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許容する余地はない大江健三郎の人権侵害的記述・秦郁彦の稀に見る正論・沖縄戦の集団自決と大江氏裁判・両守備隊長の優れた人間性明らか・仲井真沖縄知事の愚かな発言

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070413-00000076-jij-soci

記述の削除、「いかがなものか」=教科書検定で仲井真沖縄知事
4月13日12時31分配信 時事通信

 高校日本史の教科書検定で、太平洋戦争末期の沖縄戦の集団自決に日本軍の強制があったとする記述に検定意見が付けられ、各教科書会社が修正したことについて、沖縄県の仲井真弘多知事は13日の記者会見で、「当時の状況全体としての判断が必要だと思う。(教科書にもともと)書かれていたものを削除するとか、変えるとかいうのは、いかがなものかと率直に思う」と述べ、結果として日本軍の関与に関する記述が削除されたことに不快感を示した。
 仲井真知事は「(住民に日本軍から)手りゅう弾が配られたというのは事実と認識している。軍命があった、なかったというより全体の状況の中で判断すべきものだ」と述べた。








この知事は何を言いたいのだろうか?

教科書にもともと書かれていたものが事実に反するから削除したことを理解できないのだろうか??

よくこれで知事が務まるものだ・・・





さて、今朝の産経新聞の【正論】欄に秦郁彦が、「沖縄戦の集団自決と大江氏裁判」と題した論説を載せていた。

最初に断っておくが、私は秦郁彦を史家としては極めて不適格だと評価している。

慰安婦問題で良い仕事をしたのは認める。

しかし、南京問題では明らかな捏造を幾つも事実認定し、家永教科書裁判では国側の証人として召喚されたにもかかわらず森村誠一著『悪魔の飽食』を731部隊の悪行の証拠としてアッサリ認めてしまい、昨年は富田メモの発言主を昭和天皇だと誤認して日経新聞にお墨付きを与えた。

史家と名乗るにはあまりにもズサン極まりない。
とにかく簡単に捏造日記やホラー小説などを証拠認定してしまうから性質が悪い。



秦郁彦の功罪【◎慰安婦、●南京、●富田メモ】と、
河野洋平の止まらぬ暴走売国行為【河野談話、ベトナム(フランス領インドシナ・仏印)大量餓死あいさつ…】(前半)
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/13309429.html




秦には、「慰安婦問題以外は口出しするな!」と声を大にして言い続けてきた。


ところが、今朝の産経新聞の【正論】を読んで一つ見直した。

「秦郁彦の功罪」の「功」の部分に「沖縄戦集団自決問題」を追加したい。

それにしても、大江健三郎は酷過ぎる。








沖縄戦の集団自決と大江氏裁判
【正論】現代史家・秦郁彦

両守備隊長の優れた人間性明らか


≪高校教科書修正の当否≫

 3月31日の新聞各紙は、沖縄戦における住民の集団自決に関する高校教科書の記述の修正結果を1面で大きく報じた。

 たとえば三省堂の日本史Aの「県民は日本軍に〈集団自決〉を強いられ…」とした申請を、文科省は「沖縄戦の実態について誤解するおそれのある表現」と指摘、主語を抜いた「追いつめられて〈集団自決〉した」へ変わった。他の教科書(6冊)の申請、指摘、修正もほぼ同じである。

 この修正に対し産経、読売は肯定的、朝日、毎日は否定的反応を見せたが、執筆者や出版社からの抗議は出なかった。教科書の記述が実態にそぐわないことに気づきはじめていた執筆者たちにとって、文科省の修正要求は「渡りに船」だったとも考えられる。

 しかし、朝日、毎日は「当日の軍命の有無ではなく」とか「検定は日本軍の加害性を否定するもの」のような識者の反論を掲載、4月4日付朝日新聞朝刊の「天声人語」は「修正後の表現は状況があいまいで、住民が自ら死を選んだ印象が強い。これまでの検定では合格していた表現なのに」と不満を並べている。

 慰安婦問題で官憲の強制連行はなくても、全体としての強制性はあったはずと強弁するに似たすり替え論法と見受けた。では事実はどうか。


≪稀に見る人権侵害的記述≫

 軍命令説の起源は、戦後まもない時期に沖縄タイムスが刊行した『鉄の暴風』(昭和25年)で、それが子引き、孫引きされて広まったのだが、渡嘉敷(とかしき)島の場合は曽野綾子氏の『ある神話の背景』(昭和48年)によって全面否定され、
赤松嘉次守備隊長はむしろ「自決するな」と制止した事情が明らかになった。

