FC2ブログ
正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!マスゴミの嘘や洗脳工作を許すな!がんばれ!日本国民党!
200610<<123456789101112131415161718192021222324252627282930>>200612
南京虐殺は嘘19 誰も知らなかった虐殺5 毛沢東

1938年1月、毛沢東が週刊誌『群衆』で、

「・・・9・18に敵軍がわが東北・華北ではたらいた残虐な行為は、すでに世のともに知るところとなっている。しかし、南京・上海沿線、とりわけ南京市の大虐殺は、人類有史以来空前未嘗有の血なまぐさい残虐な獣行記録をつくることとなった。これは中国の全民族に対する宣戦にとどまらず、全人類に対する宣戦でもある。敵の凶悪な残忍さは、人道と正義を血で洗い、全世界・全人類の憤怒と憎悪をよびおこした。・・・」

と述べたことを以って、毛沢東は南京大虐殺を認識していたなどというのも、やはり馬鹿な見当違いだ。


『群衆』は共産党が発行したものではあるが、第一巻第四期(1938年1月1日発行)の「短評」欄の記事は、毛沢東自身によるものではない。
当時、延安にいた毛沢東が、武漢で発行された『群衆』に、原稿を送ったなんてことは有り得ない。
そもそも、「9・18」(満州事変)において、日本軍が満州や北支で残虐な行為を行った話など聞いたこともない。
満州事変については、当時、支那人も、満州人も、蒙古人も、日本人も、日本国籍を有していた朝鮮人も、少数のロシア人も、これら満州住民の多くは、日本の支配を歓迎していたのだから、『群衆』が言う「残虐な行為」とは、単なる戦闘行為のことだったとしか考えられない。
それが1938年1月1日発行の『群衆』だったために、発行直前の南京戦のことを強調していただけのこと。

これは、蒋介石や顧維鈞と同じように、共産党も、飯を食ったり呼吸をするように相手の残虐行為の出鱈目宣伝をしまくっていたことを示す証拠である。

結局、国民党も共産党も、日本軍が関わったところ全てにおいて、何の根拠もなく「残虐な行為をはたらいた」と嘘・出鱈目を列挙していたに過ぎない。


他にも、この週刊誌『群衆』の記述については以下のような論評がある。

「中共軍の南京事件についての当時の認識を紹介するものに井上久士著『南京事件と中国共産党』(『南京事件を考える』大月書店・昭和62年刊に所収)がある。
 中共側の刊行物で南京事件に最初に言及したのは、武漢で刊行の週刊誌『群衆』(昭和13年1月1日刊)の「短評」欄の『人類のともに斥けるべき敵国の暴行』の文中に、〈南京・上海沿線、とりわけ南京市の大虐殺は、人類有史以来空前未曾有の血なまぐさい残虐な獣行記録〉と記述している。この外3~4の記述がマスコミに記述されている。
 そして、延安方面では『新中華報』(昭和14年2月より党機関紙となる)が昭和13年6月になって始めて事件に言及している。その中で、〈本年1月までで、長江下流一帯で敵に惨殺された同胞は30万人に達した〉とある。要するに、ここに引用する代表的2例に示す如く「屠城」に伴う歴史的感覚に依存している報道である。従って、大虐殺派の井上久士の結語も、〈当時の中国共産党は、「南京大虐殺」が中国各地の日本軍による数多くの残虐事件のなかでもきわだって突出したできごとであるとの認識は希薄であった。・・・そのため、それ以後の日中戦争期間、「南京大虐殺」について直接言及されることは多くなかった。〉としている。」
http://www.history.gr.jp/~nanking/uesugi.html


結局、蒋介石も共産党も「因縁つけるために言ってみただけ」の域を出ていないということ。

毎度お決まりの荒唐無稽な逆宣伝であり、彼らに、南京大虐殺が実在の大事件であったと認識していた形跡はない。








人気ブログランキング
http://blog.with2.net/in.php?671525

くつろぐブログランキング
http://kutsulog.net/index.php?id=66431

クリック、よろしくお願いします


  ∧_∧
 ( ・∀・) よろしく ↑
 ( ∪ ∪
 と__)__)

台湾の歴史....台湾が支那の領土のはずがない。

台湾の歴史

17世紀初頭、明はオランダ人と澎湖群島を争い、やがて明の勧めでオランダ人は台湾を占領して台湾の歴史が始まった。

17世紀の中頃に倭寇のボス鄭成功がオランダ艦隊のマカオ遠征のスキをついて島の西南部を占領した。

ただ、1684年以降も台湾は高砂族などの原住民が実質的に支配しており、清朝が台湾を福建省の下に置いたと言っても、西部の平野の僅かだけで、台湾を「化外の地」(清の皇帝による徳の支配が及ばない野蛮な土地)とみなしていたし、東側にいたっては、「未踏の地」だった。
しかも、台湾では、清朝の法律、土地、警察制度は適用されず、住民が自治を行った。
要するに、清朝は一応台湾を福建省の下に置いたことにはしたが、実態は西部の平野の僅かな土地において、移住した漢民族が自治をしていたにすぎない。

