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正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
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中田英寿氏HPで“仮病疑惑”に初言及「頑張れ、朝青龍!!」・マスコミらのパッシングに冷静な判断求める・朝青龍ははっきり説明するべき・朝青龍「キムチ野郎」発言とは何か?


朝青龍 高砂親方、腰の往診治療優先…説得不調で方針転換


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070811-00000019-sanspo-spo


中田英寿氏HPで“仮病疑惑”に初言及「頑張れ、朝青龍!!」
8月11日8時2分配信 サンケイスポーツ

 サッカー元日本代表の中田英寿氏(30)が10日、自身の公式HP『nakata.net』で、朝青龍騒動に初めて言及した。

 朝青龍の“仮病疑惑”の原因になった先月25日のモンゴル・ウランバートルでのチャリティー・サッカー試合にともに出場した中田氏は、「朝青龍」というタイトルのメッセージをアップ。モンゴルでは食事の際も腕の痛みを気にしていたことなどを明かし、バッシングへの冷静な判断を求める内容だった。

 中田氏は、遊び程度のサッカーをするには問題はないものの次場所に万全の体調で臨むために夏巡業を回避した可能性を指摘。本当に“仮病”なのかをまずはっきりさせることが大事とした上で、「頑張れ、朝青龍!!」と締めくくっている。
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私は今回の朝青龍の行動は非難されて然るべきだと思う。

もしも腰や腕の怪我が仮病であれば謝罪して罰を受けるべきで、仮病でなければ堂々と釈明すべきだ。

精神的な病に罹っているなら病院に行かなければならない。

高砂親方も現状や今後の方針を明確にすべきだ。

兎に角ここまできたら真相をきちんと説明しないことには収まらないだろう。


ただ、わが国のマスコミ(反日・特アの味方)の偏向報道が酷いことも事実だ。

過去において朝青龍に対しても不当な非難報道があった。

日本のマスコミは公平公正ではないので一応朝青龍を応援したくなるようなエピソードを幾つか紹介しておく。


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朝青龍、WBC米国戦に怒り/春場所
<大相撲春場所>◇4日目◇15日◇大阪府立体育会館
(抜粋)
 そんな表情が一変した。WBC日本チームのメキシコ戦勝利を喜んだ後で、米国戦での「誤審」に触れ、「ふざけるなよ。子どもの夢を壊すんじゃないって」と、目をむいた。勝負への執念は誰にも負けないだけに、審判の判定に左右された勝負に、自分のことのように言葉に力を込めていた。
nikkansports[2006/3/15/20:56]

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朝青龍、WBC日本敗戦悔しがる/春場所
<大相撲春場所>◇5日目◇16日◇大阪府立体育会館
 横綱朝青龍(25)が玉乃島を下して5連勝した。支度部屋での話題はもっぱら野球のWBCについて。場所入りの時間になってもテレビにかじり付いていた。「韓国のファンが多かった。オレも日の丸振って応援しに行きたかったよ」と残念がっていた。
nikkansports[2006/3/16/20:49]

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【大相撲】朝青龍10連勝!賜杯奪回へ向け白鵬と全勝対決
(抜粋)
熱くなっていた。支度部屋では、テレビのWBC中継に視線を送っていた。王ジャパンが優勝を決めた瞬間、朝青龍の拍手がひびいた。横綱の拍手に呼応するかのように、東の支度部屋全体に拍手が広がった。

場所中もWBCのゆくえを気にし続けてきた。初場所後の1月28日に国技館で行われた兄弟子、元幕内朝乃若(現若松親方)の引退相撲。朝乃若の愛工大名電高の後輩、イチローが断髪式に参加し、そのまま支度部屋に朝青龍を訪れた。

「勝負師として尊敬しています」と話すイチローに、感激の横綱は「イチローさんはアメリカン・ドリーム。僕はジャパニーズ・ドリーム」と吐露した。母国を離れて勝負の世界で結果を出し続ける孤高の男同士だからこそ、共感できるものがある。イチローがチームを鼓舞してつかんだ世界一に「すごかったよ」と興奮気味の朝青龍は、自身を鼓舞して土俵に上がり王者の貫禄を示した。
サンスポ2006.03.22 更新

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その2006年春場所、千秋楽、同じモンゴル出身の白鵬を優勝決定戦で破り十六度目の優勝を果たした朝青龍は、表彰式ではっきり口を動かして君が代を歌っていた。





朝青龍「キムチ野郎」発言とは何か?


