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米が戦域高高度広域防衛(THAAD)のミサイル実験が成功?・所詮はインチキ迎撃実験に過ぎない・MDは役に立たない・MDでは日本の核武装の代わりには成り得ない


THAAD


戦域高高度広域防衛(THAAD)のミサイル実験が成功?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071028-00000703-reu-int

米、高度防衛ミサイル迎撃実験に成功
10月28日15時24分配信 ロイター

 [ワシントン 27日 ロイター] 米国防総省ミサイル防衛局は27日、弾道ミサイルを防御することを目標とした迎撃システム、戦域高高度広域防衛(THAAD)のミサイル実験が成功したと発表した。実験は今回で4回目となる。
 THAADは、イランや北朝鮮などの短・中距離弾道ミサイルの迎撃を想定し計画されたもの。同システムは、イスラエルなど米国の同盟国においても採用される可能性がある。
 26日夜にハワイ州カウアイ島沖で実施された今回の実験には、イスラエルやオーストラリア、アラブ首長国連邦の軍関係者らが見学に立ち会った。





ニュースジャパン ミサイル防衛(2006年11月)

軍事評論家の岡部いさく
「飛んでくる弾道ミサイルの阻止率は、日米共に明らかにしていない。」
「何%迎撃できるかは、日米共に明らかにしていない。SM3、THAAD、PAC-3と3段階の迎撃を重ねることで、できるだけ弾道ミサイルの阻止率を上げていこうとしている。」




つまり、迎撃成功率は極めて低いから、下手な鉄砲も数を撃って当てようとしているに過ぎない。

実際にMDの迎撃率は、1%~9%だと言われている。

甘く見積もって9%の成功率で3段階の迎撃を重ねても、27%しか迎撃は成功しない。




●MDは役に立たない(関連記事)

MDは全く役に立たない 『中国の「核」が世界を制す』伊藤貫著
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/3942761.html

核シェルターとMD。MDは役に立たないが、核シェルターは大いに有効。
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/4542490.html

MD実験用の攻撃側ミサイル「アリーズ」は「ノドン」より大きくて遅い。
実験で成功しても実戦では役に立たない。
MDは無理だから核武装して抑止力を持て!
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/4586467.html

PAC3は遅くて大きいミサイル(アル・サムードやアビバル100)でさえ半分も迎撃できない。
速くて小さい支那の東風21や北のノドンは迎撃不可能
セオドア・ポストル教授(MIT)もMDは役に立たないと指摘
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/13737690.html

<ミサイル防衛>海上配備型の発射実験実施へ
海自が初めて
だから何なの?
仮に実験に成功しても実践では役に立たないのがMDの恐ろしいところ
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/16882873.html

迎撃地点の探知防止・PAC3擬装作戦・首都圏の基地巡回・防衛省方針
MDは役に立たない
キッシンジャー氏:日本の核武装警戒、74年の米公文書で判明
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/17635394.html

集団的自衛権の行使容認を提言へ・首相の私的懇談会
米国に向かった弾道ミサイルを日本がMDで迎撃すべき?←無理無理
核恫喝されればお終いだし、MDでは支那や北朝鮮やロシアの弾道ミサイルを撃ち落とせない
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/21949155.html

露が新型SLBMを量産しMD網に対抗
そこまで頑張らなくてもMDでは弾道ミサイルを撃ち落せない
見過ごされ続ける膨大な税金の無駄使い
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/23657226.html




以前にも述べたことだが、MDの化けの皮が剥がれるまで訴え続ける。

支那の毒食品も長年訴え続けて、今年の5月にようやく世間に知れ渡った。

MDが役に立たず、我々の税金の膨大な無駄使いであることも、世間に知れ渡るまで訴え続ける。


MDの迎撃実験が成功するのは、支那や北朝鮮やロシアの弾道ミサイルより遅くて大きい実験用のミサイルが、事前に飛んで来るコースを知らされているからだ。

実験用ミサイルよりも速くて小さいロシアや支那や北朝鮮の弾道ミサイルが、いつ、どこに飛んで来るか分からない実戦では役に立たない。

1991年の湾岸戦争でも迎撃成功率はせいぜい9%(イスラエル軍事筋によれば1%)であり、MDの実戦での迎撃成功率は1%~9%でしかない。

石破や久間などの族議員がアメリカのMD関連企業などからキックバックを貰うだけではなく、防衛省の幹部までが天下り先の確保などのためにMDが役立つという嘘宣伝に加担しているとしか考えられない。