むしろ、清朝は台湾に住民が増えて反乱の拠点になることを恐れ、大陸攻撃の基地にならないようにするために台湾を禁断の島とし、満州、蒙古、東トルキスタン(回部)、チベットなどと同じく、(山禁)海禁を敷いて支那沿岸と海外との往来を厳しく取り締まり支那人の台湾への渡航を制限した。

清の乾隆帝時代、1739年に完成した官定正史『明史』等には、【台湾が日本に属する】、あるいは倭寇の地であると書いてある。

1871年日本の漁民が台風のために台湾に漂着したところ半数超の54人が殺害され、残余は身ぐるみを剥され逃げ帰るという事件が起こった。
1873年にも似たような事件が起こり、日本政府は清朝に抗議したが、清朝は、「それは文明化されていない蛮族のやったことで、天朝のあずかりしらぬことである。」と回答してきた。
これは、清朝が、「台湾は清朝の領土ではない。」と言っているのと同じことだ。
それならば、ということで、1874年、日本は台湾に出兵し、台湾南部に上陸、南部の牡丹社を占領した(台湾出兵)。

すると、清朝は1873年の前言を翻し、「台湾は清朝の領土であるから日本軍は撤退してほしい。」と言ってきたので、50万両と引き換えに日本は台湾から撤退してやった。
それで、ようやく清朝は1886年、台湾に行政単位の省を設立し、本格的な統治に乗り出そうとしたが、それでも尚、実効支配は西部の平野など一部だけにとどまっていた。
台湾全島が同一政権下に統一されたのは、日本に永久割譲された1895年から後の話である。


【結論】

有史以来、台湾が支那の一部となったのは1886年に清国の行政単位として省が設立されてから下関条約で日本に【永久割譲】するまでの約10年間のみで、しかも実効支配は西部の平野の一部だけだった。
本当の意味で台湾全島が同一政権下に統一されたのは、日本に永久割譲された後である。
現在、支那が繰り返し言い続けている「台湾は我が国不可分の固有の領土」は大嘘である。

注意!!支那製美白クリーム 水銀が基準の2万倍

支那産食品を食べたり、支那製製品を使用することは自殺行為だ。

気をつけよう!





【中国】注意!!中国製美白クリーム 水銀が基準の2万倍

 ■抜き打ち検査で続々不合格

 【北京=福島香織】国営新華社通信によると、中国内陸部の安徽省の検疫当局が行った中国製化粧品の抜き打ち品質検査で、合肥市など4市の市場に出回っている50種の商品のうち7商品が不合格だった。なかには水銀の含有量が国家基準の2万倍という問題商品も複数含まれていた。

 サンプルは上海市、浙江省、広東省、安徽省など9省市の37メーカーの製品。2万倍の水銀入り化粧品は、南京市の工場で製造されたクリームや広州市のメーカーの美白クリームなどだった。

 同省検疫当局は「水銀は短期的には色素を減退する効果があり、多くの不法企業は美白効果を追及するために商品に水銀を入れてる。しかし皮膚から水銀が吸収されれば慢性水銀中毒を引き起こし、骨格や歯、肝腎機能に悪影響を及ぼす」と注意を促している。

 中国ではSK-IIなど日本製輸入化粧品に含まれる微量のクロムが問題視されていたが、中国製化粧品は論外といえそうだ。


(フジサンケイ ビジネスアイ) - 11月22日8時33分更新



〆 〆 〆 〆 〆 〆


【9月の関連記事】



中国が嫌がらせ?「日本製化粧品に有害物質」

■"同じ中国"でも香港は安全宣言

 P&Gジャパン(神戸市)は22日、製造・輸出しているマックスファクター「SK-II」ブランドの化粧品について、中国全土で販売を一時的に停止すると発表した。中国の検査当局が、「SK-II」シリーズからクロムなどの金属成分を検出したと公表し、すでに消費者の一部が店舗に殺到、同社は混乱回避の措置としている。同様の商品は他国でも販売されているが、トラブルはなく、中国当局が日本製品に限ってしめつけを強化しているとの見方もある。
 中国国家質量監督検査検疫総局によると、同ブランドの美白ファンデーションなど少なくとも9商品にクロム、ネジウムが含まれていたという。いずれの金属も微量だが、中国当局は、長期的に使用した場合、湿疹(しっしん)になるなどアレルギーの原因としており、含有を禁じている。
 P&G側は独自調査の結果「水や空気中に自然に存在する鉱物成分が製造過程で必然的に混入したものだ。世界保健機関(WHO)などによる国際的安全基準の1000分の1、100分の1を下回るほど微量だ」と品質に問題はないと主張、しかし、14日に検査当局から一部の発表があったあと、報道を通じて返品騒動が各地で発生していた。P&G側は返品に応じているが、ちまたに氾濫(はんらん)するニセ商品もあり、事態は複雑化している。