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横綱朝青龍が右翼に街宣攻撃されていたらしい。
おぉついに品格なき横綱が愛国者達に攻撃されたのか!と思ったら何の事はない…。
事の発端は韓国人記者と朝青龍の以下のようなやり取りから。



韓国「横綱はちゃんこ鍋が好きですか?キムチは食べないのですか?」

朝青龍「好きだ。キムチは食わんな」

韓国「キムチは優秀な食べ物で体によく、食べれば食べるほど壮健になります」

朝青龍 「食べないと言っているだろうが!!」

韓国「キムチはSARSも予防するし、たとえモンゴル人であろうとも食べなければならない」

朝青龍 「うるさい!キムチ野郎!」

韓国「日本での差別はひどかったでしょう?」

朝青龍「いや、別になかったっス」

韓国人記者「隠さなくてもいいですよ。どんな差別にあいましたか?」

朝青龍「いや、だから特になかったっス」

韓国人記者「"特に"ってことは、やっぱりあったんじゃないですか?! どんな差別でした!?」

朝青龍「だから、ねえって言ってんだろ!このキムチ野郎!!」


まず朝青龍はなぜこれほどまでキレる必要があるのかは解説しなければならない。
モンゴルでは子供ができたらしばらく内緒にする風習があるという。
朝青龍は第一子が誕生したが「しばらくは報道しないで」とマスコミに頼んでいたので、各社しばらく報道しなかったが、この韓国人記者が無視して報道したから、元々こいつに怒っていたのだ。

しかも質問内容は無理やり朝青龍が人種差別された事にしようとする誘導尋問と韓国ネタばかりでとうとうブチ切れ「キムチ野郎」発言となった。
相撲協会には韓国マスコミ・民団・がファビョーンして猛抗議したが、で、同じように右翼も怒ったらしい・・・
何で?
もはや理由は言うまでもないな?
奴らの正体は右翼のフリした在日街宣右翼どもだ。
朝青龍も不思議に思った事だろう「いつ俺が日本人の悪口を言ったんだ?」と、根性の座りきった猛者であり蒼き狼・朝青龍はそんな奴ら相手にもせず発言も撤回しなかったが、この在日右翼どもは相撲協会からまったく関係ない九重部屋から文部科学省から首相官邸から日韓議員連盟会長森前首相まで抗議しまくった。
中には「天覧相撲で弁当に糞入れてやるぞ!」と下劣な脅しまであったという。

天皇陛下を敬愛しているはずの右翼が天皇陛下が来場する天覧相撲で弁当に糞入れてやると脅すわけがない!
奴らの正体はあの嫌われ者の在日であり右翼の名を語る韓国・北朝鮮の工作員であったのだ。
この事件ひとつ取っても奴らが右翼を名乗り日本国内でいかに最低で下劣な破壊活動をしているかがわかる。
奴らは破防法の対象者であり左翼の革マル派以下である。

「南京虐殺」の悲痛な記憶を支那人婆さん夏淑琴が13日京都で証言・当時8歳で状況を精確に把握できず真実は支那人による犯行だった


食い違う証言を繰り返す夏淑琴(シャースーチン)
当時は8歳だったので状況を把握できなかったのは仕方ない


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070809-00000269-mailo-l26


’07平和考・京都:「南京虐殺」の悲痛な記憶 13日、中国人女性が証言 /京都
8月9日17時0分配信 毎日新聞

 ◇上京で集会

 旧日本軍の南京虐殺事件で家族9人中7人を殺された中国人女性、夏淑琴(シャースーチン)さん(78)の証言を聴く集会が13日午後6時半、上京区の洛陽教会である。主催団体「旧日本軍性奴隷問題の解決を求める全国同時企画・京都実行委員会」は「日本の侵略戦争による最もすさまじい被害の記憶に想像を寄せることは、戦後世代の中国の人々との関係を築く上で不可欠」と参加を呼びかけている。