 座間味(ざまみ)島の場合も、自決を指示したのは村の幹部で、そのための手榴(しゅりゅう)弾をくれという要請を梅沢裕守備隊長は拒絶し、谷間で生きのびてくれと指示した事実が明確となり、県史もその線に沿った訂正をすませている。



 真相の解明がおくれたのは、別の事情もあった。遺族が厚生省(当時)の援護年金を受給するには、軍命令があったという形式を取る必要があり、両守備隊長も「お世話になった村のために」と了承し、沈黙を守りつづけた。

 そこで90歳の梅沢元少佐(と赤松氏の遺族)が「汚名」をそそごうと、作家の大江健三郎氏(と岩波書店)を相手どって平成17年夏、謝罪と著書『沖縄ノート』の出版差し止めなどを求め大阪地裁へ提訴したとき、私はついでに沈黙を守ればよいのにと思わぬでもなかった。



 だが、くだんの『沖縄ノート』を読んで、その思いは砕かれた。大江氏は両守備隊長を集団自決の命令者だという前提で、「ペテン」「屠殺(とさつ)者」「戦争犯罪人」呼ばわりしたうえ、「ユダヤ人大量殺戮(さつりく)で知られるナチスのアイヒマンと同じく拉致されて沖縄法廷で裁かれて然るべき」と「最大限の侮蔑を含む人格非難」(訴状)をくり返していたからである。

 しかし、他の孫引き本がほとんど絶版となっているのに、この本は昭和45年の初版から修正なしに50刷を重ね、現在も売られているのは信じがたい事実だった。

 こうした稀(まれ)にみる人権侵害的記述を有名文学者だからという理由で、許容する余地はないと私は感じている。




≪「自決せず生きのびて」≫

 裁判は進行中だが、原告側は座間味村役場の援護係だった宮村幸延氏が昭和62年に、集団自決は当時の村役場助役の命令だったが、遺族補償のため梅沢守備隊長の命令として申請した事情を記して、梅沢氏へ渡した「詫(わ)び状」を提出した。梅沢氏の無実を証する決定的証拠といえるもので、文科省の検定でも援用された。



 これに対し大江氏側は「詫び状」は宮村氏を泥酔状態に陥れハンコを押させたとか、守備隊長と記し実名は書いていないから特定できぬはずだとか、日本軍全体の非人間性に目を向けろ式の見苦しい弁明に終始している。


 その半面、法廷記録から浮かびあがってきたのは赤松、梅沢両氏のすぐれた人間性であった。25歳、27歳の若さなのに彼らは絶望的な戦況下、数百人の部下と島民をまとめ、冷静、沈着な判断力で終戦までの5カ月をしのいだ。「自決するな。生きのびなさい」と指示したのに、米軍の砲火でパニックに陥り死を選んだ島民を思いやって「汚名」を甘受した2人に比し、「現存する日本人ノーベル文学賞作家」の醜悪な心事はきわだつ。「私自身、証言に立ちたい」(17年8月16日付朝日新聞)と公言した大江氏は法廷で何を語るのだろうか。
(はた いくひこ)
(2007/04/14 05:06)








■関連記事

沖縄戦の集団自決・日本軍「強制」は修正
高校教科書の検定結果・文科省
渡嘉敷島集団自決の軍命令は否定
大江健三郎や岩波書店などは猛省せよ!
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/17016760.html








大江健三郎と比べると、秦郁彦がとても良い人に思える。

マジで、大江健三郎は、どうにかならないものだろうか?!

デフレ、スムート・ホーレイ関税、排日ボイコットなど、幣原協調外交への失望と幻滅・『世界政治と東亜』G・F・ハドソン著17

 生糸業の壊滅とデフレーションの熾烈さとは相俟って日本の苦杯を満たすに充分であった。
その上に、1930年7月から米国に実施されたべら棒に高いスムート・ホーレイ関税の障壁があり、更に満州には満鉄及びその付属事業に対する絞殺政策の圧力があり、更にまた上海その他各所の支那商業会議所の宣言した新たな排日ボイコットがあった。



