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正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
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支那の核開発と重なる北の動向【正論】中国軍事研究者・平松茂雄「核兵器は政治兵器」
【正論】中国軍事研究者・平松茂雄

中国の核開発と重なる北の動向

■歴史を素直な目でみて真実探れ

≪10年前の北の核開発論議≫

 北朝鮮が核拡散防止条約(NPT)を脱退して核開発に取り組んだ1994年ごろ、ある政府機関が組織した東アジアの安全保障・軍事情勢に関する研究会で北朝鮮の核開発が問題になった。その時、ある軍事専門家が北朝鮮のような遅れた貧乏国が核兵器なんか作れない、あれははったりだという主旨の発言をした。そこで筆者は北朝鮮のことは何も知らないが、中国の核開発の歴史をかいつまんで説明して、バカにしていると、そのうちにできてしまうと述べたところ、そのような見方は北朝鮮の思う壼になるからよくないと強くたしなめられたことがある。だが、それから約10年を経て北朝鮮の核開発は現実となり、世界を震撼させている。

 それより30年ばかり前の60年代中葉に、中国の核開発が問題になったとき、多くの中国研究者、軍事専門家、科学技術者は中国のような遅れた貧乏国が核兵器なんか作れないと嘲笑した。当時筆者は大学院博士課程の学生であり、核兵器について何も知らなかったから、正直いってそうだろうなあと思った。ところが指導教授の計らいで、ある政府機関が組織した中国の核開発に関する研究組織に参加する機会を得て、それが縁で防衛庁の研究機関で「メシを食べる」ことになり、中国の核開発の研究にかかわることになった。


≪「木に竹接ぐ」兵器でも≫

 その過程で分かったことは、専門家の見方は厳しいというか、米国の完成された兵器や軍事技術を基準にして論じるから、中国の核開発はとても無理ということになる。だが中国の核開発が着実に進展していくと、それらの専門家は「木に竹を接いだようなものはだめ」とか、「戦争ごっこには使えても、本物の戦争には役に立たない」と説明して、中国の核開発を評価することを嫌がったのである。

 確かに中国の核兵器はソ連から供与された初期の技術をベースにして、あちこちから寄せ集めた技術で作り上げた文字通り「木に竹を接いだような核兵器」であったが、40年後の今は有人宇宙船を打ち上げるところにまで発展している。

 中国の核開発の過程で広く言われたもう一つの見方は、国内で2000万人もの餓死者が出ているのに核兵器を作っている、毛沢東という人間は冷酷で、とんでもない政治家だ、中国はつぶれるという見方であった。現実に毛沢東は「一皿のスープを皆で啜(すす)り合っても、ズボンをはかなくても、核兵器を作る」と国民に窮乏生活を強いても核兵器開発に国家の財源・資源を集中した。

 いま北朝鮮の核開発で言われていることと同じことが、かつて中国について言われていたのである。最近新しい情報を元に毛沢東の悪政と冷酷無比の人間であったことを改めて暴く書物が何冊か書かれたが、そのなかに、当時6000万人が餓死したという新説が唱えられた。当時の中国の人口は6億人とみられていたから、その1割の国民が餓死したことになる。それはとても信じられない数字である。仮に真実であったとすると、それだけの犠牲が生まれても、中国の核開発は着実に進展し、中国はつぶれるどころか、いまや米国が認める「世界の大国」に成長したのである。


≪「中国の孤立」を隣で観察≫

 では毛沢東は何のために、そのような犠牲を払っても核兵器を開発したのか。それは建国以来の数年間に、中国が米国の核兵器によって散々脅かされ、毛沢東の言葉を使えば「バカにされた」からである。毛は核兵器には核兵器で対抗するほかないことを認識した。核兵器は実際に使われる兵器ではないが、持たないと相手にされない、すなわち核兵器は戦争の手段ではなく、政治兵器であることを認識したのである。

