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【今日は何の日?】第一次山東出兵:1927年・済南等の巨大権益と居留民保護・妥当な国際的習慣で羨望の的・ジョン・ヴァン・アントワープ・マクマリー著『平和はいかに失わわれたか』(1935年)・田中上奏文

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070601-00000000-scn-cn


【中国】【今日は何の日?】1927年:第一次山東出兵
6月1日8時25分配信 サーチナ・中国情報局

 1927年6月1日、日本軍が居留邦人の保護を理由に青島(チンタオ)に上陸した。

 日本は第一次世界大戦中にドイツに戦線布告して山東省に出兵。1915年に袁世凱に「二十一か条要求」をつきつけ、山東省のドイツ権益を譲り受けた。27年当時、済南、青島及び膠済鉄道沿線には1万7千人の日本人が居留していた。

 一方、蒋介石を軍事委員主席とする国民政府軍は、北方軍閥を打倒し中国の分裂状態に終止符を打つため、1926年7月に北伐を開始。27年5月には軍閥との戦闘を続けながら江蘇省を北上し、山東省に迫る勢いとなった。



 同年3月、北伐軍が南京に入城した際に大衆も加わった暴動が発生し、米、英、日本などの領事館や居留地が襲われる「南京事件」が起きており、同様の事件の再発も懸念された。


 このため5月下旬、日本の田中義一内閣は、山東省における日本の権益と日本人居留民の保護のため、派兵を決定。ただし、当時は金融恐慌のさなかであり、財政的に大規模な出兵は無理だったため、満洲駐留部隊を派遣した。

 6月1日に日本軍が青島から上陸すると、北京政府は「中国政府の事前の同意なしに突然派兵したことは、主権を侵犯する行為である」として抗議し、日本に対して派兵中止を求めた。一方、欧米列強は日本の派兵に対して比較的寛容だった。
当時は、自国民保護のための軍派遣を比較的妥当な行為とみなす国際的習慣があり、日本軍も闇雲な戦線拡大の動きをみせなかったからとされる。


 8月、蒋介石は張作霖の軍閥に大敗し、山東省に入ることなく撤退。このため日本政府は撤兵を決定し、9月に撤兵を完了した。

 翌1928年にも蒋介石の北伐に関連して、「第二・三次山東出兵」が起こった。
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ちなみに12人の日本人居留民が虐殺されたことで有名な「済南事件」は、第二次山東出兵の際の1928年5月3日に起こった。



ジョン・ヴァン・アントワープ・マクマリー著『平和はいかに失われたか』(1935年)には、当時の真相が以下のように述べられている。



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 続いて起こった事態の理非は、
田中メモランダムの信憑性と同じくらい論争のあるところで、そしておそらく同じくらいアカデミックな問題である。
田中内閣は、野党時代の1年前に前内閣(*若槻礼次郎内閣)にやらせようとして実行できなかったことをなしとげたのである。

それは、済南を守るための日本陸軍の大部隊の派遣である(*1927年に始まったいわゆる「山東出兵」)。
済南は、当時日本の巨大な権益が集中していた所であり、重要な鉄道分岐点でもあった。
この鉄道線路沿いに国民党の北伐軍が、北京ならびに華北の征服をめざして進軍していた。

 どれほど多くの口実や挑発があったにせよ、少なくともそこには、こうした予防措置を正当化するだけの有力な日本の利権が存在していた。

日本政府は英米両国と異なり、国民党軍の進撃路から避難するようにと居留民に勧告はしなかった。
日本は条約上の権利に固執し、米国にとっての上海・天津と同じように、日本にとって重要なこの地帯の居留民が攻撃されることは絶対許さないとの態度を決めていた。
日本のこの姿勢は色々に解釈された。

中国在住の他の列強諸国の代表たちにとっては、自分たちができないことが日本にはできるという立場が羨ましい限りであった。
また北伐中に外国の教会施設の財産を没収したり、外国人の生活を無視して理不尽な態度をあらわにしている得意満面の国民党軍を、日本軍が寄せつけないのも他の列強には羨望の的であった。

しかしながら中国にしてみれば、日本軍の済南防衛は口実にすぎなかった。
鉄道をおさえて勝ち進んできた国民党の北伐を、日本が妨げ喧嘩を売る手段としているにすぎないと考えていた。

ジョン・ヴァン・アントワープ・マクマリー著『平和はいかに失われたか』(1935年)、2部3章、153~4頁より
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ちなみに、上の文中マクマリーは田中メモランダムについて触れているが、この「田中上奏文」が偽書だったことは既に明白となっている。



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「田中上奏文」 中国側「存在しない」偽文書認める

 中国が日本の大陸侵略意図の証拠としてきた「田中上奏文」について、中国政府直属の学術研究機関である社会科学院の蒋立峰・日本研究所所長が「存在しなかったという見方が主流になりつつある」と述べ、偽文書であることを事実上認めていたことが1日、分かった。



 昨年12月に中国を訪問した新しい歴史教科書をつくる会の八木秀次会長(当時)らのグループに語った。

 田中上奏文は、昭和2年に当時の田中義一首相が昭和天皇に報告した文書の体裁をとり、日本や欧米では偽文書であることが証明されているが、中国では歴史教科書に記述されるなど事実として宣伝されてきた。

 しかし、蒋所長は八木氏らに「実は今、中国では田中上奏文は存在しなかったという見方がだんだん主流になりつつある。そうした中国の研究成果を日本側は知っているのか」と、中国の研究成果としても偽文書が通説であることを明らかにした。

 蒋所長は社会科学院の世界歴史研究所や日本研究所で日本近現代政治史や中日関係の研究を長年続けてきた中国の日本研究の責任者。

 八木氏は「偽文書だと分かっているなら、中国政府は田中上奏文を根拠とした対日非難をやめ、教科書記述も改めるべきだ」と話している。八木氏らと中国側のやり取りは1日に発売された月刊「正論」4月号に掲載されている。

(2006年3月2日産経新聞)

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