ぐるみで昭恵と付き合っていた。

昭恵は、安倍さんが総理になる少し前の2006年5月にも、呉汝俊に食事に誘われ、支那に招待され、北京を訪問していた。


この事とは関係ないと信じたいが、安倍官房長官(当時)はそれまで凍結させていた支那へのODAの凍結解除に動いた。



2006/06/07, 北海道新聞より抜粋
―――――――
凍結解除の理由は「総合的に判断した」(安倍長官)と明確にできず、会議で解除に反対した中川昭一農水相は記者会見で「どうして中国に対して援助するのか、正直分からない会議だった」と不満をぶつけた。

 小泉首相は同日夜、記者団に対して「さまざまな意見があるが、中国の発展は日本にとって望ましいことですから」と述べ、安倍氏をかばった。

 自民党内からは「十分な説明がないと、(政府が)うろうろした感じを与える」(片山虎之助参院幹事長)として、中川氏に同調する声も出ており、今後の党内調整が難航する可能性もある。
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説明できない対支ODA凍結解除なんてしないでほしかった!






参考

(某ブログ記事より)
2007-03-21
安倍夫人は従来の首相夫人が家にこもり表に出ないという伝統を打ち破り、スターのような姿で登場した。 彼女は中国の京劇、北京ダック、長城などが大好きだ。 私は、彼女がもっと中国文化の宣伝をして、二度と侵略行為のことで失言したり、日中関係を悪化させることのないよう、安倍首相に影響を及ぼすよう希望したい。







日本国首相の夫人が、敵国の工作員(スパイ)に入れ揚げ、家族ぐるみの付き合いをするなんて、有ってはならないことだ。



昭恵は、韓流スターにも入れ揚げていて、趣味は朝鮮語だった。





『ウィキペディア(Wikipedia)』より
2007年4月24日に、首相と昭恵夫人同席という異例の形で、CNNテレビのインタビューに応じた。
CNNの記者が昭恵夫人に「あなたのご主人は、慰安婦問題で強制の証拠はないと言っているが」という質問をしたのに対して、「そんなことを言ったんですか?」と、夫人が首相に対して発言したシーンが、日本のマスコミでも大きく報道された。
昭恵夫人は「同じ女性として慰安婦の方々には本当にお気の毒だと思う。主人はその当時の状況に対して申し訳なかったと述べている」と述べ、安倍首相は「20世紀は数々の人権侵害が行われた時代で、日本も無関係ではなかった。慰安婦の方々に大変申し訳ないと思っている」と述べ謝罪を行った。
また、訪米後にも慰安婦問題に関する謝罪と釈明をたびたび行うこととなった。







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麻生太郎が2ちゃんに時々書き込み・「書いたりなんかすることは、時々やったりすることがありますよ」、「あれはなかなかいいとこ突いて…新聞記事なんかよりよっぽどいいとこ突いてますよ」と大絶賛
麻生「2ちゃん、時々書き込む」


麻生太郎氏「2ちゃん、時々書き込む」
10月6日21時47分配信 産経新聞

 6日放送されたフジテレビ系情報番組「ハッケン!」にVTR出演した自民党の麻生太郎前幹事長が、インターネット掲示板「2ちゃんねる」に書き込みをしたことがあると告白。ネット上で話題になっている。

 この日の放送では、番組の“ご意見番”田崎史郎さんが麻生氏の事務所を訪問する一幕を紹介。田崎さんが書斎に置かれた人気漫画「ゴルゴ13」のフィギュアを発見すると、麻生氏は「(週に漫画は)12~13冊読んでるんじゃないかしら。少年マガジン、ジャンプ、サンデー、チャンピオンから…それこそビッグコミック、(ビッグコミック)オリジナル、モーニング、ヤングジャンプとかヤングサンデー…十何冊読みますねえ。きちんと読み続けてないとついていけなくなりますから」と応戦。“漫画オタク”ぶりを存分に発揮してみせた。

 また先月23日の自民党総裁選当日に、インターネットの呼びかけで党本部前に約150人の若者が集まったことに関し、「2ちゃんねるはチェックするか」と質問されると、「書いたりなんかすることは、時々やったりすることがありますよ」と仰天の告白。「あれはなかなかいいとこ突いて…新聞記事なんかよりよっぽどいいとこ突いてますよ」と大絶賛した。

 このやりとりに、2ちゃんねらーは「麻生最高!」「どこの板(掲示板)に、どんなレス(返信)したのか気になる」などと興味津々。一方で「俺は麻生閣下は大好きだが最近2ちゃんが2ちゃんがって言い過ぎじゃないかなと思う。俺達に媚び売ってるって感じがして嫌な予感がする。ほどほどで周りに敵を作らないように頑張って欲しい」との“忠告”も。いずれにせよ、ネット上における麻生氏人気は当分続きそうだ。
――――――




麻生太郎が2ちゃんねるを見ていることは去年から知られていたが、今回は、見てるだけではなく、自分自身も書き込みをしていたということで新たに話題になっているという。

2ちゃんねるを見てれば自ずと書き込みをしたくなる気持ちは良く分かる。

(゚?゚)
麻生「2ちゃんねる?たまに書き込んでますよ」ニコニコ動画




↓これは、先月ではなく、去年の自民党総裁選でのニュース
麻生が2ちゃんねるを肯定的に紹介している。

(゚?゚)
麻生、2ちゃんねる発言




私は、政治家が2ちゃんねるを見たり書き込んで議論することは良いことだと思っている。

ちなみに、「維新政党・新風」のせと弘幸さんは、2ちゃんねるに名前を明記して書き込むとのこと




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