 中国がそのように世界の中で孤立し、厳しい政治・経済状態の中で着実に核兵器を開発していった過程を、北朝鮮は隣でじっと観察していて、核開発を決断し、懸命になって進めてきたのである。今回北朝鮮が核実験を実施する直前の10月3日に北朝鮮外務省が出した声明には、中国が64年10月に最初の核実験を実施したときに発した政府声明に似たいくつかの論点がある。それについて筆者は10月18日付本紙の国際欄に書いたので繰り返さない。

 北朝鮮の声明には、中国がやったことを北朝鮮もやっただけなのにどこが悪いのかという開き直りがある。北朝鮮の核開発を論じる人たちには、中国の核開発に関する歴史と知識が欠落しているのではないだろうか。

2006/11/16, 産経新聞



●まとめ


・嘲笑され馬鹿にされ孤立しながらも、最後に核兵器を持った国が政治的勝利者となる.


・このままだと将来日本は支那だけではなく北朝鮮の属国にも成り下がる。

朝鮮独立(光復)の真相

併合中に朝鮮人が独立を希望していたということはなかった。
一部の反日勢力がテロを行なったり海外で反日プロパガンダをしていただった。
朝鮮人は大日本帝国臣民になっていたことを嫌がってはいなかった。



威錫憲「意味からみた韓国史」

われわれがまず明らかにしなければならないことは、この解放が盗人のように不意に訪れたということだ。解放後の腹立たしいこと、醜いざまは一つや二つではないが、その中でもほんとうに腹立たしいのは この解放を盗もうとするやつらが多いということだ。彼らは、自分だけはこのことを早くからわかっていたという宣伝をする。それは彼らがこの盗人のようにやってきた解放を、さも自分が送りこんだようにして盗もうとするためである。それは嘘だ。もし彼らがあらかじめわかっていたら、それほど先見の明があったなら、どうして8月14日まで(日本に)へりくだって服従していたのか。その時一言でも予告して民衆を慰め、勇気をひきしめさせていたら、いまになってことさら宣伝しなくとも民衆は指導者として迎えただろう。そういうことはやめて素直になろう。君も僕もみな知らなかったのだ。みな眠っていたのだ。神社参拝をしろといわれれば腰が折れんばかりに拝み、姓を改めろといわれると競い合って改め、時局公演といえばありったけの才能を傾けて語り、米英を罵倒し、転向しろといわれれば実にあっさりと転向し、/信用が得られるとなると四つんばいになり、犬の鳴き声もしてみせた。この国の志士・思想家・宗教家・教育者・知識人・文人にまた海外流浪何十年と格好はよいが、その実、互いに博士派・先生派・なになに系・なになに団とハワイやサンフランシスコではアメリカ人の召使いをしながら勢力争いをし、重慶・南京ではとうもろこし粥をもらって食いながら地位争いをしていた人々が、なにをあらかじめわかっていたというのか。思想はなんの思想で政治はなんの政治運動をしたというのか。この国があらかじめ解放されるとわかっていた人など一人もいないのだ。



麗羅著「山河哀号」

「日本が敗戦した1945年8月15日までは、日本人に気に入られよううと、われもわれもとペコペコしたくせに、日本が敗けると判ると、今度は自分はこのように独立闘争をしてきたと嘘っぱちを並べる。昨日まで警察にいて朝鮮人の思想を取り締まっていた奴まで、自分が警察にいて庇ってやったから、多くの思想犯が無事でいられたとぬかしやがる・・・・・・」



張俊河『石枕』

「けれども、わたしたちをなおのこと嘆かせたのは、新しい事実だった。
日本軍が降伏する直前まで通訳か、それでなければ前線地区をまわっては阿片を商ったり日本軍慰安婦の抱え主を演じた連中までが、一朝にして光復軍の帽子を手に入れ、独立運動家、亡命者、革命家などを自称する、とうていみるにしのびない風潮が横行したことだった。
のみならず、おなじく異国にある同胞たちの財産を、そうした連中であればあるほど先に立って没収してまわるのがふつうだった。
光復軍までが一、二、三支隊に分かれて相互に反目し合っていた」










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