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ミステリーサークル?巨大穴が瞬時に!江西省上饒市・たった10分ほどの間に農地に3つのきれいな円形の穴←陥没事故



写真の上が支那の農地に出現して巨大穴

下は2月22日、グアテマラで地面が陥没して開いた巨大な穴








ミステリーサークル?巨大穴が瞬時に!―江西省上饒市
4月6日9時47分配信 Record China

2007年4月5日午前9時、江西省上饒(シャンナオ)市の農村で、信じられない出来事が起きた。

たった10分ほどの間に、農地に巨大穴が出現したのだ。しかも3つも。奇妙なことにこの3つの穴はほぼきれいな円形をしている。穴と穴の距離は20m以上離れているものの、遠くから見ると一直線上に並んでいるのが確認された。

地面の陥没なのか、宇宙人が掘って行ったのか、原因は全くわかっていないが、付近の住民はとにかく自分の家だけは掘らないで欲しいと心配している。(翻訳編集・WF)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070406-00000004-rcdc-cn









これって、地下水の汲み取り過ぎによる陥没事故では?


今回の出来事は農村で起きたが、大都市の上海の場合、地下水の汲み上げと超高層ビルの建設で浦東地区の地盤沈下が深刻で、森ビルが建設中の超高層ビル「上海環球金融中心」の周辺は1年間に63mmも陥没している。


今年の2月にグアテマラで地面が陥没して巨大な穴が開き、家屋約20軒がのみ込まれ、2人以上が死亡した事故があった。








陥没で2人死亡
2007/02/25, 産経新聞

 【メキシコ市=共同】AP通信などによると、中米グアテマラの首都グアテマラ市北部で22日深夜、地面が陥没して巨大な穴が開き、家屋約20軒がのみ込まれた。少なくとも2人が死亡、周辺住民約1000人が避難した。行方不明者が出ているとの情報がある。
 穴は直径約20メートル、深さは約150メートルに達するという。市当局によると、地下の下水道管が詰まって破裂し、下水がしみ出したことで地層が軟化したのが原因とみられる。住民は約2年前から地下からの振動や騒音などの異変に気付き、市当局に調査と改善を申し入れていたとされ、市側の対応の遅れを批判する声が上がっている。

「1927年の南京事件への道」?・群雄割拠の長い戦乱の後1927年に残ったのは国民党と奉天軍閥の2つのみだった・『世界政治と東亜』G・F・ハドソン著9

 孫逸仙の死後、蒋介石並びに黄埔軍官学校生徒の試みた第1撃は、孫が前に輸入した雲南傭兵団の広東からの放逐であった。
広東人は憎むべき「夷狄」に激しい復讐を加えた。
広東は今や革命的討伐を熱望する真の国民軍の手にあった。
そして1926年の春、蒋は、広東省から揚子江流域への、彼の有名な北伐の途に上った。
討伐は着々と成功を収め、1省また1省と国民軍の手に帰した。
宣伝と策謀によって土台がすっかり出来上がっていたので、真の戦闘と称すべきものは殆どないくらいであった。
多年軍閥の強欲に悩まされていた一般民衆は、改革案を携行する侵略者を到る所に歓迎した。

そして軍閥ないし準軍閥は、その度し難い嫉妬排擠心のために統一戦線が作れないので、政治的に訓練された国民軍に対抗することができなかった。
揚子江地方の大軍閥たる呉佩孚と孫伝芳は、部下の将校たち――彼らは国民軍に寝返った――に見捨てられ、「クリスチャン将軍」馮玉祥も国民軍権力に来り投じた。
長沙は7月12日に、漢口は9月7日に、福州は12月3日に、杭州は1927年2月18日に、それぞれ国民軍の手に帰した。


 1927年初頭には、支那にはただ2つの大きな党派が残っただけであった。
1つは国民党、1つは満州を根拠にして北京に傀儡政府を有する張作霖の奉天軍閥であった。

爾余の諸党派はその何れかの側に合流していた。
奉天軍は揚子江下流の孫伝芳の遺領を占有していたが、国民軍はこれを撃退し、3月22日には上海(外国居留地を除き)を、その2日後には南京を占領した。

P182
『世界政治と東亜』G・F・ハドソン著(1939年)









今回から3回に亘って、「1927年の南京事件への道」と題して本当にあった南京事件の背景、経緯、様子などを述べる。

それまでの長い群雄割拠の戦乱を経て1927年頃になると、北京を実効支配していた満州の張作霖の奉天軍閥と、広東の蒋介石の国民党の2つに集約されていった。

1926年、蒋介石は北伐を開始した。
北伐軍は、長沙、漢口、福州、杭州・・・と次々と侵略に成功していった。
1927年3月、北伐軍は、北京など北支を目指し更に上海、南京と立て続けに占領していった。


次回に続く。











■関連記事


1927年の「南京事件」・最低だった幣原宥和外交
第5章日本は侵略国か、それとも権利を侵された国か
『シナ大陸の真相1931~1938』K・カール・カワカミ著4
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/14335293.html


【今日は何の日?】1927年:南京事件が起こる・蒋介石の北伐軍が外国領事館などを襲撃
強姦・虐殺『暗黒大陸中国の真実』ラルフ・タウンゼント著
最低の幣原宥和外交『シナ大陸の真相』K・カール・カワカミ著
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/16589572.html

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