 災厄の年1931年に日本を見舞った数々の不幸の蓄積は、民政党内閣にとって、そのデフレーション政策(井上蔵相によって代表された)にとって、またその協調外交(幣原外相によって代表された)にとって、致命的な政治的打撃であった。
民政党の財政政策と外交政策との間には密接な関係があった。
この党は大銀行と重工業の利害を代表し、彼らは外債の成立に有利な条件を、従って「健全財政」と英米に対する友好関係の維持とを切望した。
政友会の唱道した対支強硬外交ないし「積極」外交は、民政党1派の排撃するところとなり、斯かる政策は軍事費の増大を招き、支那のボイコットを挑発して輸出貿易を阻害し、ひいては英米との衝突に導くであろうと論難されていた。
また理想主義者たちも民政党を支持し、日本は従来支那に対して苛酷に過ぎたのだから、今は支那に親日的感情を植え付けるために忍耐し自制しなくてはならないと論じた。
また、暴力によっては価値ある何物も得られるものではなく、協調の政策こそ窮極の利益を齎すものだとも主張した。
この1派の思想の代弁者は幣原男爵であったが、彼はワシントン会議において外交的功績をあげ、1924-27年まで外務大臣となり、再び1929-31年まで外相の椅子に就いていた。
1931年の秋には彼はなおその椅子にいたが、その時、外交政策の指導権は軍隊の行動によって彼の手から剥ぎ取られたのであった。



 政友会の政治家たちは、1927-29年まで政権を握った際に、その積極政策の功徳を見せる機会を持ったが、田中大将(首相兼外相)の内閣は失敗であったというのが一致した世評であった。
彼の山東出兵は長期に亘って多額の軍備を費消したが、何等満足な結果が得られなかった。
国民党の勢力を北京と満州に入れまいとした企ては成功しなかった。
そして田中大将の勇気の最も明白な成果は、排日ボイコットの再発と、支那に燃え上がった抗日感情であった。
民政党1派はこの事件から、積極政策が近視眼的迂愚であり、悪い事態を一層悪くするだけだという教訓を引き出した。


だが、極端な対外強硬派は、それと全然反対の結論に到達し、田中が何等得るところがなかったのは、彼が充分に強硬ではなく、議会の攻撃や英米における不利な論評に気兼ねし過ぎたからであるとした。
日本軍部は、田中は臆病すぎたのであって、張学良に対しては、ソ連が1929年秋に極めて効果的に行使した最後通牒と軍事行動の手段をとるべきであったと主張した。

 1931年における日本世論の強硬政策への転換は、民政党と特殊の関係を持った階級が幣原外交の成果に失望したために一層激しいものとなった。


大銀行や重工業資本家は満鉄の諸事業に深い関係があり、張学良の絞殺政策に狼狽し始めたし、協調政策をボイコット対策として支持していた紡績業者も、新たなボイコットの勃発によってすっかり幻滅を感じ、例え日本が支那全国を席巻しても日本の貿易がボイコット以上の苦痛を嘗めることはあるまいと考えるようになった。

P200-202
『世界政治と東亜』G・F・ハドソン著(1939年)








政友会(田中内閣)の対支強硬外交と、民政党(幣原外相)の対支強調外交とでは、どちらが良いかは今日に至っても意見の分かれるところだ。

日本人は一般的に、相手に対して思いやりを示せば相手もそれに応えると考えがちである。

しかし、相手が支那人の場合はそうではない。

こっちが弱気と見透かされれば、トコトン図に乗って舐めてかかって来る。

1927年の南京事件で英米が揚子江の駆逐艦で反撃したとき、日本(幣原外相)は何の反撃もしなかった。
英米のこのような軍事行動や、1929年にソ連が行使した徹底した軍事作戦が支那とマトモに付き合う唯一の手段なのだ。

したがって、最も良いのは、支那とは係わり合わないことなのだ。



『「日中友好」は日本を滅ぼす!――歴史が教える「脱・中国」の法則』
石平(支那人)著
http://apple.excite.co.jp/book/product/ASIN_4062723271/






それから、よく1931年の満州事変は「関東軍の暴走」などと言われるが、当時の日本は既に立派な民主主義国家であり、軍部が日本国民の支持なしに満州事変(約1万人の関東軍[警察]が、約30万人の張学良軍[武装盗賊]を追放)を決行するのは困難だった。

朝日新聞が必要以上に煽ったこともあったが、満州事変も大東亜戦争も全て日本が必要に迫られ日本国民の理解と支持があったからこそ決行できたのだ。

戦争が始まった責任は支那やアメリカなどにあり、日本国民が戦うしかないと判断したのだ。

日本の一部の軍国主義者が起こした戦争ではない。








関連記事


支那人相手の交渉には武力が必要。
支那人には武力と恐怖と脅しのみ有効。
『シナ大陸の真相』
『暗黒大陸中国の真実』
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/4027900.html


1927年の「南京事件」・最低だった幣原宥和外交
第5章日本は侵略国か、それとも権利を侵された国か
『シナ大陸の真相1931~1938』K・カール・カワカミ著4
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/14335293.html








『世界政治と東亜』G・F・ハドソン著の紹介は、次回が最終回となる。







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