日本がMDを配備することによって核武装を踏み止まれば有難いと考えている支那の手先勢力である野党やマスコミは、この日本国民の税金の膨大な無駄使いを追求しない。

インターネットや一部の出版物でしか真実は分からない。


アメリカは、巨額のMD開発費用を日本へのMD販売で補いながら、日本のMD関連技術を吸い取ることができるし、更には日本の自主核武装も思い止まらせることが出来るのだから「一石三鳥」だ。

はっきり言って、アメリカはMDが役に立つなんて全く考えておらず、日本人を騙して日本からカネと技術を奪い取りながら日本に核武装をさせない道具としか考えていない。


そもそも、自国に報復される恐れが無いMDより、報復される可能性がある日本の核武装のほうが、ロシアや支那などの安全保障戦略にとってはよりダメージが大きいという簡単な事実を理解しなければならない。

ロシアや支那などが自国にふりかかる新たなコストの問題からMDに反対しているが、連中の本心を言えば、それで日本人がMDを核武装の代用品になると思い込み、日本が核武装を諦めるならそれは大局的な戦略として彼らにとって勝利を意味する。

そしてそれはアメリカの対日戦略においてもやはり勝利を意味する。

莫大なカネのかかるMDの買い手確保、しかも日本は非核のままゆえに相変わらず米国のコントロール下からは外れない。

結局、日本国民の生命と財産と自由は最終的な局面で周辺の核大国に握られたままになる。

まず抑止力(核武装)を持った後に公共の核シェルターをつくり、それでも予算が余っていればMDを考えることにまでは反対しない。

しかし、MDは自主的な核抑止力の保有(日本の核武装)の代わりには決してなり得ない。





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責任なし13 満州事変は侵略か・Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史

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投稿者 :
rekisisiranai


日本の戦争責任


責任なし13 満州事変は侵略か


これは「責任なし12 塘沽協定から冀察委員会まで」の続きです。


 世間一般では日本が満州を侵略したことになっています。そしてそれに都合の良い材料はゴマンとあります。
 しかし、果たしてそれでいいのでしょうか。

 満州事変が起こるまでには、長い中国の反日策謀と嫌がらせがありました。日本はこれに耐えていたのです。

 第一次南京事件における、日本領事館襲撃、居留民に対する暴行・乱暴狼藉、そして済南における大虐殺等、これら“人間の所業とも思えない”中国人の暴虐に警戒感を抱いた日本人が、満州を分離しようと考えても不思議ではないでしょう。

 満州はもともと中国人の土地ではありません。満州人の土地です。従って、分離しても何の問題もないはずです。

 中国が辛亥革命で清朝を倒した時、他の民族も独立を宣言しました。ところが中国は、蒙古や他の民族の独立を認めないと言うのです。自分たちが、満州人の支配を脱して独立したにも関わらず。

 そのことから、満蒙独立運動が起こり、中国は満蒙を侵略しました。そして、そこにある日本の利権を侵害したのです。中国の圧迫は段々激しくなります。

 一方、済南虐殺事件を見るに及んで河本大佐は中国の動乱を満州に入れないため、張作霖爆殺を決行しました。
 ところが、これが中国の迫害をさらに激化させ、日本人の生存権をことごとく奪う挙に出られたわけです。

 その為、こらえ切れなくなった関東軍が自衛行動を起こし、本来の土地の持ち主に返して上げる挙に出たのです。

 元々中国が、満州を侵略していたのです。日本は土地を本来の持ち主に取り返して上げたにすぎません。侵略者の中国に、侵略呼ばわりされるいわれはありません。満州人に言われるのなら別ですが。