 夏さんは南京が陥落した1937年12月13日の朝、約20人の日本兵に自宅に押し入られた。父と祖父母は射殺され、母と姉2人(当時15歳と13歳)は性的暴行の上で1歳だった妹とともに殺された。生き残ったのは8歳の夏さんと、4歳の妹だけ。夏さんも銃剣で体を3カ所刺されたという。

 これまでも何度か来日して被害を証言。同事件の規模などを疑う日本の書物で「ニセ証人」扱いされたが、名誉を傷つけられたとして著者や出版社に損害賠償を求める訴訟を04年に中国の裁判所に起こし、06年8月に全面勝訴した。中国の裁判所で日中戦争の被害をめぐる初の判決だった。夏さんは同様の訴訟で東京地裁でも係争中だ。
(以下省略)
――――――


今回、この夏淑琴婆さんは、家族9人中7人を殺されたことになっている。



本多勝一著『南京への道』、『南京大虐殺の現場へ』P191-196によれば、
9人家族のうち7人が殺され、隣りの夫婦と子供2人の4人家族も全部殺されたことになっている。

つまり、夏淑琴の家族9人中7人を含む【2家族13人中11人の殺害】

そして、生き残りの少女(夏淑琴)が隠れた場所は【防空壕代わりに中庭に4個並べて置かれた机の下】





しかし、別の来日の際には15人中13人殺害されたと証言したことがあった。

笠原十九司著『南京難民区の百日』に収録された「8歳の少女(夏淑琴)」の証言によれば、
【1家族15人中13人の殺害】

【扉を開けたのは夏淑琴の父親】






また、当時南京に居て反日宣伝工作をしていたマギー牧師の記録では夏淑琴らの証言によって、2家族13人中11人の殺害となっていて、本多勝一の記述と一致するが、夏(シャー)家と馬(マア)は隣同士ではなく同じ家に住んでいて、家主は馬(マア)とのこと