 SK-IIは日本を含む12の地域で販売されているが、中国本土以外で返品騒ぎは起きていない。香港政府は22日、独自検査の結果として「普通に使用していれば安全」と発表。シンガポールと台湾はすでに「安全」宣言を出している。
 中国では、食品分野でも基準値を超える添加物や有害成分検出の指摘が相次いでおり、22日の中国各紙は、遼寧省や上海などでみそ汁や食用油など6種類からヒ素、鉛、カドミウムが検出され、「深刻な品質問題」が見つかったなどと報道。今年6月以降、当局が成分を問題視した食品は二十数種以上、40件を上回っている。遼寧省では調味みそからのヒ素含有量が基準値を超え、すでに輸入を禁止された。
 日本の食品の"安全性"が相次いで問われている背景には、5月下旬から中国の農産物輸出が日本の残留農薬規制強化で減少し、当局が日本からの食品輸入に過敏になっている事情がある。(北京 野口東秀、福島香織)

平成18年9月23日 産経新聞

―――――――――

中国人は化粧ができなくなる? 重金属含有で中国が警告

 【北京=福島香織】香港基準・鑑定センターは25日までに、クリスチャン・ディオール、ランコム、エスティ・ローダー、クリニークの世界4大化粧品ブランドすべての化粧品に、微量のクロム、ネオジムなどの重金属類が含まれていると発表した。
 中国では日本製化粧品のマックスファクターSK-IIにクロムなどが含まれていたとして非難報道が続き、全国で返品騒ぎが発生しているが、ディオール、エスティ・ローダーに含まれているクロム類はSK-IIよりも多いという。
 センターによれば、クリスチャン・ディオールのファンデーション、エスティ・ローダーのファンデーションにはクロムがそれぞれ、キロあたり4・5ミリグラム、3・9ミリグラム含まれ、SK-IIより多かった。この他のブランドのファンデーションにもクロム、ネオジムが含まれていた。

平成18年9月25日 産経新聞

朝鮮で大人しく暮らしていた日本人...『生活者の日本統治時代』呉善花著

 ★★大人数の朝鮮人のなかに小人数の日本人が生活していました。ですから私たちはいつも小さな気持ちでいました。実際、朝鮮人の町のなかで日本人だと威張って身勝手なふるまいをすることなど、とうていできることではなかったですよ。とくに田舎の人たちは連帯意識が強いですから、もし日本人が村の人たちをいじめたりすれば、必ず集団で立ち向かって来ると、そういう生活環境でしたから、とてもそんなことはできません。

 ★★朝鮮の田舎に行って若い娘たちを奪ってきたと言われますよね。そんなことはあり得ないです。もしそんなことをしたら誘拐犯ですし、懲役刑を受けることになります。いや、法律の問題以前に、村の人たちにめちゃめちゃにやられてしまいますよ。強制的に連れていかれる娘を見ながら、そのままほうっておくような卑劣な朝鮮人がいたとはけっして思えません。田舎であればあるほど、生活者間の連帯意識も民族意識も強くて、そんな彼らが我慢して黙って見ているわけがありません。

 ★★田舎の普通学校や中学では、朝鮮人が五〇人で日本人が五人だったので、日本の生徒が朝鮮人に嫌がらせをすることなどはできるはずもありませんでした。もし日本人が嫌なことをやったら、朝鮮人がだまってはいなかったですから。
 ヤンバンの家の物を日本人が搾取するとか、チェサ(祖先祭祀)を邪魔するとかいったことはまったくなかったですよ。とくに田舎では、日本人は朝鮮人が怖くてかってなことはできませんでした。だから日本人から差別されたなどの問題もなかったです。

 ★★日本人はそれなりに豊かでしたから、もし日本人が朝鮮の人たちにひどいことをしていたとすれば、日本の敗戦と同時に、日本人の家に押し入ったり、物を盗ったりするようなことがけっこうあってもおかしくなかったはずで、やろうと思えばできたわけです。敗戦時の無政府状態のときに、やろうと思えばいつでもできたし、やられれば日本人はそれにまったく反抗できなかったはずです。
 ところが、朝鮮はとても治安がよくて、日本人を襲う泥棒や強盗の話など聞いたこともありません。戦後もずっと治安のよさが続いていました。

呉善花著『生活者の日本統治時代』

copyright © 2018 Powered By FC2ブログ allrights reserved.