 関東軍がふんぞり返り、満州を我が物のように扱っていたのは事実です。しかし建前は独立国です。朝鮮や台湾と違って日本に併合していません。ということは、将来において真の独立国になれる可能性は残されています。

 侵略を邪魔された中国は、逆恨みして、反日運動を激化させ、執拗に満州再侵略を試みました。この事が熱河作戦をよび、それが長城の南に非武装地帯を作るという 塘沽停戦協定を招いてしまったわけです。

 それでも、中国は、執拗に満州侵略を繰り返します。その為、“断木梁侵犯なんか絶対に出来ない様にと、新たに《京綏鉄道以北の察哈爾省内に非武装地帯を設定する》”という新たな土肥原・秦徳純協定を結ばせられてしまいました。

 それでも尚、緩衝地帯へ匪賊を侵入させ熱河を侵犯させたり、はたまた華北に便衣隊を送り込み、共産党の策動を許して、華北を物情騒然とさせたりするものですから、梅津・何応欽協定を結ばされてしまったのです。

 ところがそうすると、中国は経済改革でもって満州国潰しを画策してきました。その為、土肥原少将は、満州国防衛のために、やむなく、北支に親日的政権を樹立させることにしました。

 別に日本は侵略しようとして、そうしたわけではありません。中国が執拗に攻撃してくるからそれに対応し、自衛していただけです。
 中国は、自分の攻撃を隠し、日本の反撃を侵略と宣伝します。

 中国が先に何をやったかを見ずに、山東出兵、張作霖爆殺事件、満州事変、錦州爆撃、熱河作戦、長城作戦、関内作戦、北支に非武装地帯設定、梅津・何応欽協定、土肥原・秦徳純協定、冀東防共自治政府と並べれば、日本の侵略に見えるでしょう。

 でも先に中国が何をしたかいう事に気づけば、全てが逆である事が見えてきます。
 中国は、先に殴っといて、反撃されると「侵略だ!」と言ってるわけです。彼らの無分別な乱暴を抑止する行為を侵略と言ってるのです。

 日本の行為を侵略と言うのは簡単です。教科書も世論も外国も皆そう言ってますから。証拠を挙げる必要もありません。それは一番楽なやり方です。

 しかし、その前に中国が何をしたかを知るべきでしょう。

 つづく










●関連記事

責任なし4 第一次南京事件(1927年)
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責任なし8 満蒙独立運動1
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日本は歴史の学習効果なく100年前から進歩しない
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責任なし12 塘沽協定から冀察委員会まで
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「梅津・何応欽協定」→「土肥原・秦徳純協定」→冀東防共自治政府設立
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冬柴国交相全否定の「池田大作献金」に動かぬ証拠(週刊新潮11月1日号)・以前はP献金が給与天引きだった・福本潤一を非公認にした理由は、秘書の遺族が日蓮正宗(創価学会を破門)の寺院で葬儀を執り行ったため
まずは、まだ見てない人のためにテレビニュース

民主・石井氏 公明党と創価学会の関係追及



週刊新潮 11月1日号
週刊新潮 11月1日号
冬柴国交相全否定の「池田大作献金」に動かぬ証拠

(一部抜粋)

改めて石井議員に登場していただくと、
「冬柴さんが真っ青になって、P献金はしていないと抗弁していました。でもP献金をせずして、あの党で幹事長、大臣になれますか。私が予算委員会で話したことは、公明党を除名になった福本潤一君が、国会で涙ながらに語った内容をなぞっただけですが、多くの方から、よくぞ質問してくれた、と激励の電話やメールをいただきました」


グループで品物を
公明党を離党した福本潤一・元参議院はこう言う。
「学会内で、『マルP』とは、池田名誉会長を指す隠語として使われています。もともとP献金は、名誉会長の海外出張の餞別としてお金を包んだのが始まり。最近は海外に行く機会も減って、池田氏の会長就任記念日(5月3日)や学会の創立記念日(11月18日)などに贈るのが恒例となっています」