【扉を開けたのは家主の馬(マア)】

そして、生き残りの少女(夏淑琴)が隠れた場所は【古い敷布(シーツ)の下】





夏淑琴は、当時8歳だったので記憶がかなり曖昧のようだ。

8歳では、その時、その場に居ても何が起こっていたのか把握することすら無理だったろう。


ところが、夏淑琴の証言を基に作られた記録は食い違っているにもかかわらず、どれもこれもが非常に詳細で具体的なのだ。

一例として当時南京に居て反日宣伝工作をしていたマギー牧師の記録を挙げて検証し真実を探ろう。


――――――
マギー牧師の解説書

 フィルム四
 一二月一三日、約三〇人の兵士が、南京の南東部にある新路口五番地の中国人の家にやってきて、なかに入れろと要求した。戸は馬というイスラム教徒の家主によって開けられた。兵士はただちにかれを拳銃で撃ち殺し、馬が死んだ後、兵士の前に跪いて他の者を殺さないように懇願した夏氏も撃ち殺した。馬夫人がどうして夫を殺したのか問うと、かれらは彼女も撃ち殺した。
 夏夫人は、一歳になる自分の赤ん坊と客広間のテーブルの下に隠れていたが、そこから引きずり出された。彼女は、一人か、あるいは複数の男によって着衣を剥がされ強姦された後、胸を銃剣で刺され、膣に瓶を押し込まれた。赤ん坊は銃剣で刺殺された。
 何人かの兵士が隣の部屋に踏み込むと、そこには夏夫人の七六歳と七四歳になる両親と、一六歳と一四歳になる二人の娘がいた。かれらが少女を強姦しようとしたので、祖母は彼女たちを守ろうとした。兵士は祖母を拳銃で撃ち殺した。妻の死体にしがみついた祖父も殺された。二人の少女は服を脱がされ、年上の方がニ、三人に、年下の方が三人に強姦された。その後、年上の少女は刺殺され、膣に杖が押し込まれた。年下の少女も銃剣で突かれたが、姉と母に加えられたようなひどい仕打ちは免れた。
 さらに兵士たちは、部屋にいたもう一人の七、八歳になる妹を銃剣で刺した。この家で最後の殺人の犠牲者は、四歳と二歳になる馬氏の二人の子どもであった。年上の方は銃剣で刺され、年下の方は刀で頭を切り裂かれた。
 傷を負った八歳の少女は、母の死体が横たわる隣の部屋まで這って行った。彼女は、逃げて無事だった四歳の妹と一四日間そこに居続けた。二人の子どもは、ふやけた米と、米を炊いたとき鍋についたコゲを食べて暮らした。
 撮影者は、この八歳の子から話の部分部分を聞き出し、いくつか細かな点で近所の人や親戚の話と照合し、修正した。この子が言うには、兵士たちは毎日やってきて、家から物を持って行ったが、二人の子どもは古シーツの下に隠れていたので発見されなかった。
 このような恐ろしいことが起こり始めると、近所の人はみな、難民区に避難した。一四日後、フィルムに映った老女が近所に戻り、二人の子どもを見つけた。彼女が撮影者[の私]を、死体が後に持ち去られた広々とした場所へ案内してくれた。
 彼女と夏氏の兄、さらには八歳の少女に問いただすことによって、この惨劇に関する明確な知識が得られた。このフィルムは、同じころに殺害された人の屍の群に横たわる一六歳と一四歳の少女の死体を映し出している。夏夫人と彼女の赤ん坊は最後に映し出される。
――――――




●検証

?
賊が「なかに入れろ」と要求したら、馬氏が戸を開けた。
夏氏が犯人に懇願し馬夫人が犯人に質問しており、会話をしているのだから犯人は支那人。

?
婦人が強姦された後、胸を銃剣で刺され、膣に瓶を押し込まれ、赤ん坊は銃剣で刺殺され、他の少女も刺殺され、膣に杖が押し込まれた…
犯行手口から犯人は支那人。

?
戸を開けた者を直ちに撃ち殺す連中の前に別の者が跪いて他の者を殺さないように懇願したなんて有り得ない。

?
8歳の子供が犯行日時は12月13日9~10時と認識し、更に14日間も経って記憶していたなんて有り得ない。

?
事件後、向かいが日本軍の宿泊所になり、日本兵が家の庭を通る足音が聞こえる都度布団に隠れ、兵士達が毎日来て家から物を持って行ったのに、4歳の妹も泣き喚いたりせず二人で古シーツの下に隠れていたので発見されなかったなんて有り得ない。

?
傷を負い這っていた8歳の夏淑琴が、銃殺された母の死体が横たわる部屋で、誰にも見つからず14日間も4歳の妹と生き続けたなんて有り得ない。

?
12月1日に南京市長、12月8日に支那軍司令長官が、全市民に安全区に移るよう命令し、警察や支那軍による強制退去が行われ、12月13日には安全区以外の南京には誰も居なかった。
犯行は13日より前に支那軍か支那人盗賊が行った。

?
仮に12月13日の犯行だとしても、南京は前夜から本格的な戦闘状態に突入しており、近所の連中が当該事件に恐れて避難したなんて有り得ない。

?
安全区国際委員会のマギーが日本軍による犯行だと考えれば、現場の日本軍憲兵隊に通報しなければならなかったのに通報しなかった。




●結論

犯人は支那軍か支那人盗賊であり、犯行は日本軍が入城した12月13日よりも前に行なわれていた。








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