昭和63年、政教一致を批判して公明党を除名になった大橋敏雄元代議士は、衆議院に質問主意書を提出。
「大橋さんは自分の給与明細を示し、献金の天引きについて内閣に質問しているのです。冬柴さんがいまさら、P献金を否定するのは理解に苦しみますね」(ジャーナリストの乙骨正生氏)


かつてのP献金は現金だったが、最近は品物を贈るようになったそうだ。
「議員個人が献上するケースもありますが、私の場合はグループで贈ってました。私がいたグループの予算は1回約50万円で、一人当たりの費用は6、7万円。名誉会長の秘書室長から、コーヒーカップ50セット、ネクタイ50本などという風に指示されました。地方の学会員が上京して本部に来たときに、お土産として使うのです」(福本氏)










(一部抜粋)

去年4月、冬柴幹事長に呼ばれ、神崎元代表同席のもと、公認しないことを告げられました。
『理由は何ですか』とお尋ねしたところ、神崎元代表から、『秘書の葬儀問題』とすぐに返事が返ってきて、冬柴幹事長もうなずいて同調されていました。党議拘束に従わざるを得ない状況を察し、その場はひとまず引き取りましたが、"秘書の葬儀が理由"だとすぐに指摘された事に対して、承服できない気持ちはぬぐえませんでした。

5月に入り、太田代表が一次公認を発表した際、『後進に道を譲り勇退する』と言明され、支援して下さった方々に自らご説明する機会もないまま、私の非公認が公表される形となりました。

私の元政策秘書は去年1月に癌で亡くなりました。当時ご遺族が決定なさった、ある仏教宗派【注】の寺院で葬儀を執り行う事について、党から問題であると指摘されました。さらに、考え直すよう、ご遺族に説得する指示を受け、私はご遺族に事情を説明しましたが、ご遺族が望む会場で、望む形で葬儀を行う事に、反対を強制することはできません。一政治家である私が、信教の自由を奪うことが出来るわけがありません。結局、葬儀に参列することも許されず、前日に自宅に伺う事しかできませんでした。その宗派以外の形式であれば、他宗教であっても、当然のことながら何ら問題にはされません。信教の自由に対して、『上司としての監督責任がなっていない』などと指摘されることは、誠に理解に苦しみます。


【注】日蓮正宗(1991年、日蓮正宗は、度重なる社会不正と教義逸脱により、創価学会を破門とした)





日本国憲法
第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。





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責任なし12 塘沽協定から冀察委員会まで・Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史・「梅津・何応欽協定」→「土肥原・秦徳純協定」→冀東防共自治政府設立

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投稿者 :
rekisisiranai


日本の戦争責任


責任なし12 塘沽協定から冀察委員会まで


これは「責任なし11 中国の満州侵犯と熱河作戦」の続きです。


 停戦協定が結ばれたからといって、ハイそうですか、と引き下がる中国ではありません。

執拗に満州再侵略と非武装地帯侵犯をくりかえします。

 1934年(昭和9年)11月 宋哲元の部下の馮治安の部隊が突如、熱河省を侵犯し、大灘西方20キロの断木梁という部落に進出して来ました。

そこで怒った関東軍が、どこまでも追撃し宋哲元の本拠地近くまで迫ったのです。

 困った宋哲元は、天津軍司令官梅津少将の所に泣きつき、天津軍のとりなしでやっと関東軍は追撃を止め引き返しました。

 1935年5月3日、天津の日本租界で、国権報の社長胡恩傳と振報社の社長白逾桓の二人の親日分子が白昼何者かに襲撃され、命を落とす事件がありました。

これについては、米公使ジョンソンは北京憲兵の関与と言っています。

 また塘沽協定で設けられた緩衝地帯には、いつのまにか匪賊がはびこり、彼らは「抗日義勇軍」を名乗って、5月24日、長城を越え熱河を侵犯しました。

これもどうやら河北省主席である第51軍長于学忠が後で糸を引いていたようです。

 便衣隊の侵入、共産党の策動などで、河北は物情騒然となって来ました。

 天津軍の任務は本来《北京・山海関間の鉄道の保全、並びにこの間に居住する居留民の保護》だったのですが、現状ではこの任務も危うくなります。

 そこで「こんな事では困る!」と短気な酒井参謀長は、華北粛清対策案を起案紙に一気呵成なぐり書きしました。

    通告

一、最近華北に頻発しつつある排日・侮日の諸現象は、方(ひと)しく塘沽協定の破壊行為たると共に、また北清議定書の精神を蹂躪するものなり、我が方はこれを明確なる対日挑戦行動と認め、条約上の権限に基づき、今後自衛上必要と信ずる行動に出るある事を通告す。

二、これを未然に解決せんが為、左記各項の即時実行を要求す。

 イ、軍事委員会北京分会、憲兵第3団、国民党本部、政治訓練所、藍衣社等の一律撤去。

 ロ、黄杰の第2師、関麟徴の第25師等、中央直系諸軍の華北撤退。

 ハ、河北省政府主席于学忠、憲兵第3団長蒋孝先、藍衣社主任劉一飛等の罷免ないし処罰。

 ニ、排日侮日行為徹底取締りの確約 

 以上

というものです。

そして、これを北京の何応欽の所に持って行き、談判して呑ましたのが、梅津・何応欽協定です。


 その次に、中国軍の熱河侵犯があまりにも執拗なため、6月28日、土肥原少将は断木梁侵犯なんか絶対に出来ない様にと、新たに《京綏鉄道以北の察哈爾省内に非武装地帯を設定する》という協定を秦徳純に結ばせました。

これが、いわゆる土肥原・秦徳純協定です。


 中国は屈辱的な協定を耐えて飲みますが、それで大人しくしているわけではありません。
 次の手段として、幣制改革を打ち出しました。

 これは中国の通貨を英国の通貨にリンクさせ、英国の経済と一体化させて、日本の影響力を排除しようというものです。

これが成功し北支が経済的に国民政府のコントロール下に入れば、北支に交易の基礎を置く満州国は、重大な経済的脅威にさらされます。

 危機を感得した、関東軍と支那駐屯軍は、「北支を南京より経済的に分離するしかない」と考え分離工作を始めました。
 そこで11月25日、土肥原少将は殷汝耕を長官とする冀東防共自治政府を成立させたのです。

 また土肥原少将は、宋哲元に独立政権を樹立させようと、日夜腐心していましたが、南京行政院は、そうはさせじと先手を打って12月11日に冀察政務委員会設置法案を満場一致で可決し、その委員長に宋哲元を任命しました。

 (幣制改革を除く大部分 寺平忠輔著『盧溝橋事件』読売新聞社刊 昭和45年発行より引用)

 (幣制改革の部分は児島襄著『日中戦争』より引用)


 梅津・何応欽協定、土肥原・秦徳純協定、冀東防共自治政府設立等、これらの一連の行為を日本の華北侵略と言う人もいます。

が、そうせざるを得ない様に仕向けたのは中国です。

 別に日本は侵略したくてそうしたわけではありません。

 中国が執拗に満州を再侵略し、テロで北支の治安を乱し、意図的に日本が困るようなことを企むものだから日本が自衛策をとっただけです。

中国が最初から友好的な態度をとっていれば起こらなかった事です。


  つづく










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【北支工作】と【西安事件】の真相と解説(日本の弁明)・後半の真相と解説(日本の弁明)
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責任なし11 中国の満州侵犯と熱河作戦
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責任なし11 中国の満州侵犯と熱河作戦・Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史

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投稿者 :
rekisisiranai


日本の戦争責任


責任なし11 中国の満州侵犯と熱河作戦


これは「責任なし10 第一次上海事変」の続きです。


 中国は、自分達の悪逆非道を棚に上げ、日本の自衛行動を侵略と逆恨みしました。元々、自分の物でもない満州を侵略しておきながら、本来の持ち主に取り返して上げる行為を侵略と逆恨みしているのです。盗っ人猛々しいとはこの事です。

 日本は、侵略者の中国に"侵略"呼ばわりされるいわれはありません。
 満州人に言われるのなら別ですが。関東軍の軍人が横柄で、皇帝をないがしろにしていたのは事実です。

 ですが、それもある程度、仕方がなかった事です。中国が常に再侵略を狙っていましたし、出来たばかりの満州国に自衛能力はありませんから。また官僚組織も不十分でしたので、いきおい関東軍が指図することになります。

 しかし、これも時が解決したでしょう。軍人はしょっちゅう移動させられますし、時が経てば建国の功労者もいなくなります。その時には国の整備も整い、真の独立国になれたかも知れません。あまりにも早く潰された為に判らなくなりましたけど。

 だが満州事変は、いくつかの地域を占領しただけでは終わりません。
 これを防衛しなければならないからです。中国軍がいつ反撃してくるか判りませんので。

----

 遼寧省、吉林省、黒龍江省、コロンバイルなどは独立宣言をしましたが、その他の地域は手つかずで残っています。
 最初、日本は中国東北辺防軍のいる錦州は攻撃しませんでした。それは、政府が中国と全面戦争になることを恐れていたからです。

 関東軍は馬賊の討伐もやっていますので、これを追撃すると錦州に逃げ込みます。関東軍が手を出せないので、錦州が馬賊の聖域となっていました。そしてこの馬賊は中国東北辺防軍の別働隊でもあったのです。

 また錦州政権の存在は関東軍占領下の小軍閥の動きにも影響を与えていました。そこで、関東軍は錦州を何とかしなければと考え、錦州を爆撃する事にしたのです。といっても爆撃機ではなく偵察機で、しかも人が手でもって落とすだけですけど。

 従って、たかが知れています。では何でそんな事をしたのかというと、目的は軍事効果ではなく、それによって、お目出度い政治家の頭を吹き飛ばす事にあったのです。

 後に日本は交渉で張学良軍を山海関の外に移動させます。しかし、これで、満州国が安定したわけではありません。

 昭和7年7月17日午後1時ごろ、満州熱河省の北票から遼寧省の錦州に向かう列車が両省の境に近い南領~朝陽寺間にさしかかった所、一隊の武装兵が停車を命じ、乗っていた関東軍嘱託の石本権四郎を拉致しました。

 犯人は匪賊的に行動している抗日義勇軍の一部です。
 熱河省は満州の一部ですが、まだ関東軍の手はついていません。

 満州を追われた張学良は、4万の義勇軍を熱河に送り込み反満抗日の拠点にしていたのです。
 そのため関東軍はこれをも一掃せざるを得なくなりました。

 結局、熱河省も制圧しない事にはどうしようもないと判ったからです。関東軍は昭和8年熱河作戦を行い、結果、本来、満州の領域である熱河省の回収にも成功することになります。

 この作戦では、最初、関東軍の武藤司令官は長城越えを禁じていました。ところが、中国軍が南から熱河奪還作戦を行うものですから、結局、長城の南にも行かざるを得なくなったのです。

 その時、関東軍は、天津・北平(北京)に迫る勢いを見せました。これは不都合ですからやめさせなければなりません。長城の北だけなら満州国の防衛と主張できますが、南に行くとその理屈が通らなくなります。

 外国から見ると侵略に見えます。だから止めなければなりません。ところが現場がなかなか止まりません。というのは中国兵を南に追いやっても、関東軍が引っ込むと、また戻って来るからです。だから"もっと遠くへ"とやっている内に、こうなったのです。しかしこれでは際限がありません。

 そこで"中国軍が二度と満州を侵略できないようにと《北京北方から密雲以東、長城線から約五~六十キロの深さの河北省》を非武装地帯にする"という 塘沽停戦協定を中国と結んで、関東軍は長城の北に引き揚げました。

 これにて、満州事変は終了します。

 しかし中国側は納まりません。つねに満州再侵略を試み、また中国国内での排日運動を激化させます。

つづく










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蒋介石の国民党政権が満州事変の終結と満州国の成立を認めた
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